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甘口

ねこの都合も考えて

 寝床一号がまた居なくなってしまった。

 耳障りな音を立てて光る板を見ては“モウコンナジカン!モウコンナジカン!”と鳴きながらあっちへ歩き、こっちへ歩き、ドタドタ、ガチャガチャ、バタン、ピッ。……日が暮れるまでそれっきりだ。大きな生き物は縄張りも広いから、見回りに時間がかかるのだろう。


 しかし、しかしだ。寝床一号はそもそも吾輩の寝床なのだから、吾輩が望むときにはいつでも吾輩のそばに居なければならない。縄張りの隅に置いてあるもこもことか、たまに縄張りに出現するハコとか、なにか別の寝床で構わないときもあるが、吾輩の欲するとき、欲するようにすぐできないのはなんとも腹立たしく、めいめい自分の居場所にちんまりと収まっているカビンやシャシンタテが無性に憎たらしく思えてくる。ひとつ残らずタナから叩き落としてやろうか。あいつらはいつ見ても同じ所に収まっていられるのに、なんで吾輩の寝床は吾輩の都合を無視して毎朝毎朝居なくなるのだ?


 ああ、イライラしてきた。水飲み場で爪を研ぐのもいいな。あそこにあるカラカラは回すとどんどん出てきて面白いし、なにより爪の食い込む感触がいい。カラカラで爪を研いだ日の寝床一号はギャーギャー喚いて吾輩を威嚇してくるが、次に自分の縄張りの偵察へ出掛けるときまでには、必ずまたカラカラで遊べるようにしておいてくれる。大きな板の音と光に釘付けになったり、小さな光る板を両前足で触るのに夢中になったり、吾輩が退屈なときは邪険に扱うくせに、吾輩が不機嫌なときに限ってうざったい生き物だが、多少めんどくさい奴でも、最終的に食べ物と飲み物とおやつとおもちゃを寄越して吾輩の要求に応えさえすればいいのだ。


 縄張りに差し込む光の向きが変わって尻尾が寒くなってきたので、よっこいせ、と腰を上げた。移動しつつマドベを見れば、寝床二号が“ご主人様は信じて待てば必ず帰っておいでになりますワン”とでも言わんばかりに、マドの外をいつまでもいつまでも飽きずに眺めて良い子ちゃんぶっている。腹とか減らないのか……?この生き物は寝床一号が留守のあいだのため吾輩に献上した代用品で、新入りのくせに、いつの間にか吾輩よりふたまわりも図体が大きくなっていた。寝床一号と同じぐらい鳴き声の意味はさっぱりだが、寝床一号と同じぐらいタンジュンだから、なにを考えているか丸分かりだ。毛皮を触るとほどよく暖まっている。こいつでいいや。おい寝床、ちょっとそこへ横になれ。


 ……目が覚めたとき、あんなに辛抱強そうなポーズを取っていた寝床二号はすっかり参ってしまって、夕闇の中、冷え切った毛皮で吾輩を抱え込むように身体を寄せ、悲しげに鼻を鳴らして“このままもう二度と朝なんか来ない”という絶望の歌を唄っていた。かと思えば、不意に起き上がってスタスタ駆けてゆき、両耳をピンと立てて背筋を伸ばし、縄張りの出入り口に行儀よく座ったりする。まあ、いつものことだ。やがて聞こえる“ピッ”を合図に猛烈な勢いで喜び始める。吾輩はあんなふうにみっともなく尻尾を振ったり、鼻息を荒げたり、舌からよだれを垂らしたりはしない。そんな無様な振る舞いは吾輩のプライドが許さない。寝床一号がみずから撫でに来るまで動いてやらない。吾輩を退屈させた罰だ。


 吾輩は寂しくない。誇り高い吾輩は今日も我慢してやったのだ。だいいち、昼寝でもしていればそのうち寝床一号が勝手に戻って来ることぐらい、吾輩にだって分かってたし!!

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