9話 お呼ばれでお仕事 10
13時ぴったりに、「行きましょう」と皇が立ち上がった。
畳12枚ほどの書道の部屋に連れられた。真ん中にテーブルが置かれ、その周りに座布団が4枚敷いてある。
「どうぞ」と座布団に座るよう促されて座る。
後ろの襖が開いて、化粧を直した皇の母が現れ、私の隣に座った。
皇が私の前に黒い布を敷き、筆と墨の入った丸い器を置いた。
ジャパニーズ・筆……! 私は手に取り、じっと眺めた。緋王様の愛用の筆に似ている。なんだかたちまち欲しくなってきた。推しとお揃いのものが欲しいというオタク心がくすぐられる……!
「何か書きたい字はありますか?」
「そうは言ってもはじめてなんだし、なるべく簡単な字がいいんじゃない?」
「皇で」
「え?」
推しの名前を書く。それぞ、小さいながらも推し活の基礎基本! 「緋王」も書きたいところだが、今日はせっかくの皇dayなのだから、皇縛りでいこう。
「一字だし、簡単だし、いいアイディア! 秀ちゃん、お手本書いてきて」
皇は困惑した顔のまま奥の机に正座した。そこは、皇の特等席らしかった。筆に力を込めながら書をしたためる皇の広い背中に、恍惚とした。
皇が、書き上げた。私の横に置かれた皇の「皇」に、ドキッとした。あまりに均等で美しかったからではない。皇の字がデカデカと……! もはやこれは、サインでは……?
「これ、もらってもいいですか……?」
「こんなものでよければ……。いや、もう少し書いてみます」
「待って! まずは持ち方とか、書き方とか、そういうのを教えてあげて」
「すみません。では、まずは持ち方ですが、右手首を28度ほど曲げ、中指、人差し指を10度ほど曲げで……」
「ああもう! そうじゃなくて、手取り足取りすればいいの!! キルコさん、こう! こう持つ! 姿勢はこう! こぶし一つ分! で、いい? 秀ちゃん。こうやって、手を握って、一緒に書いてあげるの。力加減とかも分かるし、一石二鳥でしょう!?」
「大丈夫です。そこまでしなくても、書けると思います」
私は、墨で筆を整え、筆先をそっと紙に乗せた。筆の三分の一ほどを紙に沈めて、ゆっくり手首を上げながら下に描く。皇の一番上の点ができた。同じようにして、四角や横線を、手首を回しながら書いていく。
「あら……上手だわ……」
「さすがです」
当たり前だ。私は神。できないことなどない。
「じゃあ、秀英まで書いちゃう?」
「え?」
「書きます」
「え?」




