9話 お呼ばれでお仕事 11
困惑する皇に「秀英」を書かせ、私はそれを模して書いた。満足。
次の活動に移ろうと道具を片づけようとする皇に、色紙に名前を書いてほしいとお願いした。
皇の色紙サイン……それぞ、最高の推しグッズ!
皇は黙々と自分の名前を練習しはじめた。わたしたちに背を向けたまま、じっと集中して。
その時。
皇の母が、すっと立ち上がった。虚になった彼女の瞳に、皇の背中が映っていた。
私が渡した鎌の力が皇の隙に反応し、皇の母を操りはじめたのだ。
懐に指を入れ、黒い羽を出す。鎌に変わったそれを強く握りしめ、彼女は立ち上がった。
足音を消しながら、ゆっくりと皇の背後に近づいていく。
真後ろに立っても、皇は気付かない。
皇の母が鎌を上げ、勢いよく振り下ろした!
――だが。
鎌は、皇の背中に触れる寸前で止まっていた。
鎌の切っ先が、震えていた。
「うっ………………うぅ………………っ」
ぽたり、ぽたりと、彼女の足元に雫が落ちる。
私の鎌によって、意識も体も操られているはずなのに……。
――秀ちゃんが死んでしまったら、私も生きていけない……。
――神様、秀ちゃんを殺すなら私を殺してください……。
彼女の言葉が、脳裏に浮かんだ。
私は、彼女の後ろから、彼女の手にある鎌を奪った。
ふっと、彼女の力が抜けた。片手で受け止め、いっしょにゆっくり膝をつく。
「大丈夫ですか」
「あら? 私、どうしたのかしら。なんだか涙も出ているし……。変ね。
キルコさんが助けてくれたのね。ありがとう、キルコさん」
皇が、キョトンとした顔で後ろを向いた。
「どうかしましたか?」
「大丈夫、なんでもないわ。色紙、書けた?」
「こんな感じでどうでしょう」
皇 秀英――。
本人直筆サイン色紙……! かっちりした楷書! 皇って感じ……!
胸の奥が、ぐっと盛り上がるような気持ちになった。
両手で恭しく受け取る。と、尊い……。家宝だ……。
「いいじゃない! よかったわね、キルコさん」
天に掲げて、光に透かす。
キラキラ輝いて見えて、涙が出そうになった。




