6話 ファンサで推し事 6
私は背中に手を回し、教室に置いていたノートとペンを手の中に呼び寄せた。
「これ、やってほしいです。今」
さらさらと書いて、皇に向ける。
『キス顔して』
「どういう顔でしょうか。僕は、経験がなく……」
「目を瞑るだけです。やってください」
目を瞑っている間に、後ろから鎌で魂を狩ってやる。
皇は、考える人のポーズで考え込んだ。
やがて、覚悟を決めたような顔を上げた。
皇が、私のスカートの隣に手をついた。顔が、グッと近づく。
ゆっくりと、皇が目を瞑った。
――息が、できなかった。
間近に迫る皇の美しい造形美に――どちらかが首を伸ばせば、唇が重なってしまうような距離に困惑し、体の機能の全てが停止していた。真っ白になった頭の中に、心臓の音だけが鳴り響いていた。ふゎ、と唇から息が漏れたのが、皇の唇に触れた。
皇が目を開けた。手を膝に戻し、しゃんとまっすぐに座る。
ふっと、私の全身から力が抜けた。ふらりと背もたれにもたれかかる。バクバクと鳴り響く心臓のせいで苦しくて仕方ない。私は呆然と天を仰いだ。
「すみません。うまく、できませんでした」
皇に目をよこす。皇は、本気の顔をしていた。わずかに、悔しさが滲んでいた。
「頬下の表情筋の使用度合い、唇の形等、最適な数値を測った上で調整、練習をして、確実に習得し、キルコさんの期待にお応えします。他のものも、全部、必ず」
キュン。心臓に、天使の矢が突き刺さった。
私のために、全力で最高のファンサをする熱意、その努力感……。
こいつ、推せる……っ!
――って、何を考えているんだ私は!!
緋王様という推しがありながら、皇を「推せる」だと……!?
しっかりしろ、死女神キル・リ・エルデ!
そもそもあの男は標的! 顔がどれだけ好きだろうと、心臓が焦げるほどに萌えようと、私が魂を狩るべき相手……っ!
目を……目を覚ませ、私――っ!
あ。
そういえば、魂を狩るのをすっかり忘れていた……。
私がそのことに気づいたのは、愛する我が部屋のソファにダイブした後だった。




