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どうやら私は騎士爵夫人らしい。  作者: 中谷 獏天
誰が彼女を殺そうとしたのか。
4/22

4 どうやら危険らしい。

「そんなに、修道院は大変なのですか」

『だからこそ、せめて、離縁後は仕立て屋になって欲しいとは思うんだけれど。出来ればココに残る事も、検討しておいて欲しい』


 修道院には決まり事が多くて、酷い場所では鞭打ちも有り得るとか。

 しかも食事は質素を極め、主食は野菜、1日に1回だけ魚が食べられるが甘味を口にしてはいけない。


 流石に、幾ら私が愚かでも、お坊さんの生活は無理。

 この長い髪も好きだし、メアリーも他の侍女も止めてくれてるし。


 けど、でも。


「もし私が前の様に愚か者になって、そう戻ってしまったら、どうかお願いします」


 もうこれ以上、迷惑を掛けないのが大前提。

 良い人には報いを、愚か者には罰を。


『分かった、けれども離縁した後の事は君のご両親が決める事でも有る、そこは改めてコチラで話し合わせて貰うよ』

「はい」


 媚びてはならない、泣いてはならない、顔色を伺ってはならない。


 多分、私は前世を思い出したく無かったんでしょう。


 流石に扱いが不条理だと気付いていましたし。

 果ては優しくされた相手に騙され、家に帰るに帰れず、野垂れ死んだ。


 病と餓えの苦しみを、思い出したく無かったのでしょう。


 でもだからって、思い出さなかったのは。

 いえ、幼かったですしね、夢だ天国だ別世界だと浮かれてましたし。


『本当に、君を責めているワケでは無いんだ、だからどうか顔を上げてくれないだろうか』

「泣いてはおりませんし、もう決して泣きませんので、どうかお気遣いなさらないで下さい。今までが今まででしたので、顔も見たくは無いでしょうし、顔を上げる事すら憚られると、どうか、ご容赦下さい」


 私は人の表情を見慣れていない、特に前世で見るなと躾けられたから。

 そしてココでも、貴族は平民の顔色を伺い過ぎてはいけないと、その言葉を勝手に自分なりに解釈して誰の顔色も伺う事が無かった。


 だからこそ、接客をも行う仕立て屋は見送りにしたのに。


 いや、コレは愚かな私への罰なんだ。

 馬鹿には罰が当たる、神様の代わりに罰を与えて下さってるんだ。


 本当にクソでしたね、私。

 いや、今でも。


『ヴァイオレット』

「はい」


 やっぱり、殺処分でしょうか。




『酷い言い方になるのを、どうか許して欲しい。確かに以前の君は、天真爛漫さが過ぎた、けれども君は変わった。今の君に対して嫌な気持ちは欠片も無い、だからどうか顔を上げてくれないだろうか、僕の為に』


 自分の罪悪感を軽減させる為だったのだろう、けれども余計に増す事になった。


 別人と思える程の絶望感に満ちた表情と、そこから紡ぎ出される言葉に、彼女がどれだけ僕へも周りにも期待していないのか。

 罪悪感を覚えた。


 僕は、何を間違えたんだろうか。


《お坊ちゃま、お坊ちゃま、宜しいでしょうか》


 ヴァイオレットの口から、同情心で領民の腹は満たされず、この家が栄えるとは思えないと言われてしまった。

 全く心を開こうとはしていない、それこそ以前の方が、まだ心を開いてくれていた。


 知りたいと思った時には、既にコチラが切られていたのだ。


『僕は、何を』

《叡智の結晶について本を何冊か購入し、読んでみましたが、どうやら全くの別人になる事は稀だそうです》


『それは、前にも聞いたが』

《今のヴァイオレット様と以前のヴァイオレット様は同じ者です。ですが以前のヴァイオレット様を全否定してらっしゃる事が、お言葉の端から、伝わってしまったのかと》


『あぁ、いや、だが』

《ヴァイオレット様もご自身で分かってらっしゃるからこそ、恥て顔を上げる事すら難しかった、けれどもお坊ちゃまは優しさのつもりで顔を上げて欲しいと仰った。もう、既に、情愛の欠片も無いと伝わってしまってらっしゃるのかと》


『すまない、そんなに端々に出ていただろうか』

《いいえ、お言葉と表情に稀に少し出ていた程度、以前のヴァイオレット様なら絶対に気付きません。ですが叡智の結晶で有るなら、無関心や情愛に関しては、既にお坊ちゃまよりご経験が有るかも知れませ》


『油断した、すまない』

《いえ、ですがやはり、以前のご婚約者様に似ている事も考慮し。私は離縁を推奨させて頂きます、例えどんな知恵をお持ちでも、危険な知識や性格をお持ちでしたら、当家の負債になります。どうか欲目に囚われず、当主として冷静なご判断を、どうかお願い致します》


 同情心や面影を重ねているワケでは無い。

 そう思っていても、やはり僕は同情し、亡き相手を重ねてしまっているんだろうか。


『あぁ、努力する』




 何で私なんかが。

 答えは直ぐ近くに有りました。


「そっくりですね、髪色以外」


 肖像画の女性は金色、私は明るい栗毛。

 でも目の色は同じ緑、顔も殆ど同じ。


《大変、仲が宜しく、今でもご当主様の心残りで御座います》


「あの、私は離縁する気なのですが、何故コチラを?」

《ご存知の通り、私は既に年老いて耄碌しております。そして考えたのです、ココまでヴァイオレット様がお変わりになったのは、もしかすれば、前世を思い出しての事かと》


 怖いわ、年の功って。


「前世、ですか」

《先ずはコチラをご一読頂ければと》


 ワゴンに盛り沢山の本。

 最初からご計画なさってたんですね、恐ろしい人、メイソン。


「あ、ココでは何ですし、部屋で読ませて頂いても」

《はい》


 前世を持つ者は叡智の結晶と言い換えられ、絵本にもなっていた。

 愚か者には罰が下り、賢き者には望むモノが与えられる。


 それは富であったり、愛する人であったり、名声であったり。


 ココでも愚かさは悪で罪、賢くなければ何も得てはならない、そう示されている。

 なら私は、やはりこの家を出るのが正解、なのに何故。


「仮に私が叡智の結晶でも、愚かならココに留まるべきでは無い。私は離縁するかも知れないと既に両親にも伝えています、何をなさりたいんですか?」


《欲目、同情心、または亡き者を重ねてご当主様が引き留めるかも知れませ。ですのでどうか、勘違いをなさらず、(おもね)らないで頂ければと》


 日頃は優しい方なのに。

 嫌な事を言わせてしまった。


「すみません、そうするつもりです。ですが手抜かりが有るかも知れませので、その時は私か侍女に伝えて下さい、善処させて頂きます」

《はい、出過ぎた真似を、どうかお許し下さい》


「いえ、元は私が原因ですから、どうかお気になさらず。どうぞ、早く証拠を消して下さい、貴方はこの家の味方、誤解を招くべきでは無いんですから」


《ご理解頂けて、感謝致します、では》


 死んでしまいたい。

 恩を返せる知恵も知識も無い、叡智の結晶たる知恵も勿論無い。


 愚か者はココでも生きているだけで罪なのに、私には何も無い、犯した罪しか無い。


 死にたい。

 死んでしまいたい。


「助けて、私はどうしたら良いの」




 今までも何度かこうして泣き付かれ、縋られた事は有った。

 けれども今までとは違う。


 お嬢様は変わった、すっかり変わられた。


《身を引く事だけ、刺繍と縫い物の事だけを考えましょう。私はお嬢様の味方です、ずっと、お傍に居りますよ》


 それは情愛や同情心、それら全てを含んだ善意と本心だった。

 けれどもお嬢様は以前とは比べ物にならない程に、賢くなっていた。


 その事に気付いたのは、懇願の涙と表情が引いた直後だった。


「そうよね、ずっと一緒だったから気付いてるわよね、すっかり私が別人になってしまったって」


《お嬢様、私は》

「良いの、その通りなの、私には前世の記憶が有る。けれど何も無いの、知恵も知識も無いの、だからお針子しか思い付かなかったの。字はココとは違うし、前も読めても書けない程度で、期待に応えられず、ごめんなさい」


 泣かない様に涙を堪えた直後、すっかり俯いてしまった。

 この昔からのクセは、やはり前世由来のモノ。


 しかもココの普通が贅沢で、全て幸せに感じられる程の、前世での酷い境遇かも知れないと。


 だからこそ、躾けも緩やかになり、果ては痛々しさから誰もが関わりを持とうとしなくなってしまった。

 それでも旦那様と私だけは、せめてと。


《すみません》

「良いの、今までごめんなさい、今も、ごめんなさい」


 この謝罪の言葉が、以前や今、今この時への事だと。

 それは勘違いだった、生きている事への謝罪だと、この時は全く気付け無かった。

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