6話 ファンサで推し事 1
「おはよう、キル・リ・エルデ。
相変わらずひどい部屋だね」
目を開けると、真上に見慣れた男の顔があった。
「おはようございます、ハデス」
男と言っても、ハデスは中坊ほどの少年の姿である。昔はこうではなかったが、全知全能の神に本来の力の半分を奪われ、このような姿になったとか何とか。
とはいえ、一昔前の英国紳士風の黒い燕尾服姿なのはあの頃からかわらない。
黒いシルクハットから、肩までの長さの銀髪が流れている。右目だけ前髪で隠しているが、邪魔ではないのだろうか。
「どうされました?」
「昨日一昨日と連絡が取れなかったから、進捗状況の確認に来たんだ。上司として当然のことだよ」
そういえば、土曜日に留守電にしてから、昨日も一日留守電にしっぱなしだった。まあ、休日措置として当然のことなのだが。
「金曜日にお伝えしましたが、情報収集をしながら、慎重かつ着実に仕事を行なってまいりますので、今後は確認は結構です。成果が出た際に、こちらから報告に伺います」
「これ、標的?」
ハデスの右手に、土曜日に撮ったプリクラが浮いていた。
「なるほど? 接近して地道に頑張ってるってわけだ。いつもの君らしくもなく」
「私はいつも通りの仕事をしております。他の死神たちでも10年かかったといわれる相手ですから、慎重かつ着実に魂を回収できる術を探しているまでです。どうかしばらくお待ちください」
「西洋支部の使えない部下たちの中で一番のキャリアを持つ優秀な君に、僕は絶大な信頼を向けているよ。
ただ、この標的は、なにがあっても確実に魂を回収しなくてはいけない。だから、また進捗を聞かせてもらう。
じゃあ、次こそいい報告を。キル・リ・エルデ」
煙のように消えていったハデスの跡地に、プリクラがひらりと落ちた。
すっと指を動かしこちらに引き寄せ捕まえる。
そして、手元にあった空き瓶を、思い切りハデスの跡地に叩きつけた!
あのクソ上司……! 人の部屋に不法侵入した挙句、嫌味ばかりタラタラタラタラと!!
大体、「何があっても魂を回収しなければならない」って、死神の仕事として当たり前のことだろうが! 私を舐めているのか! 「この標的は」と皇を特別視したような言動も腹が立つ。つまり、成果を上げて東洋支部を嘲笑い、東洋支部より上の組織として位置づきたいのだろう?
自分の欲望のために私をこき使いやがって……殴り倒してやりたい。
あの男が死神を消滅させる「死神殺しの鎌」さえ持っていなければ、私の方が力は上なのに。
いっそ鎌を奪って私が西洋の長になってしまうか?
いや、それはそれで面倒だ。毎日仕事三昧の日々なんてありえない。私には、時々振ってきた仕事をさらっとやって、悠々自適に堕落的な推し活生活を送るのが向いているのだ。
そのためには、このキャリアを守るほかない、か……。
ため息をついて、抱きしめていた2匹のネコマタスケたちを体の上からどかす。
土曜から日、月とずっとくるまっていた皇のカーディガンと、つい持ち帰ってきてしまったメガネを見る。
……なぜだろう。返したくない。皇のにおいがしみ込んだカーディガンに、ずっと包まれていたい……! 吸ぅ……っ! はあ、いい匂い……。
だが、返さないのはさすがに礼儀がない。私は美しくあることを信条とする死女神。ジャパニーズ精神である礼儀は、体現していきたい。
私はカーディガンを脱ぐと、指を鳴らし、カーディガンを美しく畳んだ。
カーディガンに軽く触れ、ウイルスを混ぜる。念のため、今日以降の仕事がうまくいかなかったときの保険だ。
私はそれとメガネを胸に抱き、扉に鍵を差し込んだ。




