6話 ファンサで推し事 2
下駄箱を覗くと、青い手紙が一通入っていた。
皇からだった。
『キルコさん
土曜日は貴重な時間をいただき、ありがとうございました。ゲームセンターも、メイド喫茶も、回転寿司も、僕もどれもはじめてだったのですが、とても楽しい時間を過ごせました。
それなのに、帰り際に怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。どんなことでもしますので、どうか許していただきたいです。そして、図々しいことは承知ですが、可能であれば、今日からの約束もそのままさせていただけるとありがたいです。
何卒よろしくおねがいします。
皇 秀英』
詫び状か。
別に怖がってなどなく、ただ萌えていただけなのだが。
きっちりと配列した字から伝わる真面目さが、なんだか笑えた。
教室にいくと、豚どもが一斉にブヒーッ! と鳴いた。パソコンをいじっていた皇は、ちら、と私をメガネ越しに見上げたが、所在なさそうに画面に視線を戻した。
同じメガネをかけている……。スペアだろうか。
私は寄ってきたブタどもの朝の鳴き声を総じて無視し、皇の真正面に立った。
「おはようございます。これ、お返しします」
「あ……ど、どうも……」
皇は目を合わせず、手だけを伸ばしてカーディガンとメガネを受け取った。
「今日から、よろしくお願いします。ちゃんとメガネ、とってくださいね」
「……え」
皇が、顔を上げた。前髪とメガネとで、全く顔が見えない。
私は、自席についた。
豚どもは、皇を取り囲み、ブヒブヒと激しく鳴いていた。
豚の肉壁の間からわずかに見える皇に写真機を向け、今日の運命写真を撮った。
今日は大した出来事はない、か。
だが、今日で全てを完結させる必要はないのだ。
今日は、明日以降の下準備をする。
昼食で、皇と過ごした時に、必ず。
――と、きちんと仕事をすると決めているのだから、それ以外の時間は好きに使って構わなかろう!
1限がはじまるなり、私はノートを開き、『顔みせて!』と大きく書いた。
皇がこちらを向かないか、ワクワクしながら待つ。
世界史の担当教師の長い無駄話が終わり、くるりと黒板の方を向いた時、ついに、皇が私の方をチラリと見た。私はすかさず、ノートを皇に見せた。ジャパニーズ・バラエティ番組で時々映る、カンペを持ったスタッフのごとく。
皇は、少しもそもそとあたりを見渡した後、そっとメガネをとった。そして、前髪を、眉の上に簡単に流した……。
うっ……! 顔、いい…………っ!
髪を流す仕草も、美……!
萌え……っ!
そんなことが1限の間にもう一度あって、2限の途中にもう一度あって、深いため息をつき、多幸感の中で私は気づいた。
まるで、ファンサではないか……!
アイドルと目が合った時に自分のために萌えるポーズをおねがいする、ファンサービス……。緋王様のライブ映像でそれを叶えてもらっている女たちがどれほど羨ましかったことか。だが私も、うちわやボードさながらのこのノートで、あんなきれいな顔の男に、私の要求を叶えてもらっている!
だが、そう気づいて、はっとした。
顔を見せろという要求だけではなく、ポーズも一緒に要求できれば、より一層の萌えが手に入る……っ!
ポーズ……何があるだろう……!
ポケットに入れていたプリクラを見る。そうだ、一番萌えるポーズは、これだ!
ガサガサと急いで書き殴る。書き終わったところで、皇がこちらを見た。私は、前のめりになってノートを見せた。
『指ハートして!』
皇は、ピシリと固まった。顎に指をあててしばし考えたのち、パソコンで「指ハート」を検索し、画像を拡大してその画像の指に分度器を当てて角度を調べ、今度は自分の重ねた人差し指と親指に分度器を当ててちまちまとずらしながら的確な位置を探していた。
考えるな!!!!
っていうか、顔を見せろ、顔を!!




