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どうやら私は騎士爵夫人らしい。  作者: 中谷 獏天
誰が彼女を殺そうとしたのか。
3/22

3 どうやら叡智の結晶らしい。

「日記をお渡しするので、衣類の整理をさせて下さい。読まれている間、気まずいので」


 配慮よりも、どうやら本気で気まずいらし。

 本当に、君はどうしたんだヴァイオレット。


『すまないね、出来るだけ直ぐに済ませるよ』

「いえ、はい、では、失礼致します」


 既に回収していたココでの日記と、字も内容も殆ど変わらない。

 恨みの無い恨み言、叱られた事が淡々と書かれている。


『殆ど変わらない。寧ろ今までが偽りだったのでは無いのだろうか、メイソン』


《先ずは整理致しましょう。第1に偽る目的です》


『彼女の家は優秀な者を排出し続けている名家。寧ろ、コチラへの調査で何か向こうに気掛かりが有ったのでは』

《名家であればこそ、そうした失敗が有るとは考え難いですが、可能性は否定出来ませんな》


『だからこそ、僕らの家がどう扱うか次第で、離縁と共に悪評を流される』

《娘を使って貶める為か、有能さを試されていた可能性、ですね》


『あぁ、若しくは両方か』


《若しくは、本当に頭を打って別人となったのか、ですが》

『どうもそこに合理性を見出せない、生来の気質は変わらないとも聞く。しかも向こうの情報を鵜呑みにするなら、教育はそれなりにした筈、そうした情報と今が合致する』


《名家であればこそ、逆に凡庸、平凡な者の教育に関しては劣っていたのでは》


『いや、中には平民用の私塾を継いでいる者が居る、そこは考え難い。ならば、やはり、別人になったとでも言うのだろうか』


《事実は寓話よりも奇なり、本の中でも稀に見る存在では御座いますが、本に書かれている以上は無いとは言い切れないかと。それか、叡智の結晶の可能性が有るか》

『前世を持つ者の、それこそ寓話だと思っていたんだが』


《記憶を思い出し別人になるとなれば、そこかと》


 別の時代、別の国に生まれ育った者がココへと生まれ変わる寓話、民話。

 劇であったとしても、徐々に思い出す、とされているが。


 ある日、突然に思い出す事は無いとも言い切れない。

 医師にも相談したが、常人でも突然に記憶を思い出す事も有るのだから、切っ掛けは常に与えられるべきだと。


 それが彼女に本当に起こった可能性が無い、とは言い切れないが。

 証拠も何も無い。


 だが、無い事が逆に証明ともなる時が有る。


 けれども、そこにはまだ至れてはいない気が。


《次は、揺さぶりを掛けてみては。妾、次期正妻候補の方々の絵姿、釣り書きで御座います》


『あぁ、本来の目的は子孫繁栄、家を続かせる事なのだからね』


 亡き婚約者に似ているから、と決めてしまった事を激しく後悔している。

 本来なら今頃は、既に彼女は妊娠していてもおかしくないと言うのに。


《お坊ちゃま、ついでに夜伽のお相手》

『やめてくれ、どんなに病が無いと言われても、それだけは無理だ』


《失礼致しました》

『いや、いつも助かっている、すまない』


《いえ、ご当主様を支えるのも、我々国民の義務ですから》


 だからこそ、貴族は応えねばならない。

 利を生むか家の維持か、没落等は決して許されない。




『読ませて貰ったけれど、確かに内容が薄く、推察しなければ難しい内容だったね』


 はい、ですよね。


 単なる愚痴のメモ同然ですからね。

 紙とインクの無駄、しかも外に漏れたら困る。


「すみません、どうか燃やして頂けませんでしょうか」


 また目を見開いて驚くぅ。

 以前の私の事とは言えど、コレは傷付く、そこまで馬鹿だと思われ続けての優しい対応なんですから。


 ぁあ、やっぱり離縁を申し出るべきですよね、コレ。


『分かった』

「それから離縁もお願いします、時期はお任せ致しますので。今まで本当にありがとうございました」


 もう頭を下げたままで居たい。

 ホッとした顔を見てしまったら、泣く。


『どうして、そんな事を』

「愚かでしたし、今も愚かなので、もう少し賢い方を娶るべきかと」


 多分、前世でも今世でも物覚えは悪い。

 最低でも本は3回は読まないと内容を把握出来ないし、字も当然汚い。


『それは、記憶を失っているからで』

「元から大して無かった可能性も有ります、ココまで面倒を見て頂いたのですが、ご恩に報いる事は不可能かと」


『もう少し、具体的に言って貰えるだろうか』

「本は3回も読まないと内容を把握出来ませんし、字は汚い、刺繡以外は不器用。とてもお茶会にすら出せたものでは無いので、そもそもこの血を残す価値は無いかと、最初からお断りする頭も無く。すみません、申し訳御座いません、どうかお許しを」


 土下座でも何でもします。

 だからどうか、殺処分だけは見逃して下さい。


 それから実家に送るのも、何処に行っても迷惑を掛けてしまう。


『そう離縁して』

「修道院へ行こうかと、教義等は良く分かりませんが、主に刺繡で生計を立てる部分も有ると聞きますし。民としてお役に立てる所は、その位かと」


 それこそ記憶を取り戻し、人格も戻ってしまった時、迷惑を掛けても比較的大丈夫そうなのが修道院だけではと。

 と説明したいんですが、下手に気を引く事を言って不愉快にさせれば殺されるかもですし。


『まだ思い出す切っ掛けが足りないのかも知れない、それに無難に離縁するにしても、まだ1年半は必要なんだ。不妊での離縁は、子無しで2年を過ぎてから認められる、それまでもう少し頑張ってみてはくれないだろうか』


 私に好意が有れば嬉しい言葉なんですが、多分、無い。


 と言うか有るかどうか知る為に顔を上げたくない、見たく無い。

 貴族だからこそ、私に好意は無い筈なんですよ、全く。


「お妾さんを、どうか遠慮無く、本館へお入れ下さい。私は体が弱いので、以降は別棟へ行きますので、すみませんでした」




 夜伽の知識は皆無の筈、夜伽とは何かも分かっていなかった筈。

 何故なら初夜に爆睡され、その後の配慮も全く無かった。


 しかも下手に知恵を付けられても困るからと、ココの者には何も教えさせなかったと言うのに。


 いや、家から同行した侍女、メアリーの入れ知恵か。


『侍女に言われたのなら気にしなくて良い、実際にも君は病弱だったのだから』


 単なる偏食からの軽い栄養失調だっただけだが、今も貧相な体のまま。


「そこは何も言われて居ませんが、どうか叱らないで下さい、彼女はとても親切なんです。夫様の事を思い、敢えて愚かな私との子を成すべきでは無いと配慮してくれたのでしょう、この家の為を思っての事ですので、ご容赦を」


 本当に、彼女は何者なんだろうか。

 自分の侍女の存在を当たり前とし、全く気遣いすらした事が無かったと言うのに。


『君に、一体、何が起きたんだ』




 ぁあ、こんな当たり前の気遣いすら出来無かった子なのに。

 この方も家の使用人も、良く耐えてくれて。


「今まで、本当に、すみませんでした」

『いや、君を責めるつもりでは、すまない、つい』


 つい驚いてしまって、口が滑った。

 こんな立派な人が口を滑らせる程、以前の私は。


「すみません」

『すまない、本当に、泣かせる気は無かったんだ』


「情動も抑えられず、すみません。申し訳御座いません、1度下がらせて頂きます、ご迷惑をお掛けしました、失礼します」


 思い出した。

 元から私に学は無い、前世でも今世でも。


 寺子屋にも行かせて貰えず、無駄だろうからと字も教えられず、ひたすら使用人として生きていた。


 妾の子だから、妓女の子だから。


 いつも常に謝っていた、頭を上げて顔色を伺う事も許され無かった。


 この景色ばかりだった。

 廊下と足元だけ。


 ぁあ、このクセを良く怒られていたんだ、今世で。

 前世に比べたら実家の者も良い人達だったのに、私は夢なのだと、好き放題していた。


 何て事を。


 謝らないと。

 どうにか最速で、この家から出る知恵を頂かないと。




「お前が来るとは珍しいな、メアリー」

《お嬢様のご報告も兼ねて参りました》


「手紙か、相変わらず汚い字だ」

《ですが内容は真摯な物かと、ご一読を》


 ヴァイオレットに付けていた侍女の言う通り、手紙の内容は実に真面目な物だった。


 生死を彷徨い心を入れ替え、気付いた、自分には貴族の地位は不適格であると。

 そして夫にも夫の家にも迷惑を掛ける存在であるからして、早急に離縁すべく知恵を借りたい、とも。


「しかも離縁後は生家には頼らず、修道院行きまで想定しているとは」

《まるで別人で御座います、そして以前の口癖は完全に鳴りを潜めました》


「ココは夢か天国か、か」

《お怪我をなされた日から、全く、私の前でも仰られません》


「日記はどうだ」

《今は何かを警戒してらっしゃるのか書かれておられません。そして以前の物は処分をと、アールバート家当主に見せ、お任せしたと伝えられました》


「アレの補佐にと呼ばれない場が有ったのか」

《はい、お2人だけでお話し合いを、それとお出掛けもなさいました》


「そこまで変わったか」

《はい。ですので、叡智の結晶の可能性に、逆に気付いてらっしゃるかと。関連する本を筆頭執事のメイソンが既に何冊か仕入れてらっしゃいました》


 ココは夢か天国か。

 子供の頃からの歌が止み、人が変わった。


 コレは、本格的に前世を思い出した可能性が高い。


 後は、危険な記憶や知識を持っているかどうか。


「幾つに見える」

《少し大人びてらっしゃいますが、そこまでご高齢でらっしゃった様には見えません》


「不便や不満はどうだ」

《いえ、全く》


 転生者が全て大人とは限らない、とは聞いていたが、敢えて幼いままを貫き通している事も考えられる。


 だからこそ、教会派の運営する修道院には迂闊には送り込めない。

 既に知恵を悪用した教会派の存在は世間に知られている、あのスペインでの惨劇が。


「出来れば修道院送りは阻止したい、他へ誘導してくれ。商家へ関わりを求めた場合は阻止、直ぐにも私の所へ遣いを」

《刺繡で生計を立てる事を考えてらっしゃるので、仕立て屋方面へと誘導しようかと》


「あぁ、では仕立て屋へ繋ぎを」

《畏まりました》


 愚かで可哀想な私の娘。

 王宮で知り合ったカサノヴァ家の当主に娘を診て貰った事も有り、叡智の結晶の可能性が有る事を、王宮より知らされたが。


 何も芽が出ぬまま婚期を迎え、その婚家で記憶を取り戻したのかも知れない、と。


 何が足りなかったのだろうか、何を間違えてしまったのだろうか。

 どうしたら娘は幸せに生きられるのか。

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