21 どうやらお茶会の様です。
お茶会。
多分、初めてのお茶会。
超、緊張します。
『大丈夫、私が付いてるんですから』
「ありがとうございます、マリア様」
夫様は自分も参加出来るお茶会をと、でも女性だけの方が逆に安全だ、とマリア様とメアリーに押し負け。
先ずは私とメアリーとマリア様で、セバスチャン様の代になってから、初のアールバート家のお茶会を催す事に。
もう結婚して随分と経つので、一体何を言われるか。
《本日はお招き頂きありがとうございます、私……》
もう、実際のお顔と名前を合致させるので、手一杯。
凄い、貴族凄い。
皆さん流行りに敏感でらっしゃるのか、敢えてなのか、似た色合いやデザインのドレスに髪型に。
ぶっちゃけ、見分けが付きません。
「はぁ、もう、診療所の様に名札を、せめて目印でも有れば」
『あぁ、それは良い考えですね。そうした行事を催し、いつもとは違う者と関わらせる。良いですね、後で話し合いましょう』
「あ、はぃ」
そうして顔と名前を合致させるのに必死で、全く楽しくはありませんでした。
私、向いて無いんです、多分。
『お疲れ様でした』
「はぃ、ぉ疲れ様でした、マリア様」
褒める役は僕にくれ、とセバスチャン様に言われているので。
『最初は皆さん上手に完璧に、とはいかないものです、今日を軸に改善していきましょう』
「はぃ」
『途中でお話に出た催しについて話し合いましょう』
「私、そうした知恵は無いのですが」
『編み出せばよろしいだけですよ、一緒に』
「マリア様と?」
『それにメアリーやジェイソン、メイソンにと話し合って編み出す、皆さんとお話し合いは嫌ですか?』
「いえ、好きです」
『ですが今日はお疲れでしょうから、先ずは催しについてお勉強なさると宜しいかと』
「はい、ありがとうございます、マリア様」
釣った魚を与えるか、釣り方を教えるか。
正解は釣った魚を与えつつ、釣り方を覚えさせるのが、正解だと思うんです。
『大変だったみたいだね、マリア女史が仕事場に寄ってくれてね、教えてくれたんだ』
「私、やっぱり、貴族は向いて無いかと」
『初めてのお茶会はそんなものだよ、子供だって大変なんだ。寧ろ君は今まで経験していないから大変なだけ、大丈夫、今回は敢えて大変なお茶会にしたそうだから、気にしないで』
「えっ?」
正直、この驚いた顔も可愛くて好きだ。
苦労させたくは無いけれど、コレはどうにも堪らない、我慢出来る気がしない。
『簡単で楽なのに苦戦していると下に見られる、けれども誰もが大変だと思った事を必死にこなしていると』
「ご苦労様です、と、ですけど」
『大変だと教えて負担を掛けたく無かったんだ、ごめんね』
「もー、凄く大変で、本当に私って貴族に」
『良く頑張ったね、偉いよヴァイオレット』
そう、この笑顔こそ僕が求めていた笑顔。
とても嬉しそうに笑う顔が1番。
「ふふふ、褒められると嬉しいですね」
『可愛いよ、好きだよヴァイオレット』
次はどうやって褒めようか。
《お嫁様の刺繍屋さん、いつ開店なんですか?》
ウチの上司様のお嫁様、ヴァイオレット様がお店を開く予定だって。
『ウムト、君はその情報を、何処から』
《ジェイソンがくれました》
「君、本当に男色家じゃないの?」
《え、いえ別に、私用で出掛けて会った時に聞いたんです。君は刺繍は貰ったのかって、自慢した時に》
「君は誰にでもそうなんだな、凄いわ」
『少し、敢えて、出店を遅らせているんだ』
「何か有ったんですか?」
『いや、お茶会で注目を浴びてしまったので、暫く慣れて貰てから、と』
《名前も顔も出さなきゃ良いのでは?》
何でココで黙るんですかね。
『褒める部分を、徐々に、増やそうかと』
《あー、策士だー、凄ーい》
「えっ?何?どう言う事?」
《褒められて喜ぶ顔をじっくりと堪能したいんですよ、この上司様、だから小出しにさせたい》
「えっ、凄い、そこまでします?」
『いや、だけでは無いんだ、無理をさせて倒れられたくないんだ』
《あー、この感じは半々ですねぇ》
「ぞっこん過ぎて、えっ、うらやまけしからん」
《あー、ね、そろそろお嫁様の手作りの何か食べたいなぁ》
「あー、食べたいー」
『快気祝いで、良いか』
《やったー》
「やったー」
盲腸で退院伸びちゃったんだよね、ケビン。
「おめでとうございます」
「2回目の快気祝い、ありがとうございますぅ」
《本当、何か呪われてるんじゃない?》
「それなー」
盲腸発症で長引いちゃったんですよね、退院。
その前は刺されて、その前は病気を移されて。
「そうした運が悪い時って、何をなさるんですか?」
「アレですね、ハーブを窓辺に吊り下げるとか」
《マジで呪われてそうなら教会か神殿ですけど、大概は呪われて無いから無駄だって聞きますし》
『だが1回は行くべきなのかも知れないな』
「えー、仕事しないとだから無理ですよぉ、遠いんですから」
《お金が掛かるし稼がないとだしねぇ》
「あ、魔除けの刺繍とか有るんですかね、そうした柄」
『いや、無いと思うが』
「アレですよ、荊が魔除けだってしてたりもしますけど」
《正式なのとか決まりは無いですねぇ、やっぱり花言葉から選ぶ程度ですから」
「魔除けの刺繡を何種類か出してみますので、今度、皆さんに吟味をお願いしても宜しいですか?」
「勿論っすよ」
《是非是非》
何処が愚かなんすかね。
やっぱり、単に上司様の嫉妬ってだけじゃ。
『アイツらは嘘は言わない、本当に君を褒めていたよ、何処が愚かなんだってね』
「皆さんのお陰です、ありがとうございます」
『いや、君の努力が有ってこそだよ』
以前なら、褒められる事すら拒絶したヴァイオレット。
触る事も叶わなかったヴァイオレット。
本当なら忙しくなど、なって欲しく無い。
誰かに知られる事も無く、僕だけのヴァイオレットで居て欲しかった。
以前も、きっと僕は同じ様に想っていた筈、それを認めたく無かったのだろう。
元婚約者に似ていないから、幼いからと、拒絶する理由を探していた。
マーガレットが言った通り、拒絶すべき理由にばかり目を向けていた。
本当に、どうかしていた。
以前の彼女にも悪意は無かった。
今も、彼女には悪意の欠片も無い。
だからこそ、あの純真無垢だった彼女を失った事を思うと、胸が痛い。
けれど、戻って欲しいとは思えないのも事実。
実際に以前の彼女とは意思の疎通が難しかった、天国だと思い夢見心地のままに過ごしていた彼女は、人の話を半分も聞こうとはしていなかったのだから。
それも全ては、前世で親に虐げられ、裏切られたせい。
そんな出来事を思い出したく無いのは当然の事、しかも天使の加護が有ったのだから、本来ならば思い出さなかった事。
嫌な事を思い出させてしまったのも、全ては僕のせい。
素直に彼女を受け入れていれば、前世の不遇を思い出す事も、純真無垢さを失う事も無かった。
本当に相応しく無いのは、僕の方。
僕は償いをしなければならない。
僕が幸せを奪い、夢から覚ましてしまった。
愛だけでは足りない、僕は全てを賭してヴァイオレットを幸せにしなければならない。
彼女を愛する今の家族の為にも。
僕の為にも。
彼女を幸せにする事は当然。
せめて、せめて何か1つ位は夢を叶えさせてあげたい。
このままでは僕は、僕だけが幸せになる様で辛い。
僕の不条理と不合理を怒れない彼女に許される方法は、これしか無い。
「セバスチャン様?」
『愛してる、本当に』
すまない、そうしてしまえば謝り合う事になる。
謝罪より愛を伝える他に、僕に何が出来るんだろうか。
「自分に何が出来るか、か」
『はい、ヴァイオレットに償う他に、女王陛下にご指示を仰ぐべきかと』
若造が、遂に真の罪を理解したか。
「人の幸福を己が欲望の為に、理想の為に奪い傷付けた事を、やっと理解したか」
『はい、事実から目を逸らし、浅はかで愚かでした。取り戻せない幸福を、罪を、愚行を犯しました』
「だが、蝶の幸福をお前が決められるか、いや決めるのは蝶だ。蝶は言ったぞ、元の毛虫に戻りたくは無いと、今が最も幸せで有ると。私もだが、後悔付きで愛されたくはない、本当に愛しているなら愛だけにしておけ。コレで良かったのだ、この道も正しいのだよ、若造」
酒に酔った無知な蝶の夢は、本当に幸福しか無いのだろうか。
幸福を知らぬ者に幸福を与えても、幸福と感じるのだろうか。
いや、生まれ変わったばかりの私が平和を理解しなかった様に、蝶は幸福を感じられなかっただろう。
コレで良い。
この道も確かに正しいのだ、若造よ。
『ですが』
「許されるとは何か良く考えろ、何が罪で何を罰とし償いとすべきか、そして許されるべき時はいつなのか。蝶の為に良く考えろ、お前の為では無く蝶の為、蝶との幸せの為に良く考えるが良い」
罪悪感とは、憂いの次に厄介なモノだ。
人を簡単に操るには、コレ以上は無い最適な状態なのだから。
さっさと抜け出し、幸せになるが良いさ。
全く、若いのは困る。
こう心配させられては引退が難しくなるだろうに、全く。
 




