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異世界園児紀行  作者: 文月
19/48

第19話

「あああ〜美味しいですぅ〜……」


「いや気持ち悪ぃぞつぐむ」


「ぼえ」


「つぐむよ。気色の悪い声を出すでない。飯が不味くなるではないか」


「満場一致で怒涛の塩コメントが飛んできたんですけども‼︎ そ、そんなに気持ち悪い事してないでしょ! みんなしてガチ拒絶じゃないですか!」


 熱々の魚を頬張って、つぐむは唸り声を上げていた。

 彼女は別段食通でも金持ち貴族の箱入り令嬢というわけでもない。至って普通の感性を持つ幼稚園児だ。

 寿司屋に連れて行ってもらう機会は精々祝いの席か、なんらかの休日のみという人並みな彼女が口にしたそれは、極上の鮪の赤身にも似た、或いは脂のたっぷりと乗ったサーモンのような至福の味わいだったのである。


 火に照り返った耽美(たんび)な薄桃色の真珠は、食べてもらう事をこの上なく楽しみにしていたとでも言うように、彼女の舌に混じって(とろ)け落ちた。

 まず口内を襲ってくるのは魚の上品な脂の弾ける感触。

 豊満な切り身からとめどなく溢れ出る汁が、舌全体を優しくそして柔らかく包み込み、存分に身の食感を円滑なものに進めてくれるのだ。


 舌上に広がるビロードのカーテンが、王の帰還を今か今かと待ち望んでいた。

 やがてメインである身を歯で挟み込むと、それまで口内に存在していた味の常識や概念が一瞬で吹き飛んでいく。

 強烈な旨味の台風が過ぎ去ると、そこにはただ一点凄まじい幸福感のみが残存している。

 幸福の余韻に浸り切る怠惰に身を預ける間も無く、この感触を文字通り味わってしまった身体は、図々しくも次の悦びを得ようと(はや)る。

 すると充分な満足を受けている口に、新たな恵みの雨が降り注ぐ。

 乾く事のない大地が、潤いの大洪水に溺れ苦しんでも、罪な脳と肉体はそれを口に運んで飲み込むことをやめようとしない。


 存分に満たされた口内の旅を終え、ようやくそれが喉を通っていくと、今度はそこからまた心地良い快楽の渦に全身を包み込む。


 あまりの衝撃に筋肉が振幅せざるを得なくなり、一連の全てが混ざり合い――やがて天にも昇るような快感へと導いていく。


 これが魚を食す度に巻き起こるのだから、思わずつぐむも全員から「気持ち悪い」と罵倒されてしまった声を発してしまったのだ。


 人間が果たしてこの感情に(あらが)えるのだろうか?

 否、――抗えようがない。

 最早『美味しい』などといったありきたりな一言では、感情の整理が追いつかない程の逸品。

 そもそもこれは食事などではない――もっと高貴で上質な営みなのではないのか。

 少なくともつぐむはそう思っていたのだが、周りの仲間たちはむしろどことなく冷めていた。


「まーまーの味だな。いやウマイかマズイかで言やそりゃ十中八九ウマイに傾くんだが、その……直前? にこれよりウマイもも王国の高級料理食っちまってるからな……どうしてもそっちと比較しちまいがちだよな……」


「強者の苦痛」


 そう――はるかとももはそういうタイプだった。

 特にはるかは第一印象が極めて強く頭に残るタチで、何事につけその初回と比べて良し悪しが決定される思考回路なのだ。


 ももはももで、貴族の暮らしに飽くほど繰り返していたので、今更目新しい発見などあるはずもなかった。

 既に最高峰を経験してるが故の、贅沢に変化してしまった感性である。


 つぐむはといえば、はるかがハイエナのように食い散らかしていったあの高級食材たちに、実はほとんど手をつけていなかった。

 緊張で喉も通りそうになかったか、はるかの蛮行を見て我が振りを直そうと襟を正したのか――真相は彼女のぞ知るのだが。


「み、みんな食べ慣れてるんですか? で、でもそれとはまた違って美味しいじゃないですか。何回食べても、何と比べちゃっても! 美味しいものは美味しいんですよ。あかりちゃんはどうですか――」


 あかりは目の前の魚を枝ごと食い尽くさんとひたすら高速で口の中に運んでいた。


「うむ! 中々の馳走じゃ!」


 彼女はリスの如く頬に食べ物を詰め込んで、何十倍もの大きさに膨らませ一気にまとめて飲み込んだ。


「ああああああ‼︎ 残り全部食いやがったぁあああ‼︎」


「なんじゃ。まさか取っておくつもりじゃったのか? 現代社会と違うて冷凍技術がロクにないここじゃと、保っても2日じゃぞ。ならば腐る前にわしが皆食うてもそう可笑しな話ではなかろう」


「あんたには忖度(そんたく)ってモンが無いんですか⁉︎ みんなまだ食べてちょっとしか経ってないのに〜」


 しかしこの事を一番悲しんでいたのはつぐむだった。

 類稀なる馳走をゆっくりと噛み締めていた頃、突如として出現したブラックホールに全てを()(さら)われたのだ。

 彼女の底知れぬ絶望は推して知るべしだろう。


 仲間たちはそれほど悲しみに暮れてはいなかったが。


「まぁ充分食ったし、腹一杯堪能したぜ」


 あれほど腹を空かせていたはずのはるかも、大きな塊数口食べた程度で満足の姿勢を取っていた。


「我満腹故――法法華経(ほうほうけきょう)


 ももに至っては一口でギブアップしていた。

 バキュームカーのように魚を食い散らしたあかりは、つぐむ以外にその罪を(とが)められる事もなく、かくして全員の食事は終了した。


「食べる?」


 ももは自身の回復魔法で首だけから子供に還ったドラゴンに、食べかけの魚を分け与えた。

 ドラゴンはぱくぱくそれを美味しそうに食べ、その後ももの頭でぐっすりと眠ってしまった。


「…………ももちゃん、まさかそれ育てるつもりなんですか?」


「発展途上娘」


 それを言ったらももだって本来は育てられる側の人間である。

 すやすやと眠りこける頭上の子龍を、溢れ出る母性で抱くように手のひらで優しく包み込んでいた。


「おギャみが深い」


「なんだ? つぐむはコイツぶっ殺す気でいたのか? いくら血も涙もない鬼だからって、私幻滅しました――信じられません。榎本さんって本当に最低なんですね」


「急にジェット機ばりのスピードで距離突き放してこないでくださいよ。誰もそんな残酷な事言ってないでしょ⁉︎ ただ生き物を育てるのは、とっても責任が伴う事なんですよ⁉︎ ご飯だってちゃんと栄養のあって食べられるものを考えてあげないといけないし、中途半端に手を出しておいて、途中で飽きたり投げ出したりしちゃいけないんですからね! すっごく難しい事なんですよコレは」


「なるほど。しかしながらこのドラゴンは一度アタシらをぶち殺そうとした挙句、私の身を灰にしてきたんですが、その点についてはどう思われますか? ドラゴンの子供の命が大切ならば、私のような幼稚園児の命も同様に大切に扱われるべきなのではないでしょうか。その尊き命に、あろうことか先に手を出してきたドラゴン風情が、自分の命をどうこうされようが何も文句を言う資格も筋合いも無いと私は考えるわけですがそこんところはどうなんでしょうか?」


「前々から何なんですかその変な論理主義者みたいな話し方は……。そもそもアレは、はるかちゃんの自業自得でしょうが」


 ドラゴンを起こした一番の要因は、彼女の無駄に張り上げたでかい声だった。そのことを追求されてもはるかは口笛を吹いて誤魔化しているだけだったが。


「さて。もうすっかり夜も更けてしまった。とりあえず私がみんなの寝床を作るとしよう」


 今度は地面に魔法陣を浮かび上がらせ、紳士は何も無かった岩場に一面布の三角形を召喚した。

 それは旧世界でもつぐむたちがとても見慣れた、キャンプには欠かせないレジャー用品――テントのようだった。

 まさにテレビのサバイバル生活さながらの光景に、一同は黄色い悲鳴を上げた。


「中に枕と布団も敷いてあるよ。(きゅう)(ごしら)えだからあまり品質は保証できないけれど……それでも地べたで寝転ぶより幾分かマシなはずだよ。今晩はこの中で眠りなさい」


「うおおおお〜‼︎ ザ・キャンプ・オブ・キャンプだぜー!」


 一番興奮を隠せなかったのは皆代はるかだ。

 彼女の将来の夢候補の一つに『大きくなったらキャンプをしてテントで一晩過ごす』という物がある。

 早くも異世界でそれが実現したのだ。喜びもひとしおだろう。


「良いんですかこんなに、何から何まで……」


 つぐむは紳士に何度も頭を下げながら、布団の中に入って行った。


「良いんですよ。こんな小さな子供たちを真夜中の森で野晒しにしておく訳にはいきませんから」


 感動していたのはあかりも同じだった。

 ずっとこの森から出たことのない彼女は、今初めて暖かい布団と柔らかい枕を拝んでいるのだ。

 しきりに枕に頬を寄せて、布団に全身くるまってゴロゴロとテント内を横転していた。


「はわあああぁ〜たまらんのうたまらんのう! この感触‼︎ ゴールデンリザードの金玉より柔らかいぞ」


「どんな例え出してきてるんですか」


睾丸(こうがん)の方が神秘的な言い方かの?」


「そういう問題じゃありません。というかどんなところで寝てたんですか今の今まで」


 ももは子供がおもちゃの人形大事にするように、小さな龍を優しく布団の中に入れてぽんぽんと叩いていた。


「一()同体」


「音だけだと微妙にツッコミ辛い間違え方ですね……」


 全員が布団に入り込んだのを確認すると、紳士は「おやすみなさい」と言ってテントの戸を閉めた。


 布は比較的薄く、目を凝らせば夜空がなんとなく見えた。


「あれがデネブ……アルタイル……ベガ……?」


「あるわけないでしょうこんな異世界に」


 夜の闇に溶けていくような甘い声で(ささや)いたあかりに、つぐむの目も覚めるような冷たい意見が飛んできた。


「ドゥーべ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、ミザール、アルカイド……」


「北斗七星でもないですから」


 龍を抱いて星を観る少女も、彼女によって制裁させた。


「もういい加減に寝ますよ皆さん」


「消灯ォオオオ〜‼︎」


「刑務所ですか!」


 ランタンの火を吹き消すと辺りはすっかり闇夜に染まっていった。

 (ほの)かに見える星を眺めながら、ゆっくりと皆眠りに落ちていった。




   ◇ ◇ ◇



「――よし、眠りについたな」


 寝静まった夜の中、ゴソゴソとテント内を嗅ぎ回る音がする。

 消したはずの提灯に火が灯り、布団の下を這うようにかき分けて進んでいる者がいた。


 たどり着いたのは一番この場で布団が似合わない女、皆代はるかのところだった。

 掛け布団を跳ね除け、だらしなくもつぐむの身体の上に右足を大きく開いて乗せていた。

 はるかは気持ちよさそうにいびきをかき、つぐむは苦しそうに呻いていた。

「可愛い寝顔だ……涎なんかたらしちゃって。嗚呼堪らない……神が与えたもうた今生の至宝……!」

 その者は器用にもはるかの上着を剥ぎ取り、顔面を擦り当てて鼻を鳴らした。


「すうううぅぅぅ……! はあああぁぁぁ……っ! たまらん。たまらんぞこれはぁ!」


 鼻腔を突き刺すはるかの体臭が染み付いた上着を握りしめ、離さないでいると、いよいよ夢の時間が終わりを迎えようとしていた。


「ん……なんだもう朝か――てぎゃあああ‼︎ なんだてめえええ‼︎ 野盗か⁉︎」


「へぶっ!」


 上着に気を取られ過ぎて前方の確認を怠っていた不審漢は、彼女の寝起きドロップキックをモロに顔面に食らった。


 その音につられて連鎖的に次々と乙女たちが目を覚ましていった。


「わっ。何何どうしたんですか! 野盗ですか⁉︎」


「ものども賊を討て褒美を取らせようぞ」


「なんじゃ……騒がしいのう……わしまだお眠なのじゃ」


 ぼんやりとランタンの火で映ったその者を見て、つぐむたちは誰の仕業か理解した。


「あっ」


「や、やぁ君たち……おはよう」


 そこには園児服を抱いて冷や汗を垂らしている紳士――シオンが座っていた。







NEXT EPISODE >>> 『幼女はいいぞ』

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