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異世界園児紀行  作者: 文月
15/48

第15話

 この森に立ち入ってどれだけ経つだろう。

 いつの間にかこんなところまで来ちまった――。

 思えばそれは永い終わらない夢のようで――あるいは朝の煌めきを捕まえた目覚めの刻のような一瞬の――儚きものであった。


 過ぎ去りしあの在りし日々は、今思えばかけがえのないものばかりであり。


 時間とは――どこから来てどこへ向かっていくのだろう。

 そんなことを気にかける事もなく、大人になってしまう。

 決して止めることのできない一方通行だから、より愛おしく感じるのだろうか。


 後悔や怒りに満ちる事もある。

 それは人間という生き物が有限の時を生きるものだから。

 たとえ――生きている《瞬間(いま)》が同じような日々の繰り返しに思えても。

 一度とて同じだった日はない。そう感じるだけで。

 それは変わってみないと、振り返ってみないとわからない。

 だから不安になる。自分はいつを生きているのか、与えられた日常を享受するだけの機械になっていないかどうか、続いた安寧の先に待つものが何なのか。


 その悩みさえも自分の歩んだ人生の確かな軌跡なのだ。

 いっぱい悩んで、いっぱい後悔して、そしてまた笑って。

 死ぬために生きているんじゃない――衰退に向かって突き進んでいるわけじゃない。


 確かな一歩を刻んでそれぞれの《いま》を精一杯生きているだけなのだ。


 寄せては引いて、また寄せる――あの波のせせらぎのように。

 人生という真っ平な砂浜に、日々という波がやって来て、人の生涯を潤わせていくのだろう。

 激動には逆らえないけれど――それをどう生きていくのかは選ぶことができる。

 正しいのか、間違っていたのか――それを決断することができる唯一の人間も自分だから。




「いや。なにもう旅どころか人生振り返りルートみたいな雰囲気出してるんですか。まだまだ探索し切れてないでしょうが」


 ――そう。あの懐かしいせせらぎが波風に乗って耳を撫でる。

 生きているから、そんな郷愁感に包まれる瞬間もあるのだ。

 それは紛れもなく貴方が生きたという証だから。


「おい。いい加減戻ってこいって言ってるんですよはるかちゃん」


 ――うるさいな。

 今あたしは時を彷徨(さまよ)う旅人なんだ。見つからぬ答えを求めて、遥かなる時の空を揺蕩(たゆた)う放浪人なのだ。

 人はどこに行き、どこへ巡って還るのか――


「どこにも行きませんよ」


 バッサリと断ち切り、ピシャリと門を閉じた。


「ていうか森の中なのになんでさっきから海みたいな妄想なんですか。夢とか見てないでいい加減現実を見てくださいよ」


 ――夢。

 それは遠い空の彼方に在るのかもしれない。

 神様がくれた、人に与えられた至福の瞬間。

 ――つぐむ、今良い唄降りて来てるから。神きてるからビー・クワイエットしてくれ。


「その状態で会話できるんですか⁉︎ モノローグなのか会話文なのか分けてくださいよ。後、神なんてそうそう地上に降りてきませんから。むしろはるかちゃんが降りて来て下さい。トリップしたままのそのポエムじみた言動がいい加減気色悪過ぎて寒気がします」


 ――つぐむ。わしさっきそこで何かに使えそうな木材を集めて来たぞ。


「あかりちゃんもそれできるの⁉︎」


 ――えっ。つぐむできねーのか?

 簡単だよ。それは。

 人はね笑っていればいいんだよ。自分の気持ちに正直になって?

 ずーっと優しいキミの笑顔が見ていたいなっ


「やかましい。笑いたくても笑えないんだよこの状況じゃ」


 ――大丈夫。聞こえてくる声に耳を澄ませて。

 身体全体を宙に預ける気分。


「も、ももちゃんまで……」


 ――おっ。それわしも同じ感覚じゃったぞ。

 ――あれはまるでじぇっとこーすたーに乗っておるような気分でな。


 ――えーまじか。アタシはどっちかっていうと高層ビルから飛び降りたみてーな気分だったな。

 身体の底が膀胱にかけてフワってなるような――


 ――小水ちびり申したか。


 ――ち、ちがう。もも。断じてそのような事はない。


 ――恥じる事はないはるか。わしもとっくの昔に漏らした身じゃ。今はノーパンで垂れ流しておる。


「ああああああ! やめろやめろやめろ! その変な喋り方やめろぉ!」


 ――受け入れるんじゃ、つぐむ。

 人は変わることができる。わしみたいな奴でさえ、本当の自分に成れたんじゃ。

 この心の声に、わしたちの声に、耳を傾けて。


 ――運命共同体。


 ――つぐむ、アタシたちは一人じゃない。


「うう……わ、私は……そう……私……」


 掻き乱される内情に胸を揺らし、やがてつぐむは一つの到達点に辿り着いた。


 ――そうか。私は今まで硬い硬い殻の奥底に、ずっと閉じこもっていたんだ。

 心を空っぽにしよう。常識を捨て去ってみよう。

 なんだか、本当に身体が軽くなっていくのを感じる。

 重りを全てを脱ぎ去った――ありのままの私。ありのままの自分!

 不思議――。なんだか背中に翼が生えているみたい。

 私もう一人じゃない!

 みんなと一緒に、あの大空の向こうの、その先へどこまでも行けそうな気がする……!


 ――これが……真実の旅なんですね。




「何気色悪いこと言ってんだつぐむ……キモッ」


「ごめん夢とかマジで無理」


「急にどうしたんじゃつぐむ。ついにとち狂ったか」


 まるで3人とも何事もなかったような素面で、冷ややかな目線をトリップしたつぐむに刺しつけていた。

 梯子も何もかも外され、一人取り残されたつぐむは呆然とその場で立ち尽くすしかなかった。

 仲間たちは冷静になって道端のきのこやら、草木を黙々と収集していた。


「よーしてめぇら表出ろ」




   ◇ ◇ ◇



「ごめんなさいもうしませんもうしませんから叩かないでください……」


「次こういうおかしな真似したらゲンコツじゃ済みませんからね。いいですか3人とも」


「はい……」


 ついに解き放たれしぷっつんとなったつぐむの鉄拳制裁によって、悪ふざけが過ぎた3名は冷たい地面に正座させられていた。


 お陰でとんだ恥をかいた――また思い出して顔から火が出そうになるつぐむに、ももが彼女の肩をポンと叩いた。


「旅の恥はかき捨て」


「かき捨てられませんよ。早々切り替えられませんってこのトラウマ級の赤っ恥は。乗せるだけ乗せておいて叩き落とすとかハイジャック犯か何かですか。血も涙もない鬼悪魔ですかあんた方は」


「まーまー。この年頃の娘らは悪戯心が旺盛なもんじゃ。かくいうわしも昔は――」


「あかりちゃんはその辺触れたら一体今何歳かってことになるでしょうが! ややこしくなるのでやめてください。いいですか。みんな3〜5歳児の域を出ない幼稚園児です。ここが前提でないと話が成り立たなくなります。自重してください」


 先へ行こうとする3人の足を止めるように、はるかだけはまだ正座の姿勢を貫き通していた。


「……あの。はるかちゃん? もう良いですよ正座しなくても。早く先へ急ぎましょうよ」


 座ったまま頑なにその場を動こうとしないはるかに手を触れようとした瞬間、彼女がびくっと肩を震わせた。


「ごめんなさいごめんなさい……ぶたないでください……」


「拒絶反応が過ぎる‼︎ 叩きませんよどうしたんですか急に」


「いやー。危うく昔を思い出すところだったぜ。つぐむがあんまりにも母ちゃ……怖いモンに見えてよ」


「再び闇が溢れ出て⁉︎ いやそれはもうなんというかすみませんでは済みませんけどもすみませんでした。あんまりにも見事な梯子外し食らったのでつい……」


「いやいや良いんだよ。つぐむはアタシを蹴飛ばしたりタバコの火をぎゅーって押し付けたり、『あんたなんか産むんじゃなかった』って言ってアタシの頭を掴んで便器に浸けたりしなかったしな……」


「やるわけないじゃないですかそんなおぞましい事‼︎ 私のトラウマ級の赤っ恥なんか問題にならないくらいえげつないトラウマ植え付けられてるじゃないですか‼︎ 回復魔法でも癒えませんよそんな深々と突き刺さった心の傷‼︎」


「冗談だっつの。おやつくれなかった腹いせで部屋中の窓ガラス叩き割った罰として便所掃除させられただけだって」


「……どっちがクソなのか分からなくなってきましたね……それを聞くと……」


 はるかの発言がどこまで真実味を帯びているかは定かではなかったが、とりあえずパーティーは森の探索を再開した。


 あかりはつぐむやはるかがこの森に転生するよりもずっと前からこの森に居たので、森に関する知識は自他共に認めるほど豊富なものだった。


 専用の地図を持っており、塗り潰された箇所が既に踏破した地点だそうだ。


「ヌシらがこうこうこう行って、こういう進路を辿ったとすると……ほれ、こうじゃ」


 手にした羽根ペンはとても不思議なもので、書き記した筆跡を羽根でなぞると綺麗さっぱり消えてしまった。


「なるほど……って。これ見ると本当に私たちの進行率って27%くらいですね」


「いや、正確には2割5分7厘くらいだな……。まだまだだぜ」


「流石に細か過ぎるでしょ。誰が気にするんですかそんな事」


「こういう細やかな矛盾とか指摘されて、駄作の烙印を押された著書をアタシは幾度もなく目にしてきたぜ。いつかアタシらの冒険を本にまとめて出す時、些細なミスで脚光の代わりに批判を浴びるのはゴメンだぜ」


「当事者しか知り得ない情報を指摘されるとか今からどんなレベルで警戒してるんですか。そこまで気にする人いないと思いますけど、じゃあ細かい数字をはるかちゃんお願いできますか?」


 「合点だ」とガッツポーズを取ってはるかが唸った。

 いかに広き森とはいえ、つぐむにとっては既に充分歩いたつもりでいた。

 しかしこうして地図を見渡してみると、まだまだ入り口に立った段階に過ぎないと知って、世界の広さを改めて痛感するのだった。


「この森はマカランド大陸の中央南部に位置するトライトン王国国領にある『蒼緑(そうりょく)の樹海』と呼ばれておるそうじゃ。と、いってもそれほど仰々しい物ではない。王都中央ギルドが出しとる冒険者情報によれば、ここは難易度(ランク)Dじゃ。全くのど素人冒険者でも知恵と工夫を駆使すれば渡りきれん事もない。狩るべき希少性のある天然記念物は少ないが、加工に用いれる資源は意外にも多いらしいぞ」


「へぇ〜……ほんじゃアタシがしこたまかき集めた品々も……」


「うむ。ちょいとここらを下って行った先にある街の加工屋にでも持ってけば、それなりのアイテムには成るじゃろう。ガラクタじゃと思って放置しておった物が、実は稀有なお宝じゃったなんて話はよくあるでな。見慣れぬものを拾ったらとりあえず捨てずに取っておくのがよろしかろうて」


 そのケースで言うと、はるかのポケットには一見ゴミ同然のガラクタが詰め込まれている訳だが――あれらも特定の者には値打ちものの価値がある品々なのだろうか。

 つぐむもそれを聞いてそれまでは気にしていなかった物を探すように、周囲を見回して確認し始めた。


 するとその状況を狙い澄ましたかのようなご都合主義に、彼女は巡り合った。


「あれ…………? コレなんでしょうか」


 味気ない黄土色の地面に埋められた、キラリと光る欠片が目に留まった。

 掘り起こして拾ってみるに、それはどうやら大きな宝石の付いた指輪のようなものだった。

 よく見てみようと誇りを払い、太陽にかざしてみると、光が宝石をすり抜けて虹色の残照を作り出していた。

 灼いてしまいそうになった目を抑え、つぐむは指輪の宝石を眺めた。

 青々と燃えるサファイアを思わせる美しい宝石で指輪よりも遥かに大きく、不釣り合いにも乗っかっていた。


「そ、それは……⁉︎」


 それを目にしたあかりの目の色が変わった。

 それがどんなことを意味するのか、つぐむにはまだ分からなかった。

NEXT EPISODE >>> 『インフレ・オブ・ザ・少年漫画』

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