第23話
「やぁネルソンじゃないか。こんなところで会うとは奇遇だね」
「奇遇も何もあるわけないじゃないですか。私たちは貴方を追ってここまで来たんですから」
ネルソンと呼ばれた青年は、共に森に入った彼と同じ従者たちを連れてやってきた。
全員似たような濃紺色の長装束を身に纏っており、ひと目でシオンとの身分の違いが見て取れた。
「私はネルソン・クレイと申します。我々は元々シオン様と共に旅をしていたのです」
「旅を?」
「ええ。しかしながらいきなりシオン様が『私を呼ぶ幼女のニオイがする』などと言い出して突然進路を変更なさって……それでこの森に入って捜索していた次第です。まぁいつもの事なのですが」
「筋金入りの変態野郎ですね」
「ガッデム! ニオイ消しはサバイバルでの必須事項だったってのによ‼︎」
それはもう悔しそうにはるかは親指を噛んだ。
その下で紳士は高らかに笑い声をあげていた。
「はっはっはっ。残念だが例えニオイを消そうとしたところで無駄な努力だよ。私の鼻は半径百メートル以内の女児全ての香りを嗅ぎ分けられるからね。香水や洗浄の類では隠し切れない、あの酸味溢れる独特の幼女が生きているニオイはどこにいても感じ取れるさっ」
「気色の悪い事を喜色満面の笑みで言い放ちやがって。やっぱその首叩き切らなきゃ……」
叩き切るという部分を敏感に聞き取ったももが瞬時に鉈を構えて紳士の首元を狙う。
「わーっ! こらこらこら! 何がどうあっても殺めるのは絶対ダメです!」
「冗談だっつの。殺るときは人知れず殺っとくっつーの」
「だから殺っちゃダメなんですってば」
勢いよく鉈を取り出したはいいが、使うアテが無くなってしまったももが頬を膨らませて素振り運動を開始した。
それを見てネルソンと従者たちは感心していた。
「それにしても貴女方は本当にお強いのですね」
従者の1人が溢した。
「私を助けてくれた時の手際も非常に鮮やかでありました。たった2人でそれも子供だというのに。いやはや大したものですよ」
それまでにない大人からの惜しみない賞賛の嵐に、はるかやももは満更でもない喜びを表していた。
「おいおいやめろよ照れるじゃねぇか」
「(照)」
「だからって顔を照の文字にしなくても……」
「私も驚くばかりだよお嬢様方。彼女たちはこの森を余すところなく踏破するおつもりらしく、押し寄せる生物たちもあのようにバッタバッタとな」
先程の光景も相まってシオンの話には信憑性が生じていた。
並び立つ両雄に負けまいとあかりもこっそりと列に紛れた。
「そうですよ。これ程の力量を持つのですから、例の件お願いしても良いのではないでしょうか」
「例の件?」
「なんだ。やばい白い粉を薬と称して民間人にばら撒く手伝いか? それとも船に乗せるお仕事か?」
「いやそんなヤバすぎる仕事知らない人に、ましてや子供なんかに頼む訳ないじゃないですか」
「実は……」と従者は一呼吸おいて語り始めた。
つぐむたちもその場に座り込んで話を聞いた。
「私たちの城ではルナタイトという鉱石や、価値のある宝石などを採取している洞窟があったのですが……ふた月ほど前からでしょうか。探索隊が行ってからというものの、全く音沙汰がなくなってしまったのです。次に兵士を何人も送りました――が、結果は同じく誰一人として帰ってきませんでした。とうとう兵士団が動き出そうとしているところだったのですが……」
「王も原因不明の事態にこれ以上貴重な戦力を行方不明にさせる訳にはいかない、と仰っており今現在我々で洞窟で何が起きているのか生き残って解明できるような強さを持つパーティーに声をかけて回っているのです」
「その点、貴女方は抜きん出ておられる。どうでしょう、我々に協力してはいただけないでしょうか。もちろんお礼は弾ませてもらいますので……」
ネルソンと2人の従者が説明を施した。
「お礼」という言葉を聞き取ったはるかが目を金にして真っ先に名乗り出た。
「いきますっ」
「いやちょっと待ってください。お礼に釣られて二つ返事しないでくださいよ。大人の戦士が何人も行方不明になっているんです。どんな危険が待ち構えているか分からないんですよ?」
「危険が怖くてスロットが回せるかってんだ! ――おお神よ。もしも私が今生に於いて何かを後悔することがあると言うのなら、それは危険を恐れ、危険を知らなかったことだろう」
「どこかの高尚な一説文みたいに語っておりますけども! 命を賭ける可能性のあるスロットをそう易々とは回させませんよ。挑むならもうちょっと情報を集めてから……」
「その情報を持ってそうな部隊が帰ってこねーんだから仕様がねーべ。なぁにいざとなりゃアタシが洞窟の壁ぶち抜いてとんずらこけばいいんだよ」
「ははは。見事に意見が分かれておりますな。まぁここはリーダーである彼女に従っておくべきでしょうええと……はるか殿」
躍起になって燃えているはるかの頭をネルソンは撫でた。
彼の言うように異世界幼稚園組のリーダーはつぐむであった。
実力こそ常人レベルなものの、誰一人として彼女に反旗を翻さんとする者はいなかった。
ある程度信頼で成り立っている関係なだけに、下手な行動は出来ないのかもしれない。
……単にリーダーになるのが色々面倒だったからという理由もあるだろうが。
しかしつぐむも全くもって行く気がない訳ではなかった。
危険性は百も承知だが、この世界で生き抜く為の相応の報酬も必要だと知っている。
この森の探索を終えて、はるかたちが燃え尽き症候群の抜け殻状態になるよりは、分かりやすい次の目標を提示してやるほうが彼女らにとっても精力的である。
選ぶ時は出来るだけ慎重に選んで、その後の判断は彼女たち戦闘組に任せようとつぐむは考えていた。
「そんじゃお前らもついてこいよ。ちょーどアイテムボックスが上限いっぱいのぱつんぱつんで困ってたんだよ」
「ちょ、はるかちゃん。この人たちも巻き込むんですか?」
「というよりこいつらこの下の豚に用があるんだろ? で豚ことロリコンはアタシに絶対服従なわけで。ということはそのロリコンに付き従うこいつらは必然付いてこなきゃならねぇって寸法さ。これぞまさしくハーメルンの笛吹部隊現象。だから共同戦線? 呉越同舟しよーじゃねーかってこと」
「ロ、ロリコンて……だからってもうちょっとなんか言い方なかったんですか……」
「うーん。豚とかロリコンだとヤバそうだから可愛く『ロコリン』とかにしとくか」
「そういう問題⁉︎」
『ロ』ーハイム・『コ』ー『リ』ウス・シオ『ン』でほらロコリンだろ?」
「そこから⁉︎ そして本当だぁーっ‼︎」
新たな『ロコリン』という誉ある真性小児愛好家の勲章を、赤毛の女王から賜った紳士とその従者たちは、彼女らと旅を続けることとなった。
「あれだな。海賊連中とか村人一団とか『NPCがぞろぞろ仲間になった!』ってやつだな」
「なんだか随分うちも大きくなりましたね……」
「あはは。戦力としては全くもって力及ばぬ身でありますので。 どうかお気遣いなく」
ネルソンら従者たちは荷物持ちになっても嫌な顔一つせず付き従っていた。
哀れな犬に身を落とした主君を見ても動じなかったあたり、こういった事例に慣れているのだろう。
主人は馬乗りにされ下品に嘶いていたが、当の白馬は誰に乗られる事もなく従者に連れられ寂しそうに歩いていた。
その後も数多の原生生物とエンカウントしたが、レッドドラゴンやブルーファングらを相手取ってきた彼女たちにとっては今更どこ吹く風の獲物ばかりだった。
経験を積んでレベルでも上がっているのか、はるかは力を溜める所作なくして通常の2倍ほどの怪力を繰り出せるようになったし、ももの防御魔法は最大で3メートルのドーム状まで引き伸ばせるようになった。
これにより、非力なパーティーメンバーが不要な危険に晒される危険性がなくなり、より安全に冒険を進める事が可能となった。
そしてあかりもその不死の再生速度が――
上がることはなかった。
「なんでじゃ! なんでわしだけ何も成長しておらんのだ!」
「そりゃゾンビだからじゃね? あと食われまくっててやられてるから?」
「死んでたら経験値入らないんだよあかりちゃん」
ももは可哀想なあかりの頭をよしよしと撫でるために、足りない身長を補って何度もぴょんぴょん飛んだ。
「嘘……わしの経験値、低すぎ……?」
「さながらレベル0ってところだな。まぁ死なねぇならいいんじゃね?」
「撒き餌代わり」
「くうぅ……せめて都合よくスライムとか現れてくれれば、それをリンチにしてしこたま経験値を荒稼ぎするんじゃがのぅ……」
「今さらっとクズ発言が飛び出しましたね……」
「何を言うんじゃつぐむ! ヌシだってRPGやる時序盤の町でレベル上げてから次のエリアに行くじゃろ? 強い獲物は見返りもデカイがやられた時の代償もデカイのじゃ。序盤はローリスク・ローリターンで稼ぐだけ稼ぐんじゃ。1ポイントでも100ポイントでも同じ経験値じゃ早いか遅いかの違いがあるだけで。そんで千回くらい倒しても一向にレベルが上がらんくなったら次の町に行くんじゃよ。それでバランス調整がうまくいくようになっとるんじゃ。そんなわけでスライムスライム〜」
木の棒片手にあかりは森の木の葉を突っつき回していった。
つんつんダウジングの終点に、彼女はでろんとした生暖かい何かを掴み取った。
直後水色の液状の物体があかりを大きく飲み込むように包んでいった。
「ぐわあああっ! 遂にスライムが出おったわ!」
「ていうか本当に言ってたら出てきたし‼︎ もうなんなんですかこの森!」
出現したスライムは突かれた事に怒るわけでもなく、ただぷるぷると半透明の肉体を揺らしながらあかりを体内に取り込んでいた。
あかりは泳ぐようにもがいていたが、いくら暴れてもスライムから逃れる事は出来ず、やがて溺れた人のように意識の糸がぷつんと切れた。
「さっ行くぞ。森の進行率も7割以上きたしな」
そんなあかりには目もくれず、はるかは踵を返してキビキビ歩いて行った。
「ちょ、ちょっと⁉︎ あれはスルーでいいんですか⁉︎ あ、あかりちゃんスライムの化け物に飲み込まれちゃいましたよ⁉︎」
「あの子が一度手を出した獲物だ――その時点でアタシらがどうこうする問題じゃないのさ。弱肉強食。それが自然界の掟さ」
「仲間に厳しすぎる‼︎」
「焼肉定食」
長距離を歩いて腹を空かせたももが涎を拭き取った。
「そうだな〜……よーしじゃあ今日はこの辺で野営としようぜ。晩飯はスライムの丸焼き〜白く咲くあかりを添えて〜だな」
「添えるなーっ‼︎ 助けてあげてーっ‼︎」
そして彼女たちはその場で夜食の準備を始めた。
――つぐむ達が蒼緑の樹海に入って、いよいよ6日が過ぎようとしていた。
【あなたもわかる、ろこりん☆診断】
STEP1・大人より子供が好きだ
STEP2・ふとした時に子供を目で追ってしまう
STEP3・児童が自分の側を通るとすーはーすーはすはすはすはすはすぅうふぉおおおおおくんかくんかくんくんくんっ‼︎
0個当てはまったあなたは→ 一般人です。何の心配もありません。
1個当てはまったあなたは→ ややろこりんです。節度を持って子供と距離を置きましょう
2個当てはまったあなたは →危険です。今すぐ子供から離れましょう。
全て当てはまったあなたは → おめでとう! キミは紛う事なき『ろこりん』だ!逮捕される前に出頭しよう!
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