13話 筋肉がお仕事 6
「先の条件通り、二度とキルコさんに近づかないでもらう」
「……っざけんな…………! 俺は2000年、キリィを愛してきた……! キリィのことを何一つしらねぇ人間ごときが、偉ぶってんじゃねえぞ!!
はっ……! そうだ、一つ教えてやるよ! てめぇがしらねぇキリィの秘密をな!」
……待て。何を言う気だ。
まさか、私が死女神だと明かすつもりか?
だめだ。そんなことをされたら、私のキャリアが取り返しのつかないことになる……!
止めなければ!
私は、天に念じた。たちまち、黒い雲が空を覆った。稲光が黒い雲からパチリと覗く。
「キリィはな……!」
「やめて!」
雷を落とそうと念じようとした寸前。
ジャックが、先に口を開いた!
「キリィは…………――――万年、汚部屋女だ!!!!」
細い雷が、黒い雲からピリリとこぼれた。
「空き瓶と食べ物のゴミで足の踏み場がねぇ! そんな部屋を片付けもせずぐうたらソファに転がってやがる! キリィは、そんな女なんだよ! てめぇに、そんな女が愛せるか? 愛せねぇだろ⁉ はっ!
キリィを愛せるのは俺だけだ!!!! キリィは俺の女なんだよ! 分かったらとっとと」
「……愛してない」
皇が、ポツリと言った。
「はっ! やっぱり……」
「お前は、キルコさんを愛してない」
「あ?」
皇は、表情一つ変えず、ジャックを見下していた。
「恋愛、母性愛、隣人愛、友人への愛。どの愛の定義にも共通していることがある。相手を尊重することだ。
キルコさんの苦手な部分を取り上げ貶めるようなことを言う点からも、いやがっているのに無理やり近づいて触る行為からも、尊重の気持ちがあるとは言えない。
よって、お前は、キルコさんを愛していない。ただの身勝手でキルコさんの尊厳を傷つけているだけだ。キルコさんを傷つける存在がキルコさんのそばにいても、キルコさんの利益になることは一つもない。
だから二度と、キルコさんに近づくな」
――皇…………。
「そもそも、キルコさんはお前が一方的に付きまとってくると言っていた。それにも関わらず、キルコさんの部屋の状況が分かるということは、不法侵入をしたことを明言したということになる。不法侵入は、刑法130条の住居侵入罪だから……」
「ぐだぐだぐだぐだうるせぇ人間!!!! 俺はキリィを愛してんだよ!!!!
茶番はやめだ! 殺してやる!!」
ジャックが雄叫びを上げて立ち上がる。
そして、両こぶしを握りしめた。
こぶしの中に銀色の鎌が宿る。
その凶器は皇には見えない。
それでもきっと、皇ならば、ジャックの鎌にやられることはないだろう。ジャックなんかに私のキャリアが奪われることはない。
――だが、私の堪忍袋は、とうに切れていた!
ごろごろと雲が鳴る。ぴかり、ぴかりと稲光がうねる。
ジャックが鎌を高く振り上げた瞬間。
ピカッ!!
激しい光が雲たちから解き放たれた。
ジャックの掲げた鎌を避雷針として、どでかい怒りの稲妻が落ちた!!
バリバリバリバリ!!
「ギィアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
悲鳴が空高く響く。
黒い雲がゆっくりと風に誘われて去る。
すっきりした青い空が広がった。
黒焦げのジャックの馬鹿な口を、つま先で踏みつける。
「二度と現れないで」
ぱちくりとする皇の手を引いて、屋上の出口に向かった。
「う、き、キリィ…………」
情けない声が聞こえた後、ふと振り向いた皇が、「え?」と言った。
「消えてる……」
やっぱり。本当に、どうしようもないやつだ。
消える瞬間を皇に見られなくてよかった。




