13話 筋肉がお仕事 1
「消えた!」
「どこに行った⁉」
警備員たちが懸命に走る。どうやら、ジャックが消えたらしい。
死神本社に所属する死神は、人間に死神の存在がバレないよう、細心の注意を払う。ジャックははぐれ死神だから――というわけではなく、ただ単に阿呆でデリカシーがない男ゆえに、唐突に消えるといった摩訶不思議現象を起こしやがったのである。
今後絶対、こっちの世界でジャックと関わるまい。私のキャリアが脅かされかねない。
皇は体を離し、「人の多いところに行きましょう。周りの目がある程度あった方が安全なので」と言った。
部活動の屋台の近くにある、特設の飲食コーナーの一席に座った。皇が持ってきた水筒を取り出し、湯気の立つお茶をコポコポとカップに注いだ。
「どうぞ。ほうじ茶です」
香ばしい香り。渋みのある、ほっこりとした濃い味。
ほっと落ち着いた。
これが、ジャパニーズ・ほうじ茶……。はじめて飲んだ。美味しい。
飲みながら、皇はジャックのことを根掘り葉掘り聞いてきた。私の答えたことをサラサラとメモに取り、「警察に届けた方がいいと思います」と言った。
「それから、一つ質問させてください。
あの人がキルコさんの恋人ではないことは分かったのですが……。
キルコさんは現在、恋人はいますか? すみません。今更こんな確認をして」
「いません」
「そうですか。では、過去の恋愛経験についてお聞きしてもいいですか? 過去に恋人は? 好きな人でもいいのですが」
「恋愛感情として誰かを好きになったことはありません。恋は軽薄なもの。汚らわしい感情です」
「なにか、そう考える理由や経緯があったんですか?」
「あの男をはじめ、私に近づいてくる男たちがそうでした。自分の欲望の捌け口にするために、私を手に入れようと下心丸出しの言動をする。そういった言動が私を軽んじていることに気付きもしないで。本当に、愚かです」
恋は下心、愛は真心なのだと、いつかの「ひおさんぽ」で緋王様が言っていた。
そんなことに気付く緋王様の知的さに胸キュンし、漢字文化の素晴らしさに尊敬の念を抱いたから、よく覚えている。
まさにその通りだと思う。
そして、下心の塊である恋は、もはや害悪であるとさえ思う。
一途に無償の愛を注ぐ推しへの愛こそ、最も崇高で素晴らしいものなのだ。




