11話 文化祭準備でお仕事 2
……………………長い。
「終わり」
足からバチッと稲妻を散らす。
「イッテ! ちぇっ。ま、キスさせてもらえるだけまだいいけどよ。昔なんて、なーんもなかったもんなぁ。
あー、日本をキリィに薦めてよかったぜ!」
おぉ、気持ち悪い。私はつま先を湯に沈め、ゴシゴシとこすった。
悔しいが、私が日本文化にはまったのも、緋王様と出会ったのも、この男が日本から様々なものを調達してきたおかげだった。緋王様を崇めるためのテレビもこの男が調達して設置した。私の部屋にある緋王様のグッズも、全部こいつが見繕ってきた。
日本文化に触れ、礼儀の美しさを知ってから、さすがにこれだけ私の悠々自適な推し活生活に貢献しているのだからと考えるようになり、つま先に触れることだけ許したのだ。
それ以外の部分に触れられるのは無理。
堀の深い顔、破裂しそうな筋肉、下品で直接的な言葉、脳みそまで筋肉に埋め尽くされた馬鹿。
ジャックは私の好みと真反対の男。吐き気を催す。
ずいっと、嫌いな顔が耳元に近づいた。黄緑色の目がいやらしく私を見つめた。
「日本の礼儀だなんだ言って、本当は俺にキスされてぇんだろ? 分かってるぜ。キリィが本当は俺を好きだってことくらい。
お前の望むものを調達するためだけにはぐれ死神に堕ちるような男、俺くらいしかいねぇ。つまり、お前をこんなに愛せるのは俺だけ! だからキリィは俺が好きで、キリィは俺の女! なぁ、そうだろ? いい加減素直になって、ヤらせろよ……――」
ジャックの手が、私の胸に伸びる。
バチバチッ!
体から、雷を放電する。ジャックは「イッテ!」とすっ転んだ。
「素直になりましたけど、なにか。
日本の鍵は手に入れたし、あなたはもう用済み。二度と来ないで。さもなくば死んで」
「そんなぁ……。
はぁ、ひでぇ女だぜ。でも、最高にいい女なんだよなぁ」
ジャックは立ち上がった。逆三角形の筋肉質な体型の全景が見える。とことん好みじゃない。
「欲しいもんあるか? キリィ」
考えるまでもなく、脳裏に、ポンと浮かんだ。
「スマホ。日本製の」
「オッケー。じゃ、また来るぜ! 愛してるぜ、キリィ!」
ジャックは煙のように消えた。
はぁ……。
なんであいつはこうも、私があいつを好きなどと言う意味不明な勘違いを永遠にし続けているのだろう。
本当に意味が分からない。このまま存在ごと消滅しろ。
こうやって言い寄られると、つくづく嫌気がさす。
恋ほど軽薄なものはない。
好きだの愛してるだのと言って、結局は体目当てなだけなのだ。ジャックはもちろん、これまで寄ってきたどの男たちもそうだった。
「面白いものを持ってきて。そうしたら考えてあげましょう」
そう言って、男たちが持ってきたものを「面白くない」と突き返していたら、いつのまにかジャック以外のやつはいなくなっていた。どいつもこいつも、この私を簡単に手に入るような存在だと軽んじていたのだ。不快にもほどがある。
私にとって、恋は最も信用ならない下賎なものである。
そんな感情が向けられたと思ったら、体が汚れてしまったように感じた。ぬるくなった湯の中で、体をこすった。
はぁ。せっかくたくさん萌えてきたのに興醒めしてしまった。
早く上がって日本酒を飲みながら緋王様の「ひおさんぽ」を観て気分を上げるとしよう。
推しへの愛は、私のすべてを輝きに変える。
✦ ✦ ✦
1限から、先週受けたテストが一気に帰ってきた。
「エ、エルデさん、オール満点⁉」
「どうなってるんだ! 美しい上に運動神経抜群な上に分からないことなどない⁉」
「人を超越している! 女神以外の何者でもない!」
「皇もまたオール満点か……」
「あいつ、どのテストでも満点以外とったことないからな……」
「あいつも人間を超越してるよな……」
豚どもがざわざわしていると、いつのまにか皇が教壇に立っていた。
「これから二週間後にある文化祭の話し合いをはじめます」
今日もメガネと前髪で顔を隠していて残念。だが、目の前の手の届かないところにいると思うと、あのライブでのステージに立つ緋王様との距離感を思い出して、グッと来た。
私は萌えを求めて、両手で握りしめていたうちわを掲げた。
『しゅうえい』
『顔みせて』
昨日つくったオリジナルうちわである。まずは、名前と、よく使う『顔みせて』のうちわをつくってみた。
ライブの時で学んだことを活かし、名前のうちわは皇のイメージカラーである青緑にし、文字は見やすいようにひらがなにした。『顔みせて』の方は目に入りやすいよう、明るいオレンジとピンクで統一した。
文字の切り貼りに手間取って一つ二時間かかったが、推し事してる感じ、いい! こうやって掲げているだけで楽しい!
皇は、私のうちわを静かに見つめた。
そして、メガネを取り、前髪を掻き上げた。
う、嬉しい〜〜〜〜!
ちょうどステージと観客の距離感だから、見つけてもらえた感がある! たまらない〜〜〜〜!
豚どもは、「なんでいきなり……?」「エルデさんにいいとこ見せようとしてるな?」「許さんぞ!」などとブヒブヒ言っていたが、皇は何も言い返さない。
私も気にせず、ノートに思いついたことを書いた。『顔みせて』以外はうちわがないので、引き続きノートで要求する。
「演目は去年と同じ、サイエンスショーでいいよね」
「意義なし」
「役割分担も同じでいいかな」
「意義なし」
「じゃあ……」
私は、パッとノートを上げた。
『こっちみて!』
皇が、私の方を見た。
うっ…………! たまらなく嬉しい……っ!
「キルコさん。役割、なにがやりたいですか」
な、名前を呼ばれた?
推しから完全に認知された!! 幸せ~~~~!
「エルデさん! ぜひ我々と買い出しを!」
「ずるいぞ! それなら僕らとカンペづくりを!」
「いやいや! 準備係を我々とともに!」
「衣装調達がいいでしょうっ!」
「僕と、全体のプロデュースをしてもいいですよ」
ニコ、と皇が笑った。いつもと違う、どことなく勝ち誇ったような顔。
萌え……っ!
「では、それで……」
「えっ!」
「そんな!」
「皇ぃいい!」
豚どもがブヒブヒと敗北の鳴き声をあげた。




