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どうやら私は騎士爵夫人らしい。  作者: 中谷 獏天
誰が彼女を殺そうとしたのか。
5/22

5 どうやら吐いてしまうらしい。

『吐いてしまったらしいけれど』

「すみません、誤解を招く様な状態になってしまって。妊娠の兆候では無く、紅茶や珈琲の飲み過ぎだと、誤解を解かせるお手間を、すみません」


『いや、そこは。分かった、だからどうか横になってくれて構わない』

「いえ、寧ろ横になると気分が悪いので、すみません、ありがとうございます」


 彼女の様子を探る為にもと、暫く本館で夕食を一緒に過ごしていた、けれども前とは違い不作法は一切無し。

 そうして何日か観察していたある日、彼女は別棟に帰った直後に吐き戻してしまった、と。


『では楽に、好きに過ごしてくれて良い、好きな物を好きに食べてくれて構わないよ』


「いえ、はい、ありがとうございます」


 それから彼女とは別々に食事をし、夜に少しだけ顔を合わせるだけの日々が続いた。


 薄暗い中、別々の灯りを使い、一緒に本を読み時に感想を言い合う。

 以前のヴァイオレットとは叶わなかった時間、有意義だとすら感じる時間。


 けれども僕は何も察してやれなかった。

 変化に気付けなかった。


『すまない、遅れてしまって、少し仕事が』

「いえ、どうかお気になさらないで下さい」


 少しでも毎日顔を合わせる日が続いたが、彼女は再び倒れてしまった。


『ヴァイオレット』

「すみません、ごめんなさい」


『いや、先ずは休んで』

「あ、大丈夫です、月経で少し眩暈がしただけなので」


 俯いてはいるけれど、明るい陽の光の元で彼女を見たのは、いつぶりだろうか。

 最近はずっと夜に会うだけで。


 だからだろうか。


 彼女は、こんなに細かっただろうか。


『どうしてこんなに、前よりも瘦せているんだ』


 その言葉に驚き、顔を上げたのはヴァイオレットだった。

 固形物を吐き戻す以外は健康な筈なのに、顔色は土気色、目は落ち窪み頬は骨の形が分かる程に痩せてしまっている。


 良く見れば手も、病人を通り越し、老人の様に。

 毎晩見ていた筈だと言うのに、僕は。


「あ、すみません、気を引く為では無いんです、ごめんなさい、違うんです」

『ヴァイオレット、僕はそんな事は』

《ご当主様お引き取りを、お嬢様のお体に障りますので》


 次の正室や妾を探している間に、僕は、何て事を見逃していたんだろうか。

 何故、どうして気付かなかった。


『メイソン、彼女は、いつから』

《申し訳御座いません》


『何故言わなかったんだ』


《お坊ちゃまはお気付きになりたくないのだろうと、それにヴァイオレット様からも、気を引く為では無いと口止めされ、謝られ》

『具合が悪いのは仕方が無い事だろう、どうして彼女が謝るんだ』


《お坊ちゃま、部屋でお話をさせて下さい、お願い致します》


 廊下で怒鳴るなど、ヴァイオレットが怯えるかも知れないと言うのに。


『あぁ、すまない』


 定期的に顔を合わせていた、寧ろ、前よりも頻繁に会っていたのに。

 どうして、何故、僕はあんな状態になるまで気付け無かった。


《頻繁に顔を合わせていて、何故だと、思ってらっしゃるかと》

『何故なんだ?魔法か何かか?』


《いえ、人は徐々に変化する事には非常に鈍感なのだそうです。しかも忙しく、気にしないで済むとなれば、人の心は些末な事だと捉え、気にならなくなるのだと》


『僕に策を弄したのか』

《叡智の結晶かも知れぬ方から離れて頂く為で御座います、そして彼女も、離れる事を望んでらっしゃいます》


『家に帰すワケには、いかないだろうか』


《ヴァイオレット様はご実家にご迷惑をお掛けしたくないと、修道院行きを願い出ていまして、ですかご実家からは反対されており》

『何故!僕を飛び越しそうした事をしているんだ!僕の何が足りない?何が不満なんだ』


《元婚約者様を重ね》

『彼女は彼女だ!外見が違うだけで全くの』


 僕は、そう思っているとメイソンに告げただろうか。


 いや、分かっているだろう、分かってくれているだろうと思い込み何も伝えてはいなかった。


《申し訳ご》

『いや、全ては僕が悪かった。すまない、誤解させ心配を掛けたのは僕だ、すまない』


《いえ、お坊ちゃまを飛び越し》

『僕が以前の婚約者と重ねていると、そう勘違いさせたままだった、そして叡智の結晶を求めている事を明確に否定しなかった事を先ずは許して欲しい。そして理解して欲しい、僕はヴァイオレットに興味が有ると、叡智の結晶や似ているからでは無い事を分かって欲しい』


《ですが、興味を引かれたのは》

『確かに最初は同情心と似ている事が切っ掛けだった、そして変化してからは叡智の結晶かも知れない事が、彼女を知ろうとした切っ掛けだった。けれどもそうして知ろうとして、内面が見えた時、とても興味を引いた。偽りであれ何であれ、そうだな、ヴァイオレットにも全て話そう、彼女も選ぶ側なのだから』


 例え転生者では無くても、彼女の人生は彼女にも選ぶ権利が有る。

 誰が何を言おうとも、命は1つ、そうで有るべきだ。




「すみません、先程は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

『話を、良いかな』


「はい、私も、お話をさせて下さい」


 愚かなりにも、何かをしなくては。

 そう思い先ずは甘い物を食べない様にした、これ以上償う量を増やさない為、生きるのに必要の無い物を排除した。


 それから修道院にも慣れる為、教義を学び、肉を絶った。


 そして完全に修道院の食事に慣れた頃、別棟へ移った。

 その事は私の心を軽くした、寧ろ皆さんの負担を減らせる、と喜んだ。


 ただ元から愚かな私は、本館に訪ねて来た女性を見て、改めて自分の愚かさに直面する事になった。


 何て足枷を負わせているのだろう、と。

 例え仕立て屋が直ぐにダメになるとしても、早く出て行くには身を立てるしか無い。


 それから料理も自分でして、洗濯も自分で、それから刺繍と勉強を。


 時間が勿体無いので食べ物は鍋で良く煮てスープにして、飲んでは勉強をして刺繍をして。


『ヴァイオレット』

「兎に角時間が足りなくて、夫様との時間も、苦痛だったんです」


 私なんかの為に時間を割かせて申し訳無くて、食事も肉や甘味が出てしまって、何もかもが苦痛で。

 けれどお肉を体が受け付け無くなり、一緒に食事をする時間が減り、凄く気が楽になりました。


 それからは夜に少しだけお会いするのは楽でした、前と同じで下を向いていれば、一緒に本を読んで適当に答えていれば勝手に時間が過ぎて楽でした。


 食事は十分に取っていたつもりでした、少し瘦せた程度だと。

 鏡を見る事は殆ど無かったので、気付けず、すみませんでした。


『その件については』

「すみません、ちゃんと食べます、ごめんなさい、気を引きたいワケでは無いんです本当に、申し訳御座いませんでした」


『そこまで君を追い詰めたのは僕らだ、すまない』

「いえ、違うんです、皆さん大変良くして下さいます、すみません、愚かですみません」


『前にも言った筈だけれど、今の君を愚かだとは』

「違うんです、すみません、隠し事が有りました。確かに前世の記憶は有りますが、私には何も無いんです、知識も知恵も何も無い愚か者なんです」


『経験は有る筈、君は幾つまで生きた?』

「16、17までです、愚かだったので死にました、野垂れ死にをしました」

《お嬢様、それは貴女様のせいでは無いんです、周りの大人が悪いんですよ》


「いえ、私が愚かだから、男性と駆け落ちする約束をして、家出をして、でも冗談だったと、愚かだから見抜けなかったお前が悪いと」

『いや、それは明らかに相手が悪い、愚かだと知りながら君を騙した。悪人の言う事を鵜呑みにしてはいけない、今の君は彼より賢いから分かる筈だ』


「いえ、愚かなので」

《お嬢様、今のお嬢様は愚かでは有りません、メイソンに何を言われたのかは知りませが想像は付きます。同情心や気を引くなと仰られたのでしょう》

『メイソン』

《この家の為で御座います、ヴァイオレット様はご理解して下さいました》


《理解したからこそ、お嬢様は生きる事を放棄なさったのですよ》

「違います、少し偏食が戻っただけで、私はちゃんと食べれます。だからどうか私に手間を掛けないで下さい、何も無いんです、お願いします」


『僕は君に興味が有る、愚かな間は見向きもしなかった事は謝らない。けれどもこんなに痩せ細っている事に気付かなかったのは、本当に、すまない。一緒に居る間に、君が心を開いてくれたと、勝手に勘違いしていまっていた』

「すみません、上手く立ち回れずすみません」


『君の知恵や知識が欲しいワケじゃない、出来れば幸せになって欲しい。同情心からでは無く、君は君として、1人の貴族令嬢として幸せになって欲しい』

「ですが私は」

《お嬢様はこの短期間で経営学を学ばれ、既に縫い物では独自の案を出しております。十分に今までの愚かさを覆せますよ、お嬢様》


「でも、その程度しか、本当に無いんです、実家の使用人でしたから」


『生家の?』

「ココで言う娼婦の、妾の子でしたので。だからもう、どうか平民は平民として生きさせて下さい」


『今は貴族の令嬢で、君は以前よりも賢くなっ』

「でももっと優秀な方を娶るべきです、どうか信じて下さい、関わるだけ無駄だと分かって下さい」


『その事は気にしなくて良い、君は』

《私も、お嬢様には幸せになって欲しいんです。叡智の結晶として認められずとも、そこから出る知恵も知識も無いとしても、私はお嬢様のお傍に居ります》


「何故なのメアリー」

《私は産めぬ女でした、ですがお嬢様の家に雇われ、お嬢様の面倒を申し付けられました。嬉しかったんです、面倒を見れる事が、今もです》


「愚かだったのに」

《生まれた時は誰もが愚かです、しかもお嬢様は前世の記憶に邪魔されての愚かさかと。貴女様が1番に言った言葉は、天国、そう仰ったんです。それからどんなに叱られても夢だ、天国だと、生きていられるだけで天国だと感じられる程、お嬢様は》


「その頃から、私の」

《叡智の結晶では無くても有る事ですから、旦那様も半信半疑でした。そしてご成婚なされた後も変化は無く、それでも私は傍に居るつもりでした、烏滸がましいですが私の子供だと思い育てて参りましたから》




 ヴァイオレットとメアリーまでもが泣き出した事で、僕は退散する事に。


『メイソン』


《家の為に、私は、間違った事は》

『そこは分かった、けれども、彼女をあのまま倒れさせる気だったのかい』


《そうなれば生家にお引き取り頂いても、問題無いと、そう》

『冷酷だ非情だとされるのは構わない、けれども、虐げたと噂される事を僕は全く望んでいないんだが』


《元からの事も御座いましたので、別棟での事は全て、お2人だけしか知りません》


『その事に僕は気付かなかった、あんなにも痩せ細ってしまった事も。妾を持つ資格は無いな、1人も大事に出来無いのに妾は無理だ、分かってくれるだろうメイソン。僕は彼女としっかり関わりたい、邪魔をするなら直ぐにでも父の家に戻って貰う』


《畏まりました》


 何が良いのかと聞かれたら、まだ答える事は難しい。

 今の彼女の事を殆ど知らない、今の心や本質に、まだ近付けてもいない。


 けれど間違い無く、彼女は善人で優しい。

 未だに愚か者だと言い続けてはいるけれど、今はもう愚かだとは思えない。

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