第八話
「お邪魔しま〜す……」
「邪魔するなら帰って〜」
「いや何でですか。そのネタ通用する人もういないでしょう」
集落には野性味溢れる森とは打って変わってのどかで穏やかな暖かい空気が流れていた。
しかしそんなゆったりとした空気にそぐわず、人っ子1人として姿を見せず、集落全体が神隠しにあったようにもぬけの殻と化していた。
「これじゃあ勝手に入ってしまうのはまずいですよね……」
「だな。これといって目ぼしい品々や金品も無いっぽいし」
「人のいる地帯に着くや否やいきなりタンスとかツボ漁るのやめてくださいよ。窃盗の現行犯逮捕とか洒落にならないですって」
「うるせえなあ。ゲームの世界じゃあ常識なんだよ! 立派な勇者行為なんだよ‼︎ 警察が怖くて犯罪ができっか!」
「いや犯罪って認めてるじゃないですか。いいから早くそのしこたま盗んだ品物を元の場所へ戻してきてください」
つぐむに叱られ渋々はるかは、抱えていた大きな風呂敷に包み込んでかっぱらってきた盗品類を元あった箇所に詰め込んだ。
「あー疲れた……今からつぐむを奴隷として売り出してその金で馬車とか買わね?」
「何でですか買いませんし嫌ですよ。人の犠牲の上で成り立った楽をしようとしないでください」
その後彼女らは集落を練り歩いて周囲を捜索したが、誰一人発見することは叶わなかった。
とんだ無駄足だったとはるかが呆れ果てて腰を地に落とした瞬間――
けたたましく音を鳴らして勢いよく迫り来る物があった。
馬車であった。男は血色を変えて馬を操り集落に入り込んで来た。
「なんでしょうか……あんなに急いで……。って! はるかちゃん⁇」
「どうしたんだよ兄ちゃん顔色悪いぜ栄養取れよ」
はるかは音を聞いた時点で既に馬車の近くまで接近していた。
男は面食らって馬車をその場で止めた。
色々と疑問を口にしたかった立場だろうに、背後を振り向いてすぐ「盗賊に襲われているんだ! キミたちもどこかに隠れて!」と叫び声を上げた。
「と、盗賊?」
しかしそこで停止した事が仇となったのか、ほどなくして馬車を連れてやってきた方角から3人の男たちがやってきた。
男たちは全員共通して赤いバンダナを頭に巻いており、大きな男が足の長さほどある長いサーベルを、中くらいの男の両手には紫紺の柄をしたナイフ、そして一番小さな男は鎖鎌をぶら下げていた。
馬車の男の話と現状を擦り合わせると、彼らこそが盗賊である事がつぐむにもはるかにも理解できた。
「げへへへ。鬼ごっこはもう終わりだ」
「そうだな! 次はかくれんぼしよーぜ」
「は、はるかチャーン‼︎」
はるかは早速盗賊3人衆の前に立っていた。
「あぁん? なんだこのガキ」
「人に名前を聞くときゃ自分から名乗るのが礼儀ってモンじゃねーのか? ちなみにアタシゃ皆代はるか。伊勢幼年中組のモンだ。文句あっかごらぁ!」
「盗賊相手に凄んでるぅー‼︎ 危険だから良い子は……いや幼稚園児は真似しないでください!」
あ、あと保育園児の皆さんも!
「いや。やりたくても真似できねえだろ」
はるかから思いもよらぬ冷静なツッコミが飛び交った。
「クソったれ! おいてめーら! こんなガキ構わず殺っちまえ!」
「ヘイ! 兄貴!」
「おいガキ! 大人を舐めるとどうなるか教えてやらぁ! オレたちはガキ相手だからって手加減はしねぇからな!」
大男に合図され、中くらいの方と小さい方がはるかを囲んで武器を取った。
「いいね。受講料はてめーら2人の小汚い生命ってところか」
「だ、だめです、逃げてくださいはるかちゃん‼︎」
しかしつぐむの必死の抑制も指示も聞く耳持たず、はるかは盗賊2名との戦闘行動を開始した。
「ひゃはぁ! 死ねえええ!」
まず中くらいの盗賊が双方の短刀をはるかの小さい身体に向けて突き刺そうと勢いよく振り下ろした。
「フラグその①。『ひゃはぁ死ねえ』とか叫びながら襲って来るやつは大抵次のページ行く前に返り討ちに遭ってやられる」
はるかはそれを差し出した両手の指の隙間で挟んで受け止め、それを男ごと掴んで回転しながら集落の民家に向けて投げ飛ばした。
「ぐわあああっ」
中くらいの男は民家の壁に突き刺さったまま動けなくなった。
「こっ……このガキ! 舐めた真似してくれやがって!」
小ちゃい方の男は強気な口調で喋りつつも、先程の現象を受けて距離を取りながら鎖付きの鎌をブンブンと振り回した。
そして回転が十分に行き渡ったところで鉄の牙をはるかに向けて投げつけた。
「フラグその②。遠距離からの一方的な攻撃で自分が有利だと錯覚する奴も以下同じく」
飛んできた鎌をハエ叩きの要領で片手を使ってはたき落とすと、地に沈んだ鉄の刃を掴んで引っ張った。
「何ぃ!」
鎌と繋がれた鎖を引かれた男はそのまま勢いに任せて、はるかの引きずった先へ行くしかなかった。
はるかはまんまと釣れた獲物の腹部目掛けて一直線のストレートパンチを叩き込んだ。
幼く小さな拳は男の腹部に激しくめり込むと、とてつもない物に衝突したかのように数メートル先の地面にまで吹き飛んだ。
ひと仕事終えたはるかは両手をパンパンと擦り合わせて汚れを落とす仕草を取った。
「は、ハルカチャーン⁉︎」
「お遊びは終ぇか? そろそろ本気出してくれよ。ガキ相手に手こずりすぎだぜ?」
そう言うとはるかは腕を組んで不敵に笑った。
そして挑発の意をたっぷりと込めて手の甲を相手に向け、自分に向けて扇ぐように振った。
「このガキ! そんなに地獄を味わいてぇんならお望み通りバラバラに切り刻んでやるぜえええ!」
頭に血管を浮き出させながら盗賊のカシラと思わしき大男は、長いサーベルをはるかに向けて振り回した。
それを何事もなく踊るように何度もかわし続けていると、男の方が痺れを切らしたように足を出してはるかの脇腹を狙って蹴り出した。
それさえまるで「読んでいた」というように男の足が届くよりも先にはるかは肘を突き立てた。
「喰らえ!」
男は片足からでも、はるかを捕らえたとでも言うようにサーベルの一振りをお見舞いした。
はるかは右肘で男の蹴りを、そして左の手のひらでサーベルを包み込んだ。
止めた手のひらからは血の一滴、傷の一つさえ付いておらず、男はそこで停止した挙句それ以上刀を進ませることが出来なくなってしまっていた。
「何⁉︎」
「フラグその③! そもそもてめぇは面が気に食わねえ! 来世では髭のないたまごに転生しやがれ! 竜拳!」
男の足を止めていた右肘を大きくずらすと、バランスを失った男は揺らいで崩れ落ちそうになった。
そこをすかさずはるかの空いた右の鉄拳が狙い、ズボンの上から炸裂する。
姿勢だけでなく金的を崩された大男は他2名の仲間の後を追うように意識を失って遥か彼方に飛んでいった。
「え……ええ〜…………」
「アタシ園長から髭じょりじょり攻撃喰らってから、髭の生えた男恐怖症になっちまったんだよ。ったく試合中もションベンちびり散らすかと思ったぜ。もう紙おむつの残機がねえんだから勘弁してくれよ」
「いやそう言う問題ですか⁉︎ ていうかなんですかフラグって! 盗賊みんな一撃の元に倒しちゃうし! 髭の生えた男恐怖症って何⁉︎ もう訳がわかりませんよ!」
さしものつぐむも今回のはるかのめちゃくちゃぶりには付いていけてなかった。自慢のツッコミも混乱でまともに行えないほどだった。
「おっさん大丈夫か?」
死線をくぐり抜けたはるかが馬車の方に近づいた。
その一方的な殺戮を目にしていた男は「ひぃ!」と肩を揺らして恐怖に満ちた顔色をしていた。
「だらしねーなあんな腕っぷしもスキルも魔法もねーカスどもにしてやられるなんて。タマキンぶっ潰しとけば勝手にくたばるべタマキンを」
「いや。間違いなくはるかちゃんみたいに撃退できる方がおかしいんですからねこの状況。3対1でしたからね。本来なら圧倒的に不利なんですから逃げるのが当たり前なんですよ。あと女の子がき、……金的を連呼しないでください」
「なんだよ。聞こえねーなぁ⁉︎」
「辱めてる場合ですか⁉︎」
耳をわざとらしく大きくさせて頭ごと傾けていたはるかを放置し、つぐむは追われていた男に近寄って頭を下げた。
「すみませんでした。あの、なんか怖がらせてしまいましたけど、この子ははるかちゃんと言いまして。あ、私は榎本つぐむと申します。よろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
「それでですね。私たちあの決して怪しい者ではなくてですね。……まぁこんな事しておいて信じてくれなんて土台無理な話ということは私も重々承知はしているつもりなんですが……とにかく今は信じてください」
「い、いやまぁそりゃあ信じますけども…………」
意外にも物分かりよく男はつぐむの説明を理解した。
異世界転生のことは流石に触れなかったものの、今自分たちの置かれている危機的な状況はどうにか説明し切れた。
「ところでこの馬車誰と何が乗ってるんだ?」
はるかが勢いよく馬車の帆を覗き込んだ。
「あっ、こら……!」
男はその行為を抑止しようと走ったものの、間に合わず彼女に馬車内の全貌を把握された。
「……って、ももちゃん⁉︎ なんでこんなところにいるんだよ」
「感動の再会」
そこに座っていたのは思いもよらぬ人物だった。
神崎もも。はるかやつぐむと同じく伊勢海幼稚園のいるか組に所属する年少の女の子。
園から抜け出した日、コンビニではるかと共に立ち読みをしていたところ、運悪くトラックによる大事故に巻き込まれて2人と共に死亡したと思われていた子だ。
そのことにいち早く気付いていたのがこのももであったが、幼い彼女たちの中で一番幼い彼女に状況を即座に判断して逃げる事も、また逃げたところで間に合う道理もなかった。
「どうしたんですかはるかちゃん。……って! も、ももちゃん! どうしてこんなところに……」
「それさっきアタシが言った。2回言うなその舌切り落とすぞ」
「いや私それ知らなかったんですよ。なんでそんな殺意に満ちた辛辣さぶつけてくるんですか」
「あっ。えっと」
ももはつぐむの方を見ると、なにやらもじもじと指を合わせて俯くと目を交差させていた。
「もしかして私……覚えてない?」
「ううん。覚えて……ますよ。橋本つぐみさん……!」
「うん。完全に別人ですね⁉︎ 類似品にご注意下さいですよ。私は榎本つぐむです。ええと。改めてよろしくね神崎ももちゃん!」
「おめーなー。ももちはまだけつの青い年少ちゃんじゃねーか。それをこうちょっと名前間違えたぐれーで小姑のようにネチネチネチネチとよぉ……ひどいじゃねぇか。子供の気持ち考えてから発言を試みろよ。恥を知りやがれってんだこのクソ雌犬」
「私そもそも責め立てて無いですしそこまで言ってないんですけど⁉︎ ていうか、今のはるかちゃんの方がめちゃくちゃひどいこと言ってるじゃないですか‼︎ あとけつの青いって言うならこの場の幼稚園児全員同じなんですけど!」
ちょっとした冗談じゃねぇか。とはるかはバカ笑いしていたが、つぐむはそんな穏やかな気分にはなれず、どっと疲れたように馬車に腰を落とした。
「あっ……もも様。もしかしてこの方たちとお知り合いでしたか?」
「もも様⁉︎」
「契りを交わした盟友」
ももはさばっと言い切ると、従者の男は黙って彼女たちを馬車に乗せて出発して行った。
次回も宜しくお願いします。
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