20 どうやら見守って貰ってるらしい。
『気を付けてはいたんだが、とうとう、逆転され始めた』
出た、俺らの上司様の惚気、しかも診療所で堂々と。
って言うか何故かケビンがショックを受けて、あぁ、勝ってたのに負けに戻ったからか。
うん、ケビンは無視しよう。
《その相談に乗る前に誓って欲しいんすけど》
『モノによるが、何だ?』
《俺らを一生こき使って下さい》
「え、俺に許可も無しに巻き込む?」
《えっ、嫌なの?》
「嫌じゃないですぅ」
『その、微妙に君達には不利になる様な』
《俺らの上司様はそんな事しない》
「あ、そこは信じてます、はい」
《上司様に一生付いて行きたいんです》
「まぁ、部下に優しいし、お嫁様も優しいですからね。うん、はい、お願いします」
『いや、だとしても王宮に上げる事は難しいぞ、僕の意思は全く汲んでは貰えない物事なのだから』
《そこは別に良いんです、何なら王宮面倒そうなので王宮には行きたくない》
「あー、まぁ、ですね、そこは地位も志も高い人に頑張って貰いたいですね」
《要するに忠誠を誓わせろ、そして一生の付き合いでいてくれって事です》
「うん、はい」
『何故』
《ヴァイオレット様が上司様を好きになったのと同じです、性的な意味を除いて》
「今ちょっとドキッとしたわ」
《コロコロと上司が変わるのが面倒なのも有るんですけど、俺らはセバスチャン様だなと思いました、お願いします》
「します」
『もし、断ったら』
《巨根で絶倫だって流布します、主に女性陣に》
「あー、また押し掛けられちゃうかもですね、妾候補か乳母候補に」
『上司を脅すのか』
《上司様だってヴァイオレット様に爵位を投げ打つぞって脅したじゃないですか》
「マジですか」
『何故知っ』
《こんな簡単な罠に嵌まる位に俺らと親しいんですから、一生手を組んだ方が得ですよ?》
「本当、凄いなお前」
『何が望みなんだ?』
《一生、上司様と付き合いが続く事です》
「それはそう」
『あぁ、何でヴァイオレットが僕を受け入れ難かったのか分かったよ』
《その惚気代がタダになりますよ、上司様》
「しかも俺ら下位貴族の信頼出来る情報まで得られる、確かに、得だと思うなぁ」
『なら、逆転され始めた事についての返答次第だな』
《そうそう、コレコレ》
「もうガッツリ1回は逆転されちゃうのが良いと思うんですよぉ」
程々に搦め手も使えて、けど真面目で誠実。
で美丈夫、お嫁様が超優しいし可愛い。
あ、コレ俺、結婚が遠のくかも。
この上司様狙いで近付かれた事が何度も有るし。
まぁ、良いか、結婚しなくても童貞のままでも死なないし。
《いやぁ、君も乗ってくれるとはね。うん、結婚が遠のいたね☆》
「は?」
《考えてもみてよ、実はあの上司様が狙いだって、無かったか》
「待って、情報が少ないけど情報過多なんですけど?」
《遠くから許嫁候補を探しても上司様に引き合わせたらどうなるか、かと言って会わせないワケにはいかないし》
「いや待て、実はあの上司様狙いでって、それお前、言い寄られた事が?」
《どんまい》
「ぅう」
《いやほら、君には婚約者が居たじゃん?》
「ココ最近は居ませんが?」
《俺らの嫁からの乳母からの上司様ワンチャン狙い》
「それに来られたのか、お前」
《まぁ、お陰で調査報告書が役に立ってて、そろそろ交換しない?俺の追加情報もあげるからさ》
「ぅう、下しゃい」
《素直で宜しい。俺が女ならな、結婚してやるのに》
「ヒヤヒヤしそうで無理、怖いわ」
《ちょっと度胸が有るだけなのになぁ》
「ちょっとじゃねよ、万が一にも王宮から調査が来たら推薦してやるわ」
《それマジでクソ迷惑だから止めな?偽情報渡すよ?》
「ぅう、俺が八男なばっかりに」
《分家で準男爵なだけマシじゃん、つか各国に散れば最強になれそうなのになぁ》
「ウチ父親がもうさ、近くに居ないと手紙代が凄い事になる過保護なんだわ」
《恵まれてるよなぁ、ウチ2人なのに無関心なんだよね、お陰で楽だけど》
「お姉様優秀なんだっけか」
《もうね、女傑、けどそら全力注いじゃうよね、そう天才って生まれないし》
「いや子は子だろう」
《本当、お前が女か俺が女なら結婚してやるのに》
「いやそれは本当に遠慮するわ」
コイツのこんな可愛い顔でも苦労するし、上司様みたいな美丈夫は美丈夫で苦労するし。
俺、普通で凡人顔なのに、女に刺されて入院してんの。
本当、種類が違ってもどうしたって苦労すんだな。
「モテ始めましたね、ケビン」
「えっ、俺?」
《何か有ったんですね》
「ココの看護師の方からどんな人なのかって、ふふふ」
「あー、でもそれ、上司様狙いかもですしぃ」
《実は俺にそうした事が何回か有って、コイツ今まで無くて拗ねてるんすよ》
「でも、もしかしたら違うかもで、そこは、どう分かったんですか?」
《俺に差し入れしてくれてもキョロキョロしちゃう、上司様の事を聞きがち、早くご挨拶したいとか言っちゃう、体の関係は大事にとっておきたい、将来の事を全然本気で語ろうとしてくれない、爵位が俺らより上》
「あー、うん、ありがとう、助かる、気を付けるわ」
「そうした事って、やっぱり調査だけでは難しいですよね」
「それこそ費用と人手が掛かりますし、金を貰って偽の情報を流すのも居ますからね」
《そこに知り合いだって善意で、ちょっとした事も隠されるともう、結局は顔を合わせるのが1番ですからね》
「成程、ですよね、うん」
《乳母ですか》
「そうなの、でも私って人に慣れて無いから、どう見抜いたら良いのかと」
「それこそウチの上司様ですよ」
《って言うか君に妹とか居ないの?》
「姉が1人、既婚者、遠方」
《じゃあウチの姉かぁ、けど王都じゃないからなぁ》
「そうなんですか?」
《もっと言うと国外です、ユーロスラビア王国で領地経営してます》
「ならウチの方が近いかも、ドイツで医師してるんで」
「凄い、産婆じゃなくて女医さんなんですね」
「そうなんですよぅ、ウチの自慢の姉です」
《あの従姉妹様は?》
「ナポリでご縁を繋いでるんだそうで、ですけど乳母の事を相談したら、ご自分もご結婚するって張り切ってらっしゃって」
《あー、同じ乳母の方が却って安全な場合も有りますもんね》
「俺らの嫁を紹介出来たら良いんですけどねぇ」
夫様に忠誠を誓って下さったお2人を、お助け出来れば良いんですけど。
『ヴァイオレット』
《どうも、退院となりまして、ご挨拶に伺わせて頂きました》
「あ、どうもケビンです」
《ウムトです、上司様には超お世話になっております、ご退院おめでとうございます》
メイソンの入院が少し長引いてしまったのですよね。
新しい健康診断の実施に、本を書くと張り切ってしまって、そこに体と心のリハビリも加わって。
あ、1人、心強い方が。
ただ、ご協力頂けるかどうか。
『良いですよ、アナタやメイソンの様子を伺うにも最適ですし』
「ありがとうございます、マリア様」
女王陛下からも、ヴァイオレット様をカサノヴァ家全体で支えて欲しい、とお願いされましたし。
転移転生者を支えるのが私達の家系ですしね。
感慨深いですね、あんなに小さかった子がこんなに。
『それで、乳母の事前調査を少しして頂いたそうで』
「はい、メイソンが書類を」
《はい、コチラで御座います》
心を病み体にまで出てしまったアールバート家の筆頭執事、メイソンの為に、ヴァイオレット様は私をリハビリ相手に選んで下さった。
罪悪感は体を蝕む、本当に良い症例でした。
『すっかりお顔色が宜しいですね』
《はい、お陰様で、ですが相変わらず手は、年には勝てませんね》
「動かさないのが1番だそうですから、痛いのは我慢してはダメですよ」
《はい》
自分の犯した間違いを啓蒙する為にと、本に纏める為に書いていたのは良いんですが、見事に腱鞘炎になられて。
ですが次期筆頭執事のジェイソンが口頭での文言の書き取りをし、却って出来が良くなっているのですよね、しっかりと疑問や抜けをジェイソンが指摘しますから。
『お預かりしても?』
《はい》
「先生、あの、ご迷惑でなければお受け取りを」
刺繍入りのハンカチ。
『あぁ、アスクレピオスの杖と蛇ですね』
「カドゥケウスと迷ったのですが、先ずはコチラをと。早さが取り柄なので使い倒して下さいね、次にご希望の色柄が有れば教えて頂けると助かります」
『いえ、このままで、カドゥケウスは私には荷が重いですから』
「そうですか?私には素晴らしい先生ですよ?」
『ありがとうございます』
あんなに小さかった子が、こんなに。
こうして不意に感動させられると、困りますね。
「私、凄く幸せ者なんですけれど、どうにか何処かにご恩返しが出来無いでしょうか」
『何か、良い事が有ったのかな?』
「良い子に育つと思っていたけれど、本当に良い子に育ってくれて嬉しいと、カサノヴァ家のマリア様が仰って下さって。前世と比べるまでも無いのですけど、凄く、皆さんに見守って頂けて、すみません」
『嬉し涙は良いんだよ、それに僕の前だけなら泣いても大丈夫、良いんだよ』
「私、とても幸せで……あ、仏像をこうして献上なさるんですね、成程」
『仏像、あぁ、神像の事かな』
「感謝を表したいんです、嬉しい、ありがとうございますと神様や皆さん、天使様にもお伝えしたいんです」
本当に、こうして感謝される事も美しい景色の1つ。
私も主も大好物です、幾らでも食べられる美味なる情景。
『それは、なら、絵画はどうだろうか。君が見た天使様を描いて頂いて、王宮や女王陛下か、何処かに寄贈する』
「像より絵画の方が安いですかね?」
『ふふふ、確かに同じ大きさなら安いかも知れないし、時間も短いかもね』
「あ、ちゃんとそっくりにするとなると時間が掛かりますもんね、私の言葉だけで描いて頂くんですし」
『そうだね、そして君の仕立て屋の名前も何処かに入れて貰うと良いよ、もしかしたら店に天使様が尋ねて来てくれるかも知れないし』
と言うか今も、生まれてからずっと一緒なんですけどね。
「良いんですか?」
『僕は離縁されたくないだけで、君の腕も賢さも認めているし、理解してるつもりだよ』
「しません、離縁しません、ずっと一緒に居ます」
『好き?』
「はい、好きです、愛してます」
『僕もだよ、愛してる』
まぁ、こうなったら退散しますけどね。
私は理解有る良い天使ですから。
 




