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どうやら私は騎士爵夫人らしい。  作者: 中谷 獏天
誰が彼女を殺そうとしたのか。
12/22

12 どうやら本気で課題をこなすらしい。

「ヴァイオレット、どうしてお前はそんなに瘦せているんだ」

「お父様、それは私がケガをして、回復したのに無理をして、上手に食事が摂れなかったせいです」


「ヴァイオレット、どうしてお前は変わったんだ」

「それは私が頭を打ってしまったせいです」


「ヴァイオレット、どうして浮かぬ顔をしている」


「私には分不相応な、立派な夫様が居るからです」

「では殺すか」


「え、ダメです」

「お前は不幸せそうな顔をしている、私はそんな顔をさせる為に嫁に出したのでは無い、どうあってもお前に幸せになって貰う為に嫁に出したんだ」


「ありがとうございます。でも私は愚か過ぎて、愚かさに気付いてしまったので、もうココには居られません」


「ヴァイオレット、では全て忘れ、愚か者に戻るか?」


 例え叶うとしても、私は愚か者には戻りたく無い。

 子供の様に戻っても、私は既に大人、私が大人の義務を放棄すれば周りに負担が掛かってしまう。


「いえ、無理です、知ってしまったので」

「私達は愚か者も可愛いと、本来は知り得ない喜びを知る事が出来た、お前のお陰で悪意の無い純真無垢さの両側面を知る事が出来た。私達への恩返しは不要だ、婚姻が成立した時点でお前から得るモノを私達は十分に得た、だからこそお前の人生を歩みなさいヴァイオレット。自分で考え自分で選びなさい、どんな道を選んだとしても、何としてもお前を生かす」


 私は、愛されていた。

 今世の家族に、今でも、最初から愛されている。


 今でも。


「ありがとうございます、お父様」


 愛に報いなければ。




『ヴァイオレット、良いかな』

「はい、夫様」


 お嬢様へ課せられる課題は口頭で、質問にその場で答える形式となっている。

 この家の使用人は勿論、ウチの旦那様、そしてセバスチャン様の前で答える事になる。


 そして課題の製作者、質問して下さるのは、マリア・カサノヴァ。

 学園に関わる医者、そして転移転生者を支えるとされる家系の者。


『では始めたいと思いますが、体調はどうですか?』

「見た目に反して体調は万全です、もう少し太る予定ですのでご心配は無用です、マリア樣」


 まだまだ、ココで魅力的だとされる体系には程遠いのですが。

 急にお太りになっては体に障る、なのでコレが限界なのです。


『それでも、いつでも休憩時間を取りますので仰って下さいね。では、始めましょう』

「はい」


 手加減はされない。

 叡智の結晶として、転生者としての資質の見極めも含まれているのですから。




『先ず、大人、とは何でしょうか』

「婚姻を成立させられる適切な年齢以降を指しますが、私は一定期間を指す言葉だと思います」


『詳しくお願い出来ますか』

「はい。子供から大人、そしてまた子供に戻り土に孵る。加齢は勿論、病やケガで人は簡単に子供に戻ってしまう。ですが私の様に急に大人になる事も有る、生死を彷徨い考え方が変わるとした常識が、良い例かと」


『耄碌する、とは、加齢であり1つの現象ですか』

「病でも有ると思います、若くして老人の様に呆けてしまう者も、いらっしゃるそうですから」


 呆ける、痴呆。

 私の祖母だとされる者の世話の為、前世の父は私を作ったのだと言った。


 だからこそ、祖母が亡くなった時に私は喜んでしまった。

 やっと、解放されるのだと。


『そうした知見は、本からですかね』

「アールバート家の所蔵、王都の図書館に助けて頂いております」


 そして前世の経験。

 経験と知識が合致し、私の知恵となってくれている。


『では、大人の義務とは、何でしょうか』


 大人の義務とは、貢献。


 貢献とは納税、労働、知識や知恵の有効活用。


 そうして親や国に貢献する事が義務、その義務を放棄すれば庇護から外れる、守り支え合うのが国と私達民の形。

 義務をこなさずその土地で生きる事は許されない、他の民も神も許すべきでは無い。


 怠れば天罰、神罰が下る。


 私は恐れていた、焦っていた。

 与えられたモノのあまりの大きさに怯え、混乱し、貢献すべき物事の多さや大きさの途方の無さに呆然としていた。


 そうした状況を救ったのが学、本、知識や知恵。

 独学だけで無闇矢鱈に学べば、却って混乱を招く。


「私には生家の学び方が合わなかった様なのですが、アールバート家の方々はとても優秀で粘り強く、誠実で優しい。この家の方々に支えられ、こうして機会を与えられ、感謝しています」


 全て身に余る。

 そう考え何もかもを放棄していた、どうせ私に出来る事など無い、と。


 前世の私の記憶が邪魔をしていた、そしてあまりにも不遇だった為に、与えられた物事は全て過去の出来事と繋がらず。

 前世の記憶を思い出す切っ掛けには、至らなかった。


『学問についてお伺いしようとしたのですが、既に答えて頂きましたので、次へ進めましょう。教育とは、各あるべきだとお考えですか』


「教育とは子供に合わせて行うべきだと思います。私の様に物覚えが非常に悪い子や字が不得手な者、言葉が不得手な者が表現出来ないからと言って、理解していないとは限らない」


 話せなければ、応えなければ、物言えぬ赤子が何も理解していない。

 とは限らない。


『では、眠っている間の事は』




 我が娘の事だからこそ、そこが心配だった。

 メアリーが見張り世話をしているとは言えど、ヴァイオレットがどう感じ、どう考えるか。


「私は意識の無い間を暫く過ごし、その時の記憶も無いです。けれどもこの家の方も夫様も優しい、とその時に理解したのだと思います。無意識に、無自覚に、気持ちが伝わるとはそうした事なのだと。そして気持ちを伝える手段、方法が生家だけでは足りなかった、ココで補われた事で愚か者から抜け出せたと思います」


 あぁ、私もそう思う。

 ココまで瘦せさせた事は無い、罵った事も(そし)った事も、殺意も向けた事が無いのだから。


『足りませんでしたか』

「与えるだけでは足りなかったのです、餓えを知り、痩せ衰えてやっと理解する事も有る。私がそうでした、目覚め鏡を見た時、痩せ細って尚、私はしっかりと手入れをされていました。清潔な布に包まれ、櫛を入れられた髪、喉の渇きを覚えたのは目覚めてから随分と先の事でした。ただ、それらを理解するまで、とても時間が掛かってしまいました」


『その事で物覚えが悪い、と思ってらっしゃるのでしょうか』

「学が有れば、知恵や知識が有れば、直ぐに察する事が出来たかと」


『それは、いえ、では皆さんも考えてみて下さい。医師が知恵と知識を持ったまま、他の記憶を失くすとします。では何の問題も無しに、その者だけで以前と同じ様に生活し、直ぐに思い出せると思いますか?食材や食器の置き場を忘れている状態、どうですか?』


 まぁ、直ぐには無理だろう。

 既婚者の医者でも独りで暮らす者が多いのだからな。


「私に質問させて欲しいんだが、良いだろうか」

『ヴァイオレット様のお父様ですね、どうぞ』


 身内に敵が居る事は良く有る事、だが疑い過ぎず、信用し過ぎず。

 そうした塩梅が最も難しいからこそ、この世の悩みや問題は尽きない。


「ココの筆頭執事メイソンが選んだ、次期筆頭執事スティーブンへの質問だ、この問題をどう答える」

『あ、平民と比べても構いませんよ、誰とどう比べてお答えしても結構です』


 ヴァイオレットの侍女、メアリーの調査に不備は無い。

 だが当主のセバスチャンには、敢えて不備の有る状態で使用人の行動歴を見せたんだが。


 どうやら気付いていないらしいな。


《平民や無知なる者、愚か者よりは、素早く適応し以前の様に生活が可能かと。ですが無知なる愚か者には、酷く難しい、かと》


 ウチの娘への当て擦り。

 だが高位貴族の出身ならば仕方無い、が。


『はい、コレはありがちな不正解ですね。どうしてか分かりますか、次期筆頭執事』


 まぁ、分からんだろな。

 俺も直ぐには分からなかったが、娘を思えば、知れば簡単な筈だ。


《いえ》

『先ず第1に医師の立場を良く考えてみて下さい、そう周りに人を置かない職業、情報漏洩対策に家族にすら仕事部屋に立ち入らせないのが医師。そして疫病対策の為、家族と同居する者は僅か、時には食事を運ぶだけで殆ど家族と接触をしない者も居る。そんな中、記憶を思い出させる様な刺激が多い、とは考え難い』


「正解が分かった者が居たら手を挙げてくれて構わんぞ」

「はい」

『ヴァイオレット様、暫くお待ちを。そうですね、ココで少し休憩にして、分からない方は相談しても構いませんよ』


 賢さを愚かさの境は、何処に有るのか。

 その指標の1つに、学園を卒業したかどうかが重要となる。


 だがウチのヴァイオレットは学園に通う事すらしていない、片や次期筆頭執事は卒業生、しかも高位貴族。


 流石にコレで分かるだろう、アールバート家当主様よ。

 誰がウチの娘を殺そうとしたか。




「あの、マリア様、忘れてしまうかもなので、今言いたいのですが」

『ふふふ、良いですよ』

『僕にも聞か』

「なら私にも聞かせてくれないか、ヴァイオレット」


 ヴァイオレットが虐げられていたかも知れない等とは、とんだ勘違いだった。

 彼女は愛されていた、愚か者でも、愚か者として扱われても確かに愛されていた。


 なのに僕は。


『お待ち下さいご当主様方、先ずは答えをお聞かせ下さい。コチラで』

「では譲ってやろう、アールバート家当主に」


『まぁ、良いでしょう』

『ありがとうございます』


 比べれば比べられる、それが嫌ならしなければ良い。

 だが貴族同士ではそうはいかない、それではいけない、だからこそ敢えて区別して愛していた。


 ヴァイオレットにも愛しているとは示さず、ずっと目を掛けていた。


『因みに、明らかな不正解以外は問題無いですよ、コレは王族レベルの問題ですから』


 ヴァイオレットの父上と別室に入って、初めて知らされた事実。

 何故、そんな事を。


『そこまでは頼んではいない筈ですが』

『まぁ、そうですね。ではお答え下さい、あまり待たせてはヴァイオレット様にも悪いですから』


『ヴァイオレットを見ていて、適切な刺激を与えるのが如何に難しいか分かりました。僕としては医師と平民、貴族や医師と平民を比べると、愚かな平民よりは記憶が戻る事は、却って遅いのでは、と』

『はい、正解です。ではヴァイオレット様をお呼びしましょう』


『僕が行ってきます』

「おう、任せた」


 あの問題が示す意味も、あの答えも、つまりスティーブンはヴァイオレットを理解してはいない事を意味する。

 けれどもある意味では当然なんだ、僕が遠ざけ関わらせなかったのだから。


『ヴァイオレット、待たせたね』

「あ、いえ」


 俯くヴァイオレット越しにウチの者を眺めていると、この中には居ない、と思い込んでいる自分に改めて気付かされた。

 僕にもメイソンにも思い入れが有り、善人だと思っているからこそ、雇い続けているのだから。




「失礼致します」

『どうぞヴァイオレット様』


「あの、マリア様、ご休憩は?」

『貴女の答えを聞いてから休憩しますから大丈夫ですよ』


「はい、では、経験と憶測が入るのですが。愚か者には周りに支えて下さる方が沢山居るかと、それに殆ど仕事が無いか限られていると仮定して。そして経験上、刺激は多種多様で有るべきなので、どなたでも時間が掛かります。なので仕事の記憶が有る医師や貴族の場合、先ずは仕事を優先し、記憶が戻る事は寧ろ遅いかと。仕事に問題が無く、私的な事に時間を割く事は後回しになさる筈ですから」


『はい正解です、経験が生かされていますね』


 この答えに驚いたのは、セバスチャン様だけ、なんですよね。

 私も旦那様も、記憶を失くしたお嬢様だからこそ至れると分かっていた、信じていましたから。


『ヴァイオレット、この質問は王族レベルの問題だそうだよ』

「えっ」

「ヴァイオレット、では何故この問題が王族レベルなのか、考えてみると良い」

『そうですね、では、私は休憩させて頂きますね』


『では僕に案内させて下さい』

『あらどうも、では、お願い致しますね』


 マリア様はお美しいですからね、少し不安になるのは分かるのですが。

 お顔に出てらっしゃいますよ、お嬢様も旦那様も。


「まぁ、王族レベルと言っても初歩の初歩だ。そう驚く事でも無いんだがな」

「あ、ですよね、お父様も頷いてらっしゃいましたし、メアリーも分かっていたのよね」

《私はお嬢様を信じていましたから、聞いていて納得だと頷いていたのです》


「あぁ、そうだな、私も少し休憩させて貰おうか」

《はい、ご案内させて頂きます》


 私はヴァイオレット様のメアリーだと言うのに。




『あの』

『何故、王族レベルの質問をしたのか。答えは簡単です、何処まで上でらっしゃるか、が問題なのですから』


『アナタはヴァイオレットの事を』

『全く知らないワケでは有りません、では』


『あぁ、はい、では』


 学園に関わり、王族にも関わっているとされるカサノヴァ家。

 他の貴族とは違い、僕ですら詳しい情報を得られない、謎の多い家。


「あ、お帰りなさいませ、少し聞いて下さいますか?」

『あぁ、良いよ、何かな』


「マリア様の事です」

『あぁ』


 語られていない部分を如何に汲み取り、読み取るか。

 それは人の心を、真意を汲み取る事でもある。


 それらも王族の仕事なのだろう、と。


「凄いですよね、そうした事を無意識に行える訓練をなさってるのでしょうから。マリア様はご指導なさる側だそうで、凄いですよね、マリア様」


『ヴァイオレット、僕も常に行えているワケでは無い、それこそメイソンも。情報を選んで捨てる事も有る、それが間違いの場合も有る、それらを補佐するのが周りの貴族や重臣、王の家臣の努めなんだよ』


「民の全てが支えられたら良いんですけど、難しいですよね、私がこうなんですから」

「そこも何とかするのが王だ、支え合うのが国と民と王、どれが欠けても問題が起きる。なら家の中は、どうだ」


「使用人と夫様と、筆頭執事かと」

「いや、使用人と当主と妻、執事も所詮は使用人。他人同士の使用人と当主を結び繋げるのが、他人であり家族である妻だ。すまんな、そこまでは教えていなかったんだ、なんせウチの流儀なんでな」


「でも、なら、やっぱり」

『すみません、僕が怠っていました。ココでも同じだよヴァイオレット、君と僕と使用人だ、筆頭執事を特別扱いするのは僕の仕事。君は僕と使用人の意見を平等に取り入れる義務が、いや、そうして欲しいと僕は思ってる』


「平等は、難しい、かと」

「その補佐をするのが筆頭執事、使用人。でだ、ウチの可愛いヴァイオレットを害した者の検討は付いたか?」


『いえ、すみません』

「えっ?私のドジでは?」

《こう純真無垢さが残ってらっしゃいますので、出来れば仕立て屋への独立が、私は理想的であると思います》

「そうだな、会計や経営はウチの者を暫く貸そう」


「いえ、お父様、コレ以上のご支援は」

『不要です、今日、この課題が終わるまでは不要とさせて下さい』


「青二才が、見逃してやるのは課題が終わるまでだ、分かったな」

『はい』


 他者からは虐げられている様に見えても、実態に愛が無いかは別。

 状況や立場が、愛する事を許さない場合も有る。


 立場によって愛せる者が制限される、なら僕は制限から抜け出すしか無い。

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