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第5話

 セギス家。コラドーシャ建国以前から連綿とその勇名を轟かせる英雄の一族である。


 この大陸における人類の歴史はすなわち竜との戦いの歴史であり、その過程で数々の英雄が生まれるのは必然であった。その中でもセギス家は“越竜の一族”として1つ頭抜けた戦績を誇る、海内無双の名門であり、生ける伝説と言っても過言では無い。例を挙げるならいとまがないが、中でも有名なのは、闘竜歴700年代に、その悪名たるや知らぬ者はいなかった「紫電竜王ユドラル」を時のセギス家当主が討ち取った「紫電大戦」だろう。かの戦争では王都にまで竜どもの爪牙が迫り、王自ら戦場に立つという、闘竜歴の中でも五指に入る規模の戦いだった。当然「紫電竜王ユドラル」率いる群--いや、あれはもはや軍勢と呼んで差し支えないだろう--の勢いは凄まじいものがあり、だからこそセギス家の成し遂げたことは、王国の歴史に残る偉業だったのである。


 彼らが何故そこまでの強さを誇る事が出来たか。竜を屠り、殲滅するためにあらゆる努力を惜しまず、またその為の戦略、戦術を常に研究しているからだろうか。もちろん彼らが余人の想像を超えるような鍛錬を積んでいることは間違いない。だが、セギス家がセギス家たる所以はそれだけではない。その秘密は彼らが祖より受け継ぐ血にある。セギスの血を引く者は例外なく竜を惹きつける《命火(テグニス)》をその身に宿す。これは特殊な香となってその効果を発揮する。個人による程度の差はあれどそれは竜に対する疑似餌としての役目を果たすものとなる。そしてその香を“疑似餌”として活用できるのは、セギス家の常軌を逸した戦闘能力が故であることを明記しておく。


 つまり、竜どもはその香に誘われてやって来たところを見事に返り討ちにされるということである。


 だがもし、香を漂わせるだけで、竜を屠るどころか抗うこともままならない非力な人間がいたとしたら? もはやそれは竜に喰われるだけの“餌”である。想像するだに恐ろしいことだが、過去に例が無かったわけではない。そんな残酷な運命に生まれついた者は皆、一様に悲惨な結末を迎えている。それはなにも、見捨てられただとか、悲嘆して自ら命を絶ったなどという類のものではない。ただ単純に竜の“攻め”が人の“守り”を上回る一瞬があったというだけ。いかに磐石の守りを敷こうとも、絶対に守り通せるわけではない。確率的に言えば、まずありえないことでも、際限なく繰り返していけば、いつかは死神にその魂を刈り取られる時がやってくる。そう、本当に一瞬の出来事だったのだ。しかしその一瞬“守り”が突破され、その隙に喰われたという、全く以てどうしようもない悲劇だったのだ。


 唯一救いがあるとするならば、そのような『喰われるだけのセギス』として生まれた者でも、なんらかのきっかけで戦いの才を開花させる可能性があるという一点のみ。しかしそれは過去に一例しかなく、そのきっかけというのも()()()()()()()()()()を逸するほどの鍛錬を積むというものだった。そしてそれはセギス家の血の影響というよりも、その本人だったからこそ成せた、言って良ければ奇跡に等しいものであり、例外(イレギュラー)な事態だったのだ。


 そんな過去の惨劇を娘には決して辿らせまいと、レイド卿はレリアを守るためのあらゆる手段を講じた。それは比較的安全な、竜の領域から離れた屋敷に住まわせることであり、信頼する腹心の部下を護衛に付けるということでもあった。さらには、娘のために“結界”を用意したりと、あらゆる対策を講じたはずだった。


 だが、さしものレイド卿にも、唯一にして最大の誤算があった。それはレリアが()()()であったということである。冗談でも何でもなく、彼女の性格は過去にいた『喰われるだけのセギス』とは比べ物にならないほどに快活だったのだ。これが戦うための力を持つセギスであれば、それは大いに喜ばしいことであり、また騎士としての未来を嘱望されたことだろう。しかし運命は残酷にも、彼女がセギスとして欲されるだけの力を与えることはなかった。


 *


 今の話と、チノからの補足を踏まえて総括すればこんなところだろうか。


 今までのあまり物事を考えていなさそうな不真面目な態度から一変したとは思っていたが、まさかここまでの話を唐突にされるとは、露も思わなかった。


 言われてみれば確かに、この間の竜はレリアばかりを狙っていたように見えた。あの時居合わせたのが俺だけでも、あるいはフセ爺だけだったとしても、レリアは今ここに居ないかもしれない。終わってみれば大事なかったが、それはあくまでも結果論だ。


「レリア嬢の話はわかった。思いのほか自分のことを理解していることも含めてな。そこで解せんのが、何故危険な外に何度も出ているんだ? この間のようなことは前には無かったのか?」


 そこでキスカが首を傾げる。


「先程から聞くこの間のこととは一体?」


「……この間というのはね、キスカ。実は森に竜が現れてね、それにお嬢様が襲われたのよ」


 チノが答えるが、それに対するキスカの反応はというと、表情から全てが消えている。かなりショックなことだというのはわかるが、竜に襲われたことそのものというより、それは竜が現れたことへのそれのようだった。


「まさか、ここにまで現れるなんて……」


「確かに、こんなに早く私の《命火(テグニス)》を嗅ぎつけられるとは思いもしなかったわ。それでねデニス、さっきの質問の答えだけど、ここに移ってから襲われるのはこれが初めてよ。だから油断していたというのもなきにしもあらずかしら」


「というと、ここに来る前には襲われたことがあるのか?」


「セギス家の本拠地は《金盾城(ロムペンス・アクトム)》だから。流石に生まれたのはそんな最前線ではないけど、それでもここよりは前線に近い所だったから、そこで襲われたことがあったかしら。でもその時はお父様が居たから全然平気だったわ。でも、国防の要をそんな理由で繫ぎ止める訳には行かなくて……。それでここに越してきたのよ」


「ここでは初めて、か。俺も大変な時に居合わせたもんだな」


 竜やそれに付随するあらゆることに対して俺の知識が乏しいが故に、何をどのように判断したらいいのかわからない。が、それとは別に素朴な疑問があった。


「ところで……、今の嬢ちゃんとさっきまでのアホ嬢ちゃん。どっちが本当なんだ?」


 別に意図していたわけではないが、その質問がキスカの意識をここに戻した。


「どちらもお嬢様の素です。不真面目でアホなお嬢様も、今のように年齢からは俄かに信じがたい理解力を発揮されるお嬢様も、です」


「さっきからアホアホうるさいわよ! 私はメリハリをつけているだけよ」


「「何がメリハリですかッ!」」


 全く同時にレリアの頭を対象の動きで叩いた二人。完全に同期した動きは、彼女たちが抱いている思いが即ち同様のものだということか。


「ま、まぁまぁ。お互い思うところはあるだろうけど、一旦落ち着こうか」


 何故俺が仲裁をしているのかイマイチ釈然としないが、とりあえず沈静化したようだ                           。


「正直言って、常識を学ぶだけのはずだったが、だいぶ終着点の見つからない話になったな」


「そうね」


 予期せぬ情報の奔流に対するぼやきに対して律儀に返答するレリア。


「ここには子供は私しかいないから、あなたがきてちょっと嬉しかったんだけど、本当のことを教えないでおくのもよくないかなぁと思って……。ごめんなさいね、『喰われるだけのセギス』とは関わりを持ちたくないって人は多いから」


 そこにいたのは、ただただ運命に翻弄されている儚げな少女だった。


 ……のであれば、それこそメリハリのある話であったやもしれない。


 口にしている言葉そのものを顧みれば、あるいは儚い少女の諦めに似た嘆きだ。しかし、その表情は雄弁に物語っている。「あなたは違うでしょう?」と。


 事実その通りである。


 特段レリアと仲が良いという訳では無い。少なくとも現時点では。しかし、俺は彼女のことが別に嫌いというわけではない上、不幸な体質が故にその人物を毛嫌いするような性格ではなかった。むしろ、その逆と言っても過言は無い。


「要は、竜共に襲われたとしても、何処吹く風と居られる程に強ければ問題ない」


「……まぁ、それはそうだけど。でも、それには誇張なく死ぬような鍛錬が必要なのよ?」


 ここで俺は一つ違和感を覚える。レリアは己の立場や境遇をかなり正しく認識しているように見える。が、反面それに対してどうするか、ということまでは考えていないように感じたのだ。


「だって、死ぬときは死ぬものでしょう?ジタバタしてもしょうがないわよ。それだったら自分の最期を想像して震えながら生活するよりも、今を生きることに集中するべきでしょう?」


 はたして、俺とレリアはどちらが()()()いるのだろうか。


「確かにお前の言うことも一理あるとは思うがな、それだったら死ぬほどの鍛錬を経て命を繋ぐ可能性に賭けた方がいいんじゃないのか?」


 ここでまたレリア節が炸裂した。


「不確かな可能性に今を捧げるよりも、今を楽しみたいの。……それに、辛いのは嫌」


 ああ間違いない。この身も蓋もない最後の一言こそが本音だろう。


 ここで俺の違和感はある意味解消された。コイツは最初から一貫していたのだ。


 だが、そんな甘えを許す人間はここにいなかった。


「お嬢様。脅威が身近に存在することが明らかになった今、そのような甘いことを仰る余裕があるとお思いですか?」


「ある筈がないですね」


 チノが鋭く言い、キスカも気怠げながら間髪入れずに首肯する。


「決まったな。話に聞くところじゃ、フセ爺も相当な遣り手だとか。恐らくはここにいる女性陣二人もご多分に漏れないようだし、善は急げとも言うしな。まぁ頑張ってくれ」


「何を?!」


 わかっているだろうに。そう言おうとしたが、レリアの表情が縋るようなそれだったのであえては言わなかった。


「お嬢様、ご安心下さい。ここにいるデニスも参加させますので」


 見込みが甘かった。 あえて言おう。「やられた」と。


 

この先は、展開は一応作者である私の頭に入っていますが、なにぶん貧乏暇なしを地で行くため、少々お時間をいただきます。可及的速やかにお披露目します。


待ってる人いない説ありますけどね笑

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