第22話
【前回までのあらすじ】
浄化魔法によって綺麗さっぱりしたはるかたち。
しかし、まだどこか異臭が漂っていた。
あかりのワキガか、それとも……?
真相を確かめるべく、彼女たちは奥地に進んで行く。
「うっ、うわあああっ‼︎ 助けてくれぇえええ!」
はるかたちが向かった先から男性の悲鳴が飛んできた。
走りながらつぐむの表情が青ざめていく。
「な、何があるんでしょうか……」
「さぁな……ただなんとなくヤバそうなニオイがすんぜ。つぐめ、生命保険に入っとけよ。それかタイプライターでセーブしとけよ」
「つぐむです。ヤバイのは相変わらずの言い間違いでしょう……。生命保険なんか今入れる訳ないし、セーブ機能なんてありませんよ! あとなんでタイプライター限定なんですか!」
「冒険の書でもいいけどよ! ところであれって記録形式だからその地点に戻れるって仕組みとしては何となくわかるんだけどよ! 王様に話聞いてもらってパスワードもらって復活するシステムあんじゃん? あれだけがアタシどう考えてもわかんねーんだよな。なんで王様にいちいちお伺い立てねーとセーブさせてもらえねえんだよ。てかなんで16文字以上の意味不明な言葉の羅列入力したらその地点に戻れるんだよ。おかしいだろどう考えても。あんなの並のガキには覚えきらんねぇだろ。てかアタシ1文字間違えたらいきなり魔王の前に飛ばされたぞ。どんなトンデモフラグぶちこんでくれてんだって話――」
「いやそれいま話す必要のある話題ですか⁉︎ ゲーム会社に直接言うか自分で調べでもして下さいよ! 今はこの先に居るであろうヤバイ何かでしょ!」
道中行き止まりになり、その下が崖となっていた。
底は深く、全長50メートルはありそうな高い高い岩場となっていた。
言わずもがなそんなところで止まるはるかではなく、目の前の下層目掛けて走ってきた勢いで飛び降りて着地した。
「早く来いよ」
底の方からはるかが声を響かせた。
「無理に決まってんでしょこの高さ⁉︎ 私はサイボーグでもなければはるかちゃんのように屈強な女の子でもないので!」
「誰が人造人間キカイダーだ!」
「誰もそんな事言ってませんよ‼︎ 人間になれたピノキオはしあわせだったと思いますよ!」
かろうじて底の方にいてもはるかだとなんとなくわかったが、辺りに立ち込めた白い煙のせいですぐに霞んで見えなくなってしまった。
怯えるつぐむであったが、このまま降りずに放置するわけにもいかないと、自身も少しづつ降りようと努めた。
「頑張れ頑張れ諦めるな! 死ぬ気でやってみろ! 死なないから! それぐらいみんな経験してるから! 世の中もっと辛くても頑張ってる人がいるんだ! 霞のジョーだってなお前、頑張ってるんだぞ‼︎ 止まない雨はない、やればできる!」
「首の骨へし折りますよ⁉︎ 今絶賛震える手で死にかけてるんですからそういう怒りを催す助言やめてくれませんか? あと私アップルシード派ですから!」
「うるせえなあ。そのまま落ちたって足の骨の1本や2本がぶち折れるだけだろーが。それくらいももに治して貰えゃいいだろーがてめーぶち殺すぞ餓鬼が!」
「えええ⁉︎」
しかし果てしない高さの崖から飛び降りる勇気は彼女にはまだなかった。
汗の滲む両手で必死に命綱たる岩や石を掴んで、おっかなびっくり少しづつ降りていくしかなかった。
「痛いのは嫌なのでゆっくりと降りたいです‼︎」
「ふざけんな女神から防御力全振りさせてもらえなかった以上、覚悟決めてとっとと降りてこい! ……しゃーねーな。ほれアタシが受け止めてやっから信じて飛び降りろ!」
「む、無茶ですよ‼︎」
両手を翼のように広げ、はるかはつぐむの落下地点まで立った。
つぐむはゆっくりと下を見下ろした。
飛んだ距離によっては地面との熱烈なキスとハグを避けられない状況に、彼女は目眩がしてきた。
止まらない汗が今度は背中に向けて加速する。
「つべこべ言ってると今からその辺の石ぃ投げて崖崩すか脳天かち割って殺るぞ! 2つにひとつだどっちか選べこのチキン野郎!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ〜! なんでそんなさっきから殺意高めなんですか! 心の準備をしなきゃ――」
「はいいーち‼︎」
カウントも終わらないうちにはるかは手元にあった小石を勢いよくつぐむの手元に目掛けてぶん投げた。
石と壁が激しく激突し、砕け散った破片が粉状になって周囲に飛散した。
「な、なにするんですか! ……この鬼ー! 悪魔ぁ‼︎」
思わず離しかけたその手を、今度は勢いよく押し出すようにして離した。
飛ばなきゃ殺られる――そういう焦りと必ず受け止めてくれるであろうというはるかへの熱い信頼を胸に、彼女は今飛んだ。
まだ半分もまともに降りていなかった崖から、すさまじい勢いで底へ向かって急降下していく。
ジェットコースターさながらの高速移動につぐむは細胞の一つ一つが飛翔し凍りついていくのを感じた。
「うわああああああ‼︎ こっ、これ本当に大丈夫なんです――」
差し伸べられた手とは真反対の方向へ無慈悲にも落下し、頭から地面へめり込んでいった。
垂直で急速に降下していった為、皮肉にも首の骨がへし折れたのはつぐむの方だった。
「あのなぁ。ちゃんと目標地点目掛けて飛んできてくれよ。せっかくこっちは熱いハグで出迎えようとずっと待ってたのによ。大地くんに浮気するなんてあんまりじゃねぇか?」
「あ……あんまりなのは、ロッククライミング未経験者に正確な飛び降りを要求するはるかちゃんの方でごふっ」
余りの激痛によってつぐむの時は止まった。
唐突に視界がブラックアウトし、彼女は倒れた。
しばらくして後を追うように、ももやあかりが崖の上にやってきた。
「なんじゃーもうそんなところまで降りたんかー」
「おー。とっとと降りてこいよ。3秒以内に降りてこいよ」
「おっけー」
ももは予備運動も無しにいきなりジャンプして底に下って行った。
落下中、新体操選手さながらのアクロバティックな大回転を繰り広げ、何事も無かったかのように着地した。
「おおーっ」
それを見たはるかが思わず賞賛の声と拍手を送った。
「余裕の下山」
「やっぱこの程度は飛んで降りてこられるよな? まぁそれはともかくとして、この途中くたばったつぐむを起こしてやってくれよ」
「《回復魔法》」
魔法がつぐむの身体を癒していき、すっと彼女は立ち上がった。
「まさかももちゃんまであんな高いところから一瞬で飛び降りるなんて……」
「13階建ての摩天楼の頂点から飛んだこともある」
「嘘⁉︎」
「夢の中で」
やっぱり、というようにつぐむはがっくし肩を落としたが、内心本当にこの娘ならやりかねないという疑惑と恐怖も多少は残っていた。
「あーっ待ってくれー。わしも今そこへ参ります、ハカイダー‼︎」
スカイダイビングの要領であかりも勢いよく前のめりに飛んできた。
しかし彼女もまたつぐむと同じように首ごと地面に叩きつけられ、顔がすっぽりと埋まってしまった。
「さっ行くぞ」
一同はせっせと叫び声の主の元へ走って行った。
「あ、こら待たんか! わしにも回復魔法かけて! 不死身じゃけど痛いもんは痛いんじゃー‼︎」
◇ ◇ ◇
「ぐわあああっ‼︎」
青年は生きるのに必死だった。
突如として目の前に出現した食人植物によって、全身を触手で絡め取られていた。
なんとか脱出しようとあちこちを動かすも、彼が足掻けば足掻くほど蔓の触手はますますきつく締め付けられていった。
食人植物はぬらぬらと粘液性の口を大きく開き、手にした餌を飲み込もうとしていた。
全てが終わったかに思えた青年の一生だったが――怪物の食事は中断せざるを得ない状況に転じた。
「な、なんだ?」
空を切る炸裂音と共に飛んできたのは、触手より大きめの鉈だった。
青年を掴んでいた触手の一部が切り落とされ、紫色の液体を撒き散らして獲物ごと地面に落ちた。
その隙を見逃さず彼は退避行動を取ったが、すぐさま次の触手が襲いかかってきた。
「おら頭伏せろーっ‼︎」
甲高い少女の声が聞こえてきたので、咄嗟に頭を覆い青年はしゃがみ込んだ。
はるかの轟脚が迫る触手を砕いて薙ぎ払った。
自慢の腕を立て続けに失った食人生物は、喚くよう怒りの奇声を響かせた。
何が何だかまるでわからない青年は顔を上げて現場を見つめた。
「きっ、きみは……」
「我が名は人造人間ハルカ! 悪の怪人め。ここからはアタシが相手だ!」
戦隊ヒーローよろしく足を大きく開き決めポーズを取って、はるかは植物怪人に立ち向かっていた。
触手を切り裂いた鉈を掴み取って、ももまで加勢する。
「この剣が――貴様を殺せと哭いている」
鮮血に染まったような真っ赤な瞳と不気味な微笑みは、どこからどう見ても悪役そのものだった。
切られた箇所を修復し新たに腕を生やした怪物は、口を大きくしぼめて紫紺の粘液弾を吐き出した。
触れたらやばい――初見のはるかの危惧した通り、粘液の塊は草木に当たるとその周囲を激しく湾曲させ、みるみるうちに溶かしていった。
怪物は粘液弾を連射させながら、ぬるりと大きな触手を迅速に動かして次々とはるかたちに叩きつけていった。
「おらおらどうした鈍間触手ヤロー。おめーの手は飾りか? それでも攻撃してんのかよ!」
煽るよう楽しむようはるかは触手の雨を弾き飛ばしていった。
はるかの逃げ場を封殺するべく、四方八方から腕を伸ばして小さな身体を絡め取った。
今度は以前より力を込めたのか、硬く縛られて容易に解けなかった。
そしてここ一番の大玉をぶつけようと勢い良く吐き出した。
「《反射》」
ももがはるかの前に魔法陣を展開させた。
同時に障壁が顕現し、粘液の毒物は彼女に激突する前に跳ね返っていった。
自身の吐いた唾により口内を灼いた植物はのたうち回った。
その際僅かに触手を弛緩させた隙を突いて、はるかは巻きついていた重りを振り解いた。
「喰らえ正拳突き‼︎」
拳は怪物の顔面部分の正面ど真ん中を貫いた。
お得意の毒吐きに加えて、食事もまともに行えなくなった口腔部から、奇妙な紫色の汁が飛び散った。
頭を失ってなお宿主を認識している触手だけが、はるかたちをつけ狙ってもう一度その手を伸ばした。
「斬――」
攻撃が届く前に触手の大部分を切り落とした者がいた。
ももは手にした鉈で向い来る蔓の群れを一網打尽にしていった。
裂かれた怪物の部位が彼女の髪を揺らし、血飛沫が舞う渦中に立ち彼女は笑っていた。
主要な部位を全て潰された食人植物は段々と勢いを無くしていき、ようやく生命活動を停止させた。
「ニオイの元はこいつだったのか。ぼえっ。こりゃ食えそうに無ぇな」
「汚食事件」
ももは軽く鉈にこびりついた血を舐めたが、味を確かめると顔を顰めて口に含んだ液ごと吐き出した。
靴で怪物だった死骸を踏みつけ、ガリガリと擦っていた。
「にしてもすげぇなもも。さっきの反射のやつ。いやーお陰で命拾いしたぜ」
「なんかやったらできた」
本当は《物理防御》と唱えるつもりだったらしいのだが、咄嗟のことで頭が混乱してしまったらしい。
申し訳なさそうにももは舌を出して自分の頭をごついた。
「よー兄ちゃん大丈夫か? なんか絶賛食われそうになってたっぽいけど」
「あ……いや、その……」
一瞬のうちに起きたこの超常現象は青年の理解を遥かに超えていた。開いた口が塞がらないでいると、ほどなくしてつぐむたちが追いかけてきた。
「なんかすごい音がしたんですけど悲鳴の人はてうわあああ! なんかすごいぐちょってなってる‼︎」
「我がお嬢様! こんなところで何を……もしお怪我などされてはこの私……いや、傷は舐めて差し上げ――」
青年が紳士を目撃すると、大きく顔色を変えて立ち上がった。
「ああっ、シオン様! 今まで何処に行ってたんですか‼︎」
「し、知り合いなんですか? お二人とも」
今回のモンスター:フォレストプラント
討伐難易度:E
備考:胃上部に毒を生み出す袋状の器官が存在し、そこから周囲に向けて強い刺激臭を発生させ、嗅ぎつけやってきた獲物を触手で絡め取って飲み込む。
また、飲み込んだ獲物を体内で分解した後、人体にとって有害な毒性に変化させ、毒袋に保存する性質を持つ。吐き出す毒は強烈な酸性で鉄をも容易に溶かすという。切り取った触手は脳が生き残っている限り再生を続け、驚異的な速度で成長し分裂していく。
脳さえ破壊できれば、毒袋や触手に命令を出せなくなるため、放置しておけば栄養が行き渡らなくなって枯れ死ぬ。
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