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第3話 「遅死と不死身」

女神から授かった異能は、不死身でもなく無敵でも無く、「遅死」であること。嘘を見抜くこと。心の色を読むこと。死ぬまでただただ、悪と戦えと言わんばかりの「恩恵」を受け入れた青年の破滅的で悲惨な戦い。第3話です。


その深めの穴倉には昔から巨大な灰色熊が住み着き、森を訪れる狩人も近寄らぬ。森に慣れている狩人たちは毒矢を持ち歩き、フンや樹木に記された新しい爪痕を見つけると静かに距離をとって立ち去った。森の主は、森が豊かであるため滅多に人里に降りることは無かったし、人々もむしろコボルドやオークなどの亜人種モンスターを恐れていた。


ある日、若い狩人が誤ってその穴倉に近づいてしまったとき、彼は後悔よりも先に、奇妙なものを見つけた事に興味が行き、それほど慌てることも無かったという。

その奇妙なものとは、大きな灰色熊の骨だった。


あぁ、森の主はとっくに死んでいたわけだ。こりゃ、村の連中に知らせないとな。若者は大急ぎで村へ帰った。実は、彼はこの時、女神に口づけされる程幸運だったのだが、それを知ったのはしばらく後のことだ。



その頃、フォルクスと言う異能を持つ若者は約束の修行に励んでいた。

<この若者は、凡そ剣技と言うものを学んだことが無いんだな。>

指南役となった砦の指揮官ヒザムカは、猪突猛進に練習用の武器…水分が少なく軽い木の棍棒…メイスの代わり…を振るう若者に率直な第一印象を持った。


ただし、一撃が重い。鍛えられた体躯からしなやかに振るわれる棍棒は練習用とはいえ人を殺しかねない。一撃一撃が全力だ。なるほど。彼の特異な能力がそうさせてしまうのだろう。

相打ちは、彼にとっては勝利なのだ。


女神に愛された能力とは言うが、難儀なものだ。ヒザムカは難なくフォルクスの攻撃をかわして、その首に剣をあてた。勿論刃を落としてある剣だが。


「キミは、首を落とされても呪文を唱えられるのか?違うだろう。今までそこまで腕のたつ使い手に出会っていなかっただけだ。いくら死を遅れさせる能力とは言え、首が落ちればそれまでだ。呪文も使えまい。戦い方を変えろ。生き残らねば、守る者も守れんのだ。救うものも救えんのだ。」


木の盾を持たせ、基本的な防御を。特に首を守る事に専念すれば、彼の生存率は上がるだろう。一週間の契約ではあるが、この若者は、死なすには惜しい。ヒザムカの正直な感想だった。あの戦いを救ったのがこの戦いの素人であるのは事実。そしてその行動に心打たれたのも事実。


「キミは聖戦士と呼ばれているそうだな。教えてやる。戦士とは、戦に出て、死なずに帰ってくる者。戦って、生き残る者こそ戦士。」


ピオは、最初の数日、ひたすらにフォルクスを見守った。彼がうち伏せられるたびに一瞬目をそむけたが、すぐに立ち上がる彼の姿を、拳を握りしめて応援していた。

ちなみに、弓使いルージはその横で寝転がり、むしろピオを眺めていた。


「ねえ、ピオ。あんた、神聖魔法使えるようになったんだよねえ。」

「え?はい?たぶん。」

「心配してみている暇あったら、あたしと練習しよっか。」

「え?あたし武器なんて持ったことないけど」

「あるもんなんだよ、非力な者でも使える武器ってのは。意外とね。」


ピオは別のホールに引きずられていった。

「フォルクスにずっと守ってもらうつもりかい?自分も少し強くなろうと思わないのかい?」

「それは思うけど…あたしみたいのが戦うって…魔法?」

「あはは、ムリムリ。何年かけて覚える気だいアンタは。まぁいいや。ここに在る武器から色々試してみようか?」


ピオは戦いなど望んでいなかった。むしろ戦いに憑りつかれ呪われたフォルクスをいつか平穏な暮らしに戻す事こそ自分の使命なのではとすら思える。かといって、自分が足手まといであれば、フォルクスをより危険に晒す。この矛盾を、うすうす感じ取りながらも、やはり自分が戦う姿は想像できなかった。神聖魔法が使えるようになった。それだけではだめなのだろうか。…だが、ピオは、この問いに新しい答えを出すことになる。もうすぐに。


第3話「遅死と不死身」


 村で事件が起きたのはその僅か数日後のことだ。

村はずれの夫婦が忽然と消えた。夫は狩人で森に詳しく、弓も扱えた。だが、2人とも消えた。

2人が住む質素な家は入り口を滅茶苦茶に壊され、大きな見た事も無い足跡が至る所に残されていた。足跡は人の形に似ており、亜人種の襲撃と誰もが思ったが、あまりに大きかった。

オーガより。大きい。ジャイアントを思わせる大きさだった。


村の屈強な勇気ある男たちが数人、弓と槍、松明を持ちながら捜索の為に森へ分け入った。


そして、誰も帰って来なかった。

――――――――――


冒険者の酒場では、砦を救った英雄の話は多少の広まりを見せており、フォルクスを見る目も少々変わっていった。駆け出しの若造から、有望な新米冒険者へと。まぁその程度の話だが。


「よお、カカムル村でヤバいのが出ているらしい。村人が亜人種に攫われているようだぞ。」

「オーガか?コボルドか?」

「判らん。でかいらしい。」

「依頼が来たのか?軍はどうしてる?」

「まだ何も動きはない。」

「じゃぁ待つしかねえな。」


冒険者たちのそんな一連の話題を聞いて、フォルクスはすぐに動き出した。

「僕が行こう。」

「ちょい待ち。依頼が無いってことは金にならないってことだよフォルクス!」

「勿論、金に意味が無いなんて僕も思っていない。だが攫われたと言うことは一分一秒を争うんだろう。僕が行く。」


フォルクスは2Fに上り、支度を始めた。

「ちょ、待ってよ、あたしも行く。ルージも早くぅ!」

ルージはちょっぴりこのパーティーに加わったことを後悔した。


ルージが2Fに上がろうとした時。

ドワーフのマスターがルージを呼び止める。

「おい。唯一話の出来そうな女。お前、そのうちあの男に伝えとけ。」

「何を。」

「善意に溢れた行動は確かに称賛される。確かにな。でも、世界で同時に起きている事件を一人で解決なんかできねえよ。アイツが出かけている間に、この酒場に居る奴らもそれぞれ仕事をこなしてるんだぜ。あのイノシシみてえな若造に、伝えとけ。」

「アイツはかなり狂ってる男さ。だからほっとけなくてね。まぁ、伝えておくよ。」


ルージは2Fへ。ピオを追った。そしてピオの腕を掴んで、フォルクスの部屋の扉をノック無しで開けた。


突然開いた扉に、フォルクスは特に慌てたわけでは無いが。戦支度の手を止め、

「ど、どうしたんだい?二人とも?」ごく普通に、間抜けなことを聞いた。

「アンタに、一つだけ文句と注文がある。ピオにも関わる。いいかい?アンタのお人好しはもう十分知っている。だからそこは判って付いてきた。でもね。」


ルージは一つため息をついてから、


「人助けにさ、<僕が行く>じゃないだろ。アンタには今、あたしとピオが仲間に居るんだろ。<僕たちで行こう>じゃないのかい。もう一つ。相手が仮にこの間見たいなオーガだったとして、100匹いても正面から挑むかい?仮にアンタが生き延びてもあたしとピオは間違いなく食われる。それでも真正面から行くかい?」


フォルクスは言い返す言葉の一つも無い。いや、良い返す気持ちも資格もなかった。

くだらないほど人の好い彼は、プライドのせいで非を認めない事など一度もなかった。


「この子が大切なら、戦い方を一人からパーティーへ切り替えてほしいね。時には考えて考えて、作戦を立てることも覚えておくれよ。まだあたしたちは、人数的にも十分なパーティーとは言えないだろうしさ。」


フォルクスは二人の前に立つと、二人の肩に触れて、

「すまなかった。その通りだね。改めて言わせてもらうよ。一緒に、村の危機を救いに行こう。」そう言った。


ルージは素直過ぎるその言葉に苦笑いし、ピオは可愛らしく微笑んでいた。


――――――――――

 

 さて、カカムルの村までは5日というところ。馬に荷を乗せ、キャンプの出来る寝具のセット、調理のできる準備。前回の稼ぎは旅が旅らしくなるには十分だったが、フォルクスの金は10だし、ルージは元もとの所持金以外は家族へ渡したし、今回のこれらの用具はピオが出す羽目になった。それだけではない。ピオは自らの身を守るために柔らかい皮鎧を買ったし、フォルクスの為に硬い皮鎧を購入した。


今回の金の出所についてピオは文句を言わずにいるが、当然、フォルクスは、自分が報酬を断ったことがパーティーとしては迷惑をかけることを嫌でも学んだ。ピオが文句言わず出資していることがなおの事、彼に反省を促した。相手が貧しいのでなければ、次は権利としてもらえる報酬は貰おう。そう、心に決めた。


このように、フォルクスは初めてパーティーとして、互いの為に為すべきことのために考え方を変えることが出来るようになっていった。



 カカムルの村は一般的な農耕と狩猟の村だった。村に点在する店は殆ど仕事を取り合って要らず、狩人が複数いて、革を鞣し加工する者がおり、肉を引き取る者がおり、酒を仕入れ、漬けるものがおり、作物を作るもの。売るもの。小さいが活気がある村だった。なのに…。


町はずれの夫婦を襲ったと思われる亜人種を追った狩人たち、男たちは帰って来なかった。

これで10日帰って来ない。それだけではない。

夜に、農耕馬が襲われて連れて行かれた。それは先日のことだ。

馬の主は、重たいはずの馬を軽々と引きずっていく巨大な影を見た。馬の悲しい叫びを聞いた。だが何もできず、震えるしかなかったという…。



 「…分かりました。状況は理解できました。僕たちで、解決への努力をします。いくつかのご協力を願います。」

3人は、村で一番大きな家、村長の家に馬を預ける事、明日の朝に出立するため今晩は止めてほしい事を願い出た。勿論、快諾されたが。


「フォルクス、ピオ、馬の攫われた足跡を身に行こう。」

ルージの提案である。村長の使用人の案内で、3人は馬が飼われていた場所へ向かう。

経験値上、ルージは最も冒険者的な知識がある。間違いなくブレインである。

さて、隠す意思もなく堂々地面に押し付けられた足跡をみて、3人は思う。

オーガ100なんてことは勿論ない。だがこの巨大さは何だ?

オーガより二回りはでかい。巨人と言って差し支えない。


 村長の家に戻った3人は思案する。

「…相手の数は多くないと見たが…巨人と考えるとおっそろしいねえ。ちゃんと考えよう。イイね、フォルクス。」

「判っている。キミ達の安全を考えながら戦おう。」

「自分の安全もでしょ。盾は持ってね。」

「ああ、持つよ。」

「とはいっても、巨人の一撃を受け止められるのはフォルクスだけだろうから、あたしとピオは木々の間に身を隠しながら援護する。あたしは足を狙う。ピオは常にフォルクスを回復だ。」

ルージはちょっと考えたうえで…。

「今回選んだ武器は使わないだろうねぇ、巨人が相手じゃ。今回は回復役に徹しな。」

「うん、わかった。」

村長に食事を出してもらった3人は眠りにつくことにした。村には、今交代で夜通しの歩哨を立てている。フォルクスはそれも買って出ようかと考えたが、思いとどまった。

―――――――――――

 

 夜。寝る前のことだ。ほんの少し前のことだ。

ルージは、ピオに確認しておきたいことがあった。

「あのさあ、女神イールファスのことなんだけどもさ。」

「うん。」

「あたしは、イールファスの教会を見た事が無い。」

「あー、たぶん…」

「多分?」

「フォルクスの使えるマールカーナは戦の神でもあるから、多くの国で立派な教会を持って居るらしいよね。でも、わたしの居た村みたいに農耕や家畜とか…森の恵みで生きている村ではイールファス様を敬うことが多いのね。だから、教会を立てるようなことは少なくて、感謝祭に作物と踊りを捧げるの。」

「その踊り、できる?ピオ?」

「いや、まだ遅り手に選ばれる年じゃなかったから見てた程度であんまり。あは、結構恥ずかしいとこもあって。」

「ふーん。そのイールファスの声、ピオは聞いたんだよね?」

「うん、一応。」

「大地の恵みの神。踊りと豊穣の神。か…。」

「うん、それがどうかした?」

「いや、まだよくわかんない。お休み、ピオ。」

「変なの。おやすみ。ルージ姉さん。」


――――――――――


 翌朝。幸いにして、夜襲は無かった。

3人は戦いの身支度をして、森に向かう。現状の情報をまとめれば、昔に灰色熊が居たという穴倉がほぼ間違いない生息地だろう。まぁ、これだけ被害が出ている。素人でも足跡をたどれるだろう。まして、ルージは簡単に言えばレンジャーである。森の探索は比較的手慣れたものだ。だからこそ、いつもの長弓をわざわざ短い弓に変えた。森の中と見越した選択だ。穴倉が奥深い洞窟である場合は別の選択肢が必要になるだろう


森に向かう若い3人を見て、村の人々は大いに不安がった。特に、ピオには見知らぬ老婆が直接考え直せと直談判したほどだ。最終的に、人知を超えた力を持つ冒険者であると信じ、送り出してくれたのだが。


こうして、彼らは森へ分け入る。

先頭は当然フォルクスだが、後ろからルージの指示が飛ぶ。


森は静かだった。いや、静かすぎた。気のせいではなく、鳥の声がしないからだろう。

怖れているのだ、何かを。


馬の様に巨大なものを引きずった跡を見失うはずもなく。大きなけもの道は彼らをいざなう。程なく。死臭の漂う場所へ案内してくれた。例の穴倉へ。


――――――――――


 強大で巨大なものは、何も恐れず、身を隠すこともなく、彼らの目前で食事をしていた。

穴倉の入り口で。馬を。


「ひ…」ピオは目を背けた。

「目をそらすな!ピオ!来るぞ!コイツ、トロールだ!!」

フォルクスはメイスを抜き、盾を構えた。


聞いた事はある。トロール。巨人を除いては亜人種最大の食人鬼。緑がかった灰色の、やや尖った頭の鬼。体長は2m半もあり、並の冒険者の敵う相手ではない。手練れのパーティー、まして魔法使いの出番が必須ともウワサされる。その理由を、この時点でフォルクス達は知らないが。


食いかけの馬の近くには、人骨が転がっていた。

「貴様!許さん!このフォルクス!マールカーナの名において!人食いの鬼、倒してくれる!」

フォルクスが名乗りを上げる。


トロールは食事を辞め、目の前の巨大な石槌を持ち上げた。

考えるまでもない、旨そうな肉が3つ、攫うまでもなくやって来た。それだけだった。


戦いが、始まる。


――――――――――


「うおお!!」

鍛えられた盾の使い方を駆使し、フォルクスは盾を前にしながら後ろにメイスを大きく振りかぶる。

「ごおおああ!」トロールも雄たけびを上げ、石槌を振りおろす。

余りに重い音が盾から響いた。相打ちだが、転げたのはフォルクスの方だ。

一方のフォルクスのメイスは、願い通りトロールの肩口に勢いよく命中し、グキッという音と共に血が流れた。

フォルクスは追撃を恐れ転げ、身を立て直す。そして、怖ろしい光景を見た。

トロールの肩口の傷は、瞬く間に血が止まり、回復を確認するように肩を回すと、再度怒りを込めて吠えた。

「再生…する!?トロールは再生するのか!?」

トロール退治に魔術師や精霊術使、付術師が必要な所以である。


再び立ち上がり2合目、横薙ぎのトロールの石槌がフォルクスの盾を開いた。同時にフォルクスのメイスはトロールの横腹を打ちのめしたが、右から帰って来たトロールの石槌がフォルクスの左肩に当たり、間違いなく粉々に骨を砕いた。


トロールは笑ったように見えたが、怪物にとっても異様な光景があった。左肩を砕かれたはずの戦士は、痛みなど無いように再度上段にメイスを振りかぶり、トロールの頭蓋を強打した。


トロールもまた、驚きながら相手を見る。

フォルクスはその瞬間に、「<ハイ・ヒーリング!>」と叫ぶ。

回復の魔法。肩口はトロールと同じように、瞬時に癒えて行った。


二匹の回復するバケモノは、互いを打ち砕きながら再生し、血を吐きながら回復し、何度も撃ち合い続けた。


勿論、ピオからは回復の呪文が飛んだ。

ルージは、フォルクスが不利な姿勢と思われた時に、トロールの膝を狙い体勢を崩す事に専念した。


しかし…。

どうすれば、不死の再生する巨人を倒せるのか。想像もつかなかった。


フォルクスが叫ぶ。

「二人とも、頼む!僕は何度でも立ち向かい続ける!方法を、倒しきる方法を考えてくれ!!」


それは、フォルクスが初めて口にした、仲間を頼る、信頼の言葉だったかもしれない。


トロールの腕が折れ、再生した。額にメイスが直撃し、確かに骨を割ったが再生した。

フォルクスのアバラが折れ、内臓に刺さり苦悶の表情を浮かべたが、切り替えて唱えた継続回復の呪文で癒やした。


「ピオ!昨日の刀を持ちなさい!」

「え!?」

「昨日の刀を両手に持って、フォルクスの事だけ考えて踊りなさい!」

「そ、それに何の意味が!?」

「あたしの勘が当たっていればだけど、アンタは僧侶に目覚めたんじゃない!アンタは、シャーマンとして認められたんだと思う!回復も出来るだろう!でも、イールファスは教会を持たない。だから、耳を澄ませ!イールファスの声に従って体を動かせ!イールファスに、フォルクスを救う方法を祈りながら、それだけ考えて身をゆだねるんだ!!」

「そ、そんな事…」

「永遠に不死身同士が殴り合うのを止められるのは、今はアンタだけだよ!ピオ!!」


ピオは、覚悟を決める。両手に、祭事用ククリ刀を持ち、イールファスに願う。眷属に認めると言ってくれた優しい豊穣神に願う。


「フォルクスを救わせてください。貴女にささげるこの拙い踊りで、どうか…!フォルクスに力を!」


ピオは静かに舞い始めた。見様見真似の、本当に拙い踊りを。だが、ルージは見た。そのうちに、その踊りが変わっていくのを。憑りつかれたように。別人のように。次の動きを全て知っている踊り子の様に。15と思えぬ妖艶さすら時に纏って。


大地に、水面の波紋が生まれるように、何かが大地を通じて伝わる。フォルクスに何かが届き始めていた。


「ピオ?ピオなのか? 力を感じる…湧き上がってくる…心が…炎が!!」

フォルクスの盾と、メイスが燃え出した。突然、炎を纏った。

トロールが何かをフォルクスに向かって叫んだ。


「…いや、お前は嘘をついた。本当は、炎が怖ろしいんだろう!!」


おおおおお!

互いに撃ち合う。潰しあう。


だが、トロールの回復は無かった。トロールは、その後3度相打ちを繰り返し、

3度フォルクスをへし折り、フォルクスに3度打ちのめされた。

フォルクスは自分の呪文で回復し、トロールはついに、燃えながら動かなくなった。


トロールは火や酸などの傷を回復できない。あとで知ったことだが…。


「やったね!フォルクス!ピオ!大当たりだ!アンタの手柄だよピオ!」


ピオはゆっくりと勝者となった勇者に近づく。少し、いつもと違う気がした。

そして、フォルクスの首に両手をしなやかに回し、背の高い彼の顔を強引に下げさせると、

自分は背伸びをしながら、潤んだ瞳で口づけした。


…が次の瞬間、いつもの目の光に戻った彼女は、大急ぎで唇どころか全身をフォルクスから遠くに離し、

「ち、違うんだから!今の違うんだから!!ば、バカ!フォルクスの馬鹿―!!」そう言って、森の斜面を駆け下りて行った。

「ま、待ちなさいよ危ないって!」ルージが追う。ルージが仲間に加わってくれて本当に良かった。


そう思いながらも、初めての感触に心奪われたフォルクスは、何が間違いで違うのかは判らないが、自分の気持ちの高ぶりを懸命に抑える。間違いだと言っているのだから考えすぎてはいけないのだろう。落ち着かなければ。落ち着け!彼は、目に焼き付いた可憐な姿と感触を必死に振り払う努力をした。 


無駄だったが。


――――――――――

 

 一足先に村に戻ったピオとルージは、村人への説明に追われた。実際にはルージだけが。

ピオは、村長に借りた部屋のベッドに潜り、毛布を頭から被り恥ずかしさにのたうち回っていたからだ。


ルージが事の顛末を村人に説明すると、悲嘆にくれた人々からは涙と、悲しみと、それでも復讐を遂げてくれた3人への感謝が寄せられた。


フォルクスが村に着いたのは、それから3時間は後のことだ。犠牲者たちに祈りを捧げ、仮の埋葬をし、村人に渡すために遺品を集めた。トロール自身が集めたと思われる貴金属ももらい受けた。今は、それも必要だと知ったから。


村人は感謝し、遺族は遺品を受け取り、亡骸は明日にでも、村の正式な墓地へ埋葬されることになった。村人からは、それぞれが持ち寄った謝礼金として300g程が手渡された。

トロールの貴金属はルージが町で換えてくれるそうだが、それなりにはなりそうだ。


 さて、ピオだが。

ルージは、毛布をかぶって藻掻いているピオに、彼女の予想を告げた。

「あー、今回の立役者どのにはそのまま聞いてほしいんだけどお、アンタの神、イールファスのシャーマンてのは正解のようですね!」


毛布からは、「ううう、恥ずかしいよお…わたしから…キスしちゃったよお…」

と、うめき声が聞こえて来た。


「シャーマンってのは、神の力を借りて卸す、精霊術に似ていると聞くよ。さて、問題はアンタがイールファス様を慕ったことだねえ。恵みの神。豊穣と、踊りの神。豊穣ってのは即ち、子孫繁栄も関わっているよねえ~。そうしないと家畜も増えないよねえ~。わかるう?アンタはあの時フォルクスだけを考えたよね。豊穣神の心の高ぶり、一人の男に向いて当然だよねえ~。」

「うわあああん…」

「良いじゃん。それがまだ惚れた男で良かったじゃん。」

「惚れてないもん!男なんてみんな…ケダモノで…」

「…じゃあ、唯一心許しているオトコ、で訂正しておく。」

「うわああああん…」



 3人は村人の感謝を背に受けつつ、再び拠点と化しつつある城塞都市へ向かう。

フォルクスが気がかりなのは、ピオがいつぞやのひび割れた仮面を再び着けて、自分の方にまるで目を合わせてくれないことだが、ルージが「怒ってるわけじゃないのでそのうち戻る」と言ってくれたのを信じる事にした。


仲間の力で倒せた。自分では無理だった。街に着いたら、仲間の装備を見直そう。整えよう。盾を教えてくれた砦の師匠に礼を言おう。


獣の獰猛さだけで戦い続けて来た若者は、少しだけ、人に近づいていく。学んでいく。


それが女神の願う所であるかどうかは、別として。



第3話 「遅死と不死身」完


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