9話 お呼ばれでお仕事 13
「条件反射です。音が鳴るとエサがもらえると思い、本能でこちらに寄ってくるようになっていて」
「ずるいです」
「すみません。写真はいつでも撮りますので」
じっと皇を睨む。
……顔がいい。悔しいが、なんでも許せてしまう。
「では、お好きにどうぞ」
「ありがとうございます。では、歩きながらで」
皇がまた手を差し伸べる。手のひらに触れてぎゅっと握られたら、胸がきゅんとして、たちまちムッとしていた心が消え去った。
私たちはゆっくりと、赤い橋の上を歩いた。
「一つ目です。キルコさんは僕に、好感を持ってくれていますか」
「はい」
「よかったです。
では、僕の顔を好きだと言ってくれますが、それ以外で、気に入ってくれているところはありますか」
「あります。
言動や表情のギャップ。私の要求に答えるために努力をしてくれるところ。自分より誰かを優先するやさしさ。誠実さや礼儀正しさも。人間的魅力の塊です」
「ありがとうございます……」
幸福感が満ちた。推し本人に推しの好きなところを語り、感謝を伝えることは、幸せなことなのだと実感する。
橋の真ん中で、皇は止まった。色とりどりの鯉たちが泳ぐ音を耳にしながら、私は、皇を見上げた。
何度見ても顔がいい……。
「では、あの時……あの日の帰り道で、キルコさんが、好き、とおっしゃったのは……。
あれは、どういう『好き』ですか?
キルコさんにとって、僕は、どういう存在だと定義づけられていますか?」
この際だから、はっきり言おう。
私は、立ち止まった。
私たちは、まっすぐに見つめ合った。
「あなたは、私の推しです」
「…………………………。
…………………………推し?」
「この世界で最も私を萌えさせ、私を幸せにする、私の生きる糧です。あなたは、私の推しです」
皇は、口を開けて固まっていた。
皇の手からは力が抜けていた。私は、語っているうちに熱が入っていたのか、いつのまにか皇の手を強く握っていた。私が握っていなければ、私たちの手は、するりと解けていただろう。
そして、しばらく経った時。スマホを手にし、ババっと打ち込んだ。
「……推し。アイドルやキャラクター、俳優など特定の相手について人に勧めたいと思うような好感を抱くこと。また、その相手…………。
……違うと、思います」
皇が、目をあげる。
息が、止まった。
皇は、本気の顔をしていた。そして、つないでいた手にグッと力を込めると、私の手を、自分の胸元に引き寄せた!
「キルコさんも、様々な検討を通し、この結論に至ったのだとおもいます。ですが、僕は、キルコさんの結論に意義を唱えます。
キルコさんの僕への気持ちは、推しではありません。
僕が必ず、証明します」
手の甲が、皇の熱い胸に触れている。
皇の体温が、心臓の音が、流れてくる。
こんなに胸がばくばくする相手、推しでなければ、なんと定義づけるというのだ……!




