14話 映画の後でお仕事 9
放心しながら劇場を出る。
よすぎた…………。
幸せ。幸せの極み。
ああ…………。
緋王様こそ私の幸せ……。
緋王様を推していてよかった……。
まさかこんな近い距離で、こちらを見てくださる日がくるなんて……。
我が2000年の人生で、今日が最高に幸せな日かもしれない……。
あぁ、おなかいっぱい……。
酒も何もとらなくていい。この幸せな気持ちのまま眠りたい。
だが、そうもいかないのが私の仕事のつらいところだ。
ビル風に吹かれながら、人の多い光の街を、皇に導かれるままゆらゆらと歩く。
「このまま死んでしまいたい……」と呟くと、皇が私の顔を覗き込んだ。
「キルコさんの幸福度はとても高いように見えますが」
うん、目の前に好きな顔もあるし幸福度は最高だ。
「だからこそ死にたいのです。最高に幸せな瞬間に死んでしまえば、その幸せは永遠のものになりますから」
皇は、ほぅ、と息をついた。
到着したのは和風のカフェだった。
半個室のような空間に入る。座ると、一気に脱力した。
皇が開いたメニューをちらりと覗くと、茶のメニューが多いようだった。ちょっとした食事もデザートもある。
皇は茶蕎麦を、私は抹茶のミニパフェを頼んだ。
「今日はありがとうございました。はじめて映画をみました」
「はじめて?」
「はい。あまり興味がなく」
「それはもったいないです! 緋王様の出ている映画のDVD、今度貸すので観てください! 緋王様、すごかったでしょう? 登壇した時と演技の時の差……! 同じ人なのに、違う人のようで! 表情一つ、息づかい一つで感情を表現して……まさにプロです!」
「すみません、そこまで注目していませんでした。キルコさんを見ることを優先していて」
「もったいない! 今回の映画もDVDになったら手に入れるので、貸したら観てください!」
「分かりました」
皇の前に、蕎麦が運ばれてきた。
おお……これが、ジャパニーズ・蕎麦……。
緋王様が長野県に行った時に食べていたものだ。あの時の蕎麦と違って緑色なのは、茶が練り込まれているかららしい。
「食べてみますか?」
皇が箸とつゆを差し出してきた。
3本ほど箸で取り、持ち上げる。たしか、つゆにつけて、すするのだ。
しゅるっと口の中に入れると、ふわっと茶の香りと、違う香ばしさが口の中に広がった。つるつるで噛みごたえもいい。つゆのしょっぱさもちょうどいい。
もう少し……と箸を伸ばすと、皇が店員につゆが入ったカップをもう一つ頼んでいた。




