第12話
そうしてももはポッケのアイテムボックスからナタを取り出して、果敢にドラゴンへ向かって行った。
「だ、ダメです! ももちゃんまで……」
「赤・龍・滅・殺……」
「あああ完全に殺戮モード入っちゃってるし」
ドラゴンはブレスの矛先を動き回るももに向け、再び灼熱を放った。
「《熱防御》」
ももがそう言って一直線にナタを構えると、ナタの先から出現した魔法陣でドラゴンの炎を縦に割った。
「嘘でしょ⁉︎」
ドラゴンがブレスの充填を完了し終える前に、もものナタは龍のツノ目掛けて勢いよく振り回された。
金属同士が衝突するような激しい音が響いたが、龍の硬いツノは折れることなく天に向いて立っていた。
だがその衝撃までは緩和できなかったようで、勢いよく叩きつけられたことで押された龍の巨体は後方にひっくり返った。
仰向けになったドラゴンの腹部に向けて、ももは刃を突き立てた。
まず一度目の攻撃で亀裂を産んだ腹部から鮮血が飛び散る。
痛みに苦しみのたうちまわりながらドラゴンが悲鳴を上げると、間髪入れずに二撃目を切り裂いた箇所に叩き込む。
完全に開いた腹部を眺めて、ももは血染めの頬を拭いながら恍惚とした表情を浮かべていた。
次に彼女が狙ったのは龍の首元だった。
真っ赤なナタを振り回して頭を吹き飛ばすように何度も斬りつけた。
一連の作業が終了したのか、ももは龍の生首を取り出してつぐむに向けて見せびらかした。
「いや……恐いよ⁉︎ もう私にはももちゃんが分からない‼︎ なんであんなに……っていうか何プロテクトって! いつの間にそんな魔法なんて……ドラゴン殺っちゃえるのもおかしいし、もう何が何だか‼︎」
「なんかやったらできた」
そこにいたのは先ほどまでドラゴンと血生臭い殺し合いなどしていたとは思えない、いつもの可愛らしい幼児だった。
その手に持っているブツはちっとも可愛らしいものではなかったが。
戦いの凄惨さを刻みつけるように真っ赤に染まった園児服だったが、全てドラゴンによる返り血だった。
腹部を抉られ、首まで取られた龍であったが、その後しばらくはピクピクと身体を動かしていた。
――が、既に生命活動は停止しており、じきその動きも止んだ。
「《回復魔法》」
はるかの消失した地点に赴いて、ももは白色の魔法陣を両手で展開した。
「あれ? アタシのドラゴンは?」
「はるかちゃん! よ、よかった……復活して……」
完全に焼けていたはるかは、何事もなかったように元通りの身体になっていた。
「って倒されてるーっ‼︎ も、もも……まさかお前」
「思ったより柔らかった」
「くそぉー! 油断しておっ死んだ上に、獲物を横取りされるとは何たる屈辱‼︎」
悔しそうに地面を叩くはるかに、ももはポンと肩に手を置いた。
「これで隊の序列、決まったな」
「ひぃ!」
「……冗談冗談。はるかちゃんは大切な友達。そんな事しないよ。ところで赤毛。おら焼きそばパン買ってこいよ」
「おめーの舌は一体何枚あるんだよ。イギリス人か!」
「申し訳ないが、国辱はNG」
「じゃあ……大英帝国紳士?」
「これでNGOになった」
「なるわけないでしょ‼︎ はるかちゃんも、ももちゃんもあんな危険な真似もうしないでください!」
はるかたちはももの撃破したドラゴンを隅々まで調べて、鱗からツノに至るまで余す事なく剥ぎ取ってポケットに詰め込んだ。
「ももがこのドラゴンバラしたから……はるかちゃんは取り分3ね。ももは7」
「くっ……まぁ貰えるだけありがてぇ話か……」
「いやそれでいったら私取り分ゼロなんですけど。いえいえ別に戦闘に参加しようともしなかった私が取り分を主張する権利が無いことは承知していますし、そもそも主張する気もないですけど……ていうかそれ持って帰るんですか⁉︎」
「何言ってんだ。そーしなきゃ狩りした証拠にならねーだろ。狩猟ゲームだってそうだろ? 遠足と同じ。家に帰るまでが遠足。エモノを剥ぎ取るまでが狩り。アタシら慈善事業でドラゴン倒してるんじゃねぇんだぞ? NGOじゃねぇんだぞ?」
「たとえNGOでもドラゴンの災害までは対応しないしできないでしょう……どんだけNGOネタ引っ張るんですか。初めからドラゴンに喧嘩売らなきゃもっと安全にいけたと思うんですけど……」
さも当たり前のように鱗を片っ端からポケットに詰め込んでいくはるかに苦言を呈していたつぐむだった。
一通りドラゴンを回収すると、はるかはスケッチブックことモンスター図鑑にドラゴンを書き記していった。
「なんで盗賊3人衆まで入ってるんですか」
「こういう敵としてエンカウントした人間もモンスターに含まれるってやつRPGじゃ定番だろ?」
「RPGじゃないですよRPGっぽい世界ですけども」
「しっかしアタシが油断していたとはいえ、1乙食らわしてくるとはなー。間違いなくあのリザード100匹よりも強いぜこいつ。ランクはおそらくAかB……最低でもCは堅いだろうぜ」
はるかがそう言った瞬間――木々が音を立てて揺れ始めた。
「残念じゃな。その『レッドドラゴン』のランクはEじゃ。一見初心者殺しとも思えるドラゴンじゃが、動きは遅いし昼夜問わずよく眠っておる事も多い小物じゃ。いざ起こして炎を吐かせても所詮は火遊びの域を出ぬ。溜めるのに時間もかかるし隙だらけなのじゃ。ま、馬鹿でかい図体と程よい硬さ以外には取り立てて目立った危険性もない、わしのような熟練冒険者にとって、通行の足止めにもならん程度の生き物じゃよ」
木々の揺れる音が止むと、そこから出てきたのは人間の――女の子であった。
髪の毛は雪のように真っ白で、やや耳を出る程度の長さのまん丸としたボブカットをしていた。
まだ幼さの残る髪と顔立ちで、肉体も木々に埋もれてしまいそうな程小さかった。
瞳は薄い藍色を下地に、水色の虹彩が輝いていた。
何より目を惹くのはそんな幼くも淡麗な容姿ではなく、彼女が身につけていた園児服にあった。
それは異世界のものではなく――つぐむたちの見慣れた幼稚園の制服とほぼ形を同じくするものだったのだ。
「何モンだ……てめぇ」
その異質さをはるかも察知し、すぐさま臨戦態勢に入った。
「ふふ……わしの名は白咲あかり。ヌシらと同じく異世界に転生してきたものじ――」
しかしあかりの後ろに突如として出現した熊によってあかりの頭はガブリと齧られ、言葉を遮られた。
「喰われてるーっ‼︎」
これが謎の少女、白咲あかりとつぐむ一行が出会った瞬間だった……。
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