第四話
◇ ◇ ◇
それは気持ち悪いほど太陽が照り返し、雲ひとつない青空が澄み切った晴れ渡る13日の金曜日の事だった。
いつも通り園の先生方の指示をガン無視決め込んで、はるかとその仲間は近くのコンビニまで遠出していた。
「初めての感覚」
子ウサギのように小さく丸くなっていたのは、いるか組年少の女の子、神崎ももちゃんだった。
彼女は先月園にきたばかりの転校生……ならぬ転園生だった。
やむに止まれぬ事情で保育園から伊勢海幼稚園に来たらしいが、その件について触れたものは誰もいなかった。
新入りを熱烈に歓迎するように、はるかはももに対してフレンドリーに接して、早速自身の覚えている悪い遊びを純真無垢なももに植え付けた。
幼い年齢の児童になればなるほど、ちょっと大きくて怖い印象を受ける大人よりも、同じくらいの年齢の子供に付き従うことが多い。
真の敵は誘拐犯のような悪い大人ではなく、子供をたぶらかす子供であったという世俗もびっくりの真相だ。
もっとも史上かつて稀に見るワルガキであったはるかの出現なんて四年に一度あるかないかくらいの低い確率なので、そんなケースを想定している方がおかしい話なのだが。
覚えた悪い遊びの一つがコンビニ徘徊だ。
地元のヤンキーもびっくりの入り口たむろの占拠で、来客の目と心を和ませたり邪魔になったりしていた。
資金なんか当然持ってきていないし持っているわけもないので、適当に店をチラ見してトイレを借りるだけ借りて逃げるとい他愛もない事しかやってないのだが。
店員も別段迷惑だとは思っていないらしく、コンビニとワルガキ児童の関係はこのようにして成り立っていた。
「ぺっ。しけてやがるぜ。こーなりゃついに店にあるテープ貼ってある本を片っ端から引っぺがしていくか?」
「おーっ」
神崎ももに断るという選択肢は存在しなかった。
別に脅されてここにいるわけではなく、本人の興味関心の及ぶところに自由気ままに彷徨いているだけなのだ。
彼女もまた自由奔放な性分であり、おっとりしていて天然な雰囲気を醸し出してはいるが、はるかのように何をしでかすか分からない危うさというものがあった。
好奇心の塊同士で息ぴったりのこの凶悪なコンビは、早くも園に暗雲を立ち上らせる怪物となり得るスペックを兼ね備えていた。
そんな二人を何としても組ませないようにしていたのが、榎本主任ことつぐむだった。
昼休憩で園の外に遊びに行ったきり帰ってこない二名を怪しみ、自身も後を追わんと飛び出して行ったのだ。
ワルガキ大将はるかは、人の少ない昼の休み時間を狙ってコンビニに潜入することを、人知れず前々から綿密に計画していた。
主任に悟られる事なく珍しく『良い子』を演じていたのも、自分を限りなく色薄くする事で、園長や先生たち大人たちをより問題児の方へと目を向けさせるための強かな作戦の一環であった。
しかし必然居なくなる時間が長くなればなるほど、自身に対する疑いは決定的な物になっていく。
ワルガキに散々振り回されて、常に最悪の事態を想定しているつぐむはそんなはるかの計画を看破するように園から喪失した両名の捜索にあたっていた。
彼女が近隣のコンビニを発見するのにそう時間はかからなかっただろう。
そんな主任の追尾を完全に撒いたと思っている二名は、早速女性週刊誌や成人向けコーナーの本を、テープの呪縛から解き放つと片っ端から閲覧し始めていた。
もちろん未就学児たる彼女たちに書いてある内容を理解することなど出来はなしなかったのだが。
しかしながら彼女たちはそこに描かれている写真や雰囲気から、内容をなんとなく察した(気分になり)、自分たちはまた一歩大人への階段を登ったと錯覚しているのだった。
いや、その事を楽しむためにやっているような節が垣間見えた。
「いと面白き書籍なり」
「もも。それ逆さまだぞ」
指摘を受けて逆さに傾けていた本の本来の向きを知ると、そそくさと小さい手でくるくると週刊女性誌を回して整えていた。
「大人の冒険」
元通りにした本を眺めてももはその目をキラキラと輝かせていた。表情こそ大きく変化しないものの、明らかにももは嬉しそうにしており、その場でぴょんぴょんと飛び上がっていた。
はるかのお気に入りの書籍は実は何を隠そう異世界転生もののライトノベルだった。
日夜ゲーム三昧で三度の飯よりゲームが大好きな彼女にとって、姫さまとかオークとか勇者といった世界は一種の憧れの的であった。
文字はひらがな程度しかまだ読めないものの、一部の台詞などを暗記して日常生活に流用したり、絵を見て楽しんでいるのだ。
また、深夜にテレビをこっそり付けてそうした系統のテレビアニメを見ていることもあり、異世界転生の概念をなんとなくではあるが、察していた。
「おもしれーカイトかっけー」
などと、その辺の立ち読み高校生と変わらないような発言を繰り返して書を読み漁っていた。
――ところに、主任こと榎本つぐむがコンビニエンスストアに来店した。
「何やってるんですか二人とも」
「あっ。つぐみ! なんだよ誘って欲しいんだったら前もって言っておいてくれよ」
「つぐむです。やめてくださいそう呼んだら今後その発言聞いた人全員が絶対に私の名前勘違いするので。――じゃなくて。ただでさえ無断で園を抜けてこんなところまで来るだけでも大変な大問題なのに、園児だけで立ち読みなんて以ての外です! そもそも立ち読みは違法ですよ⁉︎」
つぐむの言っていることはもう至極当たり前の、百人の大人が同意ボタンを連打するほどの常識だった。
しかも彼女たちはあろうことか店で貼っているテープまで剥がして中身を閲覧しているのだ。
購入すら検討していないというのに、店からしたらこの仕打ちは立派な器物損壊にあたるほどの、然るべき機関が責任ある大人たちに向けて断罪を施すほどの重罪だった。
しかし犯した罪の重さに反比例するようにはるかは舌を出して笑っていた。
「悪いなつぐむ。このコンビニは三人用なんだ。立ち読みできる権限をオーソライズしているのは俺たちだけなんだ」
「三人用なら余裕で私入れる枠あるじゃないですか……。下手にガキ大将の意地悪金持ち腰巾着役に乗じるから齟齬が生じるんですよ。そもそも誰も立ち読みの権利なんて所有してないんですって。それを正当に読む権利が与えられているのは、レジを通して購入手続きを済ませた上で金銭を支払った人間だけなんですよ」
「ごめんちょっと何言ってるか分かんない」
「いや、何でですか」
「あたちよんちゃいだからわかんにゃい」
「急に園児のフリしてとぼけないでくださいよ。……いや園児なんだけども!」
そうして口論や漫才を繰り返していると、ももが外の何かに気がついて指差していた。
「ん? どしたーももっち」
「いやももっちって……」
しかしももにはまだ眼前の物を呼称する術を持ち合わせていなかったので、彼女は頭で言語化できる最低限のの単語を羅列することしか出来なかった。
「失楽の霹靂」
「はぁ? ももったら何を言って……」
――のところで彼女たちは信じられない光景を目の当たりにした。
コンビニの駐車場に向けて、勢いよく大型トラックが走行してきたのだ。
ももはちょっと前からその現象に気がついていたのだが、それを指摘した時には既に事態は手遅れと化していた。
かくして皆代はるか、神崎もも、そして榎本つぐむの3名の園児は、新聞の一面をしばらく飾るほどの大事故に巻き込まれてしまうのだった。
【次回予告】
ひょんな事より異世界に転生してしまった皆代はるかは、ある日悪の組織に連行され改造人間にされてしまう。
人類の平和と元の平穏な日常を取り戻すべく、はるかは今日も人知れず戦う!
戦えはるか。この世に悪が栄える限り、燃えたぎる正義の炎は決して消えはしない!
「なんか勝手に予告始めてるし! こんなですが次回もよろしくお願いします!」
NEXT EPISODE >>> 『大怪獣VS幼女』