2,神宮寺アリス
「それで、ボクに何の用だい?」
神宮寺アリス。
長い銀髪の小柄で、それに見合った幼い容姿をした少女。
現在、世界中の誰もが使用しているSSDをたった一人で開発して彼女が得たものは喪失感と退屈だった。
当時、13歳だった天才に食いつくマスコミの取材、様々な企業から依頼される簡単な仕事依頼をこなす日々。
要するに、刺激がないのだ。
SSDを開発している時の日々は楽しかった。ずっと、自分とコンピューターだけの関係が彼女にとってたまらなく充実していたのだ。
そんな15歳の天才は那月島、星城学園学園長室にいた。
「おいおい、そんなに突っぱねることじゃないか、アリス」
「ボクは忙しいんだよ」
星城学園の学園長、遠藤冴子に呼び出されているのである。
「仕事かい?」
「あぁ、そうだよ。君を含めたブラック企業たちの依頼の仕事が残っているんだ、こんな所で時間を使っているのが惜しいね」
アリスは嫌味っぽく冴子に不満をぶつけると出されていたお茶に口をつける。ちらっと冴子の方を見るとアリスの態度に怒ることもなく、不敵に笑っていた。
「それは安心した」
怪訝な顔をしたアリスを見て、まるで予想通りの反応だといわんばかりに冴子はフッと笑う。
「君ならそんなものを終わらせるにそうは時間はかからないだろ?時間はたっぷりとあるんだ。ゆっくりとしようじゃないか」
「……」
言葉がいちいち鼻につく。
ムカつく。腹が立つ。
やはりこの女は苦手だ。
「……そろそろ本題に入ってくれないかな?」
アリスは諦めたように息を吐く。それを見た冴子はソファに座り直して、スーツの胸ポケットから出した煙草に火をつけた。
「君が去年書いていた論文あるだろ?」
「あぁ、公には発表していないけど、君には見せたんだっけ。よく覚えてるね」
「コネクティング・システム。実に興味深い内容だったからね。あれが実現すると君はさぞ楽しいだろうね。私は自分が気に入ったものはそう簡単に忘れられないんだ」
「それはどうも。でも、残念ながらそれの研究ならずいぶん前に中断したよ。君もお分かりの通りだ」
数々の時代を変えるような『もの』を、世間に知らしめて来たアリスが公に論文を発表しなかったのが良い証拠である。そのことに彼女は不本意で不満で苛立ちがある。
「システムに耐えられる被験者がいなかった。残念ながらボクの理想に沿うぐらいのメモリ量を持った人間は存在しなかったよ。理想と現実の間に立っているときの気分というのは、いつだって最悪だね。」
「だから、諦めたと?」
「言ったろ?中断だ」
ものを作ることに関して諦めることは絶対悪であるというのはアリスの持論だ。どれだけ失敗しようが諦めた時点で全てが無に帰してしまう。無駄が嫌いなのである。いや、極度の負けず嫌いとでも言うのだろうか。
「そこでだ、君が欲しがっているものを私たちが用意できるとしたら?」
「……」
アリスは口を噤いだ。
「はっはっはっは。実に君は分かりやすい。興味があると顔に出ているよ」
「元々その被験者をあてに君にあの論文を見せたんだ。国内一の能力者養成校の学園長である君にね。っでその被験者候補が見つかったと?」
「悪かった。ちょっとした冗談だよ。」
「まったく……。しかし、前にこの話をしたとき、君にこんな人間いるわけがないとあしらわれた記憶があるんだが?」
「いや、ね。もちろん天才神宮寺アリスの研究のための要望であるならば、こちらとしては全力で協力したいさ。その努力は惜しまないつもりだよ」
「どうでもいいけど、ほんとにいたのかい?」
「これを見てくれ」
「期待はしていないけど……」
諦めたように言うアリスの前に机に置かれていたSSDからある情報が3Dで表示される。普通の学生服で平凡な風貌で写っている青年にアリス視界をやる。写真の横に表示されている彼の個人的な情報。最近の情報は至って平凡。自分の中で絶対に普段なら、目にもくれないような人間だ。
「三木隆介」
「お?知っているのか?」
「いや、全く知らない。だが、どこかで見たことはある。ネットニュースだったかな、あまり覚えていないな」
「4~5年前だったら、お前も日本にいただろ?話題になったんだ。そこに書いてあるように、あらゆる能力武闘の大会で賞を総ナメした神童。私も何度か大会の来賓として彼の戦いを見たけど、確かに強かった」
「かった?なぜ過去形なんだい?」
問いかけに冴子はすぐに答えようとしたが、一旦やめる。その様子に怪訝な顔向けるアリス。間違いない、あの顔はろくなこと考えていない顔だ。
「うーん……そうだな、直接会ってくるといい」
さすがの天才もこれは予想できなかった。
その証拠に冴子の提案に対して……
「はぁ?」
こんなことしか言えない。