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転生というにはどうだろう

魔女×人外に転生したJKの百合が、ここに始まる…

毎週日曜更新目指してます。

 

 はぁ、とため息をついた彼女の名前は海祇詩(わだつみうた)。高校生。特に頭が良いわけでもなく、運動能力が特化しているわけでもない、本当に普通の女子。というか運動に関しては平均より少し下。友達もそこそこいて、きっと他人から見れば平凡な生活を送っていると思われているだろう。

 詩は、普通じゃないことだらけで生きてきた。今住んでいる家の母親と父親は、私と血が繋がっていない。詩は養子だ。彼女は生まれたときから呼吸器官系が弱くてずっと病院にいた。実の母親は、夫になぜ強く生まなかったと責められ、そのままどこかへ消えた。父親も自然消滅。

 義母達は、悪い意味でも、良い意味でも、普通を愛していた。朝ご飯はパンかご飯、夜はみんなで食卓を囲んで、いってきますといってらっしゃいは必ず言う。義母は専業主婦で、義父は会社員。普通。教科書に載るような、お手本のような生活。

 詩は女の子が好きだった。所謂同性愛者で、それを小学生の頃に気がついた詩は、すぐさま義母にこれって普通?と聞いた。義母は眉を潜めて、普通じゃないわ、とどこか嫌そうに言った。

 詩の実母は同性愛者だったらしい。無理に父親と結婚していて、それで詩が生まれた。義母はきっと、詩がもういない実母にどこか似るのが怖かったのだろう。もう私の子なのに、と呟いているのを聞いたとき、詩は皮膚がぞわりと粟立って、とてつもない嫌悪感を感じた。その日から毎日首を吊ろうとした。でも、怖がりな詩は椅子から足を離せなかった。意識がなくなる前に必死でベッドの木枠に括り付けたタオルを剥がしとって、ぜぇぜぇと荒い息を繰り返していた。

 今、詩は屋上にいる。夜の学校の屋上。ひゅるりと風が膝下のひだスカートを揺らして、防寒具を捨てた素肌を冷たく撫でる。


「幸せに、なれますか」


 詩は、きっと世間一般では幸せだ。親から虐待も受けず、学校でいじめを経験したこともなくて、スマホだって触らせてもらえて、自分の部屋もあって、笑いかけてくれる家族もいる。


「さよなら」


 欲張りな自分が嫌いだ。

 そう頭の中で呟いて、詩は屋上の縁から足を一歩踏み出した。


 次は何になるのかな、と考える。できれば人間以外がいいかも、なんてバカみたいなことをぼやきながら。

 近くなる地面を横目で見ながら、まんまるに青白く輝く月に、手を伸ばした。




 酷い寒さを感じて、身動ぎをしようと体を動かす。しかし体はうまく動かないし、目の前も真っ暗。どれだけ目を開こうとしても、何故だか瞼が持ち上がらない。

 死ねなかったかと、詩は眉を潜める。ここは病院だったりするのかもしれない。凍えるような寒さは、冷房の効きすぎだと思えば納得がいく。


「…ごめ……い」


 女性の声が聞こえる。少しだけしか聞き取れない声に必死で詩が耳を傾けていれば、体を誰かが持ち上げて、ずんずんと歩き出した。ガサガサと木の葉が擦れるような音が詩の耳に届いた。


「ごめん……ごめんなさい…」


 するりと細い指が詩の瞼をなぞった。先ほどまで鉛のように重かった瞼が、急に羽のように軽くなる。詩が恐る恐る目を開けると、ぼんやりとした視界に広がる、薄暗い森。赤い髪の女性。彼女から落ちた涙が、詩の頬にぽたりとつく。彼女は大きな幹へと寄りかかると、詩の頬にキスをして目を細め、そして…

 動かなくなった。


「……ぅぁ」


 声が出ない。全力で叫んだつもりなのに、出た音はか細い呻き声のようなもの。この人、誰か助けてあげてよ、そう伝えたくて、呻き声を延々と漏らす。詩の腕には硬い鱗がついていて、おでこには同じように硬いツノが生えていた。

 ここは日本じゃない。そう理解してしまった途端、頭がさぁっと冷たくなった。詩を抱き抱えてどんどん冷たくなっている彼女も、きっと人間じゃなくて、妖精だとか、そういう類の生き物なのだ。


「……珍しい、赤髪のニュウペリだわ」

「!」


 暗くてよく見えない。詩は開いたばかりの目を凝らす。

 暗い森に、帽子を深く被った女性の白髪が明かりを反射して、キラキラと光る。


「…ぁ…ぅ」

「!…まさか、この赤ん坊、生きてるの?」

「ぅ…」

「嘘でしょ」


 白髪の女性が、きっと詩の母なのだろう、赤髪の女性から詩を抱き上げてじっと見つめる。

 琥珀色の目と目があった。


「やだ、ニュウペリと竜のハーフ…!? ありえないわ、もう…」


 焦っている彼女がなんだか面白くて、詩は思わず笑ってしまった。ふへ、と口から漏れ出た言葉に詩自身が驚いていると、白髪の彼女は深くため息をついてから笑いかける。


「貴女のお母さん、死んじゃったみたい。ここにいれば貴女も死ぬわ、きっと。どうかしら。竜って、知力が高いみたいだからきっとわかると思うのだけれど…

 私とこない? 悪いようにはしないわ」


 こくんと詩は頷いた。彼女は満足げな声を出すと、何かぶつぶつと呪文を唱えて、キラキラとした光とともにぱっと、その場から消えた。


「…着いた。見えるかしら? ここが私の家。そして今日から、貴女の家でもあるのよ」


 森の明かりがほんのりと当たる、ひっそりとした木製の家。近くに切りかけの木が適当に転がっていて、ずいぶん時間が経っているのか、その隣にあるオノにはサビがついている。


「さ、入りましょ」


 嬉しそうに笑う彼女を見て、詩も嬉しくなる。きっとこれは、異世界転生ってやつだろうとぼんやり考える。一大ブームとなっていたその本を少しだけ呼んだ覚えがあるのだ。

 細かいことはともかく、と詩はあたりを見渡す。赤ん坊の詩は今はまだ何にもできないわけだが、一応この魔女っぽい女性と暮らしていくわけだ。


「んん?竜の子供にミルクって良かったっけ?あ、でもニュウペリとハーフだし…」


 彼女が詩に、スプーンに救われた白色の液体を飲ませる。なんとも言えない不味さに顔を潜めた詩を見て彼女が慌てた。


「え、これ嫌なの!? うっそー…えぇ…後お酒しかなくない? …うーんと…あ!」


 ほれほれ、と彼女が差し出してきたのは赤色の液体。まさかワインじゃないだろうなと飲み込むと、ベリーっぽい香りが口の中に広がって、甘酸っぱい味が舌に染み込む。


「リドリヤの実で作ったジュース。竜は酸っぱい系の果物好きだからね。美味しい?」


 詩はその言葉を聞く余裕がないくらい、目の前のジュースを乗せたスプーンをぺろぺろと舐めていた。


 爆発の女性はその日から詩を育ててくれた。竜とニュウペリのハーフらしい詩は竜の血が濃いのか成長速度が凄まじくて、2年ぐらい経つと、大抵の言葉を理解することができるようになった。この世界は…というかこの国の言語はロム語といって、12の文字で構成される言語だ。


 あの日から5年が経った。詩は5歳だが、背丈的には小学生の高学年ぐらいはありそうな身長に伸びている。


「ウィロウ、手伝って」

「うん」


 詩を拾ってくれた女性はレイラといって、詩に名前をつけてくれた。ウィロウという名前。とても気に入っている。


「お酒があとちょっと…」

「レイラ、飲み過ぎじゃないの?今週ずっと飲んでるよね」

「……」

「沈黙は肯定と受け取ってよろしいと?」

「いやぁ〜? ほら、ほらあれだよ!? レイラさん疲れてるからぁ、1日の終わりにはお酒が必要っていうか飲まないとやってらんないっていうか…」


 レイラはかなりの酒豪だ。ワイン、ビールにウイスキーまでなんでもござれ。最近は寒いのでホットワインがお気に召しているようで、火の魔法で温めて飲むという行為を昼から幾度となく繰り返している。

 その時、こんこんと扉が叩かれる。


「お客さん?」

「あー…そういえば来るって言われたような」

「…今日のお菓子は抜きかな」

「あー待って!! お願いします次からは気をつけるからぁ!」

「今開けます」


 ずるずると足にしがみついているレイラを気にすることもなく扉までたどり着いたウィロウは、がちゃりと古い作りのドアを開ける。冬本番、寒い季節だ。こんな時期に来るのは予約をしている客くらい。

 客がくるのはなぜかというと、レイラは魔女である。それも中々の腕前の。売っているものは薬、魔法具、それにお菓子。お菓子はウィロウが作ったもので、詩の頃に趣味で作っていたお菓子をレイラに作ってみたところ妙に受けたので商品化しようとレイラが勝手に提案したのである。薬は治療薬などに加えて、性転換薬や若返りの薬などの不思議なものも売っている。しかし性転換薬などの珍しいものは1日ほどしか効かないものの値段は高いので、買っていく人はそうそういない。魔法具は、簡単に言えばお守りだ。魔力が多少込められているので、小さな厄災から身を守ることもできるし、高い値段のものを買えば自分に襲いかかる不幸を8割ほど追い払うことができる。


「久しぶり、ウィロウ。元気でやってるか」

「オズさん。はい、元気です」

「相変わらずレイラは珍妙な行動して」

「オズぅ? 何よ、なんか用でもあんの?もう冬籠の時期じゃないの、あんた達魔法使いはさー」

「魔法使いじゃなくたってもう冬を越す準備はしてるさ」


 軽く皮肉を加えてそう返したオズは、短く切られた薄黄色の髪がぴょこんと飛び出ているところを押し付けながら木製の椅子に座る。ウィロウはレイラの体をオズが座った席の前の席に座らせると、お茶の用意をしてくるとキッチンへ向かった。


「で? 何買いにきたの? あ! とうとう男性になりたくなったんか? このこのー」

「なりたくなるわけないだろ、あんなぼったくりの値段見て」

「はー!? 正規の値段ですし!」

「風邪薬が10リピなのに性転換薬は500トアと90リピ? これのどこがぼったくりじゃないって言えんの」

「真心、こもってますから…」

「いらんわそんなもん」

「つめた〜! ホットにしたあと寝ちゃって慌てて飲んだワインぐらい冷たい!」


 本題に進まない、と頭をかいたオズがウィロウが持ってきたコーヒーを啜って話を切る。


「用件はある。ルシカの魔法具を作って欲しい」

「作ってって…どういうこと? 魔法具ならあんたでも作れるし、なんならそこの戸棚にずらっと並んでるじゃない」


 目線の先の古い戸棚のガラス窓から覗いた中身には、キラキラと宝石のようなものが埋め込まれたブレスレットやチョーカー、不思議な色に淡く光る指輪などが大小様々、見やすく並んでいる。値段を見ると目が飛び出そうになるが。


「私じゃだめなんだ」

「オズさんじゃダメって、どういうことです?」

「あ、私には紅茶持ってきてくれたの!? ありがとうウィロウ」

「私のですが」

「…コーヒー嫌いだよ、私」

「話が進まないので黙って、レイラ」

「ぶー」


 はは、と笑い声を漏らしたオズが話を続ける。ルシカとはオズの一人息子のことで、魔法使いであるオズに憧れ、彼も魔法使いを目指しているらしい。しかし、運悪く呪年に生まれてしまった彼は、本来持つ魔力の半分の力しか出せない。なのでその呪いを打ち消す魔法具をレイラに作って欲しいとのこと。


「呪年?」

「あ、ウィロウは知らない?呪年っていうのは、約200年周期で訪れる厄年のことなの」

「この年に産まれた子供は持つ魔力の半分しか扱えない呪いを受けるんだ」

「本当なら国で発表されるから、なるべくその年を避けるようにして子作りをするんだけど…」

「ルシカは養子だからな。産んだ親の気持ちは分からんが、呪年に産むなんてよほどの事があったのだろう」

「なるほど…呪年については分かりましたけど、レイラはそれを作れるんですか?」


 何か確証でもあって来たのか、とウィロウがオズに問いかける。オズは目をきらりと輝かせると自分の右腕につけられた簡素なブレスレットをウィロウの目の前に出す。


「実は私は魔力が元々少なくてな。それをレイラに相談したら、周りのマナを借りて自分の魔法に変換することができるブレスレットを作ってもらえたんだ」

「随分古いものだなと思ってましたけど…まさかレイラが作ってたとは」

「ふふん、凄いでしょ。でもねぇオズ。流石に呪年を跳ね返す魔法具なんて、そこの性転換薬より高くつくわよ?」


 ぎょっとしてウィロウが性転換薬に目をやる。この国の相場は粗悪な小麦で作ったパンが1つ5リピ。高い小麦が1トア。その2つと比べてもどう考えても高過ぎる値段設定の性転換薬より高いなんて、一体いくらなんだとウィロウが考え込むレイラを見つめる。


「素材から集める必要があるし、時間は少しかかるけど…まあ、友情割で1000トアと150リピってとこかしら?」

「高っ…!?」

「よろしく頼む」

「オズさん!? こいつぼったくろうとしてますよ、騙されないでください!」

「ウィロウー!ぼったくってなんかいないってば!もっと私を信じて?」

「いつまで経っても禁酒しないレイラは信じられません」

「ウィロぉ…」


 では、とオズが机に500トアを出す。


「オズさん、お会計は後でいいですけど…」

「前払いだ。先に払っておけばレイラもウィロウの目線に耐えかねてすぐ作り始めるだろう?」

「…なるほど。では、先に500トア受け取っておきます」


 ちゃり、とウィロウがお金を受け取る。前に教えた前払いをここで使ってくるとは、とウィロウも思わず感心した。友達が商業高校だったので、詩の頃はよく宿題を手伝ったものだ。簿記の計算は中々に面白かった。うろ覚えの知識だが、店の利益なども簡単に出せるので手伝っておいて良かったと思っている。前払いは簿記で出てくるものだ。

 商品をもらう前に売り手にお金を払っておくことで、相手に渡さなくてはならないという義務を背負わせるのだ。


「では、よろしく頼む」


 がちゃりと扉を開けて、冷たい風が吹き荒れる外へと出て行ったオズを見送ってからウィロウは部屋へと戻る。さっそく紙に素材を書き込んでいるレイラを見て、自分が威圧をかける必要はなさそうだと思いながら、ホットケーキでも焼くかとキッチンへ立つウィロウであった。

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