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異世界園児紀行  作者: 文月
17/48

第17話

 迫り来る脅威の水生生物に、つぐむは水の中で立ち止まって狼狽(うろた)える事しかできなかった。

 水辺に突如として出現した大型の怪物は、鮫にも酷似した鋭く長い牙を研ぎながら鳴らしており、血肉に飢えた目を園児たち一直線に向けていた。

 馬鹿でかい顔に似合わない細っこいヒレで川の水を掻き分けながら、徐々につぐむたちの方へ詰め寄ってきた。


「ていうかこの森、こういう生物多すぎでしょう‼︎ どこが難易度(ランク)Dだ‼︎ こちとら絶体絶命の危険度Sなんじゃ‼︎」


 流した涙なのか川の水飛沫なのか分からないほど顔に水を浮かべていたつぐむは、「もうおしまいだ」と頭を抱えて水に顔をつけていた。


「サカナだぁああああああ‼︎」


 しかしここにはそんな絶体絶命の逆境を跳ね除けてしまうアルティメット園児たちが居た。

 巨大魚を見るや否や、それまで見惚れていた水から興味を移し、颯爽とドロップキックを横腹に突き立てた。


 いつもなら大抵それで戦闘終了となっているのだが、魚はドラゴンにやや匹敵するほどの体格を誇っていたので、それだけでは沈めるに至らなかった。

 ギロリと殺意満々の牙と瞳を向けて、捕食対象をつぐむから彼女に切り替えた。

 それに対して自信満々の笑みを浮かべ一言「来いよ」とだけ言って、煽るように手を叩いた。


 それ故、目の前のサカナが背後から忍び寄るナタ持ちの幼女の存在に気が付くはずもなかった。


 先刻までの穏やかな瞳とは一転、真っ赤な欲望が溢れた処刑人の顔つきに変わっていた。


 無防備な魚の背中を引き裂くと、突如背後をを襲った激痛に悶え苦しみながら叫び声を上げた。

 こうなるともう後は如何様にも料理ができる。


 はるかは魚の牙をへし折るように正拳突きをかまし、ももはひたすら刃を振り回して部位を切り落としていた。


「オラオラオラオラオラ!」


 拳の炸裂音が小気味良く怪物の牙を一本ずつ穴を開けてへし折っていった。


「次はヒレ――その次は付け根。鱗、下身に脂身。それから内臓。達磨(ダルマ)になるまで続けるね」


 そうこうして数分――綺麗な水生生物の刺身が出来上がると、彼女らは攻撃の手を止め、身を切り分けて運んできた。


「おーつぐむー。見ろよ見ろよ。デッケー刺身だぜ?」


「いやこえーよこいつら‼︎」


 怪物なんて初めから居なかったような、そこには物言わぬ魚の切り身だけが(そび)え立っていた。

 飛び散った血と身の破片を水で洗い流し、ももは頬を紅潮とさせ捌いた内臓を掴んだ。


「臓物の感触」


 魚の臓器に頬をすりすりとさせているももを見て、つぐむはしばらく言葉を紡ぐ事が出来なくなってしまった。


「はらわたの鼓動を感じる」


「おいおいももっち。いくらなんでもこれはちょっとやり過ぎだぜ。こんなにブロック状に叩き割られたら、公平にみんなにわけらんねーだろ」


「いやそういう問題じゃないでしょ‼︎ え、何もう怖いよこの子達‼︎ もうリーダーとか園とかどうでも良いから今すぐこの場から逃げ去りたいです‼︎」


 そして肝心の不死生物だが、ももが切り分けた大きめな胃袋の中でちゃっかりと生き残っていた。


「わしは不死身じゃ」


 魚の胃液にまみれながら、彼女はずるりと出てきた。

 幸い飲み込まれた事もあってどこにも傷は付いてなかったが、体臭が激しく生臭いものに変化してしまっていた。


 側にいたももが鼻を覆うようにつまんで、さっとあかりから距離を取った。


「ん? なんじゃ? もしかしてわし、クサイ?」


 くんくんと自身のあげた腕から脇の方に鼻を押し当てて匂いをしきりに嗅いでいた。


「い、いやそこじゃなくて全身的な……」


「えっ? ああ〜。たしかにちょっと生臭いのう」


「いやちょっとじゃない。下水道の汚水で泳いでいたザリガニの腐敗した死骸の臭いがする」


「どんな表現してんですか……」


 3人は鼻をつまんだ鼻声で喋り合った。


「実はわしワキガの気があってのう。ここまでずっとニオっておったのならそれはすまん事をしたなぁと思い……てへっ」


 気恥ずかしそうに顔を赤らめて不死生物は頭をかいていた。

 もちろん3人は「問題はそこじゃない」という顔つきで彼女を煙に巻いていたが。


「何はともあれ晩飯だーっ‼︎ もう腹が減って腹が減って仕方ねーぜ」


「そういえばそれ目的だったの忘れてましたね」


「おおっ。ばーべきゅーじゃな⁉︎ 楽しみじゃのう。青春群青劇じゃのう! で、火はどこにあるんじゃ?」


「んなもんねぇよ」


 この場の全員、火を起こせる道具を未だ持ち合わせていなかった。

 あかりが凍りついたように動きを止める。


「ま、まさかナマで食すという訳じゃなかろうな⁉︎」


「既にこの人何回か食べちゃってまーす……」


 弱々しい声でつぐむは諦めたような表情を浮かべていた。

 あかりはけしからんと怒りを露わにしていた。


「わしも何回かナマやった事があるが……あれはいかんぞ! きちんと火を通さねば、うっかりおっ死んでしまうぞ!」


「そん時はそん時だろ。人生出たとこ勝負でいこうぜ」


「達観し過ぎじゃろ! まだまだ若い身空で何を血迷った事を言いよるんじゃヌシは!」


「そのツッコミも前にやりましたー」


「ぐぬぬ……全く嘆かわしい。不死身のわしならともかく、こんないたいけな少女たちがそのように悲惨な食卓を送っておったとは……! こうなりゃわしも人肌脱ごうぞ。火を起こす!」


 あかりは木の枝を取り出すと、さらにもう片方の手に幹の破片を持ち、その場で二つを擦り合わせた。


「うおおおお〜‼︎ 待っとれよ皆の衆〜‼︎」


「それも前にやりました。二番煎じ回ですねー」


「何やる気なくしてんだつぐむ。このままだとお前も餓死しちまうじゃねーか。……そうだ。おいももっち。さっきのドラゴンの死骸ってまだあるよな?」


 ももはポケットをもぞもぞいじると、龍の生首を取り出した。


「それに回復魔法かけて炎吐かせるとかできねぇかな?」


「いやすごい発想ですねそれ。そんな現世と冥界の逆転みたいな事不可能でしょ。RPGでも一度ぶっ殺した敵をこちらが能動的に生き返らせるなんて無理でしょう」


「男は度胸! 何でもためしてみるのさ」


「だから男じゃないでしょ」


 ももは生気の灯らないドラゴンの瞳に思い切り指を突っ込んで持っていたが、それを石の上に置いて回復魔法を唱えた。


「《回復魔法(キュア)》」


 ドラゴンとももの両手が白い光に包まれていった。


 光の終わりに際して目を開けてみると、ドラゴンの生首はすっかり消えてしまっていた。


「まさか本当に復活を⁉︎」


「――違う」


 ももは声のトーンを落として呟いた。

 龍と思わしきものはももの小さい手のひらの中で更に小さくなってうずくまっていた。


「ま、まさか……?」


「コモドドラゴン……!」


「いや子供ドラゴンでしょはるかちゃん。紛らわしい言い間違いしないでください」


 レッドドラゴンは生き返るどころか、肉体を幼体にまで逆行させてしまっていた。

 牙もツノも見る影をなくして、ただピヨピヨとももの手でか弱く鳴いているだけだった。


「……いやある意味生き返らせるよりもスゴイかも……?」


「火を出さねードラゴンに価値はねー。別の方法で火起こすべ。行くぞつぐむ」


「あっ、こら待ってください。もうすぐ夕暮れですし、出歩くのは危険ですってば!」


 はるかに置いていかれないようつぐむは水から出て石を蹴って足を前へ踏み出し始めた。

 夕焼けに向けて空が暗がりになりかけた頃、木々から伸びる黒い影が昼間より一層不気味にはるかたちに差し向けられてきた。

 そこかしこから今にも何かが飛び出してきそうな、不穏な雰囲気さえあった。

 つぐむはなんとか先頭を歩くはるかに歩幅を合わせると、がっしりと彼女の細い腕にしがみついた。


「つぐむ。歩き辛いでしょ。もう少し離れなさい」


「そ、そんなバッサリ切り捨てないでくださいよ……私はみんなと違って一般人なんですから。ホントちょっとの衝撃で死んじゃうか弱い生き物なんですから。少しでも危険を感じたら一緒に逃げますよはるかちゃん」


「生憎危険はディナーのお供でな。アタシもいい加減腹減って腹に据えかねてんだ。あんまり続くと狼に変身しちまうかもな……グルル!」


「うう……ありそう……」


 そしてはるかちゃんならその場に居た全員を目につく限り、食いちぎって噛み殺しそう。

 ももの巨悪なサイコぶりに隠れがちだが、はるかもはるかで大分やばい奴である事に変わりはなかった。

 鎖を切り離された獰猛な野獣がどうなるのかは、つぐむにも誰にもさっぱり分からなかった。

 とはいえ、微かに残っているであろう彼女の理性から、はるかが危険から自身を守ってくれるかもしれないという期待感がつぐむにはあったが。


 火を探して手当たり次第歩いてみてはいるのだが、つぐむの初日同様中々それらしいものは見つからない。

 渓谷に帰ってこれなくならない様、つぐむは逐一背後を見回して来た道を確認していた。

 もちろん脳筋全振りストレートのはるかに来た道や帰る道なんて発想は毛程も頭に無かった。


 そうして歩いていった先で、彼女たちは手がかりになりそうな物を発見した。


「これは――足跡……?」


「それもなんかの(ひずめ)みてえなヤツだな。ペロッ。……これは、馬の味‼︎ しかもまだ出来て間もない新しいヤツだ!」


「ばっちいでしょ。足跡なんか舐めないでくださいよ」


「馬鹿野郎! お前……足跡だぞ⁉︎ 貴重な情報源なのに、それを見下(みくだ)すなんて……あり得ねぇ。天地神明に誓ってナメるわけねぇだろ足跡様を!」


「いや舐めるってそういう意味じゃないでしょ‼︎ ややこしくなるからやめてくださいよその誤解‼︎」


「はっ!」


「今度はどうしたんですか」


 蹄の跡に舌を這わせていたはるかが突然、何か思いついたように活動を停止する。

 その表情には何やらよくない焦りの色が浮かんでいた。


「やべぇ……そもそもアタシ今『馬鹿』って言って馬を舐めちまってたぁあああ……!」


「まだその話題引っ張るんですか‼︎ いい加減とっととこの足跡の主を探しますよ! 日が暮れちゃうじゃないですか――」


 つぐむがそう言った直後に、彼女らの背後から何かが駆け抜けてくる音が聞こえた。

 明らかに風や草木の揺れるそれと異なり、それが人為的なものである事が段々と大きくなってくる現象によって証明されていった。

 その音と共に高鳴る両者の心臓の音が、やがて合唱を奏でるように調和されていき、蹄の主が姿を現した。


「何事か。誰かそこに……⁉︎ な、キミたちは……?」


 やってきたのは白馬に乗った王子様――では無かったが、雪のように白い肌を持つ立派な馬に乗った高貴な服装の男性だった。


 彼もまた――彼女たちを捜索して森を練り歩いている人物だった。

 ようやくの邂逅を祝福する暇さえ無く、彼は馬から降りてつぐむたちに近寄った。

【第N回寿司占いキャラ診断】


あなたはどの寿司ネタがお好み?頭にパッと浮かんだお寿司で考えてね。


マグロ  → あなたは何でもそつなくこなす皆代はるかちゃんタイプ。目標はいつも単純明快で、豪快一直線に物事に突き進むから止まることはなさそう。たまに周囲に気を配れたら◎


サーモン → あなたは内気な神崎ももちゃんタイプ。自分にはとっても甘え上手なんだけど、周りの人間と何かワイワイするのは苦手そう。無理に関わって自分を無くすよりも、素敵な個性を伸ばすべき!


うに軍艦 → あなたは不死身で古風な白咲あかりちゃんタイプ。何かものすごい逆境に遭って挫ける事があっても、翌日には再生してそう。七転び八起きのスタイルで色んなことに挑戦してみるのが吉!


こだわりないんで何でもいいですよ → あなたはみんなに合わせられるリーダー、榎本つぐむちゃんタイプ。協調性があってみんなの意見に耳を傾けられる柔軟な聞き上手。話しやすいから、いつの間にか中心人物になってる事もしばしば。「この人なら大丈夫」と何でもかんでも任されがちだけど、時には自分の意見も聞いてあげるとストレスを溜めないでいられるかも。


★★☆☆★★





NEXT EPISODE >>> 『GENTLEMAN』

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