第5章《攻勢と先制攻撃》
以上の事柄を正しく理解し、精神状態も万事整ったとして、攻勢計画を立てる上で攻勢側の利点とはなにかを理解する必要がある。
作戦の型式は【攻・防】のどちらかしか存在せず、攻勢は前者を締めており、言い換えれば戦術を構築する五〇%の要素を攻勢と言う。
まず初めに肝に銘じておかねばならないのは、基本的に攻勢というのは攻勢側が有利であるという点である。
ジョミニの原則に従えば、【決勝点に集中兵力を投ずる】こととなるが、これは【先制攻撃】によって最大限に効果を発揮するのだ。
実際、ジョミニは攻勢、その中でも『単に敵の陣地に対する攻撃だけで、しかも単一の作戦だけに止まっている』ことを【先制攻撃】と表し、次のように述べている。
“先制をとることは何をいっても絶対に必要なことである。
攻者は自ら何をなしつつあり、かつ何をなそうと欲しているかを知っている。
彼はその兵力を攻撃を加えようとする地点に集中指向する。
攻撃を待ち受ける側は至るところで出し抜かれる。
攻者は大兵力で防者の個々の部隊に襲い掛かる。
防者は敵がどこから攻撃してくるのか、またどんな方法でわが方を駆逐しようと企んでいるのかを全く知らないのである”
これは4章において言及した【自失】の状態と深く関係を持っており、自体はより分かり易くなる。
ジョミニが言及しているのは、単純な一撃を加えるならば、相手がなにかを考えるよりも先に大なる力を持って殴りつける、ということである。
また、ジョミニは【先制攻撃】の単純明快さ故に、その【目標】を見失い難いという点まで触れている。
【先制攻撃】の利点はそこだけではない。
攻者は攻者の意図と意思によって【戦術重点】を戦術上自由に選択することが出来、かつ事前計画によって数的優位を約束されている。
攻勢による数的優位はすなわち指揮官の精神的優位にも繋がり、これらは【磨耗】を最低限かつ最小限に抑えることが出来る。
さらにはすべきことが単純化されているが故に、失策をする手順そのものが少なく、また【目標】が理解し易いことは無視できない利点の一つである。
一方で、これらの利点は短所でもあるということも指摘しておく。
【戦術重点】と【目標】を高い自由度の中で設定可能である点はたしかに黄金の如く、歴然とした利点ではあるが、これは罠でもあるのだ。
ここで忘れてはならないのは、ジョミニの原則である。
すなわち、我々はこの【先制攻撃】においてただ攻撃するのではなく、援軍を随時送り続け、補給によって損害を補填し続けなければならない。
そのための【兵站線】の確保如何によっては、ここまで解説してきた【先制攻撃】の利点は泡のように消え去り、我が方には無視できない初期損失のみが残ることとなる。
我々が忘れてはならないのは、【攻撃とは補給戦である】とう理性的かつ秩序だった思考であり、それらを忘れ去って攻撃に直走るのは猪にも、闘牛にすら劣ると戒めを持つべきである。