1,三木隆介
目が覚めると、そこは知らない天井だという事は全くなく、中学に入ってからすっかり常連になった保健室の天井であった。
「痛ててっ」
まだちょっと痛みが残ってんな。いつものことだけど。
ここで寝てたい気持ちはあるけど、とりあえず、職員室行くか。
窓から外を見るとすっかり日が落ちていて、外もガヤガヤしている。
おそらく、もう放課後だ。もし、授業があるなら、まだ体が痛いやら体調が優れないやら適当に理由をつけてサボるのもありだが、そうじゃないなら家で寝る方が余ほどリラックスもできるし、何より気が楽だ。
なんてことを考えていると保健室の扉が開いた。
「お、起きたのか。どうだ?体の方は」
担任の浅木先生だ。
アラサーの独身男ということ以外特に情報も持っていない。
「なんとか大丈夫です。慣れているんで」
「嫌な慣れだな」
浅木先生がフッと笑う。
全く同感だ。気絶することに慣れてきている自分が正直怖い。当たり前だ。この能力者社会において能力を使おうとする度に爆発して気絶するなんて戦場にダイナマイト持って歩き回るみたいなもんだ。
ダイナマイトの場合は死んじゃうけど。あれ?マシに思えてきた。
「あぁ、そうだ。お前に話があったんだ」
「進路のことですか?」
「分かってんのかよ」
そりゃ、中学三年の冬に生徒に教師からの要件なんてそれぐらにだろう。俺にも思い当たる節があるしな。
「本当に星城の推薦蹴るのか?今からならまだ……」
先生の言葉の途中でつい声が出てしまう。
「どうせ、勘違いの産物ですからね。3年間、能力が使えるか分からないのに能力者のエリート校に行っても仕方ないでしょ」
一般的に、中学での進路選択は自分の学力、能力のレベルによって進学する高校を選ぶのと、もう一つ意味合いがある。能力者としての将来を歩むか、一般的な道を選ぶかだ。
能力者社会になったからと言って、昔からある職業、平たく言えば地方公務員やサラリーマン、もっと言えば工場も完全に自動化している訳ではない。
40年前から完全自動化をするだけの技術はあるはずなのだが、定期的なメンテナンスとかまぁいろいろあるのだろう。よく知らんが。
とにかく、能力だけじゃ社会は成り立たないってことだ。
「それじゃあ、一般ってことでいいのか?」
「はい」
「もったいなくね?」
「えらく食い下がりますね……」
若干のしつこさに少しうんざりしてまう。
俺のそんな気持ちも知るはずもなく浅木先生が口を開く。
「だってよ、あの星城だぞ?那月島の中、つまり全国でもトップクラス……いやトップって言っていい名門校。そんなところから推薦が来てんだ。嫌でも、慎重にもなる」
先生の意見は最もだろう。将来のことを考えても、たとえ成績ギリギリでかろうじて卒業したとしても拍が付くというものだ。もしかしたら、3年間の間に能力も使えるかもしれない。
そうなったら、俺は人生の勝ち組だ。
「それに、うちみたいな普通の公立校から星城に進学できるやつなかなかないないしな」
「……とにかく、断っといてください」
話が長くなりそうなので、俺はそう言い捨てた。自然に声音が冷たくなってしまう。イライラしてるわけじゃない。多分もう考えたくないのだ。
「それじゃあ、帰ります」
そういった俺に先生は少し残念そうな顔をして、「気をつけて帰れよ」とだけ言って俺を見送った。
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外へ出ると、すっかり冷え込んでいた。
吹く風が冷たいのでマフラーに顔の下半分を埋める。
「ずいぶん遅かったですね」
校門へ近づくと、明らかにうちの学校とは違う制服をを着た見慣れた人影が立っていた。
「なんだずっと待ってのか?聖治」
御影聖治。小学校からの付き合いのいわゆる幼馴染というやつだ。
星城の中等部に通うエリート爽やかイケメンだ。校門の前なのでうちの学校も通りゆく女子たちが「かっこいー」だの「イケメンだー」だの仲間内で騒いでいる。
「たまたま通りかかっただけですよ。そしたら、隆介が見えたものですから」
「あ、そう」
こいつの学校、ここからそこまで距離があるわけじゃないし不思議はないか。てか、ここに長居しすぎると絶対悪目立ちする。主にこいつのせいで。
「とりあえず、いこうぜ」
「ええ」
いつも通りの帰路。
もうここ通るのもあと二か月か。なんてこと思っていると聖治が思い出したように口を開いた。
「そういえば知っていますか?」
「なにを……?」
主語を言え、主語を。
「噂程度の情報ですけど。星城に来るらしいんですよ、天才」
「あの学校だったら天才いっぱいいるだろ」
「神宮寺アリスですよ。知りません?」
「……誰?」
俺がそう言うと、聖治が呆れ切った顔をする。
そんな顔されても知らないものは知らない。
「スキルシステムデバイスは知ってますよね?」
「さすがにそれは知ってるわ……。俺も持ってるし。ていうか、全員持ってるだろ」
スキルシステムデバイス。通称SSD。2年前に一般化された、昔でいう携帯電話みたいなものだ。
人工知能のAIが搭載されていて、通話やメールはもちろん現金がほとんど姿を見せなくなった今、支払いはそれでできたり、能力関係でいえば、自分のメモリを注入することで緊急時に身を守るための防護フィールドなども出してくれる優れものだ。地震などの災害時にはこれが革命になった。倒壊する建物の瓦礫の下敷きになるリスクなどが格段に減少したからだ。他にもいろいろできるが、言い出したらキリがない。
「簡単に言えば、それを作った人です」
「え?なに?あれ俺らと同い年のやつが作ったの?」
気にしたことなかったけど、そんなの作るやつイメージでは丸眼鏡かけたハゲたおじいちゃん学者しか思いつかない。このイメージは完全に偏見だけど、13歳の女子が開発したとは誰も思わないだろう。
「一般常識に含まれてもおかしくないレベルですが……」
「なるほど、そりゃ天才だわ。でも、そんな奴が学校行く必要あるのか?」
「さぁ?それは僕もわかりません」
あんなに一般化されきったものを開発してしまうという事は、もう学校で教わることなんてないはずだ。星城もエリート校だがそれは社会的にの話であって、そこまでの天才が義務教育でもないのに学校でやることがあるのだろうか?
俺だったら、絶対どこかに隠居して一生遊んで暮らす。俺じゃなくても、ほとんどの人間が実行するかどうかは置いておいてそういうことを考えるだろう。
天才が考えることは分かんねーな。
「隆介は……いえ、なんでもないです」
聖治が何を言おうとしたのかは、大体分かったが、聞かなかった。長い付き合いだったが、高校に進学すると、疎遠に近くなるかもしれない。
「コンビニ寄っていくか、奢るよ」
……だからこそ、今を大事にしよう