11話 文化祭準備でお仕事 1
「推す」ということ。
それは、最も深く、確かな愛である。
何をしていても尊く思える、無償の愛である。
この世界で一番確かな愛。愛することで幸福になる愛。
私がこの世で一番信じられる愛である。
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白百合と黒百合が浮かぶ風呂に浸かりながら、私はぼんやり物思いに浸っていた。
……推しじゃない。
皇が……。
そんなことがあるだろうか。
こんなに尊く思っているのに……。
それにしても……。
今日のビジュ、よすぎた……! 着物、前髪センター分け……好みの真ん中に突き刺さっている。
しかも、手までつないでしまった……。緋王様の握手会の握手だってたった三秒くらいだと聞いたのに!
ああ、推しに触れる幸せ……プライスレス。
また触れられたらいいが。
「よぉ、キリィ!」
真後ろから、暑苦しく、いやらしい顔が私を覗き込んできた。
おえっ。
はぐれ死神のジャックだ。約2000年間、私にアプローチし続けてくるしつこい男。
「死んでなかったの?」
「しばらく来られなかったからって怒るなよぉ! お前を悦ばせるための筋肉をつけるのに夢中になっててよぉ。どうだ? たくましいだろ? 抱かれたいだろ⁉」
ジャックは服を開いて胸を見せ、ひくひくと筋肉を動かした。
おえっ! 気持ち悪い!
「死んで」
「素直じゃねぇなぁ。本当は抱かれたいくせによぉ!
鍛えてる間も、キリィのことを考えない日はなかったぜ?
あぁ、今日も百合の花より綺麗だぜ、キリィ!」
胸ポケットから取り出したくしゃくしゃの野花を差し伸べられる。くさい言葉と不潔な花にイラッとした。
東洋支部にも西洋支部にも属さないはぐれ死神は、はぐれ死神を処刑する役割の死神に追われている。自分勝手に人々に死をもたらし、死の秩序を乱す存在だからだ。
こいつは西洋支部に所属していたが、はぐれ死神に堕ち、2000年近くも逃げ延びている。こんな筋肉馬鹿を捕えられない無能な追手たちには、呆れのため息しか出ない。
「出ていって。それか死んで」
「そう言うなよぉ。今日もキリィの好きなもん、持ってきてやったんだぜ?
ジャジャーン! 日本酒100本! ニッポンDANJI最新アルバムの初回限定緋王グッズ付き! 細心の日本観光パンフレット10冊! キリィが好きそうな日本文学と日本漫画ざっと100冊! 最新日本映画のDVD20枚!」
「遅い。もう自分で調達した」
「は? どうやって?」
「日本で仕事してるから」
「マジかよ! じゃあ、日本デートしようぜ、キリィ!」
「死んで」
「ま、それはおいおい頷かせるとして……。
調達してきてやったんだ。礼はしてくれるよなぁ?」
いらないものでもないし、やむを得ないか。
私は、湯船から右足のつま先を出した。
「ほら」
ジャックは、餌を見た大型犬のように舌を出して喜ぶと、私の足に飛びついた。しっぽのような金の一つ髷が、パタンと揺れる。
私のつま先に、やつの唇が触れる。




