9話 お呼ばれでお仕事 12
書道部屋から出ると、皇の母が私に向き直った。
「私はここで失礼するわ。なんだか体調がよくないみたいだから……。はしゃぎすぎちゃっただけだと思うけどね。
ま、あとは若いお二人で、ね。
でも、お部屋はだめですからね、秀ちゃん!
どうかまたきてくださいね、キルコさん。次はちゃんと、2人の関係に名前がついていたら嬉しいわ」
きゅっと、やさしく手を握られる。
皇の母は廊下の向こうに消えてしまった。
……もう、同担仲間には任せまい。
他の手を考えるとしよう。
最後は、待ちに待った中庭散歩である。
縁側で草履を履く。
皇が、すっと手を差し伸べた。
「よければ。歩きなれない履き物で、大変だと思いますので」
――くぅ〜〜〜〜っ!!!! かっこいぃ~~~~!
顔、言葉、手の角度、完璧!!
何より、皇の手、綺麗すぎる〜〜〜〜!!!!
いいのか……!? 推しと、手なんかつないで、いいのか……っ!?
罪悪感の混じる幸福感が胸に渦巻く。
心臓がキュンキュンして、うまく息ができない!
だが、こんな最高の機会、掴まなくてはもったいない!
胸を握りながら、私は手を伸ばした。
皇の大きな手が、ぎこちなく、私の手を包んだ。
私たちは、歩き出した。一歩一歩、小さな小石の道を踏む。この世界の存在を確かめるように、時間が永く続くように、ゆっくり、やさしく。
念願の池の近くに来て、私は、感動した。
ジャパニーズ・錦鯉! 白地に赤のまだら模様がたまらなく日本的! 透き通った水の中で美しく泳ぐ姿に、私は見惚れた。
「エサ、ありますよ」
手のひらに餌をもらい、ぱっと池に撒く。鯉たちは元気に泳ぎ、餌を奪い合うと、私のところに集まってきて、パクパクと口を開けた。
なんだろう、この既視感。二のAの男たちか?
まあ、比べ物にならないくらい錦鯉の方が美しいけれど。
「キルコさん。質問してもいいですか」
「はい。今日はずっと顔を見せてくれていましたから、一つだけですが」
「それだと、足りないかもしれません。追質問がいくつかあるので。質問数を追加していただけませんか」
条件なんて決めなくても、どんどん質問をすればいいのに。そう思いながら、ただで私の情報を明け渡すような安売りをしたくはないという女神らしい気持ちが湧き上がった。
「では、鯉を集めましょう。より多く鯉を集めた方が勝ち。皇さんが勝ったら、質問数を好きなだけ追加して構いません」
「キルコさんが勝ったら、どうしますか?」
「では後日、また撮影会をお願いします」
「それは、いつでも」
私はその場にしゃがんだ。皇は私の対局にある、池の上にかかる赤い橋に立った。
「いきます。スタート」
皇がスマホのタイマーを押した。30秒経ち音が鳴った時点で、多くの鯉を周りに集めていたものの勝ちだ。
私は念じた。
――来なさい。
吸い込まれるように、池中の錦鯉が私の元に寄ってきた。皇側には1匹もいない。
神である私の思念に従わない生き物などない。
ふっ。この勝負、勝ったな。
――パンッ。
高らかな音にはっとする。皇が両手を合わせていた。
その時だった。鯉たちが一斉に、一目散に、皇のもとに泳いだのだ!
――戻りなさい、私の元に!
そう念じるのに、1匹たりとも戻ってこない。
「申し訳ありません、キル・リ・エルデ様!」
「この音を聞くと、体が勝手にあの男の元に向かうのです!」
「この音を聞いて、餌を食べるまでは、体の自由が効かぬのです!」
鯉たちの声に、は? と思っていたその時。
リリリリ、とタイマーが鳴った。
鯉たちはすべて、皇の方にいた。皇のほうに口を向け、必死にパクパクと口を動かす。皇が餌を撒くと、死に物狂いで餌を食べ、広い池に散っていった。




