第14話
「組むだと⁈ ふざけんな! どういう風の吹き回しだてめー」
開幕の喧嘩腰口調ではるかはあかりに詰め寄る。
それでもあかりは一向にドヤ顔を崩さずふんぞりかえっていた。
「ヌシらは森を探索したい。じゃが、わしが見ていた限りではどうもヌシたちはこの森に詳しくは無い――じゃろ?」
「まだ進行率27%ぐらいだしな……」
「び、微妙に数値上がってる……」
「安全に探索したいのであれば、ぷろふえっしょなるの経験と知識は必要不可欠じゃ。そうじゃろ? 特にヌシらにとってこの森は未知の領域。経験豊富なわしと腕っ節の立つヌシらが組めばまさに鬼に金棒。向かうところ敵なしじゃ。どうじゃ悪い話ではなかろう」
確かに彼女はこの森についてつぐむたちよりも抜きん出た知識を誇っていた。
熊やドラゴンの存在まで熟知しており、それらは皆つぐむたちが知り得ないものばかりだった。
その先の知識も彼女は恐らく兼ね備えているであろう。
そこに関して一行は議論を挟む余地はなかった。
――ただ。
「信用ならねーな。第一そんな事してあんたに何のメリットがあるってんだ」
「ふふっ。そう言うじゃろうと思っておったよ。実は何を隠そうわしはぼっちなのじゃ」
その瞬間、周囲に何とも言えぬ空気が漂った。
あまりにもざっくりと告げられた残酷な真実に、口の立つはるかも黙り込むしかなかった。
「な、なんか……ごめんな」
「何故謝る! わしは寂しかったのじゃ! 急にこんな訳のわからん世界に連れてこられて、何日も何日も襲い来る怪物たちに身を食われ、それでも生きねばならんかったんじゃ! 一人で‼︎ たまに来る探検隊ともお話しとうてたまらんかったが、皆やられるかわしが先に食われてしもうて、それすら叶わなかったんじゃ。首無しで話しかけたら大抵はとんずらこかれるしの……」
「そりゃあそうでしょうよ」
まずどうやって喋っているんだと疑問に思ったが、身が一粒でも残っていれば応答することができるらしい。
蜚蠊並の生命力の高さに尊敬どころか恐怖に怯えた眼差しをつぐむは向けていた。
「わしは……孤独じゃった。寂しい。心細い。一人はもう嫌なんじゃ……月を眺めて涙を浮かべた夜もある。なぜわしだけ死ねぬのじゃろうと。いっそくたばってしまえば――地獄のような苦しみも、張り裂けそうな胸の痛みも味合わなくて済むとさえ思っておったわ。……そんなある日のことじゃった。新緑に揺らぐ若葉を聞いて、おヌシたちが現れよったのは! あの時はどれほど嬉しかったじゃろうか。同じ世界から同じ人間がやって来たのじゃ。わしはつくづく胸に沁みた。わしは一人じゃない――そう初めて思えたのじゃ。頼む。わしを連れて行ってくれぬか?」
深々と地に頭をつけて懇願するあかりを、誰も憎むことはできなかった。
見知らぬ世界で一人で居ることの哀しさは、つぐむが誰よりも知っているからだ。
もちろん――はるかだって多少なりには感じるところがある。
「わかりました。あかりちゃんが命を張って手に入れてくれた情報を役立たせてみせます。こうして会えたのも何かの縁――一緒に行きましょう」
「ほ、本当か! ほほほ本当にそんな……ずびっ」
差し伸べられた手を鼻水と涙で湿らせながら、彼女はつぐむの手を固く握りしめて離さなかった。
ねちょりとした感覚を植え付けられたつぐむとしては、一刻も早く手を離したかったのだが。
「そ、そんなに泣かなくても……」
「す、すまん……わし先輩ツラしてふんぞりかえってなきゃいかんというのに……やっぱりわしはダメな娘じゃ……」
「おい。さっきまでのシチュエーションでその発言は全力で待て」
「くうぅ……かたじけのうござる……だ、大丈夫じゃろうな。これわしの夢とかそういうんじゃないじゃろうな。あそこの木の影で誰かがかめらとか抱え取って『大成功!』とか書かれたぷらかーど見せつけたりせんよな?」
「ドッキリじゃないんですから……ていうかやる意味がなさすぎますよ。安心してください。私たちだってまだまだこの世界では新参者なんですから」
二人は手を取り合って互いを認め合い、つぐむはあかりの仲間入りを承諾した。
「良いですよね――2人とも」
「ま、まぁつぐむが靴まで舐めて土に頭つけてけつ振ってまでお願いしたんだし、アタシも鬼じゃねぇんだ。仕方ねえな」
「いや鬼ですよアンタは紛れもなく。そこまで屈折した懇願なんかしてませんよ‼︎ やめてくださいよ私の印象が悪くなるじゃないですか!」
「またまた園ではよく大人相手にやってたくせに〜」
「とんでもない誤解も良いところです。訂正を要求します」
「しゃーねーな。靴じゃなくて指ってことにしといてやるよ」
「より屈折したフェチズムに身を投じる羽目になってんでしょーが‼︎ 普通にお願いしてんだよこちとら!」
しかしそうは言ってもつぐむ自身、まだ完全に目の前の不死生物幼児を信頼したわけではなかった。
同情こそしたが、彼女に関する情報は不明瞭かつ不可解な部分も多く、それははるか達が抱える違和感や懐疑の念と同質のものだった。
なまじ不死身という怪現象を目の当たりにしている所為で、次に何が起こるのか全く分からないという恐怖が、あかりの今後の言動全てに常につきまとうことになった。
はるかやももをこの異世界で比較的早く受け入れられたのも、彼女ら3人は死の体験を同時に共有しているからという理由があり、確固たる絆が生じるのも生前のやり取りや関係性に起因するからである。
しかしいかにあかりが同じ幼稚園に身を置くとはいえ、誰一人として彼女を知っている者はおらず、見たことも聞いた事もないのだ。
信頼関係に天と地ほど差が生じてもおかしくはない。
覚えていないあかりが悪いという事でも決して無いのだが――仕方のない事なのだ。
現状(一応)リーダーとしてまとめているつぐむの、たってのお願いだから表向き従っているが、本当の意味で仲間になれたかは疑わしいところがあった。
それでもあかりは孤独から解放された嬉しさで、そんな瑣末な事は気にしていなかった。
こうして一行は4名の幼稚園児によるパーティーを結成した。
傍から見ると幼稚園の遠足かままごとの延長にしか思えないが、超怪力娘に桁外れの回復魔力を誇り、自身も戦闘に乗り気な戦闘狂聖女に不死娘が主力なので、見た目に惑わされると確実に返り討ちに遭うという外見詐欺の初見殺し最凶パーティーだった。
心なしか、4人に増えた事で全員の士気が高まっているように見えた。
「あああ〜……ええのうええのう! 仲間というのは! これこそ冒険の醍醐味じゃ! やはりパーティーとは4人でなければ始まらんのう!」
「ま、そこに関しちゃアタシも同意見なんだけどよ。……そうだ。なんか名前でも付けね?」
「ならわしに良いアイデアがあるんじゃが――」
「つぐみ、もも。なんか良い案あるか?」
熱に浮かれてはしゃぐ新参者のあかりに対して、はるかは水でもぶっかけるように冷め切った態度を向けていた。
「だからつぐむです。……あかりちゃんのも聞いてあげましょうよ。これじゃイジメじゃないですか」
「何言ってんだ。いじめはな、本人がいじめだと認めなければいじめにならないんだぜ? ……おい今の聞いてたろ? アタシらいじめてないよな?」
「う、うむ」
「脅しによる回答誘導は無効ですよ無効っ‼︎ 私がここにいる限り、いじめは絶対許しませんからね!」
「しっかしよー新参者のこいつにしゃしゃり出られると、なんかこう腹の底から湧き上がるどす黒いものに身を任せてみたくて仕方なくなるんだわ。鎮めてくれよ……俺の猛りを……ひくひく」
「発言が度を越して危険なヤツですね……。い、良いじゃないですか新入りでも熟練でも何でも……」
「つぐむは人格者じゃのう……そう何度も優しくされると恋に落ちてしまいそうじゃよ」
「何でですか早すぎじゃないですか」
「そうじゃのう……やはり4人じゃし、パーティーの編成を考えたら……『魑魅魍魎の悪鬼羅刹団』というのはどうじゃろうか?」
「ももちゃん何かいい案ありますか?」
自身のネーミングに酔いしれているあかりを完全にスルーしてつぐむはももの方に向かって行った。
「ついには人の良いつぐむまでもがっ‼︎」
「『†片翼の堕天使†』」
「痛いですよそれは‼︎ 痛過ぎて失明しちゃいますよ‼︎ いくらなんでも厨二病が過ぎますって‼︎ 第一それどうやって読むんですか!」
「へるういんぐだーくねす(ぶらっでぃ・くろす)X2(せかんど・つゔぁい)」
「んなもんギルドで登録したら生ける黒歴史として今生はおろか、末代まで恥を晒し続ける事になりますよ‼︎ 生き恥ですよ! 向こう百年は物笑いのタネにされますよ‼︎」
「まぁ一度聞きゃ大概のヤツは二度と忘れねえだろうな」
はるかは込み上げてくる笑いを必死で堪えて表情をぎこちなく歪ませていた。
どうやらももは重度の厨二病患者の傾向があるようだ。
ケチの付けられたパーティー名を再構築するように、ももはナタの取手をクルクル回して地面の砂を削り文字を刻んでいた。
「……はるかちゃんはどうでしょう。何か考えているのありますか?」
「えーっ。そうだなぁ……。……いやアタシがこの話題振っといて何だがこの流れで言ったらなんか大喜利みたいになりそうだな! うーん……アタシもそんなネーミングセンスある方じゃねーしな。いっそ前みたく『いるか組』でいいんじゃねーの? ワッペン共通だし」
「そう……ですね。なんか共通するものって難しいですよね……。そのまんまで組んだら任侠者の集まりみたいな感じにはなりますが」
「組長はつぐむだな。アタシは懐刀でいいからよ」
「やっぱそっちに寄せてるじゃないですか‼︎ グラサンもハマキもやりませんからね!」
「じゃあアタシは専属マネージャー兼ギルドマスターで良いからよ。ももはダンジョンマスター、あかりは特攻隊長だな」
「全員何かしらのリーダーみたいになりましたね……」
「《巌窟王》……!」
「わ、わしにも役職が……‼︎」
とりあえずの仮内定が全員に行き渡ったところで、混沌と疑惑に満ちた園児パーティーは森の先のそのまた先目指して進軍して行った。
◇ ◇ ◇
つぐむ一行が馬鹿をやっている頃――時を同じくして森に立ち入った者が居た。
雪のように真っ白な体色の馬を操りながら、かの者は彼女たちの足跡をなぞるように歩いていた。
「これは……まさか、これ程の使い手がこの森に……」
そっと足跡に顔を近づけてみる。
指で土をなぞると、それが出来てまだ間もないという事がかの者には理解できた。
「しかもまだ……この付近に居る……か。面白い――征くぞパトリシオン」
そうしてかの者は彼女たちの後を追うように木々の真奥へ足を踏み入れた……。
†純黒の闇夜に舞い落ちるのは、深淵の隻眼――†
†悠久の孤独の果てに、白き翼の天使の邂逅へ刻を刻む秒針が揺れる†
†終わりゆく世界が――封印されし魂の刻印に鳴動し、風を哭いて空虚な宇宙へ輪唱する†
†黒き月が紅く満ち足りて疼く――永久に眠る迷宮の彼方に誘われ、混沌と調和の協奏曲は鎮魂歌となって暗黒の禍に飲まれて堕ちて往き――
「痛たたたたたたたたた‼︎」
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