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どうやら私は騎士爵夫人らしい。  作者: 中谷 獏天
誰が彼女を殺そうとしたのか。
9/22

9 どうやら認めたらしい。

『おはようヴァイオレット』


「おはようございます、あの、お忙しい場合は」

『僕が君に会いたいんだ、昨日は答えを読む間も無かったし。聞かせてくれるかな』


「悪筆ですがお読みになった方が早いかと。あ、お待たせしてすみませんでした、刺繍入りのハンカチです。それとメイソンにも、どうか夫様の目を覚まさせて下さい、まだ私の顔に騙されているとしか思えません」


《いえ、ヴァイオレット様、私が間違っ》

「いえメイソンは間違いません、アナタは彼の事も家の事も熟知してらっしゃるんです、自信をお持ちになって下さい。あ、私の愚かさが移る事無くメイソンの賢さが守られる様に、それと私はメイソンに従うとの意味を込めて」

『ヴァイオレット、メイソンは』


「あ、お気に召しませんでしたか?どんな柄が良いですか?」

《ヴァイオレット様、私は》

《お気持ちだけで十分だそうですよ、お嬢様の気持ちが、やっとご理解頂けたみたいですね》


「あの、お気遣いは無用ですよ?それとも渡すのが」

《いえ、ですが私の信念から受け取れません、お気持ちだけで十分で御座います。ありがとうございます》


「あ、出過ぎた真似をしてすみませ」

《いえ、そう言うワケでは》

《ご当主様、どの柄がお好きでらっしゃいますか?》


 私めには色柄共に忠誠を示す、紺色の犬に、私の名まで入っており。

 けれどもお坊ちゃまには、ありきたりな刺繍の入ったハンカチが、籠で差し出され。


「あ、もし色もご希望が有ればお聞かせ下さい、直ぐに縫いますから」


『いや、コレで良い、ありがとう』


 何枚か眺め、籠の最奥に有った、不器用な薔薇の刺繍をお選びに。


「あ、それは最初の頃ので」

『コレが良い、ありがとう』


「あの、もしご要望が御座いま」

『次は君の好きな色柄の刺繍が欲しい』


「それだと、お好みに合わないかも知れませんよ?」

『それでも頼みたい』


「分かり、ました」


 こうなってみて、ハッキリと私の間違いを認識致しました。

 決め付けは決め付けを生み、解き難い誤解を生んでしまう。


 私が決め付けてしまった故に、こんな事に。


《では、私は所要が御座いますので、コレで》

《私も、同行致しますよメイソン》

「あ、メアリー」

『大丈夫、君を襲ったり傷付けない、絶対に』


「あ、でも2人きりは」


 ヴァイオレット様の心配を他所に、侍女メアリーは扉を閉めた。

 私より若いからと、どうして私より上だと思えなかったのか。


《凄いでしょうウチのお嬢様、アレ演技なのですよね、劇団に入れるべきだとは思いませんか?》


《深淵を覗く者も深淵に覗かれている、疑いは疑いを生み、間違いは間違いのまま伝わる。どうか、私を、引退させて下さいませんか》

《ダメですよ、後任がちゃんと動けるか確認するまでは。アナタがお嬢様にした様に、アナタにも楽な逃げ道は無いのですよ》


 追い詰めれば逆襲される事も有る、そう知っていたのですが。

 耄碌してしまった、本当に。


《次期筆頭執事を、ご紹介させて下さい》

《いえ、それは後で、セバスチャン様を信用していますが男は信じてませんので。では》




 困らせる気も泣かせる気も無い。

 けれども、どうやら僕はヴァイオレットの困っている顔も、好きらしい。


「お、お外に出ましょう、そうしたら何も無いと皆さんに」

『メイソンの間違いを君も認めないと、メイソンも苦しい筈だよ』


「それは違います、間違っているのは夫様と私です」


 コレは本気で、本心だ。

 けれど、間違っている。


『いや、君が間違っているんだよ、そこは愚かだ。自分の賢さを認めるべきなんだよ、ヴァイオレット』


 分かって貰えないのは、今までコチラ側が理解を示さなかったから。

 僕は周りを諫めきれず、問題を大きくしてしまった。


 間違いを間違いのままに、そうして問題を放置すればいつかこうなる。

 そう分かっていた筈なのに。


「あの、すみません、何を間違えてしまいましたか?」


 怯えている。

 僕に。


 そうだ、もしかすれば彼女は襲われたのかも知れない。

 なのに僕は。


『いや……いや、僕が君を殺そうとしたのかも知れないと、君はそう考えた事が、有るね』


 この前は、しっかりと確認が出来なかった。

 僕の考えに気付かれていて欲しくない、そうした僕の私利私欲が混ざり判断出来無いと、彼女の反応を無視をした。


 けれど。


「特に愚かでしたので、はい、すみません」

『いや、僕は君の死を願ったのは事実だ。つまり前から君はそこまで愚かでも無かったんだよ、愚か者に察する事は難しい、きっと僕の悪意を無意識に感じ取っていたのかも知れないね』


「それは、悪意とは少し違うかと。私は有り得ない程に邪魔者でした、寧ろ当主としては考えて当たり前かと」


 この答えの何処が愚か者だと言えるのだろうか。


 愚か者とは何か。

 何処からが賢く、何処からが愚かなのか。


『今でもそう思っているからこそ、僕の気持ちは受け取っては貰えないんだろうか』

「はい、私は相応しく無いので」


『相応しくなろうとは、思えないか、確かに僕は君の死を願ったのだし』


 殺意を向けられた者へ好意を抱け、とは、僕は凄く難しい事を要求している。


 愚かしい振る舞いをしているからと、殺意も悪意もバレていないと侮った時点で、周りに悟らせた時点で。


 悪いのは全て僕だ。


「仕方無い事だと思います、私は特に愚かだったヴァイオレットで、前世でも愚かで。見る目が無いですね、お互いに」


 心の底から静まり返った、そう芯が冷えたのは、自分の中に有る激しい嫉妬心を自覚したからだ。


 僕の為の刺繍では無く、家の為、世間体の為の刺繍。

 メイソンにはメイソンの、気持ちの籠もった刺繍、僕への刺繍とはワケが違う。


 ヴァイオレットは、僕に全く気が無い。

 当たり前だ、愚かだった以前のヴァイオレットの死を望んだ事が有る、好意を持たれない理由は十分なのに。


 こうして悲しそうに微笑まれても、全く嬉しくも無いのに。


『好きだよ』

「ダメです」


 どんなに断られても、全く諦めが付かない。


 高位の貴族こそ情愛を最優先させるべきでは無い、大局を見逃し失敗するから、と。


 そんなのは詭弁だ。

 失敗への後付け、因縁を付けているに過ぎない、本当に好きな相手と居られないなら誰も貴族になろうとしない筈だ。


『僕の見る目は確かだ、君に出会う為に失敗しただけ、今はもう君を愛してる』


「私は、ダメです」

『僕は姑息だと言ったよね、時に不誠実で卑怯で強欲なんだ。だから君が受け入れてくる地位まで、僕は身分を落としても良いんだよ』


「それはダメです」

『なら僕に相応しくなれる様に少し頑張るか、一緒に落ちるか、どっちか』


「何で、そんな」

『僕に惚れてくれないからかも知れない、けど君が目新しいだとか能力が欲しいワケじゃない、君に幸せになって笑って欲しい。好きなんだ、手放したくない』


 例え好かれなくても、せめて僕の好意は理解して欲しい。

 分かって欲しい。


「好きです」

『無理に嘘を言わないで良いんだよ、まだ時間は有るから、本当に思ってくれるだけで。最悪は体は我慢するよ』


「本当に好きです」

『泣きそうな顔で言われても、嬉しいけど、ごめんよ。ありがとう、仕事に行くね、じゃあね』


 見誤るな、思い込むな、きっとアレは身を守る為の嘘だ。


《行ってらっしゃいませ》

『あぁ、後は頼んだメアリー』


 焦ったらダメだ、また追い詰める事になる、また泣かせてしまう事になる。




「私、ちゃんと、好きって言ったのに」

《信じて貰えなかったのは仕方無いかと、お嬢様も信じていないのですから》


「え、いえ、私は」

《セバスチャン様を信じてはいても、お言葉はそこまで信じてらっしゃいませんよね。君はそこまで愚かでは無い、好きだ、そうした言葉を受け入れもせずに否定しかしてない。信じなければ信じて貰えないのです、最後は、結局は信じるか信じないかです》


「でも、愚か者は直ぐに信じるって」

《では賢者は誰も何も信じないのか、違う筈ですよね》


「ごめんなさいメアリー、どうしても、信じるのが怖いの」

《酷い裏切りに遭いましたからね、ですけど今は状況や立場が違います。貴女には既に夫が居る、帰れる実家も、逃げられる場所は他にも有るんです》


「私は、本当に、信じて良いの?」

《少なくとも私を信じて下さい、貴女を傷付ける存在では無いです》


「ごめんなさい、どうしよう、誰も」

《なら今は体力とお肉を付ける事、逃げるにも死ぬにも生きるにも、ココでは体力が必要ですから》


 お嬢様が痩せ細っていく様を見るのは、地獄の苦しみでした。

 無意識に無自覚に、徐々に生きる事を放棄し、辛さから目を背けた。


 無意識に無自覚に、自罰的な行動に出た。

 セバスチャン様を好いているからこそ、苦しんでいた。


 けれど私が手を差し伸べても、その苦しみから救えるのは僅かな時間だけ。

 本当に救えるのは。


「メアリー、ごめんなさい、ありがとう」


《では、落ち着いた事ですし、今日は本館へ参りますよ。新しく次期筆頭執事を任命したそうなので、ご挨拶を受けねばなりませんから》


「新しい人が来るなら」

《いえ、あの若い子のどちらかだそうですよ、どちらの方だと思われますか?》


「夫様は少し強引なので、あの屈強そうな子が、ジェイソンが良いかと、思うのだけど」

《私もそう思います、あまり阿らぬ者の方を筆頭にせよ、がウチの決まりでしたから》


「でも、それだと、筆頭執事が大変なのでは?」

《阿る事だけが従順さを示すワケでは御座いません、時に真っ向から対立出来る者こそ筆頭執事になるべきなのです。間違いを間違いとし、正せる度胸が無いといけませんから》


「ならやっぱり、メイソンは」

《確かに正しい部分も有るでしょうけれど、一先ずは参りましょう》


「うん、はい」




 私、彼にも嫌われているのね。

 そうよね、変わったとは言っても愚か者、この家に入り込んだ邪魔者なのだし。


《では、失礼します》


「メアリー」

《ウチとは方針が違う様ですね、ココは》


「意外と、裏では、反骨心旺盛な方なのかも」

《それはどうでしょう、相当にご当主様を慕ってらっしゃるみたいですし》


「嫌われるより慕われている方が良いですよ、ウチでは少量の毒を盛られてましたから、子供に」


《あら賢いご兄弟様で、それともご姉妹様ですか?》

「兄様ですね、人を操る才に長けてましたので、私にもそれなりに優しくしてくれて。その白いお粉は何ですかと訊ねたら、ニッコリ笑って仰ったんです。父上を長生きさせるまじない薬だ、知る者が少ない程に効果が有る、だから決して誰にも言い広めてはいけないよと。そのまま私は信じていたのだけど、今思うと、多分、私を騙したのも兄様絡みの方なのよね、急に綺麗な衣類をくれて、その直ぐ後に騙されたのだから」


《ココへ生まれ変わるお手伝いをして下さったお兄様に、感謝ですね、もし時期がズレれば私はお嬢様と出会えなかったかも知れませから》


「ふふ、そうね。でも一思いに殺って下さったら楽だったのに」

《仏様のお導きかと、でなければ病の苦しさも痛みも、真に理解する事が叶わなかったかも知れませから》


「メアリーは凄いわね、何でも良い事に変えてしまう」

《物事は常に2つの面が御座います、それらを等分に見ているだけですよ》


「メアリーが、セバスチャン様のお嫁さんだったら良かったのに」

《嫌ですよ、もう少し渋くて筋骨隆々で男臭くて力強い方が良いんですが、まぁ、産めませんから》


「そうね、メアリーが産めていたら、私はココまで幸せになれていないのかも知れないわね」

《そこはどうでしょう、乳母として仕え、結局はこうしているかも知れませんよ》


「でも実子が」

《まぁ、私の実子であれば賢く手間も掛からずで直ぐに子離れして、結局はこうなのかも知れませんよ》


「どう足掻いてもそうなるのね?」

《運命とはそうしたモノだそうですし、私も今幸せだからです、穏やかに平穏に過ごせるのが1番ですから》


「そうね」


《では、部下の方の快気祝いまで、増量しましょう》

「うん」

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