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第7話 暗闇と霊獣



『坊ちゃん!!』

 (から)獅子(じし)が叫ぶ。唐獅子が急いで引き返して来るのが視界に映ったが、間に合わないだろう。


壮太郎(そうたろう)君!」


 (じょう)が廊下に飛び出すのと同時に、天井に近い窓ガラスが割れる。

 上靴の先に何かが当たるのを感じたが、壮太郎の目は頭上から落ちてくる鋭利なガラス片だけしか見ていない。


 廊下に面した教室の窓ガラスが次々と割れ、指先一つ動かせない壮太郎を目掛けて無数のガラス片が飛んでくる。


 壮太郎は息を呑んで目を見開く。

 緑色の光の箱状の壁が、壮太郎を囲んでいた。ガラス片は緑色の壁に阻まれて砕け散り、床の上に落ちた。


鬼降魔(きごうま)の結界……)


「壮太郎君! 大丈夫!?」

 丈が壮太郎に近づき、緑色の壁に手を置いて結界を解除する。

 壮太郎に怪我がない事を確認して、丈はホッと息を吐いた。


「間に合って良かった」


 壮太郎は足元を見る。

 何かが当たったと感じた上靴の先には、鬼降魔の呪具である銀柱(ぎんちゅう)が布地部分に突き刺さった黒板消しがあった。


 力を注げばすぐに使用出来るように、呪具にはあらかじめ術式が仕込まれている事が多い。

 術式の構成が簡単な物は頭に思い描くだけで生成出来るが、威力がある通常の攻撃術式や複雑な結界の術式を一から作るには時間が掛かる為だ。


(……黒板消しを持っていたのは、銀柱を使う為だったのか)


 鬼降魔の銀柱にも何種類かの術式が刻まれている。 

 銀柱に描いた鬼降魔の結界を使用するには、地面に突き刺す等して銀柱が倒れないように固定する必要がある。

 硬い廊下の床には銀柱を刺せない為、黒板消しに刺して結界を使えるようにしようと丈は考えたのだろう。


(馬鹿な子だと思ったけど、ちゃんと考えてたんだな)


『坊ちゃん! 伏せてください!!』

 唐獅子が叫ぶ。壮太郎はハッとして丈の腕を引っ張る。体勢を低くした二人の頭上を唐獅子が飛び越えた。

 

 壮太郎に迫っていた暗闇に、唐獅子が突進する。

 唐獅子の体を絡め取ろうとした暗闇の中に金色の光が生まれる。

 耳を擘くような、人間か獣かも分からない悲鳴が暗闇から上がった。


 壮太郎の足に絡みついていた黒い髪の毛が離れていく。

 暗闇は壮太郎達から離れて距離を取ったが、こちらの様子を伺うように廊下の先に留まっている。


「唐獅子。あれをどうにか出来そう?」

 壮太郎の問いに、唐獅子は頷く。


『出来ます。ただ、あれは私を誘き寄せようとしている節がありますね。何か狙いがあるのかもしれません』


 唐獅子は暗闇を睨みつけた。


『この異界には、複数の怪異の気配がします。坊ちゃんは何故こんな危険な場所にいるんですか?』

 唐獅子は若干お説教混じりの口調で尋ねる。壮太郎は溜め息を吐いた。


「馬鹿な男子三人組が怪異の標的にされて、偶々(たまたま)近くにいた僕達が巻き込まれて連れて来られたんだよ。唐獅子の力で、僕達をここから連れ出せる?」


 唐獅子は周囲を眺めた後、眉を寄せて首を横に振った。


『ここは随分と厄介な場所です。私はともかく、肉体を持っている坊ちゃん達がここを出るには、現実世界と繋がっている場所を見つけないと』


(やっぱり、黒い扉を探さないといけないのか)

 壮太郎は後方を振り返る。通ってきた場所には黒い扉は見当たらない。黒い扉は暗闇がいる先の廊下にありそうだ。


『坊ちゃん。この子は? 何か憑いている気配がしますね』

 唐獅子は丈の匂いを嗅ぎながら尋ねる。


「鬼降魔の子だよ。加護の『(ねずみ)』が憑いている」

 唐獅子は納得したのか頷いた。


『鬼降魔の子、とても綺麗な魂の持ち主ですね。纏う空気も澄んでいる。坊ちゃんにとって、良き友人となるでしょう』


「……そういう話はいいから」

 どういう表情をしたらいいか分からず、壮太郎は唐獅子から顔を逸らす。所在無さげに立っていた丈と目が合った。

 

「壮太郎君。そこに何かいるの? 俺も話の仲間に入れてくれない?」

 丈は勇気を出して声を掛ける。丈の目には怪異も唐獅子の姿も見えない。事態が掴め無い事が不安なのだろう。


「僕にいちいち全部を説明しろって事? 面倒臭いから嫌だよ」

「そ、そうだよね。ごめん」

 丈がシュンと項垂れる。唐獅子は壮太郎を見上げて眉を寄せた。


『坊ちゃん! お友達には優しくしないと!! めっ! ですよ!!』


「わ、わかったよ。ちょっと待ってて」

 壮太郎は何か持っていないかとポケットを探る。ポケットの中には、朝食前に妹と作った折り鶴があった。


 壮太郎は両手で折り鶴を包む。目を閉じ、頭の中に術式を思い浮かべる。壮太郎の頭上に白銀色の術式が浮かぶ。術式は、掌の中の折り鶴へ吸い込まれていった。

 

 壮太郎は目を開き、折り鶴を確認する。赤い折り鶴の羽の上に、白銀色の術式が浮かんでいた。壮太郎は折り鶴を丈へ渡す。


「君が自分の目で見て、自分の耳で聞いてよ」


 折り鶴を受け取った丈は、壮太郎の足元にいる唐獅子を見て目を見開く。

 驚いた顔から徐々に緩んだ顔になった丈は、少し厳つい唐獅子に臆する事なく近づいた。


「猫、触っていい?」 

「唐獅子は猫じゃなくて霊獣だよ」

「霊獣?」

「人の言葉を話す獅子と思っていればいいよ」

『坊ちゃん。間違ってはいませんが、説明が雑すぎます』

 唐獅子が苦い顔をする。丈は人語を話した唐獅子に驚いたが、全く怯えておらず、むしろ嬉しそうな表情を浮かべた。


「唐獅子。僕達は他の人間達を回収してくるから、あの暗闇をどうにかした後、出口を探してくれる? 見つけたら教えて」


『わかりました。危なかったら、すぐに呼んでくださいね』


 心配性の唐獅子に、壮太郎は苦笑して頷く。

 唐獅子は暗闇がいる方向へと走る。壮太郎は、唐獅子とは反対方向へ踵を返した。


「行こう」

 壮太郎の言葉に、丈が頷く。

 二人で廊下を進み、最初に怪異が居た教室のドアを開けた。

 

 教室の後ろに置かれたキャビネットの横に、バリケードのつもりなのか、机や椅子が不自然な形に積まれていた。

 バリケードからは、緊張した複数の荒い呼吸音が聞こえた。


「君達、出てきても大丈夫だよ」

 丈の声に、バリケードがガタリと揺れる。

 少し間を置いて、三人組が恐る恐るバリケードから顔を出す。三人組の無事な様子に、丈はホッと息を吐いた。


「あ、あの化け物は?」

 三人組の一人が教室の外へ目を向けながら、震える声で尋ねる。


「いないよ。壮太郎君が追い払ってくれた」

 三人組の視線が一斉に壮太郎へ向けられる。


結人間(ゆいひとま)が?」

「そうだよ。君達を助ける為に戦ってくれたんだ」


 丈の言葉に、三人は顔を見合わせて小声で何か話す。聞き取れないが、どうせ悪口だろうと壮太郎は不快な思いを抱く。


 三人組はバリケードから出て、壮太郎達の前に立つ。

 震える手を握りしめ、三人組は頭を下げた。


「結人間。今までごめん」

「酷い事を言ったのに、助けてくれてありがとう」

「本当にごめんね。俺達、結人間を誤解してた」


 三人組が頭を下げた事に、壮太郎はギョッとする。

 壮太郎が訝しげな目で睨みつけると、三人組は落ち込んだ顔をした。


「やっぱり、そうだよな。俺達の事、許せないよな……」

 萎んだ声に、壮太郎の表情が歪む。


 随分と虫のいい話だ。危険なモノから助けてもらえたからといって、改心するとは限らない。

 頭では冷め切った事を考えながらも、胸にじわりと広がるのは嬉しさだった。


(もしかしたら、人とも分かり合えるかもしれない)


「仲直りの握手をしよう」

 三人組の一人が壮太郎に手を差し出した。


 壮太郎は差し出された手を見つめて躊躇する。

 今までの事は許せない。嫌悪を込めて相手の手を払い除けたい気持ちもあるが、心に生まれた淡い期待を捨てる事が出来ない。


 壮太郎が勇気を出して握手に応じようと思った時、握手を求めていた一人に乱暴に手を掴まれる。

 

 手を伝って全身に痺れが走り、壮太郎の呼吸が一瞬止まる。

 強い力で引っ張られ、キャビネットの中へ体を叩きつけられる。キャビネットに押し込められ、勢いよく扉が閉められる。


 声を出す事も抵抗する事も出来ないまま、壮太郎はキャビネットの中に閉じ込められた。



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