9話 お呼ばれでお仕事 1
皇 秀英は、私の殺すべき標的である。
そして、私の推しである。
***
…………はぁ……。
死女神として生まれて2000超年。
標的に特別な感情など抱いたことはなかったのに……。
まさか、推しになってしまうなんて……。
だが、感情はそう簡単に変えられるものではない。
推しだと思ってしまったら、もう推しなのだ。
潔く、推そう。
そう決心した私は、緋王様のポスターとグッズを並べていた場所の隣に、皇の写真を引き伸ばして貼りまくった。
はぁ~~~~! 幸せ空間~~~~!
推しだと認識したら、たとえ顔が見えない写真でも、美しく見えてきた!
っていうか、後ろのこの角度から見た頬骨、綺麗すぎないか?
はあ。いい。皇、萌え!
緋王様の方が推し歴が長いから、バランスに差があるな。今度皇用のうちわをつくろう。
文字は何にするか。やはり、「顔みせて」か? いっそ、学校でも使ってしまおうか。
あとは、皇のグッズが欲しい。何かないものか。ぐるりと見渡し、二匹のネコマタスケの人形が目に入った。
片方は、皇が取ってくれたものだった。どっちがどっちか忘れたが、ひとまず片方を飾っておこう。
うん、いい感じだ。
緋王様のコーナーをまじまじと見て考える。アクスタ、いろいろな衣装を纏ったブロマイド、雑誌、写真集、ぬいぐるみ、緋王様がプロデュースしたオリジナルグッズ……。
ちなみに、緋王様もそのまま、私の推し継続である。
よくよく考えたのだが、緋王様と皇は別物だ。
緋王様は、アイドル。つまり、手の届かない夢の場所での推し。
皇は、現実世界での推し。
こう住み分ければ、どちらも平等に推せるというものだ。
リン、と電話が鳴った。
指で招き、受話器を取る。
「おはようございます、ハデス」
『おはよう、キル・リ・エルデ。今日は、皇 秀英の魂、持ってこられそう?』
「善処いたします」
『君なら、そろそろ持ってこられるよね?
じゃないと、君が今まで積み上げてきたキャリアが総崩れだ。約束どころか、今までみたいな生活はもう……ねぇ?』
クッソハデスが!!
唇を噛んで、必死に舌先まで出かかった怒りの言葉を抑え込む。
必死に、必死に喉の奥に押し込めて、やっとごくんと飲み込んだ。
「……私が、できないはずがありましょうか」
『そうだよね? じゃあ、待ってるよ。キル・リ・エルデ』
ガッチャン! 思い切り受話器を叩きつける。
クソクソクソクソ! 脅してくるなんて、なんって最低最悪な男……!
ああ、腑が煮えくり返る!
いっそもう、仕事を放りだしてやりたい! こんなクソ西洋支部なんて抜けて、「はぐれ死神」にでも堕ちてやろうか。
いや、そうしたら処刑対象として西洋支部からも東洋支部からも追われる身となる。やはりそれは面倒だ。
東洋支部へ部署移動できれば最高なのに……。そういうシステムさえないなんて、ブラックにも程がある。
まあ、置かれた場所で咲くしかないか。悠々自適な生活のために……。
黒いソファに寝そべり、ネコマタスケを抱きしめる。
推しであっても、魂を狩らねばならない相手なのは変わりない。
これまで通り萌えるときはとことん萌え、殺せるチャンスがあれば積極的に手を伸ばす。
そして、一日最低一回は仕事をするスタンスを貫いていこう。
言うなれば、「お仕事」と「推し事」の両立だ。
ふふ、我ながらうまい。ジャパニーズ・掛詞!
そうだ。これからは緋王様を愛する活動を「推し活」と呼び、皇に萌える活動を「推し事」と呼ぶことにしよう。
とにかく、魂を狩るその時まで、たくさん萌えを摂取しておかなければ。




