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異世界園児紀行  作者: 文月
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第21話

「おいもっときびきびと歩けよ奴隷」


「ワンッ!」


 朝の神聖な空気に包まれた森を踏み荒らすのは、大の男を足蹴にしている幼児と、それを嬉々として受け入れている男だった。


 四つん這いの紳士の上で玉座のように腰をかけ、優雅にも旅を続けていた。

 彼女が足を組み替える度に紳士の後頭部に(かかと)が激突していたが、むしろ鼻息を荒げて幸福感溢れる笑みを浮かべていた。

 男は四つん這いになりながらも、女児を乗せて器用に地面を練り歩いていた。

 はるかにとってシオンは完全に乗り物のひとつ化していた。

 さぞ楽ができて満足なのか、彼女は背筋を思い切り伸ばして唸り声を上げていた。


「一番乗り心地の良い乗り物って、馬車でも気球でもマスタードラゴンでも無く、人間だったんだな」


「いやそれは流石に違うと断言させていただきますよ。普通意図して人間に乗る機会なんてそうそう無いですからね」


 昨晩の痴態から一転して彼女たちは穏やかな睡眠を送り、気持ちの良い朝を迎える事ができた。

 シオンは言われた通り、テント内には一歩たりとも近寄らず外敵の侵入を妨げるゴーレムのような役割に準じていた。

 そんなシオンの奮闘も虚しく敵なんてどこにも現れなかったわけだが。

 結局彼女らの安息を妨害した外敵というのは、他でもないシオン自身だったというオチだ。

 はるかの上着に手をかけ、あろうことか深呼吸までやらかしたという大罪を償うべく、現在はるか専用の奴隷として奉仕活動に勤しんでいる。


 ……というより、彼が自ら望んでそうしているようにしか思えない。


 腹いせか単なる暇つぶしか、度々繰り出される彼女の尻蹴りにも良い声で鳴いていた。

 余りにも五月蝿い時はその口に猿轡(さるぐつわ)をされかけたものの、全くもって拒絶の姿勢を見せなかった。

 「幼女の所有物で窒息死できるなら本望――」という背筋も凍るおぞましい発言を受けたので中断されただけなのだが。


 最初は蛞蝓(ナメクジ)の如く嫌っていたはるかも、今やすっかり変態の扱いには慣れたようで、定期的に飴と鞭が飛び交って完全に彼の心を(とりこ)にしていた。


「飲みかけの水筒渡すだけでカネが貰えるんだぜ。こんなに楽な商売はねぇよ」


 手にした金貨の雨あられを眺めて機嫌良く高笑いしていた。


「なんだかとんでもない現場を目にしたような気がしますけど……」


「おいおい。待ってくれ。アタシゃ前の世界でもこんな事した事ねぇぞ。いくらアタシが天才エリート前代未聞題児の破天荒だからって。ブルマもセーラー服も売りに出しちゃいねぇぜ?」


「まだ無いでしょうがセーラもブルマも幼稚園児が……。っていやいや! 今なんかそれに限りなく近いアヤシイ商売してないですか⁉︎」


「どうしてもこの人が売ってくれって言うから売ったのよ。犯罪にはならないわよ」


「あ、悪女……」


 そんなこんなもあって、森から出ていないというのに既にはるかの所持金は金貨数百枚という異例の高さになっていた。

 なおパーティ内で金銭管理を担当しているのはつぐむなので、彼女の稼いだ金でも、どうこうするにはつぐむの鶴の一声がなければ扱えないのだが。

 それをわかってて、はるかは何枚かの金貨は袖の裏に隠してこっそり胸ポケットにくすねていた。

 森を抜けたら手当たり次第ぱーっと豪遊しようという腹つもりである。


 ――しかしつぐむも馬鹿では無いので、全体でどれだけの金貨が動いたのかはきっちり把握している為、はるかが何枚か持ち逃げしているということは既にバレバレであった。


 だが、彼女はその事を追求するつもりはなかった。

 ここで何でもかんでも口を出して先回りすることは簡単だが、それだけではつぐむの絶対王政となってしまい、結果はるかたちのやる気を無くしてしまうからだ。

 加えて、自身が管理するから後はもう何もしなくて良いなどという誤解を与えないためにも、ある程度は目を瞑って個人の判断を仰ぐようにしているのだ。


 伊達に主任を務めていた訳では無いという事だろう。


 全てを出し抜いたつもりになって得意満面なはるかの裏に、それすらつぐむの手のひらの上の出来事であったという事実があった。

 束の間の優越感に浸るはるかに、豪遊し暴走するという未来は待っていなかった。


「なんじゃ。てっきりわしゃつぐむとデキておるのかとばかり……」


「しばき倒しますよ。違うって言ってるじゃないですか」


「火を持ってくると言うて男連れてこられたわしの切ない気持ちがヌシにわかるかっ‼︎ わしは独身なのじゃぞ!」


「そりゃそうでしょ私らまだ5歳未満なんだから」


「何を言うかつぐみ!」


「つぐむです! ついにあかりちゃんまで!」


 いいか?と言ってあかりは手を胸の前に出して主張した。


「まだN歳ではなくもうN歳なのじゃ! 出来るものは早いうちにもう既につがいを見つけておるんじゃ! そうして妻付きもとい(つまず)き、時には恋ではなく故意に暴力に発展したとしても、その経験があるのとないのとでは月とスッポンくらい違うわい! 今からその経験を積んでおかねば、将来大人になってから男に泣かされる羽目になるのじゃ! 『まだ早い』と先回りばかりしておったら、痛い目を見るのは自分じゃぞ!」


「ご高説はよく分かるんですが、幼稚園レベルの()れた腫れたなんて精々一日リセットか友達止まりの短期的なものでしょう。今は恋愛よりもっと大切な事を色々学んでいく時期なんですから。十分な元手も無いうちから焦って遊んでも、きっと楽しくないですよ。それよりもより確実に素晴らしい未来に繋がるために今を頑張りましょうよ」


「……ヌシは30でバリバリのOLとかになって、結果行き遅れるパターンじゃな。人並みのタイミングで恋愛できると思ってたら、職場の新しい若い子に男を取って食われるヤツじゃよ。自分の若い頃は仕事覚えるのに必死でそういう事を楽しむ余裕も()うて、会社に1人取り残された残業の明け、自宅で麦酒(ビール)を開き『なんで私だけ〜』と現状を嘆き、荒れ狂うタイプじゃよ」


「なんか私だけ凄いリアルな想像じゃないですか‼︎ やめてくださいよ人の未来勝手に想像するのは! その通りになりそうで怖いんですけど‼︎」


「で、気になってついに手を出したお見合いアプリで出会った男がなんとなく頭も収入もすっからかんの紐男で、なんとなく好き〝かもしれない〟という半ば義務感で付き合って、なんとなくこの人しかもう居ない()()()()()()って気持ちで結婚とかしちゃって、(てい)のいい飯炊き洗濯家事係にされちまって、ある昼下がり『私の人生こんなものじゃなかったはず……』と太陽に向かって(こぼ)す感じだな」


「はるかちゃんまでそんな事を‼︎ リアル過ぎるからやめろって言ってんでしょうが! ていうかあんたら2人してどんだけ夢のない冷たい現実見てんですか! 事例として取り上げられている事実がこの世の全てというわけではありませんからね!」


「なんなら私が結婚してあげますよ――お嬢様に振られた後で」


「嫌に決まってるじゃないですかこの変態。あまりに調子に乗らないことですね。私にだって選ぶ権利くらいあるんですから」


「はうっ‼︎」


 はるかの下で見上げるようにシオンが喋った。

 無駄口を叩くなとすぐさまはるかの制裁が下されたが。


「婚約破棄」


 ももがぼそっと呟いた。


「コレはそういうのと違うんじゃない……ですか?」


「まだ5歳の姫殿下に転生した私、イケメンだけど幼児しか愛せない変態貴族に婚約を迫られていますが⁉︎ 〜私、意地でも婚約破棄させていただきます! 肩身が狭い? そんなこと知りません〜」


「毎度恒例のラノベ風タイトルきたー! タイトルでオチてるのに悲しいかな、今はそれが現実という事実ぅー!」


「現実は小説よりも奇なり」


 などと馬鹿やってる間にも、彼女たち(プラスアルファ奴隷)はもう随分と森の各所を踏破していた。

 ランクDと言われるだけあり、既にバケモノ揃いのいるか組パーティには難でも苦でもない道のりだった。

 あかりの調べ通り、めぼしい獲物こそなかったが次第にたくさんのそれなりに有用な資源が集まっていった。

 情報係もシオンとあかりの2人になった為、より効率的にハントが進んでいった――という事だろうか。


 彼女らの強さに紳士は大層驚いていた。


「……という事はやはりキミたちだったんだね。あのドラゴンやサカナを倒していったのは……」


「そういうことになりますね……」


「褒めて良いぞ豚」


「ぶひぃ‼︎ ……いやいや。この森に来てから驚くばかりだよ。5歳児らしからぬ知恵と統率力を誇る女児に、素手格闘(ステゴロ)最強のお嬢様、(ナタ)であらゆる獲物を切り刻む回復魔法の使い手、そして不死の女児……いったい君たちは何者なんだい?」


 そうして第三者の言葉で説明されると、改めて自分たちが規格外の存在である事が浮き彫りになっていった。

 一般人であるつぐむはともかく他は桃太郎でいうところの3匹のお供が既に鬼なのだ。

 赤鬼はるかは腰に手を当てて威勢を誇示した。


「通りすがりの旅人さ……悠久の果てを旅する、な……」


「人に乗りながらじゃ格好付かないですよ……」


「人じゃねーからセーフ」


「いやどんな認識してんですか‼︎ 確かにこの人は紛れもない変態ですけど人間ですから! 歴とした私たちと同じ種族ですから!」


 それはつぐむの本心だった。身の危険を感じた時は始末も考慮したものの、そうでないならばどんな者でも同じ人間として扱うというのが彼女のスタンスだった。

 しかし他3名は彼をほぼ家畜か何かとしか考えていなかった。

 所業を思えば仕方のない事なのだが、なんとも哀れな話である。


 森の進行率が52%を超えてきたあたりで、いよいよはるかたちも冒険者としていっぱしの風格を漂わせていた。

 何日も何日も汗や土にまみれての探窟(たんくつ)だったので、メンバー全員がそれなりに汚れてしまっていた。

 名誉の勲章とでも言うように、はるかの頬には泥の跳ね返りが染み付いていた。


「そういやマトモに風呂も入れねーんだが、異世界って案外くっせぇのか?」


「いや――たしか回復魔法を扱えるものは、同時に『浄化(ピュリファイ)』という汚れを落とし清潔を保つ魔法が使えたはずじゃよ。所謂ファンタジーの不潔疑惑を解消するためにある便利魔法じゃな」


「まじかよ。じゃあももやってみてくれ」


「『浄化(ピュリファイ)』」


 ももが念じて魔法陣を展開させると、淡い光に包まれた全員の服装と肌が見違えるように綺麗になった。

 服は新品同様に汚れない状態に戻り、髪や肌まで垢という垢が綺麗さっぱりなくなっていた。


「うわー……凄いですね……一瞬でみんな綺麗になっちゃいましたよ」


「スンスン……いや、まだなんか臭ぇぞ」


「なんじゃ? もしかして・『わしのワキガ』か?」


「そんな検索サイトみたいな言い方しなくても……大丈夫ですよ。もしかしなくてもあかりちゃんは臭ってませんから」


「ではわしの腋に27時間ほど鼻を当ててくれ」


「ふざけんな」


 あかりの懸念とは別に、はるかの感じ取った異臭の元は彼女たちの大分先にあった。


「あの先になんかあるかもしんねぇぞ!」


 一行は新たに未踏の地に向かって降りて行った。

【異性との友情って、信じますか?――】


・わしは信じません。男女の行き着く果てに愛以外ありません。所詮夢物語じゃです。(匿名希望の不死身さん/年齢不詳)


・でも、どう考えてもこいつとは恋愛にならないなって思う男はいるから、そういう話だと思う。(殺戮聖女/3歳)


・そーゆーハナシすると歳の差ある男女は恋愛じゃなくて友情に発展するんじゃねぇの?(haruさん/4歳)


・私はいかなる女性も歓迎するぞ。ただし、5歳以下に限りますがな。(通りすがりの紳士/22歳)


「何掲示板ないしはサイトの記事コメントみたいな事してるんですか。いい加減次回に続きますよ」



NEXT EPISODE >>> 『鉄人』

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