第ニ話
時間が経つにつれ、森は一層鬱蒼としたジャングルのように不気味に景色を変えていった。
ガサガサと森を駆け回る音だけが聞こえてくるものの、どこにも動物らしき物の姿は一向に確認できなかった。
それがつぐむにとっては恐怖そのものでしかなかった。
さっきのようなトカゲの怪物がまたいつ襲ってくるのか分からない。
今はさっきとは異なり、再会を果たした友がいるものの、まだまだ不安の色は晴れなかった。
突然先頭を歩いていたはるかが立ち止まって、ぶるっと小刻みに震えた。
「な、なんですか急に」
唐突すぎるリアクションに、前をあまり見ていなかったつぐむがはるかの背に衝突する。
「悪ぃちょっちその辺でションベンしてくるわ」
「…………もうちょっとなんか言い方なかったんですか」
「もう限界なんだよ。すぐ済むからそこで待ってろよ」
そうしてはるかは木の少し下の方面に飛ぶ様に降りて行った。
何かあっても良いようにそのすぐ近くの木を背にしてつぐむがしゃがみ込む。
「はぁ……ホントに私たち、どうなっちゃったんでしょうか……」
さっきからつぐむにはわからない事だらけだった。
どうしてこの世界に来てしまったのか。
ここに来る前は何をしていたのか。なぜ自分の他にも本来の世界からやってきた者――はるかがいたのか。
世界はその一切に回答を示さぬうちに時間だけが無情にも過ぎ去っていった。
なんだかその事実に涙が溢れそうになって、つぐむは必死でそれを誤魔化すように目をごしごしと服の袖で擦った。
「ふいぃ〜スッキリした。いや悪いな待たせちまって。やったらションベンのキレが悪くって長引いちまってよ……って、つぐみちゃん。ど、どうしたの? 泣いてるの?」
「ぐっ……ひっ。つぐ『む』ですよ……何回私の名前読み間違えたら気が済むんですか」
「まだこの世界じゃ1回目だから良いと思って……。つぐむちゃん悪かったよ。もう二度と間違えねぇからよつぐみ」
「しっ、舌の根も乾かぬうちにぃいい」
半泣きになって地団駄踏むつぐむを見て、はるかは少々焦りの色を浮かべていた。
「下の根っこはそりゃ確かに今しがた致したションベンでびしょ濡れだろうけどよ……」
「そういうことじゃなくてえぇ」
なんとか心の底から湧き出した感情を抑え終えると、つぐむは「すみませんでした」と謝罪の言葉をかけた。
そうして旅路が再開された。
「ま、人間生きてりゃそういう時もあるさ……」
「なんでそんなに達観してるんですか……逞しすぎるでしょはるかちゃん」
「複雑な家庭環境で育ってきたからな。生と死の狭間だったぜ実際」
「逆境通り越して過酷過ぎるでしょ……同じ園児ならもう少し暖かい世界で生きててくださいよ……」
ある程度距離を歩いてみると、辺りがすっかり暗くなってしまった。
野営もやむなし……というか未だ森を出られない両者にそれ以外選択肢はなかったのだが。
――とその時、つぐむはなにやら近くで煙が上がっているのを発見した。
「は、はるかちゃん! あ、あれってもしかして……どこかに火が立って……」
「あーそれさっきアタシの撒いたションベンだわ」
「いやあんなに湯気立つもんなんですか⁉︎」
それでもと近づいてみると、確かに先刻はるかとつぐむが座りこんでいた地点から煙は上がっていた。
「見るか? 出したてのションベン。ほっかほかだぞ」
「誰が! 嬉々として見せないでくださいよ自分の排泄物なんか……あと女の子がさっきからションベンションベン連呼しないでください。品位を損ないます」
「漏らしてれば人としての尊敬を損なうぞ。良いのか?」
「なんですかその脅しは……」
「お小水か」
「言い方の問題でもなくてですね……」
はるかは木の枝を片手に自身の排泄した液体をわしゃわしゃとかき混ぜていた。
泥遊びでもするような子供特有の無邪気さではあったが、中身が中身なだけにつぐむはゲンナリとした表情を隠しきれなかった。
「これ詰めてホッカイロにでもするか」
「イヤですよ袋越しでも人様の排泄物に触れるなんて……てかいずれ冷めるでしょそれ」
「まーでも万が一ドラゴンとか兵隊とかデビルワイバーンとかやってきたらこれで目ん玉潰しゃ逃げる時間稼ぎくらいにはなんだろ」
「殺伐としてますね……」
「何にも無しでこの訳の分からねぇ異世界に放り出されてるんだ。己が身ひとつ。自分の出したモンしか頼れるもんはねぇべ」
「達観してるーっ‼︎」
かくして本当にはるかの撒き散らした小水を、木の葉で包んで一向は持ちゆくことになった。
『聖水を 手に入れた!』
「いや扱いそれで良いんですか」
「『ションベンを手に入れた!』だと気持ちばっちいだろ」
「元々がばっちいもんなので包み隠したところで変わらないですよ……よくそんなのアイテムに入れますね……」
「大量に出し尽くしたからな。危うく2話はションベン出すかと思ったぜ危ない危ない」
「何ですかそのわけ分からない換算は」
「1話を7万文字と仮定して……大体14万文字くらいだな」
「流石に長すぎるでしょう。誰が読むんですかそんな小説」
そうして夜も更けた森の中、手頃な木の下に小さな穴を掘ると二名はそこを野宿するスペースにする事とした。
つぐむは明日こそ良い日に、そして願わくばこのどうしようもない現実が全て夢でありますようにと祈るように呟いて眠りについた。
その後を追うようにして、はるかも爆睡を始めた。
「ごぎゃあああぐるるるるうっ……」
「…………いやイビキうるさっ‼︎」
車のエンジン音を彷彿とさせる爆音をかき鳴らして、はるかはぐっすりと眠っていた。
つぐむは腹を丸出しにして寝ている彼女に葉っぱをかき集めた毛布をかけてやり、できるだけイビキの余波から免れるようにはるかから離れた場所で耳を押さえて瞼を閉じた。
初夏、かどうかは分からないが満点の星空であった。
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以下の☆☆☆☆☆評価とブクマ忘れんなよ〜
レビューもどしどし応募してくれよ。
つまらないとか書いたら明日はお粥の生活になると思えよ。
「……いやなんで脅し口調なんですかはるかちゃん‼︎ ていうかここまで出張ってきたらダメですって! すみません! 次回もよろしくお願いします!」
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