9話 お呼ばれでお仕事 9
――と、後ろの襖が開いた。皇の母だ。分厚いアルバムらしきものを三つ抱えている。
「食事はお口にあ合ってる?」
「とても美味しいです。夢のような日本食です」
「あら。じゃあ、次は一緒につくりましょう!
ところで、いいもの持ってきたから、食べながら見ない? 秀ちゃんの、小さい頃の写真!」
「この時間は、母さんは来ない予定だったはずだけど」
「だって、なんにも話してないんだもの。キルコさんには楽しんでいってほしいじゃない」
「話すタイミングを探してただけで」
「まずはこれだけどね、秀ちゃんが生まれたばかりの頃の写真! はふはふでしょう? ちょっとずつ大きくなってね、ほら、1歳や2歳のとき。この頃は今と違ってニコニコしてたのよ。ほら、可愛いでしょう!」
満面の笑みの子どもの写真がずらりと並ぶ。
私は子どもなどに可愛いと言う感情は浮かばない。。
だが……。
可愛いぃいいいいいい~~~~っ!
はふはふの皇、可愛い~~~~っ!! そして尊い!!
萌え! 萌え! 萌え~~~~っ!!
「喋りはじめたあたりから、なんでなんでってそればっかりだったわぁ。3歳の時から、ペラペラ喋り出してねぇ。どんどん自分の興味のあることに向かっていくようになって、幼稚園の3年間で私たちの知らないいろんなことを知るようになって、それを一生懸命わたしたちに説明するのが可愛くて~!」
ああ、それは今の皇に少し近いかもしれない! いっそう萌える! かンわいい~っ!
ページを捲るたびに今の皇に近づいていく。今の皇は黙々とご飯を食べていた。
入学式の写真のページになった。
「7歳の時ね。小中高大一貫の男子校に入ったの。静かな校風が秀ちゃんに合うと思って。幼稚園でもさっさと課題を終わらせて、のびのびと好きなことを研究しているような子だったし。学校は合ってたわ。だけど……。
あれは、秋と冬の狭間だったわ。秀ちゃんは、誘拐されてしまったの」
知っている。引き継ぎ資料に書かれていた。
身代金目当てではない。ただ、皇 秀英を殺す――それだけを目的とした誘拐だった。
そこで、皇は死ぬ運命だった。
だが、皇は生還した。誰の力も借りず、自分一人の力で。
「あの時は……心配なんてものじゃない。体も心も引き裂かれそうだった。秀ちゃんが死んでしまったら、私も生きていけない……。神様、秀ちゃんを殺すなら私を殺してください。そう思ったわ……」
皇の母の目から、涙が溢れた。懐から白いハンカチを出し、目元を拭う。
「生きて帰ってきてくれた、かすり傷だらけの秀ちゃんを見て、涙が止まらなくて……。神様に、たくさんたくさん、ありがとうって心の中で言ったわ。もう本当に、2度とあんな、秀ちゃんが死んでしまうかもしれないことになるのは嫌よ……。次にそんなことがあったり、秀ちゃんが死んでしまったりでもしたら、私は世界を壊してやるわ」
「分かったから向こうで泣いて。あと20分しかないから」
「はぁ、塩対応……。ああでも、お化粧直してこなきゃ。ごめんね、キルコさん。また今度、8歳からのことを話させてね。アルバムは好きに見ていいからね」
皇の母が出ていってすぐ、皇が「すみません」と呟いた。
「母がうるさくてすみません。普段はこんなに干渉してこないのですが……」
「いえ」
汁椀をことりと置いた皇と、久しぶりに真正面から目が合った。綺麗な顔に、どきりとする。
はふはふのころの皇が、今、こんなに美しく成長していたら、推したい気持ちも一入かもしれない。
母親の気持ちにはなれないが、なんだかいっそう、皇の存在が尊く思えた。




