17 どうやら本格的に拗れ始めたらしい。
お兄様、必死ね。
『金額は、抑えられるなら抑えてくれ、物で釣りたいワケでは無いんだ』
『畏まりました』
《お兄様が必死過ぎて、少し驚いてますわ》
『モテる者には分からんだろうと、部下に言われた』
《でしょうねぇ、元婚約者様とは無難に過ごしてらっしゃったけれど突然の離縁、それからは女に追い掛け回されて。結婚してみたら幼過ぎて殺したくなって、かと思えば元婚約者様は生きてらして、やっと追い掛ける側になったら逃げ回られて。可哀想ですわね、お兄様》
『中々、相当だな』
《ですけどだからって私は手加減しませんわよ、ほーら、羨ましいでしょうお兄様》
『手を上げる男の気持ちが少し分かった気がする』
《イヤだわお兄様、そんな事は理解なさらなくて宜しいのに。と言うか、そんなに激情をお持ちなら、もっと押せば宜しいのでは?》
『前に、好意を伝えたら、泣かれた』
あぁ、それは心にキますわね。
《その時に、何か仰ってらして?》
『自分には勿体無い、と』
《あぁ、だから爵位の返上を。でも既に敬愛は頂いているんですし、少しは妥協なさっては?》
『嫌だ』
《出た、駄々を捏ねて奪われたらどうするんですか》
『デートに行く、服を』
《あーら残念でしたわねお兄様、既に商人を呼んでますわよ、王宮に行く準備ですから明日には来るかと》
『休暇届を出して来る』
《はい、行ってらっしゃいませ》
あー、楽しいですわねお兄様って。
「あの、お仕事では?」
『僕は君の夫だ、見立てたい』
《商人が来ると言ったら直ぐに休暇届を出しに行かれたんですよね、お兄様》
『マーガレット、もう少し僕に事前に言ってくれても』
「あ、すみません、伝わってらっしゃるかと連絡を怠ってしまいまして」
《大丈夫よヴァイオレット様、私がワザと教えなかったの、だって邪魔されたく無かったんですもの》
「あ、え、ぁ」
『あまりヴァイオレットを困らせないでくれ』
《はいはい》
似てらっしゃらないけど、お似合いなのですよね、マーガレット様とセバスチャン様。
どうして結婚なさらなかったのでしょう。
「あの、どうしてマーガレット様とご結婚なさらなかったんですか?」
《ふふふふ》
『子供の頃から知っているからね、それは僕には無理なんだ』
《私もですわ、つい子供の頃を思い出してしまって、萎えますわね》
「こう、幼馴染みでご結婚されてる方も、いらっしゃると思うのですが」
『中にはね、ただ全く意味が分からない』
《私達は子供の頃に一緒に育った時期が有るんですの、そうして川で遊んだり、お風呂にも。なのでぶっちゃけますと性別に関わらず貧相な体を見ると、子供、と言う印象が強いのですよ》
『まぁ、うん、そうなんだ』
「夫様は凄い豊満な方が宜しいんですね?」
『まぁ、痩せているよりは、そうだね』
《でも世には質素な体型を好む者も居るんですのよね?》
『あぁ、時に子供に手を出す者も。すまない、君を毛虫だと確かに思っていた、か弱い毛虫だと』
『御主人様のお仕事で、そうした者を捕らえる事も有るそうで』
《あらジェイソン、アナタって喋れるのね?》
『必要と有れば』
「男らしい声でらっしゃるんですね、初めてちゃんと聞いたかも」
《あらご挨拶なさったんじゃ?》
「お名前だけでしたので、あ、ありがとうございます教えて頂いて」
『いえ』
お腹に響く様な声。
夫様の声も柔らかくて素敵ですけど、ジェイソンの声は低くて落ち着く声、お父様に似てるのかも。
羨ましい、素晴らしい特徴が有って。
私は幼く、か弱い毛虫だった、蝶。
「夫様は私を蝶だと思いますか?」
『あぁ、思うよ、勿論』
「蛾とか、シジミチョウでは?」
『シジミチョウ?』
「あ、貝みたいな蝶です、図鑑で見ました」
《あら、後でお兄様見せて下さい、部分的に》
『あぁ、出しておいてくれジェイソン』
『はい』
危ない、つい出てしまった。
やっぱり私は危険だ、こうしてうっかり何か危ない事を言ってしまうかも知れない。
私は毒虫、毒蛾だ、蛹から出なければ良かったのに。
「やっぱり、分不相応かと」
蝶の話の後、お嬢様はすっかり暗く落ち込んでしまった。
図鑑に小さく載っている事とは言えど、前世での記憶を漏らしてしまった事が影響しているのでしょう。
《博識でらっしゃる事を誇っても宜しいのに、どうなさったの》
全くもってその通りなのですが。
《知恵を披露する事にお嬢様は慣れてらっしゃらないので、お恥ずかしいのかと》
『良いんだよヴァイオレット、ひけらかしでは無いのだから』
《そうですわよ、私は好きですよ。薄い色合いの花に良く似た子も居て、可愛らしい蝶ですもの》
『君は賢い良い蝶だよ、大丈夫』
ご当主様、どさくさ紛れに何を。
ぁあ、私のハグに慣れてしまって抵抗もなさらず。
いえ、つまりは親愛の情が勝っていると言う事。
ご当主様がその事実に気付くのは、いつでしょうかね。
「あ、すみません」
『僕らは夫婦なのに、どうして謝るのかな』
《お兄様、圧力を掛けないで下さいまし、蝶もか弱い生き物ですわよ》
『あぁ、そうだね、遠慮して選べないなら僕が選んでも良いかな?』
「あの、ご負担にならない程度でお願い致します」
『じゃあ好きな色合いはどれかな』
「見るのは、あの青が好きです」
《それか?》
「その、紫が」
《では私が青、ヴァイオレット様は紫で、どうかしら?》
「あ、一緒に行くんですものね、はい」
《後はもうお顔色が悪いですし、私にお任せ下さいまし》
『頼もうヴァイオレット、彼女は見立てが良いんだ』
「はい、ありがとうございます、宜しくお願い致します」
『じゃあ、失礼するよ』
抱え上げて力自慢ですか。
「そ、お、はしたないです」
『寝室に行くまでに倒れられても困るからね、仕方無い、頼んだよマーガレット』
《はいお兄様》
つい、頭が真っ白になってしまって。
「私、やっぱり、無理です」
『王宮では何も隠さないで良いんだよ、好きに話して構わないと確約を貰っているのだから』
「それは、選別の為では」
『いや、選別はとっくに終えているらしい』
「でも、それが間違いなら」
『一緒に逃げよう』
「それはダメです」
『なら君だけ逃がす』
「ですから」
『分かってる、けど君にも分かって欲しい。僕に価値が有るなら君にも価値が有る、そして同じく危険で、同じ生き物だよ』
「マーガレット様が仰ってた金の蝶は夫様です、私と種類が違います、私は毒蛾です」
『それでも本当は生きていても良いんだよ、ごめん、悪かった、すまない』
「いえ、悪いのは私なんですから」
『それでも好きなんだ、愛してる』
勿体無い。
私には勿体無い方。
好きだけど、好きなら一緒に居てはいけない、こんな毒蛾と一緒だとセバスチャン様まで身を滅ぼしてしまう。
それだけは絶対に嫌だ、死んで欲しくない。
「わ、私には」
『ごめんよヴァイオレット』
娘の報告にとメイソンとメアリーが。
成程な。
「重症だな」
《誠に、申し訳》
《メイソン、謝っても何も解決しませんよメイソン》
「あまり煽るなメアリー。メイソン、お前はどうすべきだと思う」
《奥様としても認めている事も、危険だとは思っていない事も、愛してらっしゃる事も何もかも伝えてはいるのですが。私の撒いた種のせいで、詰んでいまして》
《種だけに》
「メアリー」
《私としましては、お嬢様と心中し来世で幸せになろうと思います。が、その前に神に助けを請います、このままではお嬢様は死を選ぶかセバスチャン様に殺されそうなので》
「だがココから神殿は遠、王宮の神殿か」
《はい、既にカサノヴァ家に連絡済みです》
《神殿、ですか》
「まぁ、耄碌して忘れてくれ、でなければもっと死んだ方がマシだと思わせる」
《はい、承りました》
ロッサ・フラウに祈り。
娘は本当に救われるのだろうか。
『おはよう、ヴァイオレット』
ヴァイオレット様とお兄様、アレからすっかり変な雰囲気でらっしゃるの。
ハッキリ言って病んでらっしゃる様な雰囲気、空気感。
「おはようございます夫様、あの、コチラを受け取って頂けますか?」
青い鳥に青い蝶、青い花。
コレは多分、幸せを願っている、と伝える刺繍。
『あぁ、ありがとう、上手だね』
「ありがとうございます」
薄い感情表現、うわべだけのやり取り。
コレではまるで、心中前の恋人の様な。
《うっ》
『メイソン』
「あ、お医者様を」
この惨状に音を上げたのは、メイソンの胃。
吐血し、療養の為に診療所で静養する事に。
お兄様もヴァイオレット様を愛している、ヴァイオレット様もお兄様を愛しているのに。
何故、どうしてこんな風になっているの。
 




