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第6話

社畜&遅筆なせいで進みが亀ですが、ちょっとギアを上げていきたいです……

 己を鍛えるという選択を、レリアがある意味墓穴を掘るような発言から強引に取らされたあの日から、早いことに数ヶ月が経っていた。


 当然その間、俺も同様に戦士として鍛えられていた。過酷さという意味では、レリアのそれを遥かに超える程度でだ。


 俺を主に指導しているのは、コラドーシャにおける最高戦力である金盾騎士団ロムペンス・イクイティの団長にして、越竜の一族であるセギス家の当主二代に仕えてきた歴戦の強者である、フセ爺だ。


 普段の温厚篤実な性格に反して、稽古となると、まるで修羅の如き烈しさと、戦場を、死地を転々として培われた容赦無き冷徹さで俺を痛めつける。


 骨を折るなどは序の口で、臓腑を傷めたことも一度や二度ではない。


 今こうして生きているのは、偏にトムのおかげである。「死んでいなければどうにかする」との言葉通り、人事不省に陥っても二日もすれば訓練に耐えるまでに体は癒えた。心は癒えていなかったが。


 しかし、そのおかげで俺の体は()()ようになっていた。


 だが、フセ爺に言わせれば未だ未熟の極み。そこまで酷いという自覚は無いが、いずれにせよ、フセ爺のお眼鏡にかなう程のものとは言い難いわけだ。


「お主は命火テグニスを武器に繕わせるのがまるでダメなようじゃな」  


 これは彼からよく言われることだ。俺は体に命火テグニスを滾らせることならば、一応それなりのものだそうだが、言い換えるとそれ以上のことへ応用を効かせられていないのだ。もっとも、自らの四肢という領域を超えたところにまで命火テグニスを迸らせるというのは、格段に難しい。


 とはいえ、かつてゲネムに遅れを取ったようなことにはならないはずだ。理由は目にすれば誰にでも分かる簡単なことだ。


 かたや、レリアといえば、存外に素質はあるらしい。しかし、意外なことではあるが体力に難があるようだ。命火テグニスを滾らせようとも、それが僅かな時間しか持続しない。普段からうるさい程に快活なお嬢からは俄に信じがたいことだが。


 だが、厳しい鍛錬から逃げようとしないその姿勢は、陰でチノ達から高く評価されているようだ。


 *


 今日も徹底的に体をいじめ抜いた俺とレリアは、庭の端にある木陰で火照りを冷ましていた。


 俺は重く乗しかかる疲労感に口を開く気すら起きず、恐らく同様な彼女も、上の空といった表情で木漏れ日を顔に当てている。


「よぉ」


 特に沈黙が苦しくなったわけでは無いが、少し気怠さが薄れて来た頃合いで俺は話しかける。


「何かしら」


 レリアも返事は返して来たが、相変わらず空を仰いだままだ。


「実はな、お前には言ってなかったことがあるんだが……。フセ爺は俺を街の学校というものに行かせたいらしい。知ってるか? 同じ年頃の連中で集まって色々と教師から教わる場所だそうだ」


「そう」


 ただそう返したレリアは、ややあってからこちら側に首だけをもたげて再度口を開いた。


「で、いつからなの?」


「まだ決まった話じゃない。それにどんな場所なのかイマイチわからないしな。……ところで、嬢ちゃんは行かないのか? 学校ってのには」


「私が行ったのでは迷惑がかかるわ。きっとね。それに、何かあっては父上も悲しむわ」


「ふぅん」


 何とは無しに予想していた答えではあったが、本気で言っているようにも感じられない様子に、俺は疑いの眼差しを彼女へと向ける。


「何よ。実際そうでしょ? 私がここにいるのは、私自身の安全の為だけではないのよ。お馬鹿さんにはわからないかしら? 竜が好む生き餌が近くにいるなんて普通はぞっとしないでしょ。騎士団にも余計な負担を掛けることになるわ」


 上体を跳ね起こして一気に捲し立てたレリアに対して、俺はいささか目を剥いた。急に饒舌になったこともそうだが、今コイツは間違いなく俺に対して馬鹿と言った。絶対言った。


「はン! 誰が馬鹿だこの野郎!」


「野郎じゃないわよ、アタシはレ・デ・ィ! ほんっと、やっぱりお馬鹿さんね」


 被せ気味に反論して来たレリアに対して、俺も負けじと反撃する。


「けっ! 大方面倒で行きたくないだけじゃねぇのか?」


「うるっさいわね!」


 図星だったのか、お嬢は目を吊り立ててこちらを睨みつけた。


「まっ、その性格では友達もろくすっぽできやしないだろうな!」


「そんなこと……ないわよ」


 随分と目まぐるしく変わる顔色がおかしくて俺は思わず笑いこけてしまった。


 だが、やはりというべきかレリアは面白くなかったようだ。そっぽを向いている。


「そんなに怒るなよ。で、命火テグニスの扱いは上達したのかよ。お馬鹿さんにはできてるぜ」


「前と比べればマシよ。でも体が頑丈なことだけが取り柄のあなたと違って私は繊細なの。汗をかくのは嫌いじゃないけどね。……ん、誰か来たわ」


 言われて見遣ると、屋敷の方からキスカがこちら側へ歩いてくるのが見えた。


「お二人とも、今日はご苦労様でした。あまり長く風に当たるのもよくありませんので、屋敷の方へお戻りください」


 普段と変わらぬ気怠さを感じさせる表情で淡々と話す彼女だったが、不意に笑みを溢した。


「初めの頃よりも大分仲が縮まったようで、何よりです。お嬢様に友達が居られないのは懸案事項でしたので」


「別に友達じゃないわよ。言うなれば、家来ね」


 いっそ清々しい顔で抜かしやがった。


「そうですか」


 湛えた笑みを変えぬまま相槌を打つキスカに、俺は流石に抗議の目を向ける。


「あら、何か言いたげですね。でも仲が良いのは良いことですよ? 世の中には兄弟でも険悪な人たちもいますからね」


「そうですか! まぁおっしゃる通りですよ!」


 そう言い捨てて屋敷の方へと足速に歩いていく俺をレリアが指を差して笑っている。苛立ちの表現は半ば演技のつもりもあったが、それを見たら本当にムカついてしまった。だからなのか、その時のキスカがやけに優しい表情かおをしていることに気が付かなかった。


 *


 俺の学校行きは、予想外にも、トントン拍子で決まってしまった。


 フセ爺曰く、


「まだまだ半人前にも程遠いがの、騎士候補養成校に遣っても構わんくらいには鍛えた。あとはお前さん次第じゃ」


 とのことで、レリアに学校へ行くことになるかもしれないと伝えた日から、数日しか経っていないにも関わらず、今日この日に発つこととなった。


 向かうのはタイリンというこの地方最大の都市だ。そこに俺が入ることになる学校があるらしい。


 正直な話、流されるがままで自分が決めたことではないことが、不満と言えば不満だ。もっとも、フセ爺のシゴキから逃げ出せるのであればなんでも良い……という打算も否定できない。


 屋敷の面々へと暫しの別れを告げた俺は、やはりというべきか、屋敷の入り口にて、この日それまで見かけなかったレリアの姿を認めた。


 踵を軸にくるりとこちらへ居直ったレリアは、こちらを小馬鹿にするように小さな笑みを口元に浮かべていた。


「なんだ。泣きながら『行かないで!』とでも言ってくれるかのと思いきや、存外に嬉しそうだな?」


「馬鹿言わないでくれる? まっ、お屋敷が静かになるのが少し寂しいこともあるかもしれないけど、その程度かしら」


 自分の髪を手で巻きながら、すっとぼけた調子で嘯くレリアの様子は、俺から見た限りいつもと変わらない。


「そうか。俺は寂しいな」


 反対に、俺からいつもの憎まれ口が帰ってこないことに、レリアは少し驚いたらしい。少し意表を突かれたような、あるいは寂しそうな表情へと変わる。


「ここの美味い飯も、あったかい寝床も、良い服も、おさらばだからな」


 あくまでも感慨深くといった体でしみじみと続けた俺に、レリアはキッと目を一瞬吊り上げて、そして今度は目を据わらせて睨め付ける。


「さっさと行くと良いわ!!!」


「じゃな」


 後ろ手に腕を振って玄関をくぐる俺の背後で、大きく鼻を鳴らしたレリアの声がした。どうせ腕を組んでそっぽを向いていることだろう。あえてそちらは振り返らなかった。


 外に出ると、馬車を回していたフセ爺が出迎えた。


「忘れ物は無いか? 行くぞい」


「ああ」


 馬車に乗り込んだ俺は、その扉を大儀そうに閉めた。


「もう少し素直になれば良いんではないかと思うがの。まぁその歳では言っても詮なきことかの」


 御者台からフセ爺が振り返りもせずに口を開いた。


「なんだよ」


「なんでもないわい。じゃあ出すぞい」


「ああ」


 少し進んでから後ろを振り返ると、レリアは既に姿が無かった。


「……まぁ、寂しいかな」


 俺のか細いばかりの独り言は、車輪の転がる音にかき消された。


 *


「でっか!!」


 この地方で最大の都市だとは確かに聞いていたが、門からして俺の想像を超えて巨大だった。


 屋敷から馬車を走らせること半日ほど。日はもう傾いている。


 門番はいるようだが、基本的に検めたりはしないようだ。フセ爺はそのまま馬車を街の中へと進ませる。


「流石に日が沈んでからこの中を帰るのは危険じゃからな。デニス、今日はお前と儂の分の宿を今から探さねばならんの」


「言われてみれば、それもそうだな。で、あては?」


「祭りの季節でも無いからの。適当に入っても空いておるじゃろう」


 フセ爺の言う通り、部屋はすぐに取ることができた。


 部屋に入って荷物を床に降ろした俺は、ベッドへと身を投げ出した。


「それでさ、フセ爺。いつものことながら詳しく聞いてないんだが、学校ってどこにあるんだ?」


 ふと思い出して聞いた俺に、同じく今思い出したような顔のフセ爺が答える。


「城壁の北側じゃな。と言ってもここからはそこそこ距離があるからのぉ。明日は寝坊するでないぞ」


「む……。朝は苦手だぜ……」


「絶対に、いかんぞ。口利きで試験を受けさせてもらうんじゃからな」


 そこで俺はふとひとつ違和感を覚える。今、試験と言ったか? 


「入学って話じゃ? 試験ってなんだよ」


「うん? 聞いておらなんだか?? 明日はここタイリンの領主、タイリー公麾下のタイリン騎士団……の騎士養成校入学試験じゃぞ」


 やってくれたなジジィ。


「おいおいおいおい。聞いてないぞ聞いてないぞ!!!!」


「そうかもしれんな」


 全く、あの屋敷の連中はとぼけた奴らばかりで困る。だが糾弾することは諦めた。意味がない。もとい、言っても聞かない。


「っつーことはだ、枠は兵卒ってやつか?」


 仕方なく、俺は明日のために必要と思われる情報を聞き出す。


「まぁ最初はそんなもんじゃ。儂も元々は平民の出じゃしな。な〜に、案ずることはないぞ。試験といっても、大したことはしないはずじゃ」


 顎を手でさすりながら、どこか無責任な風に言うフセ爺に対して、俺は最大限の抗議の意を込めた眼差しを向ける。


「なるようにしかならん。お前なら大丈夫じゃ。これまでの稽古を信じろ。それに明日が終わるまではつきあってやるわい」


 そう言われて俺は渋々頷いた。


「明日は早いぞ。もう寝るんじゃ」


「わかったよ」


 そして手早く寝巻きに着替えた俺は半ばヤケ糞で床に入った。


 *


 不思議と今朝は自然と目が覚めた。


「ん、涙?」


 俺は自らの頬が濡れていることに気が付く。


「そういやぁ、何か夢でも見てたような気がするが……。なんだっけな。まるで思い出せない」


 独り言で目が覚めたのだろう。隣でフセ爺が静かに上体を起こした。


「むぅ、儂よりお前が先に起きるとはのう。今日は荒天かの?」


「ケッ!! 早く起きろって言われたから早く起きたんだよ」


「なんじゃ、泣きながら悪態をつくなんて変なやつじゃのう。昨夜は眠れなかったのか?」


「欠伸だよ欠伸!!」


 そう言って俺はベッドから跳ね起きると、寝巻きを脱いで身支度を始めた。


 いつもの通り着なれた服に袖を通す。ただそれだけのことだが、見慣れた景色とは何もかもが違う。そのことに、急に身が引き締まる思いがした。


「ふん、ようやっと覚悟が決まったか」


「ほら、早く着替えたらどうだ?」


「わかっとるわい」


 程なくして支度の終わった俺たちは、宿屋を後にする。幸いにも、時間は幾分余裕があるようだ。


「腹が減ったぜ」


「同じくじゃ。そこらの屋台で済ませるとしよう」


 流石に大きな都市なだけはある。朝早い時間だということもあるだろうが、そこかしこで労働者と思しき人々が質素な作りの屋台の下で朝食を摂っていた。


 特に吟味もせず、フセ爺についていく形で手近の屋台へと入った。


「雑炊を2つ。それと、串肉2本頼む」


 フセ爺が注文すると、店主の女性が鍋から熱々の雑炊をお椀によそって俺たちの前に置いた。肉も同様に、既にいくつかがグリルの上で火にかけられているもののうちから手早く2本を取り上げると、長皿にまとめて無造作に俺たちの間に

 置かれた。


 お椀の中に突っ込まれているレンゲを手に取り、黙々と雑炊を口にかき込む。雑多な穀物の甘味と旨味の前に、なお一層俺は口を動かし続ける。串肉も、少し焦げている部分はあったが、甘辛いタレが食欲を掻き立てた。


「お前は朝からでも良い勢いで食う。それだけ腹に入れれば今日の試験も大丈夫じゃろう」


 俺は一時手を手を止めて、咀嚼しているものを飲み込んでから応じた。


「食っておかなきゃ、動けない」


「なんだい、兄ちゃん今日は騎士学校にでも受験に行くのかい」


「ん? ああ、そうだぜ」


 それだけ確認すると、店主の女性はほとんど空になっていた俺のお椀を半ばひったくるように取り上げた。


「ほら、これはアタシの奢りだよ。頑張りな」


 再度俺の目の前に置かれたお椀からは熱々の湯気を立てた雑炊がたんまりと盛られていた。


「良いのか? じゃあ遠慮なくいただくぜ」


「なに、気にすることないさ。また寄っとくれ」


 それを見ていたフセ爺が、お代を卓に置いて頭を軽く下げた。


「女将、かたじけないの」


 女将は「良いんだよ」とばかりに手をひらひらと振った。


「アンタもいるかい? おかわり」


「いや、儂はもう腹一杯じゃ。若人のようには食えぬよ」


「まぁ無理もないね。で、アンタたちは親子……じゃないよね?」


「上司と部下というか、ジジイと孫というか。なんと言えばしっくりくるかのう?」


 ガツガツと貪るように残りを胃袋に収めた俺は、膨れた腹をさすりながら答えた。


「親なしの食いっぱぐれと、それを拾ってくれた恩人ってとこさ」


 目を丸くした女将は興味がありげな眼差しを向けて来たが、ちょうどその時に他のお客が入ってきた。無論、話は終いだ。


「じゃ、また来るよ」


 そう言って屋台を後にした俺たちは、今度こそ目的の場所へと向かう。


 もっとも、俺はこの都市に明るくないので、フセ爺の案内についていくのみだ。


 腹がこなれるくらいの丁度良い距離を歩いた頃合いで、件の建物は見えてきた。建物とはいうものの、それは市街地からやや離れた小高い丘の上にある城と言っても差し支えないような代物だった。


 麓は特に塀があるわけではないが、丘の上の城へと続く道の始まりに門があった。


 詰所には門兵が一人と、もう一人軍服を纏った男の計二名が詰めていた。


「話は一応通してあるが、儂じゃ。フセじゃ。今日はこのデニスに試験を受けさせるでな。通してくれ」


「はい。伺っております。どうぞ」


 フセ爺が既に手続きは済ませてくれていたようで、特に何事もなく門をくぐった俺たちは、そのまま丘の上を目指す。と言っても、そこまで標高の高いところでもなく、すぐに城門へ辿り着いた。


「デニス。後はお前一人で行け」


「あぁ。ここまでありがとう」


「うむ」


 中へ入ると、そこは円形の中庭になっていた。


 あたりを見回すと、いくつか設営された天幕の一つに「受付」とだけ書き殴られた看板が掛かっているのが目に入った。


「あれか」


 恐らくは俺と同じで試験を受けにきたのであろう連中がその天幕の入り口に列をなしている。俺は大人しくその列へと加わった。


 並んでいるのは、そのほとんどが俺と歳の頃が変わらぬ奴らばかりだ。もっとも、俺は自身の正確な年齢は知らない。フセ爺との取り決めで、便宜上17歳ということにしてある。まぁ、チノ曰く15程度が適当とのことだが、そこはどうでも良い。ちなみにレリアは15歳だそうだ。


 そんなことを思い出しながら周りの顔を見やると、一様に緊張した面持ちだ。無理もないが。


「次の者、入りなさい」


 待つこと少し、ようやく俺の順番が回ってきた。


「はい」


 そう返事をして天幕の入り口を捲ると、中央の机に待ち構える騎士と思しき男がこちらを手招きして呼び寄せる。


「名前を」


 端的な問いに、俺も同じく端的に答えた。


「デニスです。姓は持っておりません」


 と、中央の男から右手に座っていた大柄な騎士が、笑みを浮かべながらそれに答えて言った。


「お前がデニスか。フセ殿から聞いている。なるほど、噂に違わぬ図太さを感じる。……おっと、俺も名乗っておこう。俺はガビルだ。最初に言っておくが、タイリン騎士団の所属ではない。ただ、将来の戦士たちの顔を様子見に来た者だ」


 タイリン騎士団所属でない者がここにいるということを不思議に思った俺は、素直に素性を問う。


「では、どこの騎士団の方で?」


「俺は旋風騎士団インペタス・イクイティに所属している。本拠地が近いこともあって、非常勤で講師を務めている。今日は試験というのもあって顔を出した」


 旋風騎士団インペタス・イクイティときたか。コラドーシャの中でも指折りの騎士団だと聞いている。俺は興味をそそられた。


「話の途中で申し訳ないが、続けさせてもらっても宜しいかな」


 しかし、机の騎士が間に割って入った。


「申し訳ない」


 もう一人の騎士も、少し悪びれた様子で頭を掻いた。


 俺も居住まいを正して正面に向き直る。


「うむ。結構だ。では早速だが、君はここに何をしに来た? 簡潔に答えてくれ」


 俺は迷わず答える。


「騎士団で鍛えてもらうためです。俺は一端の戦士になるために来ました」


「ふむ。戦士か。騎士の言い間違いか……? まぁいい……。重ねて聞くが、なぜ騎士になりたい。かつてと異なり、今は対竜の戦力は充実していると言って良い。平民が無理に戦場に向かう必要はそこまでない。だが、一度(ひとたび)竜と対峙すれば命の保障はないぞ。そうでなくとも危険な仕事だ」


 なるほど、どの程度の覚悟があるのか見たいということか。……俺の戦う理由か。場流れ的な感じとも言える、が……。


「どうした。答えられないかね」


 暫し考え込む俺に対して、男は片目を吊り上げた。


 ふと思い返せば、目を覚ましたあの日から、俺は自らに関して深く考えてこなかった。無理に考えると不自然な程の眠気に襲われたからだが。だが、これだけは言えた。


「いえ。大それた理由わけではありません。きっとありふれたものでしょうが、友人と世話になった人の役に立ちたいからです。しかし、今のままでは弱すぎる」


「そうか。ならば邁進したまえ」


 肘を机について手を組んだ男は、感情の読めない表情を俺に向けた。


 そこにガビルが口を挟んだ。


「役に立つというのは、騎士としてという意味で間違いないか?」


「はい」


「スカク殿には些か不満がおありなようだが、俺はむしろ純粋だと思う。頑張りたまえ」


「別に不満があるということではありませんが? ガビル殿」


 眼鏡を指で押し上げながら、スカクと呼ばれた試験官はガビルに抗議の視線を向けた。仲が悪いのだろうか?


「まぁ良いでしょう。デニス、君の入学を許可する。重ねて言うが、常に目標とする騎士になれるよう邁進したまえ」


 俺はやや面食らった。試験というからにはもっと実技や筆記のそれがあると思っていたのだが。


「これで終わりということですか?」


 俺は念の為に確認する。


「何を言っているのかね。入学の意思をもった若者を拒むということは基本ない。だが、そこからが本当の試練だ」


 フセ爺め、なんだか聞いていた話と違うぞ……? だが、そっちの方が面倒が省けて良いのも事実だ。


「ではよろしくお願いします」


 俺は深々と頭を下げた。


「では下がりたまえ。後のことは外の者が案内する」


 外へ出ると、順番を待つ連中が目に入った。こいつらは何故騎士を目指すのだろうか。もっとも、しっかりとした信念を持っている奴らなぞ、そうは居ないかもしれないが。


「おい、そこの者! そうお前だ。そこの赤い髪のお前! こっちに来い」


 突然の声の主は軽装の鎧に身を包んだ女性だった。彼女も騎士だろうか。


「何を呆けている。さっさとこっちに来ないか」


 言われるまま俺はそちらに駆け出した。よくよく見ると、俺よりも先に試験を終えたのであろう集団がいた。


「申し訳ない。気が付かなかった」


 俺は素直に至らなかったことを詫びた。


「ふん。お前が例の少年か」


 腕組み見下ろすその眼光は、女伊達らに鋭い。しかし、例の少年とはなんのことだろうか。とんと覚えがない。


「例の少年とは、一体何のことですか」


「噂で聞いているぞ。何でもフセ殿に直々に鍛えてもらったとか。……チッ、羨ましいやつ」


「羨ましい……ですか?」


「ふん。お前と無駄話をするつもりはない。さっさと並べ」


 そう言ったきり、彼女は集団の方へ向き直って口を開かない。会話を続ける気はないようだった。


 待つこと暫く、俺の後から数人が集団に加わったところで、頃合いを見計らったのだろう。先ほどの女性が告げた。


「貴様らにはこれから私と手合わせをしてもらう。もちろん全員ではない。この集団の中で腕に覚えのある者たち5名だ。さぁ名乗りを上げろ!」


 この流れ、俺は何も聞かされていないし、当然予想もしていなかった。だが、周りの反応を見る限りは周知のことらしい。


「さぁいないのか!」


 しかし、意外なことに、誰も名乗りを上げようとしない。そればかりか明らかに恐れた様子でざわついていた。


「そんな……フォルティーナ様と手合わせなんて……」


「無理に決まってる……」


「死んじまうぜ」


 どうやら、かなり危険な人らしいな。だが、知らん。


「なぁおい。誰なんだよ、それ」


 俺は小声で近くにいた奴の方を叩き質問する。すると、驚愕の表情が俺に向けられた。


「何言ってんだお前?? 旋風騎士団インペタス・イクイティ突撃隊長、竜穿槍のフォルティーナ様を知らないのか?!」


 あまりの大音声に彼女も気がついたようで、キッとこちらに顔を向けた。


「貴様!! その恥ずかしい名を呼ぶな!!」


 ツカツカ、というよりは、ドカドカ、というのが正しいような足取りで俺ともう一人の元へ来たフォルティーナは、小馬鹿にしたような顔で舐めるように睨め付けてきた。


「貴様らがやるか?」


「いっ、いえ!!」


「ではお前がやるか? 赤色」


 そう口にしたフォルティーナの目と髪は鮮やかな青で、俺は飲み込まれるような錯覚を覚えた。だが、一つ腑に落ちないことがある。


「なぜタイリン騎士団の養成学校の試験に旋風騎士団インペタス・イクイティのお偉いさんが?」


「タイリン騎士団と我ら旋風騎士団インペタス・イクイティは地理上密接な関係にあるというのはここらでは常識だろう。何か不思議があるか」


 そういうものか。俺はとりあえず納得した。


「ご説明ありがとうございます」


 おれはそう言って頭を下げる。


「何を話を打ち切っている?」


 やはり自然に会話を終わらせるのは無理だったようだ。俺は首根っこを掴まれて無理やり視線を合わされた。


「今私は試験の一環でお前らの誰かと手合わせをしなければならない。だが、あいにくと私は人気がないようでな。一向に誰も名乗りを上げてくれんのだ。──お前は違うよな?」


 有無を言わせぬ圧を感じた。だが、俺は必死に目を逸らす。だって怖いもんこの人!


「そうか。でもな、私もそろそろこの無駄な時間にウンザリしてな、否が応でも付き合ってもらうぞ。……これが終わらんと帰れんのだ」


「絶対最後のが本音でしょ!!」


 おれは堪らず叫ぶが、悪い笑みを浮かべた彼女は本気のようだった。


 ──彼女の命火テグニスが滾っていくのがわかる。どうやらやるしかないようだ。


 呼応するように、俺も命火テグニスを滾らせるよう、意識を体の奥底へと集中させていく。


 浮ついた気分はどこへやら、俺は静かに彼女と視線をぶつける。


「わかりました」


「おもしろい!」


 そう言ってフォルティーナは俺を広場へと投げ飛ばした。信じがたい剛腕だ。とは言っても、ただ投げられただけ。俺は難なく体勢を整えると、軽やかに着地した。


「良い身のこなしだな。ほらこれを使え」


 いつの間にか天幕から出ていたガビルが、背後から声をかけてきた。振り向くと彼から木剣が差し出される。


「どうも」


 すぐにフォルティーナへと向き直った俺は、受け取った木剣をいつものように正眼に構えた。


 対して彼女はその青い髪をたなびかせながら薄ら笑って言った。


「フセ様が鍛えたとかいうその程を見せてもらおうか。では用意は良いか? 行くぞ!!」


 わずか一瞬で彼我の距離を詰めた女騎士は、そのままの勢いで大上段からの一閃を俺に向かって振り下ろした──。



次回、場面が変わる予定です

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