18 どうやら安全らしい。
『似合うよ、ヴァイオレット』
「ありがとうございます」
ヴァイオレットは、このまま子を成さず、離縁を申請するのだろう。
その日から2回目の月経を迎えた時、正式に離縁証が受理され、誰かと籍を入れずに以降に子供が生まれたとしても、父親不明の私生児扱いとなる。
一緒に居られるのは、後300日も無い。
一緒に居られないのなら、消えたい、死にたい。
《さ、行きましょうお兄様、ヴァイオレット様》
『そうだね、行こうか』
「はい」
ヴァイオレットの幸せを願うなら、僕以外の相手が良い。
ずっと分かっていた、僕の方が相応しく無い。
死を願った僕は、相応しく無い。
「綺麗な神殿ですね」
真っ赤な絨毯に、真っ白な神殿。
真っ赤な衣を纏い、真っ赤なベールが掛けられた女神様の像。
ステンドグラスにはピンク色の竜、それと、魔王と。
《どうかなさいましたか?》
「あの、神官様、あのステンドグラスに赤い天使様がいらっしゃらないのですが」
《あぁ、ウチではその方がロッサ・フラウだとしているのですよ》
「精霊や、神様なのでは?」
《それと噂では転移者だそうです》
「転移者?」
《転生者は死後に魂がコチラに来た者、転移者は魂と体がコチラに来た者、だそうです》
「体も、生まれ変わりでは無いのですね」
《だそうです》
王族の方に会う前に、ココへ私だけが通されたのですけど。
私は、ココで何をすれば。
「あの、王族の方とお会いする前に、ココへと言われて来たのですが」
《あぁ、アナタが転生者様でしたか。このロッサ・フラウは善き転生者の守護神だとも言われているのですよ》
「なら、悪しき、愚かな転生者には」
《捕らえられてらっしゃらない時点で、そのご心配は無いかと。お名前を宜しいですか?》
「あ、ヴァイオレットです、セバスチャン・アールバートの妻です」
《あぁ、なら大丈夫ですよ。私が神託を受け取りました》
「えっ、神託って制限が、貴重なのでは」
《教会はそうらしいですが、ウチは少し違うので》
「あの、そうなると神託は」
《天使様から受け取りました》
「え、じゃあ教会では」
《無いんですよね、特に教義も無いのですよ、その国の法を守れとしか》
「凄い、緩いのですね」
《まぁ、秩序を守る為の法の代わりが、教義でしたからね》
「あぁ」
《何か天使様にお尋ねしてみますか》
「良いんですか?」
《お応え頂けない場合も有ると、ご承知下さるのなら、ですね》
「あ、はい、お願いします」
《はい、では口に出してお聞きしてみて下さい》
「天使様、私は本当に安全なのでしょうか、生きていても良いのか、教えて下さい」
引き離されたヴァイオレットが心配で、もう部屋を飛び出そうとしていた時、扉が開いた。
けれどもヴァイオレットでは無く。
「凄いですねアナタ、女王を見てガッカリしますか」
『失礼しました、引き離された妻が心配なので』
「あぁ、無害で知恵も価値も無いですよ、アレは」
『そうですか、ありがとうございます、出来ればヴァイオレットにも言ってやって下さい』
「どう知恵が無いと知ったか聞かないんですね」
『はい、僕にはどうでも良い事なので』
「そこまで愛していますか、あの毛虫だった者を」
『そこまで知ってらっしゃるなら話が早いかと、今は僕にとっては蝶です、可愛い大事な蝶です』
「また毛虫に戻っても同じ事が言えますかね」
『いえ、可愛い毛虫として教養を教え、語り合います。毛虫の時から良い子でした、なのに僕は避けました、幼さに怯んだんです』
「野心が無いとでも」
『元から無かったんですが、無いですね、ヴァイオレットが幸せそうに笑ってくれれば良いので』
「国か嫁か」
『ヴァイオレットです、この国がヴァイオレットを苦しめるなら一緒に国を出ます、僕が居なくても国は揺るぎませんから』
「そう大勢に国を放棄されると困るんですが」
『なら国を変えれば良いだけかと』
「アレが国を攻撃したいとなれば」
『ヴァイオレットはそんな事は言いません、考えもしません。仮にもし言ったなら教えます、間違っている事は正します』
「手出しはしないので適度に貢献してくれると助かるんですが」
『ヴァイオレットが安全だとヴァイオレットが理解する様に言って下さるなら、お応え出来ると思います』
「言い切りませんか」
『ヴァイオレットの意志が最も重要なので』
「役立たずだと切り捨て殺そうと思った分際で」
『愚かでした、申し訳御座いません』
「では以降、決して期待を裏切らないで下さい、私達が消すのはアナタの方ですから」
『はい』
「良いでしょう、案内しますから着いて来なさい」
『はい』
そして案内された神殿で、ヴァイオレットが。
「アレは」
『ヴァイオレット!』
真っ赤な絨毯に、紫色のドレスが倒れて。
「はいぃ!」
『あぁ、ヴァイオレット、てっきり』
「全く、アナタと同じにしないでくれませんかね」
『すみません。ヴァイオレット、何をしていたんだい?』
「あ、この位置から見ると別格だと、天使様が」
『どうもガブちゃんです』
『天使様?』
「あぁ、見えませんか、私もです」
「えっ、神官様は」
《見えませんし聞こえません、ですが大体の予想は付きます、誰かの目の前でこうしてらっしゃるかと》
『すっかり私を理解頂けていて、助かります』
「すっかり理解頂けて助かりますと、女王様の目の前で」
「せいっ」
「あ、避けられましたね」
「ご利益を受けたいだけなんですがね」
《天使様の接吻にご利益が有るかどうかは、不明なのですが》
『ヴァイオレット、君には天使様の声も姿も分かるのかな?』
「はい」
『君は危険では無いと、ちゃんと教えて貰ったかい?』
「はい、私が口に出した事が無い筈の事も知ってらっしゃって、ちゃんと心も何もかも見て確認して下さっていました」
「だから伝えさせた筈が、君らは拗れ過ぎだ、全く」
『すみません、お手数掛けしました』
「あ、ありがとうございます女王様」
「良いのかい、こんな男で」
「はい、きっとこんな正直な方は他に、他にいらっしゃったとしても、既にお相手がいらっしゃるかと」
「馬鹿正直に死んでくれと一瞬願ったと言う者が他に居てくれては困る、人は資源だ、決して疎かにすべきでは無い。短気は損気、焦りは禁物、大事にして欲しいなら大事にしなさい」
『はい』
「全く、神官、式でも挙げてやりなさい」
《では、健やかなる時も病める時も、愚かになろうと何だろうと。離れませんか?》
「はい」
『はい』
《では誓いの接吻を》
凄い食い気味で、食べてしまうのかと思う程の勢いで。
良いですね、幸せに満ちた時間。
「長い、切り上げろ、本題はコレからだ」
『すみません。ありがとうヴァイオレット、やっと分かってくれたんだね』
「セバスチャン様も、私が好きだって、やっと分かってくれたんですね」
また口付けを。
愛に溢れたこの光景程、美しいモノはそう無い。
「ほら、続きは本題が終わって家に帰ってからにしてくれ」
「あ、はい。ありがとうございます、天使様」
『いえいえ、では、お幸せに』
転生者のちょっとした拗れで、貴重な生命が失われるのは惜しかったのです。
何より、本当に危ない記憶も無く知識も無い、であればこの介入すら微々たるモノの。
神々の規約に反する介入未満、でしょう。
《ヴァイオレット様、お兄様》
『すまない、女王陛下との謁見後、神殿で式を挙げて頂いてたんだ』
「ちょっと不仲なのか気になってね、だがもう誤解は解けたらしい」
「すみません、ご心配をお掛けしました」
《ぁあ、良かったぁ》
女王なんぞをしているけれど、私も転生者なんだが。
まぁ、初めて出逢った同族が、こうなるとは。
私よりも何百年も後の子。
クソの様な世界から天国みたいな世界に来て、夢心地のままに生きて。
分かるよ、分かる。
私も極楽浄土か何かだと思っていたからね。
だからこそ記憶が戻らない様にと、転移者の方にお願いしたんだが。
愚策だったね、以降は禁じさせないとだ。
面倒だわヒヤヒヤするだ、何も得が無い。
「まだだ、ウチの子達に会わせるんだ、気を引き締めておくれ」
「はい」
相変わらず良い子で困るよ、全く。
《お兄様、どうぞ手加減なさって下さいましね》
『努力はする』
「我慢させてしまいましたし、全力でお応えしたいと思います」
《ダメよヴァイオレット様、ウチの家系は絶倫なの》
『マーガレット、冗談でもそうした嘘は止めてくれないか』
《いえ、冗談では有りませんわよ》
「あの、絶倫とは、具体的に、回数の事でらっしゃいますか?」
《あぁ、可愛い、何で私は男じゃないの?》
『可愛い男性を紹介するからヴァイオレットには手を出さないでくれ』
「マーガレット様は、そうした方なのですか?」
『いや、可愛いければ何でも良いんだ彼女は』
《可愛いは正義ですわ。分かりますわよねお兄様?傷を付けたら本当にどうにか致しますわよ?》
「あの、絶倫とは、どの位の回数なのですか?」
《ウチのお父様は最高で8回だそうです》
『叔父の回数を知りたく無かった』
「普通、皆さん、大体」
《3回前後みたいよ?》
『マーガレット、今度は君が心配なんだが』
《ご心配無く、寧ろ私自身の為に知った事ですわ、身を守る為に先ずは知識ですもの》
「流石です、私ももっと勉強致しますね」
《そこはお兄様にお任せした方が宜しいのですけど、ご不安になったらご相談に乗りますわ》
「ありがとうございます」
ふふふ、止めるに止められないと言う顔をしてらっしゃる。
そうですわよね、処女と童貞ですも。
《お兄様、ちゃんと童貞ですわよね?》
『少し恥ずかしいんだ、勘弁してくれないか』
「きちんと砦を守ってらして素晴らしいと思いますよ」
『ぅん、ありがとう、ヴァイオレット』
はぁ、幸せ。
自分の幸せも好きですけど、やっぱりハプスブルク家たるもの、他人の幸せが最高のご馳走ですわよね。
うん、私もご先祖様を見習ってバンバン縁組みさせますわ。
《本当に、よろしゅう御座いました、コレで、私も肩の荷が》
『引退はギリギリまで許さない、子の躾けならばメイソンだとヴァイオレットが言っているんだ。だから早く体を治し復帰してくれ、僕もヴァイオレットも待っている』
《かようなお言葉を頂き》
『体に障る、暫く休ませるだけなんだ、しっかり休んでくれ』
《はい、ありがとう御座います、お坊ちゃま、ヴァイオレット様》
ヴァイオレット様は私にお気遣い下さり、来た時と帰る時だけ、ほんの少しお顔見せただけで。
私は大変な間違いを犯してしまいました、だからこそ、私は伝えていかねばならない。
人を傷付ければいつか自分に返って来る、しかも予想外な形で、自分以外も傷付ける事になってしまう。
その事を伝えなくては恩返しも償いも叶わない。
これは思い込みでは無く、経験から出る事実なのです。
 




