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異世界園児紀行  作者: 文月
16/48

第16話

「あ、あかりちゃん……コレがなんだか分かるんですか?」


「…………知らん!」


 効果音で表すなら間違いなく「ズコーッ!」と出ていたほどの勢いで頭から地面に落ちた。


「あ、……あんな引きしておいてどういう了見ですかこの野郎! ふざけんな‼︎ 宝石で頭カチ割りますよ⁉︎」


「お、落ち着けよつみき……」


「つぐむです。もはや『つ』しか合わなくなってるじゃないですか。積み立てても何も起こりませんよ。むしろ怒ります」


「その『宝石』とやらものう……実はそれ宝石じゃないんじゃないかのう」


「えええ⁉︎ こ、これが宝石じゃない⁉︎ こんなに綺麗なのに」


「まぁよく見るガラス細工で出来た子供騙しの玩具じゃな。よく出来てはおるが、職人の名前も彫っておらんし、なにより透き通りすぎておる」


「そ、そうなんですか……?」


 その場でがっくりとつぐむは肩と気分を落とす。


「知らん。今適当に言うた」


 ついにゴチンと宝石の角であかりの頭をつぐむは叩き割った。


「こ……こんのガキャ……!」


「おおお落ち着けつぐむ! 落ち着くんだ! 暴力に訴えかけるのはよくねぇ! ひっひっふーだぜ! ひっひっふー‼︎」


「私は妊婦ですか!」


 傷ついたあかりの頭もみるみるうちに塞いでいった。

 それがまた腹立たしくて、つぐむは更なる怒りと殺意にめらめらと燃えていた。


「はぁ……。結局これがよく出来た贋作(がんさく)なのか本物なのか、分からないってことじゃないですかー……」


「まぁその辺もショップで売り捌けば分かることじゃろ。ただもしそんなに貴重な宝石のついた指輪なら、わざわざこんな汚い泥の底に捨てるかのうという話じゃ。或いはそもそもそんな値打ち物の指輪を手にできる高貴な者が、果たしてこんな密林に(おもむ)こうと考えるかのう。――というのはわしの推理的見知から出したひとつの結論に過ぎん。それをどう使い、またどのような価値を見出すかはヌシの自由じゃよ」


「うーん……たしかにそう言われてみると、そこまで飛び抜けた価値のある代物かどうかは疑問になりますね……。まぁでも一応取っておきます」


「いいなーつぐむ。アタシも宝石とか鉱石とか掘り出して一攫千金(いっかくせんきん)狙いたいぜ」


 今度はつぐむに代わってはるかがきょろきょろと見回し、犬のように地に鼻を擦り付けて必死に捜索を始めた。


「ぐるるぅぅう………」


 そこで思い出した事が一つ、彼女にはあった。


「……そういやアタシらまだ何も食ってねー‼︎ いや蛇の残骸とかは食ったけどメシはまだー!」


「すっかり忘れてましたね……なんでしたっけええと。レッドドラゴンとクマの肉があるんでしたよね?」


「持ってきてる」


 ももが突然背後から自身より遥かに大きな熊の死骸を背負って現れた。


「うわあああっ‼︎ 驚かさないでくださいっ‼︎ しかもそれどうやって持ってるんですか⁉︎」


「まさかの装備アイテム」


 意外にも熊の毛皮(本体付き)は、ももにとって装備できる防具だった。

 重々しい見た目とは裏腹にももは軽々と機敏に小回りしていた。

 森の賢者白咲あかりによると、これは『グロウベア』なる生き物らしかった。

 レッドドラゴンよりは劣る難易度(ランク)Fの生物で、丸腰の人間でも落とし穴や工夫を凝らせば狩れない獲物ではないらしい。

 また、死んだふりも有効な手段の一つのようで、その辺もドラゴンより低いFと判断される所以だった。


「言われてみりゃあんま手応えなかったもんな」


 しきりにはるかが拳を開いたり握りしめたりした。


「でも私分かりませんよ……これで最底辺のFなら、スライムとかその辺はどういう扱いになるんでしょうか」


「ランク最底辺はGじゃな。通例危険度無しと診断されるやつじゃな。……まぁそういう言い方をするならグロウベアは確かに最底辺じゃの。スライムも敵意や害のないものはGなんじゃないかのう。危険度や対処法の有無で難易度なんてコロコロ変わるしの〜。中にはランクCのスライムとかおるし。まぁ滅多なことではインフレ起こしたりせんよこの世界。ランクの基準は割と厳しいしの」


「アタシはランクいくらになるんだろうな」


 バトル漫画のように気を全開に解放し、戦闘モードバリバリの状態のはるかが言った。


「ヌシはランクCくらいじゃのう……甘々に見積もってBの下の下くらいじゃ」


「俺が……B級だと……⁉︎」


 ショックを受けると言うよりは、それによってガソリンが注がれた火のようにめらめらと怒りに燃えていた。


「つぐむ止めてくれるな。今から俺はこいつを殺す……!」


「いや。何不毛な争いおっ始めようとしてるんですか。落ち着いてくださいよ。ラマーズ法でもやって気をお鎮めくださいよ」


「俺の邪王炎殺黒龍拳でこいつの心臓を貫く……! 魔界の黒龍にその朽ちぬ肉体と魂を永遠に灼かれるが良い‼︎」


「なんですか邪王炎殺黒龍拳って! 魔界の黒龍なんて呼び出せる訳ないでしょう方法論的にもメタ的にも! 人間がやっていい技じゃないですからおやめください‼︎ 何もない腕から包帯を取り外すような仕草を取らないでください何も起こりませんから! 邪眼とか無いですから!」


 率直な総評を侮辱と取ったはるかは、本当に溢れ出る憤怒の渦から黒い竜を呼び出しかねない勢いで闇のオーラを放っていた。


「ももは?」


 ナタをチラつかせながらひょっこりとあかりの側に寄った。


「ヌシは……ランクBが安定じゃろうな。まぁその回復力があればギリギリ……いや。Bの特上じゃろうな」


「コ・ロ・ス」


 そんな脅しにも屈しなかったあかりが淡々と総評した事実に、ももまでもが怒りを吐き出す。

 今にも後ろの木ごとあかりを切り倒さんと、ナタを力強く突き立てていた。


「す、ストーップ! い、今はランクとかそんなのどうでも良いじゃないですか。そんな事で仲間割れしててもし、仕方ないじゃないですか……」


 つぐむは攻撃態勢に入っている2人の間に割って入っていった。


「無限コンティニューできるエネミーは飽きるまで殺しても良いの法則……」


「そんなサイコパスみたいな法則ありませんよ! そ、そのうち実力も上がって、自分のなりたいランクになれますって」


「うむ! つぐむの言う通りじゃ。今はまだ()()()()()()()()てもいつかは必ず強くなっていけるのじゃ! たとえ今は()()()()でもそんなに気にする事ではぶっ‼︎」


 抑制を振り切った両者の鉄拳が不死生物の顔面に直撃した。

 30畳は超越する程の距離を木々を薙ぎ倒しながら吹き飛び、やがて大木に激突して停止した。


「…………うん。いや最後のはフォローしきれませんわ」


「アタシは我慢したからな」


「右に同じく」


 かくして気絶寸前まで顔面を拳の跡で(くぼ)ませたエネミーを、荷物持ちにさせてはるかたちは進んでいった。


 草木を抜けた先にあったのは、川を挟んだ岩場だった。

 水は陽の光を浴びて、眩いばかりに輝いていた。

 最右端には滝がごうごうと音を立てて流れており、自然の中に生きるを体現した天然の景観(ランドスケープ)だった。


「うわーっ……すごい。これはまた何ともキャンプ映えしそうな場所ですね」


「ここは『流水(りゅうすい)渓谷(けいこく)』じゃ。この森に残存する唯一と言ってよい水場じゃな。たまにグロウベアが獲物を狩りに現れることを除けば比較的穏やかな空気が流れる渓谷じゃよ。ここの水は飲んでよし、修業によし、湯浴みに使ってよし、なんなら便所にしてもよしと万能な用途を誇る優れモノじゃ」


「……いや最後の明らかによろしくないでしょ。そんな水飲みたいとも湯浴みしたいとも思いませんよ。というかまさかしたんですか⁈」


「はて何故じゃ? 折角そこに水があるのじゃから活用せん手はなかろう。全身を洗うついでに用を足したところで誰の迷惑にもなるまい。いわばでっかい水洗便所みたいなもんじゃ!」


「他の冒険者の迷惑になってんでしょーが‼︎ 何貴重な森の天然な飲み水汚してくれてるんですか!」


「まぁ滝とか常に流れとるし、心配せんでももうとっくの昔に下流に流れて魚の餌にでもなったじゃろ」


「熊に食われて死んでしまえ」


 そんなあかりの益体もない話を念頭に入れておいたとしても、川の水は底が見えるほど美しく透き通っており、藻やゴミひとつないこの美しい水域では、小魚たちが光に揺めきながら踊っていた。

 

「きれー…………」


 その燦爛(さんらん)たる水の清らかさに、いつもの男勝りさはどこへやら――はるかは純真無垢な乙女のようにしとやかな眼をしていた。


 都市部の園に通っていた事情もあり、彼女たちが自然に触れる機会は少なく、また唯一知る『川』と呼ばれるものは泥水や不法投棄された家電製品などで埋め尽くされて濁っており、本物の澄み渡った水の流れを見るのはこれが初めてであった。


 異世界初の入水に心躍らせながら、はるかは靴と靴下をいっぺんに脱いで川へと進んで行った。

 川は細身で幼い彼女の足を埋め尽くすような深さではあったが、ある程度足の付くところで進行を止めていた。


 ほんのりと温かな彼女の肌を、清らかで冷たい水が撫でた。

 その感覚に全身をぶるっと震わせると、服が濡れぬようそっとしゃがんで両の掌で水を(すく)ってみせた。


 小さな手の中で輝く小宇宙は、彼女の姿をはっきりと映し出し、歪ませた手の上でまた消えていった。


 それまで抑え込んでいた遊び心に火がついたはるかは、今度は思い切り川の中を走り回った。


「あはは! これすげー楽しいぞ! つぐむとももっちも早く来てみろよ!」


「あんまり遠くに行かないでくださいねー。溺れて流されちゃいますよー」


 それまで見せたことのないほどの満面の笑みを浮かべ、楽しそうにはしゃぎ回る彼女を見て、つぐむもほっこりとした気持ちが湧き上がってきた。


「参ろうか」


 ももはスモッグを完全にその場で脱ぎ散らし、濡れる恐れのある衣類を一通り取っ払った状態で水泳選手のように水の中に飛び込もうと構えていた。


「ダメですよももちゃん。浅瀬でガマンしてください。溺れちゃったら大変ですから」


 つぐむはももの小さな体を脇から手を回して抱き上げた。

 「なんで〜」と短い足と手を必死でジタバタさせるも、つぐむを振りほどきはしなかった。


「ももちゃんはもうちょっと大きくならないと危険ですよ。私とこの付近で遊びましょ! 後ではるかちゃんもここに呼びますから」


 ももは納得のいっていない顔をしていたが、声と表情で「わかった」と呟いてその場で石を数え始めた。


「ふふっ。ええのうええのう。我ら異世界園児による青春の1ページじゃな」


「なんであかりちゃんは滝行してるんですか! あっ、危険ですので絶対に真似しないでくださいね! やるとしてもきちんと滝とか修業の専門家の方々による信頼できるガイドラインに従った上で、保険証と身分証明書をしっかり提示した上でお願いします!」


「なんじゃー⁉︎ 滝の音がうるさくて聞こえんのー!」


 あかりは服も脱がずに夥しく落ちる滝の水飛沫を頭から浴びていた。

 彼女の奇行を見逃さぬよう近づいていった瞬間――つぐむは足元の水場が激しく鳴動していくのを感じた。


「わわ、わ、わ! な、なんですかこれ! 何が起こるんですか?」


「えーっ⁉︎ なんじゃー⁉︎ すまんのう今滝の音がの」


 あかりが滝から出てこようと身を出したその刹那に、背後から巨大な魚のような化け物が現れ、彼女は開いた大きな口の中に飲み込まれていった。


「また食われてるううう‼︎」


 そうして巨大な水生生物は、生え揃った長い牙を剥き出しにして、つぐむたちへ突撃してきた。


「ど、どうしたら良いんですかこれ‼︎」

【わしの目利きでみんなのランクでも載せておくかのう!】


皆代 はるか → ランクC〜B- 

★総評:まぁ強い。腕っ節だけならギガンテスにも負けんじゃろう。とりわけ並のバケモンにはそうそう遅れをとらんじゃろうが、耐久力や魔法でのリカバリーを考えるとこの線が妥当じゃな。


白咲 あかり → ランクB〜B+

★総評:凶暴性と武器の扱いはピカイチじゃ。自前の回復・補助魔法のお陰で単品でも戦い得る僧侶ガン泣かせのパラディンタイプじゃ。

既にA級の回復魔力を持ちなお、まだまだ底知れぬ力を秘めておる気がしてならん。これが3歳だと言うのじゃからまっこと末恐ろしい幼児じゃ。



榎本 つぐむ → ランクG (一般人)

★総評:これといってなんの特徴もない一般人じゃ。努力して超人の仲間入りをするタイプではない。飽くまでフツーの幼稚園児じゃ。とはいえ、こういうタイプはチームのブレーンやメンタル及びアイテム管理など冒険には地味に欠かせん縁の下の力持ちな役割に就くことが多く、決して侮れんタイプじゃ。

足りぬ力を知恵と工夫で補う人種……そういうのわしは嫌いではないぞ!



わしか? わしは不明じゃ!

ではまた次回会おう!




NEXT EPISODE >>> 『アミーゴマンVSミスターオーレ・サンバ』

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