勇者を殺して幾千里
『表』
「申し訳ないが君をウチに置いておくことは出来ない」
黒髪の勇者アインは冷徹な声色と共に、この場においての被告人である青年、ユウリに解雇通告を告げた。 当のユウリは心底から絶望した表情でアイン、そして残りの仲間たちを見回す。
「本気で言ってるのか…?」ユウリは半笑い気味にそう返したが、口元は酷く引き攣っていた。
「本気だ。 いくら同郷の交があろうとも今回ばかりは見過ごす訳には行かない。 何がなんでも出ていってもらう」
台詞とは裏腹にアインの目は決して同郷の友を見るなんてものではなく、敵対者に対する冷酷さに占められていることは対峙しているユウリからしても明確だった。
「……同郷の交なんて言うなら少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃねぇか! 何度も言ってるが俺はパーティの金に手を出してなんか…!!」刹那、ユウリの主張を遮るかのようにアインがユウリに向けて一振の剣を放り投げた。剣の鞘には数個の宝石や複雑な彫刻などの豪華な装飾がなされており、素人目であってもそれがかなり高価なものであることがわかる。
「それは今朝、君の部屋から見つかったものだ。 随分と良い剣を買ったんだね、ユウリ。 幾らしたんだい?」
「俺はそんな剣知らね…」
「ふざけんじゃねぇ!!」
ユウリが自己弁護を終える前に、拳が凄まじい勢いでユウリの顔面に突き刺さった。
「ぶべぇッ」無様な声を漏らし、ユウリは吹き飛ばされる。拳を放った大男、ガスは憤怒の表情で鼻を抑えているユウリを見下ろし、唾を吐いた。
「この期に及んで知らねぇじゃねぇよ、このクソ野郎!昨日、街に残っていたメンバーはテメェしか居ねぇんだよ! お前以外に誰が宿に置いていた金を持ち出して、誰があの剣を買ったていうんだ? あ? 」
どう考えてもテメェだろうがッ、と今度は思いっきり蹴りつけた。マークとガスの後ろで、残りのパーティメンバーの少女たちがくすくすと嘲笑っているのがユウリの目に入る。それがトドメとなり、目から涙が零れ始めた。
「何泣いてんのよ、キッショ」
「あんたが悪いんでしょ? 私たちのお金返してよ」
「おい、アインこいつもう殺しちまおうぜ!!」
「ダメだよガス。 流石にそれはやり過ぎだ。 ……ユウリ、泣くのはよしてくれ、まるで僕らが悪いみたいじゃないか」
最早、その宿の一室にユウリの味方など存在しなかった。
呆然と涙を流しかつての仲間たちを見回すが、みんな軽蔑と共にユウリへ罵詈雑言を投げつけるだけだ。
なんでこんなことになったんだろう。事の始まりは何故か魔王討滅のための旅の仲間にアインからユウリが指名されたことだった。
かつて魔王を討滅されたとされる勇者の一族の末裔であるアインは、凄まじい力を有していた。
勇者一族が代々受け継いできた剣術道場の中でもアインは圧倒的で、旅に出る直前に当代の師範代であり、アインの父だったカガリを容易く叩き潰したという噂もたっていた。それが事実であることを道場の門下生(半ば雑用扱いではあったが)であるユウリは知っている。門出の朝にカガリが酷い怪我を負っていたことが何よりの証拠だ。
そんな稀代の天才アインの同行者に選ばれたユウリは前述の通り、ただの雑用だ。アインに同行を希望する者は多く居た。誰もが門下生の中でも選りすぐりの実力を持っている者たちである。しかし、アインは名だたる希望者の中から同行者を選ぶことはせずに、何故か鍛錬の時間の殆どを雑用に従事していたユウリを指名した。
何故だ、と門下生たちからの非難じみた疑問の声にアインはなんてこと無いように答えた。
「旅には荷物持ちが必要だろう?」
それは己の同行者に足る者はこの場には居ない、と宣っているようなものだった。当然ながら、その侮辱じみた言葉によって発生した恨みつらみの矛先は圧倒的強者であるアインではなく、ただの雑用でかしないユウリに向けられた。
曰く、お前など道中で野盗に殺されるのがオチだ。
曰く、お前など獣に喰い殺されてしまえばいい。
曰く、勇者の下僕らしく精々小間使いに殉ずるがいい。
心無い言葉たちに、ユウリは酷く傷ついた。しかし、それ以上に曲がりなりにもアインの同行者に選ばれたことにある種の活路を見出してもいた。
ただの雑用として、道場で時間を浪費するよりも勇者に同行して、それが如何に危険な道中であっても経験を積む方が何倍もマシに思えたからだ。剣を振るう機会だってあるかもしれない。道場では夜な夜なこっそり外で木剣を素振りするだけで、剣術の鍛錬らしいことなど殆どしたことがなかった。
あわよくば、勇者の名声のお零れに与ることも出来るかもしれない。何にせよ、道場にて謗りを受けながら雑用に従事するよりもマシなのは確かだ。
そんな思惑は旅を始めてすぐに崩れ去った。荷物持ち、という指名理由に何一つ間違いはなかったのだ。
アインはあまりに強かった。初めて魔物と対峙したというのに、彼は何の感慨も無しに雑草を刈り取るが如く、それを一刀両断してしまった。
それから次の街に到着するまで彼は苦戦するどころか、汗ひとつ流すことも無く魔物達、そして道中で襲ってきた野盗たちを次々に切り伏せた。当然のことなながら、ただの荷物持ちのユウリが出る幕など何処にも無かった。
「君は石のように黙って荷物持ちをしておけばいいよ。 僕は君にそれ以上もそれ以下も望まない」
これは一度、ユウリがアインに対して剣を教えてくれと頼み込んだ時に言われた台詞だ。
アインにとってユウリとは荷車と大して変わらない存在のだと、そこでようやくユウリは理解した。
そこからは希望も活路もない生活が始まった。次の街でガスが仲間に加わった。粗暴な彼もアインにはまるで犬のように素直に従った。しかし、ユウリに対しては荷車に対する以上の対応はしなかった。
次の街では、セナという魔術師の少女とリーシャという格闘家の少女が加わった。何方も才能と同じように類稀な美貌を持つアインに惚れ込んでいるようで、旅の道中でどちらかがアインに言い寄っていたのをユウリは何度か見掛けることがあった。しかし、ユウリに対してはやはり荷車に対する以上の対応はしなかった。
そんな不遇の極みとも言えるような環境の中で、ユウリは四人に押し付けられる不当な雑用の数々を黙々とこなして言った。特には理不尽な駄目出しを食らい、八つ当たりついでに殴られたり罵倒されたりすることもあった。荷車が壊れない程度の負荷であるのならアインはそれらの暴行を看過した。
旅が進むにつれて、勇者アイン一行の名声はどんどん高まっていった。そして、何故かそれ以上にユウリの悪評も広まっていた。
一行の女性陣に性暴力を振るおうとしたことがあるだの、勇者一行の一員であることを嵩にかけて酒屋で横暴な振る舞いをしただの、根も葉もない噂の数々が行く街行く街に広まっていた。
気がつけば、一人で外を出歩くことすら出来なくなっていた。一人で道を歩けば石を投げられ、罵詈雑言を浴びせられる。
特に今滞在している街『ピングディヴァス』での悪評は酷いものだった。そんな状況で買い物なんで出来る筈がない。だと言うのに、四人はユウリが他のメンバーが出払っていたうちにパーティの資金を横領して、高価な剣を買ったというのだ。
何故こんな目に遭わなければいけないのかと、心の中で叫ぶ度に涙が溢れでる。
きっと傍から見れば惨めでしょうがないのだろう、と己の嗚咽と叩き付けられる暴言の最中でユウリはぼんやりとそう思った。
泣きながら蹲る自分の姿を脳裏に思い浮かべた時、脳裏にどこかで見た事がある今の自分と同じように泣きじゃくっている幼い少女の姿が浮かんできた。
この子、誰だっけ。そうだ名前は確か――――
「いい加減、子供みたいに泣いてないで早く出ていってくれないかなぁ!?」
答えが出る前に、アインがそう強く怒鳴った。それを機に、さっきまで部屋で鳴り響いていた罵詈雑言も、情けない嗚咽も一旦鳴りやんだ。
「……はぁ」
アインは大仰にため息をつき、ユウリの前にボロ布で出来た鞄を放り投げた。鞄の中身は必要最低限の日用品と衣類だけだ。
「君の荷物、纏めておいたから。 早く出ていってくれないか?」
そう言ってアインは腰に携えていた龍の意匠が施されている剣を抜き、剣先をユウリの鼻先に向けた。ユウリは何も言わずに鞄を拾って、軽蔑の目で睨んでくる四人に背を向けた。そのままドアに手を掛けたその時、
「餞別代わりにそれ、あげるよ」
と背に問題とされた剣が投げつけられた。ユウリはにやにやと見つめる四人を一瞥し、剣を拾い上げて部屋を後にした。ユウリが出た瞬間に、部屋から四人が爆笑する声が聞こえたが、ユウリをそれを聞こえないフリをしてそそくさと宿を後にした。
※
宿を後にしたユウリではあったが、行く宛ては無かった。身に覚えの無い悪評のこともあるが、何より先立つものをユウリは一銭たりとも有していなかった。
ユウリは街から少し離れたところにある丘の上で、鞄を枕にしながらこれからのことを考えていた。
なんにせよ、故郷に帰ることは確定事項だ。剣の腕も、人を雇う金も持ち合わせていないユウリがこれこら旅を続けることは出来ない。では、どうやって帰るか。
結局のところ、旅をやめて故郷に帰ると言っても、その帰路もまた旅であることに違いは無いのだ。先を行くのも後に行くも困難。ユウリはそこでようやく自分が詰みかけていることに気がついた。
帰路のための食料を買おうにも、金がない。安全な道中にするための傭兵や馬車を雇おうにも、金がない。
餞別代わりであり、この状況の発端でもある剣を売ってしまおうかとも考えたが、ユウリは剣の価値をまともに知らない。身なりも農民のそれだ。
仮に商人に剣を売ろうとしようものなら、足元を見られた挙句に、本来の値段以下で買い取られるのがオチだ。それに、道中は魔物や野盗が点在しており、何かしらの武器は欲しい。そういう意味なら、手元に残されたこの忌々しい剣は役に立つかもしれない。
そういった理由から、ユウリは剣を売り払って旅の資金を得るという選択肢に踏み切ることが出来ずにいた。
結局、答えを出すことは出来ずに極度の心労から深い眠りへの誘いに負けて、野宿をすることになってしまった。
早朝、ユウリは目を覚ますとともにすぐさま飛び起きた。街の近辺とは言え野外だ。決して安全とは言えない。
目を覚ましたということは少なくとも生きているということではあるが、それが安全であるとは限らない。もしかしたら、魔物や獣に囲まれている最中なのかもしれないのだ。
しかし、辺りを見渡してもそれらしい唸り声や影は無かった。ほっと、息をつき枕代わりの荷物を手に取ろうと、背後に手を伸ばした。
「ん?」
布製の荷物の物ではない妙な感触のものを掴んだことにユウリは疑問の声をあげる。疑問のままに、荷物がある方を振り返った。
「なんだろ……え?」
背後にあった、いや居たものはひとつの死体だった。顔はぐちゃぐちゃに切り刻まれ、元がどうだったかなど想像もつかない。四肢の全ても嘘のように綺麗に切り落とされており、この死体を製造した人物の技量と残虐さを示している。死体の服に返り血などが付着していなかったことから、死体の製造過程は一方的な殺戮であったことが伺い知れた。そして、胴体には龍の意匠が施されている剣が突き刺されていた。
「えっ…えっ!? な、なに…なんでぇ?」
ユウリは余りの衝撃で、叫ぶことすらも出来ずに腰を抜かして、情けない声を挙げた。
起きたら枕元に死体が居たから、という理由だけではない。ユウリが衝撃を受けた要因はもっと別のところにあった。
ひとつは、死体の髪にある。死体の髪色は黒く、長髪でそれを首元で束ねていた。勇者アインの特徴と一致する。
次に服装。手足を失った胴体を包装するかように包んでいる青い布は、とても手触りがよく生地が如何に高価であるかを物語っていた。装飾も最低限ながらも優れた意匠が施されている。勇者アインが纏っていた衣類と酷似している。
最後に胴体に突き刺されていた剣。それは勇者一族に代々受け継がれる聖剣であり、かつて魔王やそれと同等とされていた邪神を討ち滅ぼしたと伝説を有していた。当然、現在は当代の勇者アインの得物だ。それと全く同一のものが、勇者アインの特徴を有する死体に刺さっていた。
「なっ、なんで、こんなところで、おっおい…は?」
それらから導き出される答えはひとつ、それは―――――
「ア、アインッ! 返事をしろよ!!」
その死体が勇者アインであるということだ。
※
昼になっても、勇者アインの惨殺死体は何も答えずに木に立てかけられていた。ユウリはどうすることも出来ずに、惨殺死体の周りを行ったり来たりしていた。街に居る衛兵に通報するべきなのだろうが、この状況を正しく伝えられる自信がユウリには無かった。
何しろ、悪評ばかりは豊富なユウリである。誠実に通報したところで、状況証拠からユウリが犯人であると断定される可能性が高い。
そもそも、こんなことが知れ渡ったら今度こそ間違いなくガス達に殺されてしまう。ガス達にとってユウリは荷車、いや、追放された今やそれ以下の存在だ。
真実がどうであれ、殺されるのは避けられない。つまり、この死体が明るみに出た時点でユウリの詰みは確定する。ならば、どうするか。
「うっ、埋めるしかねぇ…」
ユウリは決意した。どうにかして、目の前の勇者だった肉塊をこの世から抹消せなばならない。それこそが、己が生き残る唯一の手段なのだと。
そう決めてからは早かった。すぐに足元の地面を素手で掘り始めた。魔物にでも食わせようかとも一瞬考えたが、この周辺に死体を瞬時にひとつ平らげるほどの魔物は生息していない。処理し終える前に街道を行く旅人か衛兵に発見されることになるだろう。
他所に運んでいる時に他者に目撃される可能性を考えれば、滅多に人が来ない何も無い丘、つまりこの場で埋めてしまう方が良いようにユウリには思えた。
しかし、すぐに自分の過ちを痛感することになる。
手で人一人(切り刻まれ大幅にスマートになっているとはいえ)を埋めることが出来る穴を掘るのは不可能なのだと、数センチも掘れずにボロボロになった指先の痛みとともにユウリは理解したのだ。暫く、猛烈な痛みのせいでその場で悶えた。
そして、痛みが多少退いたと同時にユウリはふらふらと立ち上がった。
「シャベル、買いにいかねぇと…」
ユウリは道具を活用することを選んだ。幸いなことに勇者の懐に数枚の銅貨が入っていた。それを拝借し街に道具を買いに行くことにしたのだ。ユウリは死体を、毛布替わりのボロ布で覆い隠した。効果があるかどうかはわからないが、これで帰ってくるまでの時間は稼げるかもしれない。少なくとも、そのままにしておくよりはマシだ。
街に入るなり、普段よりも一層汚らしい身なりのユウリを見て道行く人から顔を露骨に顰められたり、「てめぇ追放されたんだってな!」とそんな感じで野次を飛ばされたりなどと、早々に散々な目にあうことになった。しかし、そんなことを気にしている場合ではないユウリはそらら全てを無視して農具などを売っている店に辿り着いた。
道具屋の主人とユウリが先日まで所属していた勇者パーティの間に交流が無かったこともあり、悪評も主人に特に伝わっていなかったようで取引自体はすんなり終えることが出来た。悪評の広がりは実の所、自分が思っているよりも酷くないのかもしれない、とユウリがスコップ片手に考えながら出ていこうとした瞬間、「あっおい待て!」と道具屋の主人から声を掛けられた。
主人はどこか怒った様子で出ていこうとするユウリの元へとやってきた。やはり、また悪評のせいで罵倒されることになるのか。ユウリの精神は最早諦観の域に達していた。
「あんた、その手どうしたんだよ!? ヒデェ怪我じゃねぇか!」
しかし、ユウリの予想していた罵声が飛んでくることはなく、寧ろ酷く心配した様子で道具屋の主人はユウリの掌を握った。
「なんでこんなんになってるのに放置してるんだよ!?」
「えっ」
「このままにしてたら病気になっちまうだろ!?たくっ、これだから冒険者は!! ……ちょっと待ってろ!」
主人はそう言って店の奥に行き、そしてすぐに木箱を持って戻ってきた。
「手ぇ見せな!」
呆然とするユウリの両手を主人は無理やり掴むと、木箱からちょっとした医療品各種を取り出して、応急処置をはじめた。処置の間、ユウリは戸惑うばかりで何も言えずにその場に留まることしか出来なかった。
「よし、終わり!」
粗方の処置を終え、ユウリの両手には白く清潔な包帯が綺麗に巻かれていた。手の動きにも大きな支障が出ない、丁寧な巻き方だ。
「何やってそうなったかは知らねぇけど、次からはちゃんと自分で応急処置ぐらいしろよ? たっく」
主人は子供を叱り付けるようにそう言うと、そのまま店番に戻ろうとした。
「ぁ……あ、あのっ」
一瞬の躊躇いの後、ユウリは背中を向けた主人に声をかけた。
「あ?なんだよ?」
「おっ俺、ユウリですよ…? あのユウリなんですよ…?」
「はぁ?」主人は心底、意味がわからないと言った顔でユウリを睨みつけた。
「てめぇがユウリっていう名前が俺になんの関係があるんだよ?」
「お、俺はゆ、勇者パーティの雑用のユウリなんですよ…?」
「勇者パーティ…?あぁ、今街に来てるらしい奴らのことか。それがなんだよ? ……まさか、自分が勇者パーティの一員だから商品を安くしろ、って言ってんのか?」そう唸るように言うと、主人の額に血管が浮き出た。沸騰数秒前と言った感じだ。
「そ、そうじゃなくて!!……知らないんですか、俺の悪評…?」
「悪評だぁ?」
「例えば、パーティの女の下着を盗んだとか…勇者パーティの一員であることを嵩に威張り散らしてるとか……盗んだ金で高価な剣を買ったとか」
そこまで言って、ユウリは少し泣きそうになった。しかし、それを遮るように
「いや、知らねぇ。 聞いた事ねぇな」
と主人は言った。その表情は心底から不思議そうで、気遣いだとか欺瞞だとかの感情は一切含まれていないように見えた。本当に、知らないというのか。
「そ、そんな…だって」 あれだけ街でののしられたりしたのに。ユウリがそう言い終わる前に主人はやはり意味のわからないと言うような口調で続ける。
「うちは意外と繁盛してる方だけど、てめぇの噂なんて聞いたことがねぇ。 そりゃ、広まる噂にも界隈っていうもんがあるんだろうが仲間の下着を盗んだり、威張り散らしてるクソ野郎がいるなんて噂だったら流石にただの農具屋の俺の元にも少しは届くだろ。 でも、お前の名前を聞いたのは今日が初めてだ。本当にそんな悪評あんのか? お前の自意識過剰じゃねぇの?」
主人はつまらなそうにそう言った。ユウリは益々、混乱した。今までの仕打ちが自意識過剰なのだとしたら、己を信じることが出来なくなりそうだと、ユウリは震えた。
「……まぁ、仮に自意識過剰じゃないとしてもだ」震えるユウリを見兼ねたのか、やや優しい声色で主人が話す。
「少なくとも、俺はお前のことをその悪評のようなクソ野郎だとは思っていねぇ。 今んとこ、怪我を放置する馬鹿野郎だ。俺みたいなやつは他にも居ると思うぜ? この街は無駄に広いしな。だからまぁ……」
そうオドオドしながら、歩く必要も無いんじゃねぇか?
主人はそう言うと、何処から取り出したのか赤い果実をユウリに投げ渡した。ユウリはそれをどうにか受け取る。
「初来店サービスの奢りだ。 朝飯抜いたような面して店の前歩かれると迷惑だから、食っときな」
「……ッ!」
ユウリは一度果実を見て、次に主人に目を向けて、深く礼をした。泣いているのを隠すように、顔を伏せて店を後にした。
「また来いよぉ」
後ろから声がしたが、返事をすることは出来なかった。とにかく、今は丘を目指そう。そう思い、果実を齧りながら決意した。
「うわ、また泣いてんじゃん。 キッショ」
しかし、そんな決意に水を差すかのように大路地を出た瞬間にそんな罵声を浴びせられた。振り返れば、声の主であるセナが心底、気持ち悪いといった表情で立っていた。
「セ、セナ…」
「はぁ!?名前で呼ぶなよ、キッショキッショきっっっしょ!!!」
往来であるにも関わらず、セナは大きな声をあげて不快感を露にした。暫く、「キッショ」を連呼した後に、深呼吸をして平静に戻った。セナは仲間に加わってからこういう情緒不安定なところがあり、ユウリは内心不気味に感じていたことを思い出した。
「……あんた何してんのこんなところで?」さっきまでの醜態を無かったことにするかのような声色でセナが尋ねた。
「いや、ちょっと買い物…」
「いやそういうことじゃなくてさぁ! ……なんでまだこの街に居んの?」ヒクヒクと眉を痙攣させながら、セナが言う。やはり、不気味だとユウリは心うちで呟いた。
「故郷に帰るために、色々要るもんがあるんだよ…言われなくても、準備が出来次第出ていくよ」
ユウリは内心ドギマギしながら嘘をついた。まさか、ユウリが言う準備が彼女が恋するアインを埋める作業のこととは思うまい。
「へぇ……準備ね。それで、そのシャベルはなんに使うわけ?」
「えっ」ユウリの心臓が跳ね上がった。
「えっ…じゃないわよ、キッショいわねぇ。 旅の道中でシャベルを使う機会なんてあるのか、って聞いてんのよ」
「いや、それは…」
どうやって言い逃れしよう。 ユウリは焦る気持ちを必死に堪えて、次の台詞を捻りだすために思索を張り巡らせる。しかし、言い返しが中々思いつかない。セナは不審そうにこちらを見ている。返答するまで時間が掛かれば掛かるほど怪しまれてしまう。
しかし、変な返答をするのも不味い。下手な嘘をついてバレることになれば、追求はますます激しくなるだろう。
ここは一層逃げてしまうか? そんなことを考え、いよいよ答えを出してしまおうと決意しかけた矢先、
「もしかして自分の墓穴を掘るため? そりゃ傑作ね!あはははは!」
セナはユウリの答えを待たずして、自分なりの答えを見出していた。つまり、ユウリの持っているシャベルなどどうでもいいと判断したのだ。
「……」
「いつ死ぬかわかんないもんね、あんた弱いだろうし! まぁ、いいんじゃない? 精々、墓穴掘りくらい上手くなって死ねば? あはははは!!」
大笑いしながらセナはユウリの横を歩き去っていった。ユウリはとりあえず難を逃れたことに安堵した。が、それも束の間
「あっ、そう言えば」
その場を歩き去ろうとしていたセナが何かを思い出したかのように振り向いた。
「あんた、アイン知らない? 今朝からどっかに出掛けたまんま帰ってこないのよね」
「……!」
思いもよらない質問。そして、最もされたくなかった追求を不意打ちで食らったユウリは思わず、聞かれたくなかったということを暗に示すような反応をしてしまった。
「……何その反応。 あんた、もしかして何か知って」
「いや知らない! 俺は昨日はずっと野外で寝てたんだ、この格好でわかるだろ!?」
そう言ってユウリは草と土で汚れた格好を自慢するかのようにセナに見せつけた。セナはしばし、疑うような目付きでユウリの全身を観察した後、
「ま、あんたのとこにアインが行くわけないものね。 ……もう用はないから、失せてくれる?キッショいから」とユウリを心底不快そうに睨みつけて、追い払うように手で払った。ユウリは何も言わずにセナに背を向けて歩き始める。
ユウリはすぐにそこから離れて、やや早歩き気味に道行く人々のを間を通り抜けていく。セナは間違いなく、ユウリを怪しんでいた。早く死体を処理して街を出ないと手遅れになる。そんな焦燥を胸にユウリは丘へと向かった。
※
丘へと辿り着いた頃には、すでに夕陽が空に佇んでいた。覆い隠していた布を取っ払うと、死体は依然としてそこにあった。ユウリは胸を撫で下ろす。少なくとも、まだ詰んではいない。
ユウリは先程掘っていた跡を、今度はシャベルで掘り始めた。素手の時とは打って変わって、どんどんと掘り進めることが出来る。夕陽が半分ほど沈み、月が昇り始めた頃には胴体が半分ほど埋まるくらいの穴が掘れた。しかし、そこからが厳しかった。
最初の方こそ柔らかい土ばかりで、掘り進めるのも容易かったのだが、土に石が混じり初めて固くなってきた頃には、進度も芳しくなくなっていった。1cm掘るにしても、かなりの労力が必要だ。
茜色の空の半分が暗闇に侵略されているのを見て、ユウリは思わず尻もちを着いた。
「これ、今日中じゃ無理だって…」
空を見上げながら弱音を吐く。昨日からまともに食事をしていないのもあって、体力の損耗が激しい。一人では、一日どころか三日、いや一週間あっても足りない。そもそも、穴が完成する前にユウリが飢え死に、或いは魔物かなにかに喰い殺されるのが先かもしれない。
どうしたものか、そうため息を吐いたのと同時に、頬に冷たい何かが押し当てられた。
「よぉ、大変そうじゃねぇか。 手伝ってやろうか?」
声がする方にユウリが恐る恐る振り向いて見ると、そこには殺気で満ち溢れた表情を浮かべた、ガスが立っていた。
「ガ、ガス…」言葉を続ける前に、剣を更に強く押し当てられた。頬が多少切れて、血が顔を伝った。下手に喋ると殺される、ユウリはそう判断して口を閉じた。
「セナがな、街で挙動不審なお前を見たって言ってたんだよ。最初はどうでもよかったんだが、アインが何時まで経っても帰ってこねぇ。 困った俺は丘の上で野宿してるお前に知恵を借りることにした。 仮にもアインの同郷だからな、何か知ってるかもしれねぇ。
そう思って遥々やって来たんだが、まぁ来てよかったな。幸いにしてアインを見つけることが出来たんだからなぁ、えぇ? 」
ガスは顎で死体となったアインを指し示した。
「よぉアイン、元気そうじゃねぇか」
わざとらしくガスはアインに呼びかけた。しかし、死体は何も言わずに、木にもたれ掛かっている。
「俺が殺したわけじゃ…」
「知ってる 」
そう言ってガスは、ユウリを思いっきり蹴りつけた。そして、倒れたユウリの背中を膝で押さえつけて、首元に剣を突きつける。
「お前にアインが殺せるわけがねぇ。 そんなのは言われなくてもわかる。アイツをこんなズタボロにするくらいに強いなら、そもそも雑用なんてやってねぇだろ、馬鹿か?」
「ぐっ…」
「まぁ問題はそれを出来るやつが明確に存在しているって訳だが……そいつ、今どこに居る? 知ってんだろ? 」
「そ…そんなやつ知らな……ぐがぁ!?」言い終える前に、ユウリを押さえつける力がより強くなった。呼吸が益々苦しくなる。
「これから少しでも嘘をついたら殺すぜ、いいか? 質問に対する沈黙も虚偽と見なして殺す。 俺の機嫌を損ねることを言っても殺す。 正直に答えたなら、アインを殺した奴をぶっ殺してから、優しく殺してやる。 わかったか? 」
ユウリはこくこくと必死の形相で頷いた。アインを殺した下手人など一切知らないが、ここで頷かなければ間違いなく殺されるという確信があった。
「まず一つ。 アインを殺したのはお前じゃない。 これは間違いないな?」
「まっ、間違いない……」
「じゃあ、その殺したやつは今この周辺に居るか?」
「恐らく、いない……っ」
「本当に? 今にも俺を殺し、お前を助ける隙を伺ってるんじゃないのか?」
「お、俺の命なんてどうでもいいさ、あの野郎には……」
「ははっ、そりゃそうだ。 俺だってどうでもいいしな。……それで? その野郎は今何処にいる?」
「……まっ、街だ、街に宿を取っている。 部屋も知っている……」
「街に宿……それをてめぇは知っていると…」
ユウリがそこまで言うと、ガスは少し考え込むように黙った。命を繋ぐための嘘に引っ掛かってくれるか、ユウリは必死に祈った。そして―――
「てめぇ、を嘘をついたな?」
ガスの鬼のような形相共に剣は振り下ろされ、月下の丘に鮮血が飛び散った。
※
「ぐぎゃあああああああああああああッ!!!?!?!」
獣のような叫びとともに、剣を握った腕が宙を舞った。月光に照らされた鮮血は夜闇に彩りを与えた。
腕を切り飛ばされた男、ガスは激痛を少しでも和らげるために手首から先が無くなってしまった右腕を必死に抑えていた。
「えっ?」
何が起こったかわからずに、ユウリは上体を起こして後ろを向いた。そこには、腕を抑えて叫ぶガスと、鮮血を浴びるように、血塗れた剣を片手にひとつの赤い影が立っていた。
「うるさいなぁ」
赤い影、いや血のように真っ赤な長髪を携えた何者かはそのまま叫んでいるガスを軽く縦に一刀両断してしまった。切り伏せれられたガスは叫ぶのをやめて、両断された薪のように両方向に裂けて倒れた。夜に静寂が齎される。
「ふぅ…静かになった」
その声はどこかで聞いたことのあるものだった。いや、それはつい先日まで毎日聞いていた、馴染み深く忌々しい者の声そのものだった。
赤い髪の主はこちらを向く。
「久しぶり、ユウリ」
「ア、アイン…?どうして…?」
勇者アインは、愛おしい者に対するような恍惚とした微笑みをユウリに向けた。
「アイン? アインはそこで死んでるでしょ?」
しかし、彼は己がアインであることを否定して、未だ死体として佇んでいる黒髪のアインに剣先を向けた。しかし、髪色は違うとは言え彼の顔はアインそのもので、どう考えても本人としか思えないほどに似通っていた。
「えっ、もしかしてユウリ、私のこと覚えてない? 本当に? 」
アインらしき人物はまるで初恋の人から振られた時のような沈痛な顔をして、ユウリに詰め寄る。よくよく観察すれば、身体のラインから目の前の人物が女性であることがわかり、彼女が本当にアインでは無いのではないかとユウリは思い始めていた。
「いや、えっと…?」
「ねぇ本気で悲しいんだけど…? ちっちゃい頃あれだけ遊んだじゃん…ユウリ…私だよ? ほら思い出して?」
そう言いながら彼女の目に段々と涙が溜まってきた。ユウリに忘れられていることがそれほどまでに悲しいのか、今にも決壊しそうな有様である。顔立ちはどう見てもアインそのもので、アイン以外の誰かを思い出せと言われてもユウリにはどうしようもないように思えた。
「そう言われても…本当にアインじゃないんだよな? 別人にしてもちょっと似すぎじゃないか?」
「なんで…? 私の方はずっと覚えてたのに…ずっと会いたかったのに…なんで忘れちゃったの…? ねぇユウリ…なんとか言ってよねぇ…」
「いや…そう詰め寄られても…」
「なんでえええええぇ!!?うわあああああん
ッ!!」
「えぇ…泣いちゃったよ…」
恐らく同年代くらいの少女がギャン泣きをはじめたせいでとうとう戸惑いを隠せなくなったユウリはどうすることも出来ずにただ見ていることしか出来なかった。
―――でもなんかこの光景何処かで見たことあるような…
知らないはずの彼女になぜかデジャブのようなものを感じ取っている自分が居ることにユウリ気がついた。
―――そうだ、よく道場の玄関で泣いてたあの子だ。そうだ、確か名前は
「ア、アイナ…?」
「グスッ…ヒグッ……やっと気がついてくれた…」
泣いていた彼女がビクンと身体を震わせて、ユウリの方に目を向けた。まだ目に涙は溜まっているものの、その顔は喜色に染っていた。
「ほ、本当にアイナなのか…?でもなんで…」
「ユウリ、会いたかった…ずっと会いたかったんだよ…?」
そう言ってまた泣き出して、今度は思いっきり抱きついてきた。アイナから伝わってくる感触は確かに柔らかく、アイナが確かに少女であることをユウリに示していた。ユウリは抱きついてるアイナが少女であることを完璧に理解すると途端にドギマギしだした。
「いや、ちょっ……」
「もうぜっっったいに離さないからっ!!」
「アイナ、アイナ、ちょっと待て!待てってば!!」
「なぁに、ユウリ?」
有頂天といった様子でアイナはユウリを見つめた。
妖艶ささえ感じ取れてしまいそうな彼女の恍惚とした表情に、正気を失ってしまいそうになるのをどうにか耐えてユウリは口を開く。
「な、なんでここに…?というか……なんで生きてるんだ?」
アイナという少女は十年前に病気で死んでしまった。そう、双子の兄であるアインから聞かされていたのだ。であるのであれば、彼女がこうしてここに居るのはおかしい。
そんな質問に先程まで有頂天だったアイナが突如として黙った。そして、そんなアイナの反応からもしかしたら不用意なことを言ってしまったのかもしれないと感じたユウリもまた黙ってしまった。丘にやや気まずい沈黙が流れる。しかし、
「そんなの、死んでないからに決まってるじゃん」
とアイナはなんてこと無いように答えた。それこそ、ごく当然の常識を聞かれた時のようにきょとんした様子で。
「は、はぁ? でもアインや師範代は流行病で死んだって…」
「あー、もしかしてそっちではそういう話になってるの? ……酷いなぁお父さんにお兄ちゃんも」
やや怒った様子で、胴体と首だけになってしまった兄の方へと向いてそう言った。
「そういうことになってる…?どういう事だ…?」
「ほら、ウチって一子相伝じゃん? 勇者秘伝の剣術的なアレって」
「あぁ、なんかそういうのあるらしいな…」雑用だからあんまり知らないけど、と付け加えるのは話を端折りそうなのでやめておくことにしたユウリだった。
「それで、双子だとなんか伝承するにあたって都合が悪かったらしくってさぁ。 双子の落ちこぼれだった私はお外に養子としてぽーいされちゃったわけよ」
「えぇ…まじで…?」
「まじまじ。 酷いよねー、お前はもう我が一族の子ではないー!って言われてそれっきりよ。 次の日にはなんか知らないおばさんのお家で扱き使われるようになってさぁ。 最近ようやく独り立ち出来たって訳」
「な、なるほど…」
かなり辛い過去だと言うのにまるでちょっとしたアクシデントのことかのように愚痴るアイナにユウリは少しだけ引いていた。いやかなりドン引いていた。
正直なところ平然と人を切り伏せたその後に、こんな軽いテンションで己の暗い過去を語る死んだはずの幼馴染にユウリは内心で恐慄いていた。しかし、ユウリにはどうしても聞かなければいけない事があった。
「もうひとつ聞いていいか…?」
「なぁに?」
「アインを殺したのは、お前か…?」
意を決しての質問であった。目の前の無邪気な少女はあのガスを不意打ちとはいえ一刀のもとで切り伏せることが出来るような人物だ。もし、この質問が彼女の機嫌を損ねることになればその時、自分も
「うん、そうだよ?」
なんていうのは杞憂でしかなかった。アイナはやはり、なんてことない風に兄殺しを肯定したのだ。
「マジか…なんでまた。 まさか、さっき言ってた家から追い出されたことが理由で…?」
「えーっと、違うかな」
アイナは困ったように笑った。思えばあの家に居た頃、彼女はいつも泣いていた。そもそも、彼女はあそこに大して未練や愛着は無かったのかもしれない。では、何故?ユウリがそんな疑問を口に出す前にアイナがやや照れ臭そうに口を開いた。
「うーんっとね、お兄ちゃん、ずっとユウリを虐めてたでしょ? だからつい、殺っちゃった、みたいな? えへへ」と悪戯を告白する子供のような無邪気さで殺しの動機を打ち明けた。
「えぇ……」
「そっちのなんかゴツイ人も頑張ってたユウリに酷いことしてたから、ついやっちゃった。 ……もしかして、怒ってる?」
アイナは心配そうにユウリに上目遣いを向けた。悪さをして怒られるのを怖がる子犬のようで、可愛らしい。二人ほど殺していることを度外視すれば、だが。
目の前の少女は人を、それも一人は兄を殺した上で、それを大して気にした様子もしていなかった。ユウリは内心、それを恐ろしく思っているがそれと同時に自分のために動き、助けてくれた人間が現れたことに安堵も覚えていた。
「いや、実際殺されかけたし助かったけど…」
結果として、ユウリは血塗れのアイナを受けいれた。それが本当に正しいのかどうかは、今の彼には判断が付かない。
「本当!? よかった!」
そう言ってアイナは立ち上がった。気がつけば、辺りは真っ暗で空には無数の星たちが姿を見せていた。
「真っ暗になっちゃったね。 どうする?」そう言ってアイナがユウリに手を差し伸べる。
「どうもこうも、ガスとアインが死んだ今、セナやリーシャがいる街周辺に居るのは不味いだろ」差し出された手に引っ張られ、立ち上がりながらユウリが言う。
「じゃあ移動する? 夜だけど大丈夫?」私は大丈夫だけど、とアイナは誇らしげに笑った。
「非力な荷物持ちを守りながら夜を移動できる護衛が居るなら、是非そうしたいね」
「なんなら私が荷物持ちもするけど?」
「俺の存在意義が崩壊しそうだからやめとくよ」
「そっか」
しばしの沈黙の後、二人は一緒に笑いあった。
「じゃあ、行こっか。 あっ荷物は私が纏めておくから先に行っててよ」
「荷物持ちは俺がするって言ってたろ?」
「纏めるくらいはさせてよ。 それに、お兄ちゃんとゴツイ人の処理もちょっとしとかなきゃいけないし」
「あっ…」
アイナの言葉により、ユウリは無惨な死体と化した二人のことを忘れていたことにようやく気がついた。
アイナは困ったように笑う。
「すぐ終わるから、あっちで待ってて」
「わかった」
ユウリはそう言って丘を降りて行く。が、降りていく途中でふとひとつの疑問が湧いた。
―――そう言えば、なんで俺の枕元にアインの死体を置いたんだ? というかなんで俺がアインたちから虐げられてたことを知っていた?
「おい、アイ――」沸いた疑問を投げかけるためにアイナがいる丘のの方へと振り向いた刹那、丘にて火の粉が舞った。ユウリは思わず息を呑む。
「……あいつ、魔法も使えるのか」
丘で、二つの死体が炎に包まれているのが見えた。そして、それらの死体に手を向けているアイナ。火の発生源は間違いなくアイナの掌だ。
「どうにも適わないな」
ユウリは自嘲気味に呟くと、正面へ向き直りそのまま丘を降りていった。
『裏』
達磨になった死体、ふたつに割かれた死体を前にアイナは手を翳した。埋める、などという非効率なことをするつもりは無い。仮に埋めたところで一夜のうちに辺りに生息する獣に掘り出されて発覚することになる。それなら跡形もなく燃やすのがこの場においては最も適している、とアイナは判断した。
丘に生えている草はどれも、背が低いし土も湿っている。多少燃え移ったところですぐに消えるだろう。
幸いにして、愛しの幼馴染が燃やすのに適している穴を掘ってくれている。そこを利用させてもらおう。アイナはそう考えて、ガスの死体のみを蹴って穴に落とした。
「……この服高かったのに勿体ないな」
燃やす直前、ポツリとアイナはそう独りごちた。目の先には、勇者の死体の服があった。
「ま、しょうがないか…」
刹那、ガスの死体は凄まじい勢いで燃え上がった。アイナは煌々と燃える炎をじっと眺めながら、これからの生活に思いを馳せ、すこしニヤつく。
ようやく、本当の自分としての生活を謳歌できるのだ。心が多少弛緩してしまうのも無理はない、とアイナは自分に言い訳した。
「リーシャとセナはどうしよっかなぁ。 放置でもいいかなぁ」
灰になっていくかつての仲間を眺めながら、思案する。
「利用価値はまだまだありそうだけど、どうかなぁ。 剣に気がつくかな?」
アイナは木に立てかけた血塗れのガスの剣と勇者の亡骸に目をやる。
「まぁバカのセナの方はともかく、リーシャは気が付くか。いい感じに拗らせて私達を追ってきてくれると嬉しいんだけど。 本当に僕のことが大好きならさ」
パチ、と音が鳴った。タンパク質が焼ける嫌な匂いが辺りに蔓延する。しかし、アイナは気にした様子もなく、思案を続ける。
「ユウリ、抱きついた時、赤くなってたなぁ。案外、積極的な感じに弱いのかな? もうちょっと攻めて見てもいい感じ? 」
にへらにへらと、ほとんど灰になってしまったガスを眺めながら呟く。目の前の惨状を除けばその姿は正しく恋する乙女そのものだった。
「これから楽しみだなぁ。 ユウリといっぱいいっぱいお話するぞー!」
おー!と掛け声を上げたのと同時に、火種が完全に灰になり、夜風に消えた。
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