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どうやら私は騎士爵夫人らしい。  作者: 中谷 獏天
誰が彼女を殺そうとしたのか。
6/22

6 どうやら恋をしているらしい。

『意外と、味は普通だね』


 私の作ったドロドロのスープを、夫様が飲んでいる。

 離縁予定の筈なのに、何故、私に関わろうとするのでしょうか。


 そんなに信用が。


「あの、もっとちゃんと食べるので」

『食事は別のままにするけれど、もう少し君を理解する為にも、一緒に時間を過ごしたい』


「いえ、それは」

『メイソンが言った事は忘れて欲しい、アレは君が愚か者、愚かな叡智の結晶だった場合を警戒しての事。けれどもメイソンは君を知らないし理解もしていない、僕は僕で君を理解して、君にも僕を理解した上で全てを選んで貰いたい』


「ですが私が前の様に」

『それは以前の君と』


 どうして今、お腹が鳴るの、私のお腹。


「すみません」

『僕の食事の時間はもう少し先だし、見ていても良いかな?』


「嫌です、下品で、はしたない食べ方をするので」

『それが君の本来の姿なら、僕から興味を無くさせる為にも見せた方が良いと思うんだけど』


 確かに、呆れられ飽きて貰うしか道が無い。


「分かりました」




 炊事場で豪快に飲み干し、スプーンを使い掻き込んで、そのまま洗い物を始めた。

 そして医師や僕に無理矢理押し付けられた果物は、豪快に適当に切り台に直置き、刃物を洗い終わってから齧り始めた。


『ふふ、平民だったのは本当みたいだね、手慣れてる』


「物珍しさは見慣れたら失われるモノです、どうか他の方をお探し下さい」

『なら子供や教育の事を話し合おう、そこで君が愚かな事を言い出せば諦める。けれど嘘はダメだ、賢くても真に話し合ってダメな場合も有る、だからこそ本当に思ってる事を話して欲しい』


 何を悩んでいるのか、手元のリンゴを見つめ。


「あ、食べますか?」

『一口』


 食べ掛けを食べさせる事も、食べ掛けを食べる事も、貴族はしない。

 なのに彼女は僕に一口食べさせ、余りは何の躊躇いも無しに食べてしまった。


「こうした事は子供にはしませんし、させないつもりです、虫歯は大変な事ですから」

『前になった事は?』


「いえ、口移しで食事を与えられ無かったんだと思います、ただ周りは大騒ぎしてたので。今も、ちゃんと磨きます、食べ終わって少ししてから磨きます」

『大騒ぎって?』


「使用人の1人は顔が腫れて、死にました。多分、歯がボロボロだったので、そのせいだと今でも思ってます」


『ウチの医学書にまで手を出したの?』

「メアリーが、はい、平民や修道女になるにしても、知っておくべきだと」


『愚か者って、本質を理解していない者の事を言うんだと思ってる。けど君は少なくとも、歯磨きの本質は理解してると思うよ』

「読めば、誰でも分かるかと」


『僕は未だに信じて無い、虫歯で死ぬ可能性は理解してても、本当に死ぬかどうかは半信半疑だね』

「虫歯だけで死んだかどうかはハッキリして無いので分かりません、でも母親の遺体は見ました、見せられました、ふしだらに生きればこうなるんだと。鼻が腐り落ちて、母だと分かるまで随分と掛りました」


『その病気、何だと思う』

「梅毒ですね、特徴と、なりやすい職業が当てはまるので」


『でも父親も抱いたからこそ、君が出来たんだよね』

「移る前だったのか、私が知る限りでは鼻は無事でした」


『君はどうして死んだの?』


「多分結核だったと思います、咳をして吐血をして、酷く痩せていたので。倒れてから夫様が来た時、あの時に鏡を見て、鏡に映る自分を他人だと感じたんです。でも、思い出す切っ掛けでも有ったんだと思います、今みたいにガリガリでしたから」


『今は、前の父親にはどう思う』

「ココでなら捕まっているな、と、かなりの法令違反をしてましたから」


『具体的には?』

「労働時間、労働させる年齢も、暴力も見逃していたので。血の繋がりと家族は別物なのだと、今でも、良く分かりません」


『君と僕は今は家族だよ』

「すみません、私の心がこの体に宿らなければ、もっと平和で幸せにお過ごしになれた筈で。すみません、愚かで」


 彼女に僕への好意が無いからこそ、なのか、こうした事を言われると胸が痛む。

 顔で選んでしまった事は事実で。


 こんな事を僕が言わせているも同然だ。


『すまない』

「いえ、元は私が原因ですから」


『いや、元は君の前世の父親が悪い、今の君は何も悪くない』

「夢だと思い、夢見心地のままに過ごすのは、流石にどうかと」


『夢を夢だと自覚する事は難しいと聞くよ』


「そんな風に見えてたって事ですよね」

『今となっては、良い意味でね、楽しそうな君を見るだけなら苦じゃなかったんだよ。君は凄く楽しそうで、幸せそうだった』


 メイソンが心配したのも無理は無い、実際に彼女に面影を重ねて、良い面だけを享受しようとしていた。

 なら妾で十分な筈が、手間を惜しんで正妻に据え、こうなってしまった。


「あの、差し出がましい事を申しますが、妾でも、愚か過ぎる者はどうかと」

『どう考えてその言葉が出たのかな』


「もしやり直して、せめて妾にと思ったのですが、ただそれでも正妻の方のご迷惑になってたでしょうから。そう、考え、差し出がま」

『愚か者がその結論には至れない、それに、その程度と思うなら僕も愚か者だと言う事になる。君と同じ様に、君を妾にすべきだったのかも知れないと、今考えていたからね』


「お気遣い頂かなくても虐げられた等とは申しませんので」

『そう逃げられると追い掛けてしまいたくなる、諦めて欲しいなら素直に僕の言う事を受け取って欲しい』


「すみません、善処させて頂きます」

『好きな物を食べて幸せそうにしている君が見たい』


「それは、流石に」

『ご実家は修道院入りに賛成してはいないんだよね、僕も反対だ、愚かさの償いに生きるのでは無く幸せになって欲しい。君は今もう既に、それだけの価値が有る、愚かさの精算は僕と一緒に行おう』


「夫様は優しくて有能でらっしゃいます、もっと賢い方と一緒になられて下さい、私には荷が勝ち過ぎます」


『追い掛けて欲しいの?』

「あ、いや、違くて」


《失礼します、メイソンですが》

『入らないでくれ、食事かな』


《はい》

『分かった、向かうから先に戻っていてくれ』


《はい、畏まりました》


「あの、すみません、追い掛けて欲しくは無いので、どうか私の愚かさの事は私に任せて下さい」

『嫌だ』


「ご自分の価値を」

『なら君は自分自身を正しく測れてるのかな』


 あぁ、気が無い事が嫌で意地悪な物言いを。

 いや、コレは正論でも有る。


「正確には、分かっては、いませんが」

『変わってから他と比べたり測る事もしていない。だから君には課題を出す、それまでは僕らの価値の事は無しだ、良いね?』


「善処、させて、頂きます」


 暗い顔をして欲しくない、幸せそうに笑って欲しいだけなのに。


『僕は君が好ましいと思ってる、そこは理解して欲しい』


 どんな表情か見るのが怖くて、言い捨ててしまった。

 4つも上なのに、幼い事を。




「メアリー」

《はい、ご当主様がお好きなんですね》


「でも、不敬だわ、尊い方に不敬が過ぎる」

《そんな事を誰が仰いましたか》


「メイソンが」

《見誤る方の、と言うかしっかり見定めぬ者の言葉は無視して下さい。それにです、既に貴女は奥様です、セバスチャン様の妻なのですよ》


「抱かれれば飽きて」

《半々で御座いますね、何度か抱いて飽きる者も居るそうですが、同時に飽きぬ者も居る。ある種の賭けになりますので、奥の手にすべきかと》


「ぁあ、不敬だわ、罪深い事を」

《それは価値に見合わぬ者が考えるべき事、それとも見合う者にはなりたくないのでしたら、最悪は全力で課題をこなさなければ良いんです。先ずは縫い物を致しましょう、店頭に並べる品を揃えましょう、旦那様も応援してらっしゃいますよ》


「ぁあ、謝りに行か」

《お体をお戻しになってからです、このままでは旦那様が憤死してしまいます》


「本当に、そうなるのかしら」

《ご記憶に無い年では御座いましょうが、お母様もお父様も、とても可愛がってらっしゃったんですよ》


「そうして私が変な事を言い出して、分からず屋になって見放した」

《貴族だからこそ、仕方無くです、区別は大事ですから。貴族でなければ、優秀な兄弟ご姉妹が居なければ、きっと可愛がって下さった筈です》


 でも、元も何もかもダメだったから。


「ごめんなさい」

《謝るより手を動かしましょう、償いの為にも》


 夫様には正直にと、でも言えなかった事が有るのです。


 本館で夫様の素敵なお顔が、素敵な女性に素敵に微笑んでいる事に、私は胸を痛めてしまった。

 愚かで不釣り合いな自分なんかが、少しでも心を寄せてしまっている事に気付いてしまった、でも忘れるべきだと。


 なのに、どうして、何故。


 もしかして既に、愚かな私に影響されてしまった?




『どうしたら、真に大人の男になれるんだろうか』


 ウチの上司様、警備隊南地区隊長、セバスチャン・アールバート騎士爵様。

 一体何をほざ、言ってらっしゃるんでしょうか。


「ウムト、俺の耳が今、幻聴を聞いてしまった」

《あ、ケビン、俺も》

『真面目な相談なんだが』


 お嫁様が病弱だからと、決して表に出さなかった人が。

 今更、何故、今になって惚気け初めてるんでしょうか。


「何で今更惚気け始めたんでしょうか?」

《あ、初ケンカっすか》

『いやケンカはしていない』


《上司様、なら独身に惚気ける場合は対価が無いと》

『何で惚気けになるんだ』

「今まで好き過ぎて表にすら出さないんだ、と噂されてたんですし。とうとう、お嫁様自慢を我慢出来無くなったのかな、と。違うんですか?」


 えー、ココで黙るって、お嫁様の寿命の問題なんでしょうかねコレ。

 1回目は事故だって聞いてますけど、今回も。


《えっ、もしかしてお体の具合が》

『いや、いや、花嫁修業を真面目にし過ぎて弱ってはいるんだが。元気は元気だ、病の問題では無いから心配しないでくれ』


《じゃあなん、夜伽の事ですか、俺らじゃ無理ですよ童貞だし》


「えっ」

《え?》

『おい、お前は婚姻は未だだろうケビン』


「いや手とか口は有るでしょうよ?」

《無いっすよ?》

『お前は検疫行きだな』


「いや相手は許嫁で幼馴染みなんで、別に良いじゃないですか俺の事は」

《上司様、死ぬ程ケビンが羨ましいので検疫送りにして下さい》

『そうだな、話はそれからだ』


 軽口がマジの検査に。

 いや、陰性の筈だから別に良いんですけど。




「何で、マジで何で?」

《口で移っちゃったんじゃないっすかねぇ》

『まぁ、他のも咥え込んでたのは間違い無いだろうな』


「何で?」

《分かんないっすよ、俺童貞だし》

『婚姻前に性交渉をしないのは偉いぞウムト、1番に困るのは子供だからな』


 美丈夫なのに真面目なんすよね、ウチの上司様。

 王都の警備隊のバリキャリ、幹部候補生だから俺らを適当に扱っても良いのに、真面目。


 数多の女性に言い寄られまくっても手を出さず、大事に隠してたお嫁様と、極秘結婚。

 それからも表に出さず、お茶会にも出さないで。


 この半年以上沈黙を貫いてたのに。

 アレですか、あの話題はコレを察しての、フリ?


《気付いてたんですか?コイツの病気》

『いや、だが抜き打ち検査は大事なんでな、実行しただけだ』

「マジで、何なんですかね?」


『知らん、が、比べて良さを実感したかったか、1人しか経験出来無い事が嫌だったか。別れたくて、敢えてこんな事をしたのか』

「えー、まわりくどぃ」


『なら、お前は素直に別れられたのか』


「いや、けどでもぉ」

《えっ、こんな事が有っても別れないんすか?》


「いや事情による、もしかしたら強引に移されたのかもだし」

《なら言えし》


「それなぁ」

《あ、じゃあ相談はマジなんですよね、真の大人の男》

『お前は切り替えしが予測不能だな』


《良く言われます、で?》


『本気で内密に頼む』

「はい」

《ウッス》


『実はまだ、気持ちが全く通じていない』


 モテモテな美丈夫が、またまたご冗談を。

 お?


《えっ》

「マジっすか?」


『行き違いも有り、好意すら抱かれていない』

《しかも抱けてもいないんすか?》


 あ、コレ、冗談半分だったのに。


『あぁ』


 凄い、どんな人なんだろう。


《会ってみたいんすけど》

『何故』

「いやだって上司様に落ちない女が居るとか、有り得ないでしょう、きっとそれこそ行き違いなんじゃ?」


『勘違いしないで欲しいんだが、落とそうとして落とした事は。僕の場合は社交辞令としての言動しか、対外的には取っていない筈なんだが』

「そう紳士だからですよ、誰にでも平等に接して、全く気が無いと分かるからこそ追い掛ける」

《振り向いて欲しいのが殆どっぽいっすもんねぇ》


「あ、立場が逆転してるから良いんですかね?」

『いや、いや、それは無い、筈なんだが』

《もうそのままで良いんじゃないんすかね、それで振り向かれて飽きて離縁とか、逆に俺らが困るんで》


「まぁ、だよなぁ、また上司様の奪い合いが起きたらあぶれる男が増えますからねぇ」

《最近結婚式が増えましたもんねぇ、マジで》


『そうなのか?』

「まぁ、2年目が過ぎるのを待ってるらしいのも居るみたいですけど、親の圧力には敵わないでしょうね」

《でも何年も囲ってると存在を疑われるかもだし、先ずは俺らに会わせちゃうのはどうですか?》


「あ、俺の快気祝いをお願いしますよ、そしたら元気出ちゃうし、お薬の飲み忘れも無くなると思うんですよ」


『陰性結果が2度出たらだ』

《やったー、タダ飯だー、薬は俺が毎回確認してやるから安心したまえ》

「おう」


 楽しみだなぁ、美丈夫上司の奥様。

お仕事用の口調が変わるフェチかも知れません。

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