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溶解処分書類

作者: 神谷アユム

ペアレント法に関するレポート Y.A


 「それ」はガラスケエスの中で発生する。彼らに自我はない。遺伝子レベルでそうなっているからだ。あたたかなガラスケエスの中で、彼らは豊富に栄養を与えられ、生き物の形になっていく。

 外気と重力に十分耐えられるだけ育った「それ」は、いよいよ世界に「産まれる」こととなる。「それ」に関して、「ペアレント」のように細やかな指導と教育をする必要はない。生きていくために最低限必要な情報はすべて、「それ」の遺伝子に書き込まれているからだ。彼らはその「情報」に従って、それの「ペアレント」と同じように育つ。彼らも生き物である以上エラーは避けられないが、「それ」の成長速度は、十八歳までは「ペアレント」の倍以上あるため、エラーの起きた個体を処分したところで、あたらしい「それ」を発生させれば問題はない。「成人式」には十分間に合う計算だ。

 「ペアレント」よりも早く、身体構造が成体のそれとなる彼らには、早急な教育が必要となる。よって、「それ」の教育にはAIが使用される。もちろん、「ペアレント」たちが使用しているものよりはずいぶんと型遅れの古くさい機械だ。しかし、「それ」の役目を考えれば、この待遇は十分すぎるとも言える。かつて「それ」と同じ立場にあったものたちはそもそも、教育などされないのが普通だったからだ。

 AIにより、「それ」は「それ」として生きていくための教育を施される。これはかれらを育てる上では重要な過程であり、ここでこの「教育」に疑問を持つ自我を持ってしまった「それ」は、「それ」である資格を失う。ただ、心配は無い。個体にエラーが起きた場合と同じく、「それ」の成長速度は「ペアレント」より遙かに早い。その段階で別の「それ」を発生させるところからやり直すことは可能である。また、このような「エラー個体」――これには、成長過程で身体機能に不具合をきたした個体も含まれる――には、いくらでも使い道があるので、何度か「それ」を育てなおしたところで、ロスはさほど多くない。

 十分に成長し、「それ」としての役目を果たすことができると判断された「それ」は、成長速度の調整を受けたのち、「ペアレント」の元へ送られる。そして、それ以降「ペアレント」とともに過ごすことになる。「ペアレント」たちは「それ」を思い思いに呼び、それぞれに関係を築きながら生きていく。このような方針は、「ペアレント」の発育、主に精神的発達に重大な損害を与えるとして、五十年ほど前には認められなかった方法だ。しかし、現在の研究では「それ」がいる環境といない環境で、「ペアレント」の精神的発達にさほど違いは無いという研究結果が出ている。また、この世界そのものが、早急に「対ペアレント方式」での教育を必要としたため、現在このように「ペアレント」と「それ」が一緒に育つことに関しては、「ペアレント法」で認められている。 そして、「ペアレント」と「それ」は、「ペアレント」が十八歳になる年に、「成人式」を迎える。この「成人式」については、法整備された現在においても、倫理的問題について議論がなされているが、百年前から今も続く「外的侵攻」に対抗するための精神を育てるために必要な措置であるとして、全世界で認められている方法であるため、この国でもこれを廃止することはできないでいる。

 「成人式」については、説明を受けるよりも実際にそれを見た方が早いと思われる。よって、ここではサンプルとして、この国の「成人式」を取り上げる。対象はA、標準家庭で育った女性である。

 「成人式」の朝、「ペアレント」は「それ」と引き離され、「成人式」の説明を受ける。「ペアレント」の中には、この時点で激しい拒絶反応をしめす者もいるが、多くは、この「成人式」を乗り越えたものたちの説得によって、「成人式」に赴くこととなる。もちろん、「成人式」を拒絶することも可能だが、これを拒絶した「ペアレント」は「成人」になることができなくなる。実際の年齢が何歳になろうと、「成人式」をしなかった者については、成人の権利は一切認められず、職業にも制限を受ける。成人の権利が認められないため、結婚することもできない。これに関して、人権団体が人権侵害だと運動を起こしたことがあるが、国民の目は冷ややかだった。誰もがすべきことをなさずに生きているものが、権利を主張したのだから当然である。「成人式」を拒否した人間は「チルドレン」と呼ばれ、「ペアレント」とは区別される。

 対象Aについても、最初は激しい抵抗が見られたが、両親と姉の説得により、「成人式」を行うことを承諾した。一方、「それ」が「成人式」について説明を受けることは一切ない。彼らに関してはそれこそが、かれらの「存在理由」であるため、教えられずとも自分が何をすればいいか、遺伝子情報として知っているからである。

 「成人式」の行われる施設は、中央都市、地方にかかわらず必ずもうけられている。「成人式」は「ペアレント」の誕生日前後十日以内に、施設の一室で行われることになっている。Aについても慣例にならい、自宅のある自治体がもうける施設に「それ」と一緒にやってきた。

 部屋には一人ずつ、人間の「見届け役」がついている。この「見届け役」は「チルドレン」の仕事である。本来高性能のカメラとセンサーを備えたこの部屋に見届け役は必要ないが、普通の職につくことのできない「チルドレン」に職を与えるため、この「見届け役」が設置された。この制度は当初の思惑よりも良い効果を生んでいる。この仕事がつらく、「成人式」を後から受ける決意をする「チルドレン」たちが出始めたのだ。また、人間の「見届け役」がつくことによって、落ち着いて「成人式」を終えられる「ペアレント」が増えた、という報告もある。よって、この「見届け役」制度は今もなお継続されている。

「『成人式』ですね。おめでとうございます。あなたはこれから、手前の部屋で服を着替えた後、あなたのパートナーと一緒にこの部屋に入っていただきます。成人式が終わるまで、外出は一切認められません。部屋の中で起こるすべては監視下にあり、緊急の体調不良などの場合はこちらのセンサーで把握し、都度施設長が判断いたしますのでご安心ください。時間はどれだけかかってもかまいません。こちらが目的を達成したと判断いたしましたら、扉の鍵が開くように手配されておりますので、ご心配はありません。それでは、よろしくお願いします。本日はまことにおめでとうございます」

 「見届け役」から説明を受けた「ペアレント」は「それ」と一緒に個室に入り、いよいよ「成人式」が始まることとなる。

「あのね、さくら……」

「なあに、もみじちゃん」

 A――もみじは、自分の「それ」に「さくら」という名前を与えていた。自分と同じ顔をした「それ」を、彼女は双子の妹のように扱っていた。 「それ」は基本的に、「ペアレント」に対し、望まれた人間関係を築くように作られている。もみじの場合、「さくら」に求めたのは妹であり友人だった。多くの「ペアレント」は「それ」に対してそのような態度をとる。本物の兄弟や、実際に顔を合わせて過ごす友人が少なくなったこの世の中で、彼らが一番求めるものがそのような存在だからだ。よって、この「ペアレント法」は、彼らの心身を「成人」にすることを目的に行われているが、本来の目的はそこにはない。本来の目的は、つい百年ほど前から始まった外的侵攻者たちの、このような攻撃に耐性をつけることである。「あの……」

「わかってるよ、もみじちゃん。もみじちゃんは、さくらを……ころさないといけないんだよね?」

 「それ」――「プロヴィジョン」たちは、自分たちの役目をよくわかっている。彼らはそれを、遺伝子情報に組み込まれて発生する。彼らは発生したその当初から、自分の生の目的について完全に理解しているのだ。

 「成人式」の内容について、「それ」は何もしらないと思っていたもみじは面食らったように黙り込んだ。このような反応を示す「ペアレント」は多い。「成人式」――それまで、兄弟のように、姉妹のように、友人のように、家族のようにすごしてきた「プロヴィジョン」を殺せというミッションは、なかなか受け入れられるものではない。また、本来は倫理的に許されるものではない。しかし。

 百年ほど前から、地球の現状を把握した外的侵攻者たちが目をつけた場所、それが、この世界に起きたネットワークの発達による、リアルコンタクトの減少であった。人間たちはそれを普通として生き、その実どこかで、他者とのふれあいを望んでいた。そこに、隙があった。

 外的侵攻者は地球人そっくりの見た目を装い、友人として、恋人として、地球人にリアルの接触を試みたのだ。最初はそれを受け入れなかった潔癖な人類たちも、だんだんと彼らを受け入れだした。そこで、彼らの攻撃が始まった。

 信じたはずの友人に、恋人に、家族に裏切られ、民間人が何人も死に、組織が内側から破壊された。生き残った人類たちは、早急にこの攻撃の対策を考えなければならなかった。そこで、アメリカの研究者によって提唱されたのがこの、「ペアレント法」だった。

 自分とそっくりな他者を殺すことで大人と認められる。すべてについて、あの時よりマシと対応することができるようになる――それが、アメリカの研究チームの訴えだった。この案は当初猛烈な批判を呼び、すぐに取り下げられるかと思われたが、そうはならなかった。

 研究チームはすでに、クローン技術を使い実験を行っていた。そして、その実験で生き残った個体――最初の「ペアレント」は、すべてが外的侵攻者たちの攻撃を耐え、生き抜いていた。ここに、実験の有効性が証明されたのだ。

 倫理を説く者たちも、自分たちの命を日々脅かし、他人を信じられなくしていく外的侵攻者の攻撃に耐えうる方法を推す声にかき消され、ほどなくして、各国で「ペアレント法」に近い法律が整備された。「成人式」で、大人になれない個体は淘汰され、それを乗り越えた精鋭だけが「成人」として社会に関わることができる。そうしなければ、いずれ人類は、外的侵攻者のリアルコンタクトによって死滅する――それが、この星の出した結論だった。

「もみじちゃん、だいじょうぶだよ……さくらはそのためにいるんだから」

「さくら……」

「だからもみじちゃん……さくらに、かってね?」

 「プロヴィジョン」たちは、「成人式」を迎えた際、対となる「ペアレント」に襲いかかるよう教えられている。それが一番彼らのためになると、骨の髄まで教育されているのだ。また、「プロヴィジョン」たちは「成人式」までは、同時に「ペアレント」を外的侵攻者から守る役目を担うため、常に武器を持っている。

 さくらが笑顔のまま、懐からナイフを抜き取り、もみじとおそろいのスカートの裾を翻しながらそれを振り下ろす。それを、もみじが手にした同じような戦闘用ナイフで受け止めた。

「さくら! なんでこんな」

「もみじちゃんがおとなになって、ちゃんといきていくためだもの。さくらはそのためにいるんだから、ほんきでやらなきゃいけないって、おかあさんがいってた」

 「それ」の言う「おかあさん」は、もみじの母親ではない。彼らのいう「おかあさん」は、「ペアレント」の元に送られる前の彼らが、教育を受けていたAIのことである。しかし、「ペアレント」にとって、母親は彼女を育てたその人しかいない。ここで、彼らは身近な人間を疑うことの必要性を学ぶ。

 「成人式」の内容について、「ペアレント」たちは「成人式」の内容を、国から知らされるその時まで知らない。「成人」たちが「ペアレント」にそれを話すことはかたく禁じられているからだ。「ペアレント」が「成人式」の時点でそれを知っていると判断された場合、その両親は重く罰されることとなっている。これは、あらかじめ「それ」との関係がそうなると予期した「ペアレント」が、「それ」を避けてしまうことによって、「成人式」の意味を最大限に引き出せなくなることを防ぐためである。

「さくらは、もみじちゃんのためにうまれてきたの。さくらは、もみじちゃんがだいすきだから……だから、さくら、ほんきでやるよ。もみじちゃんも、ほんきでさくらのこと……ころしてね?」

「ああああああ!」

 もみじは覚悟を決めたようだ。手にした戦闘用ナイフを腰だめに構え、真っ直ぐさくらに突っ込んでいく。自分と同じ顔をした「プロヴィジョン」を殺すために。

 もみじの全力の一撃を、さくらがひらりとワンステップでかわす。もみじは勢い余って前のめりに転んだ。そこへ、さくらが馬乗りになろうと飛びかかった。

「これぐらい、パパに教わってるんだから私だってなんとかなるわよ!」

 もみじが部屋の床を転がってさくらの攻撃を避け、立ち上がる。外的侵攻者の襲撃を受けてから百年。今時の子どもたちは、みんな一通りの戦闘訓練を受けている。それを行うのは大抵両親である。

 もみじはナイフを構えたままさくらと対峙する、さくらはその姿を見て、嬉しそうに――笑った。

「そうだよ、それでいいんだよ……さくらがうまれたいみを、けさないでくれてありがとう」

 もみじが一瞬、目を見開いた。しかしそれはすぐにかき消え、その目は鋭く闘志を宿し、さくらへと突っ込んでいく。

 お互いが振り回すナイフをかわしたり受け流したりしながら、二人は小さな部屋の中を飛び回る。二百年前なら、一般人としては考えられない身体能力であったが、平和などという言葉が露と消え、非戦闘員にも影響を及ぼす外的侵攻者の殺意がすぐ隣にある世界に生きる彼らにとって、それは当たり前の光景だった。

 さくらが右手に握ったナイフを、水平に薙ぐ。その瞬間、もみじの姿が視界から消えた。

「えっ……?」

「甘い!」

 足めがけて飛び込んできたもみじを避けきれず、さくらの体は白く無機質な床に転がった。抵抗のできないさくらの上に、もみじがまたがる。

「これで……終わり……!」

「そうだね。さよならもみじちゃん。しあわせに、なってね」

 「それ」は、「ペアレント」を愛するように作られている。遺伝子情報が、「ペアレント」を無条件に愛するよう設定されている。まるで、子どものように「それ」は「ペアレント」を愛し、「ペアレント」に愛されたいと願う。「それ」は「ペアレント」の幸せのために存在しているのだ。外的侵攻者に殺されない、強く幸せな「ペアレント」が、ちゃんと「成人」できるように。

 もみじはさくらののど元に、ナイフの切っ先をあてがう。このままのど笛を切り裂けば、彼女の「成人式」は、一応の終わりを迎える。しかし彼女は動かなかった。

「もみじ、ちゃん?」

「やっぱり私……できない……できないよぉ……さくらを殺すなんて、そんなの……」

「だめだよ、もみじちゃん。やらなくちゃ。そうでないと、もみじちゃんはおとなになれない。さくらはだいじょうぶだよ。さくらはずっと、もみじちゃんといっしょにいきてるから。だから、ね?」

 このような場合、「それ」は、「ペアレント」に自分を殺すよう促す。彼らは「ペアレント」を生かすために、最大限の努力をするよう教育されているからだ。

「駄目……できないよ……大人になんてなれなくていい。私……さくらを殺すなんてできない!」

「そう、もみじちゃんはやさしいもんね……じゃあ……」


「お別れだね。さよなら、さくら」


 さくらが跳ね上がるように起き上がり、瞬時にもみじを押さえつけ、何か言おうとする彼女にほほえみかけたあと、よどみのないうつくしい動作で彼女ののど笛を掻き切った。もみじ――Aは驚愕の表情で目を見開いたまま、息絶えた。

 「それ」は、「ペアレント」が彼らを殺さないことが、人間として「最大の裏切り」であると教育される。これは遺伝子情報にも書き込まれる最重要事項であり、その後の教育の中でも繰り返し教え込まれることだ。そして彼らは、「ペアレント」が自分を裏切った場合、容赦なく「ペアレント」を始末するように作られている。彼らはその遺伝子が、「プロヴィジョン」として生きるのに不都合がないよう書き換えられている以外は、完全に「ペアレント」と同じ遺伝子を持つクローンだ。そして――「ペアレント」の裏切りにあった場合、「プロヴィジョン」たちは、自分を裏切った「ペアレント」を殺し、「ペアレント」と入れ替わって、「成人」として生きるよう教育されている。この事実は、この国のごくごく一部、最上層部しか知らない情報である。両親も、友人も、「ペアレント」と「プロヴィジョン」の入れ替わりには気づかない。DNA鑑定をしたところで彼らの遺伝子は完全に一致する。

「ばいばい、さくら。私、さくらのこと忘れないよ……幸せに、なるね」

 「それ」は、「ペアレント」を殺した瞬間から、完全に「ペアレント」に成り代わり、「プロヴィジョン」から「成人」になる。彼らの記憶から、自分が「プロヴィジョン」だったことは抹消され、最初から「成人式」を終えた「ペアレント」――「成人」として、この世の中を生きていくことになる。このとき、彼らは初めて「成人」としての「自我」を獲得する。「プロヴィジョン」に自我は必要ないが、「成人」として生きるためには、自我が必要だからだ。

 部屋にブザーが鳴り響き、「成人式」の一応の終わりを告げる。

「お疲れ様でした。××××もみじさん、おめでとうございます。あなたは成人されました。では、最後の晩餐の支度をしてください」

 そう言われた旧さくら――もみじは、すっと立ち上がり、血にまみれた顔でそっと手を合わせると、見開かれたままの旧もみじ――さくらの目をそっと閉じさせた。部屋には、小さな小窓から大小様々なサイズの包丁と、電子説明書が運ばれてくる。彼女は説明書通りに一番大きな包丁を手にし、さくらの首を、これも説明書通りおもむろに――切り落とした。

 「ペアレント法」の、二番目の目的がこれだった。地球上にはもはや、摂取できる動物性タンパク質はほとんどない。じわじわと滅びつつあった動物たちは寒冷と温暖を繰り返す地球の気候に対応できず、絶滅していった。そこで人間たちは気づいたのだ。もはや、採るべきタンパク質は、自らの隣人の他ないのではないか、と。

 そこに、都合良く外的侵攻者たちが現れた。彼らは人間を虐殺すると同時に、人間に一つの言い訳を与えた。自らと同じ形をしていても、外からやってきた「人外」ならば、ましてや、自分たちに害を与える「人外」なら、殺して食べてしまっても問題はないのではないか、と。

 しかし、普通に育ってきた人間が、隣にいる人間を殺して食べるのは不可能だ。そこで国は、「ペアレント法」を利用した。これによって殺した「プロヴィジョン」を、自分で解体し、食べる。もはや、誰かが加工してくれるのを待っていても、誰も食事を用意してはくれない。合成食糧だけで得られるタンパク質には限界がある。ならば。

 少女は――「成人」した彼女は、手際よく「プロヴィジョン」の体をさばいていく。途中何度か顔をしかめたりはするものの、特に迷いはない。

 これも、「それ」の特徴である。「それ」にとって、自分を裏切った「ペアレント」は「プロヴィジョン」――「食糧」でしかない。かつて人間が、食べるために殺した牛の数を、豚の数を、数えはしなかったように、彼らにとってこれはとるに足りないことだ。かつてのこの国で、五年前の夕食に食べた牛が、魚が、どこで生きていたもので、どのような経緯をたどってこの食卓に上ったか、どんな味がしたか、覚えているものはいなかっただろう。それと、同じことだ。よって彼らは「成人式」で起きたことを他人に話すことはない。

 また、「成人」した「ペアレント」たちに関しても、「成人式」で指示されるのは「プロヴィジョン」の解体までであり、解体された「プロヴィジョン」がどうなるかまでは、国民には知らされていない。なお、「成人」のための形式的殺人によって、大きなショックを受け、この「解体」が行えない「成人」については、「見届け役」の「チルドレン」がこの役目を負う。これが、「チルドレン」たちが「成人式」を受け直す動機ともなっている。

 もみじは解体を終え、最初の部屋に戻ってくる。ここで彼女はシャワーを浴び、もみじの服を身につけて部屋を出る。これで、「成人式」は終了だ。あとは「食糧」を持たされて、家に帰るだけである。ただし、このとき彼らは、それが「食糧」であることをしらない。成り代わりの「成人」以外は。

 「成人式」の日、多くの親は「成人」を迎えに来る。抱きしめ、そしてその手に「食糧」があることを確認し、「最初の晩餐」を執り行う。「チルドレン」は結婚して子どもを持つことが認められていないため、すべての親は「成人」である。「成人」は後に、高等教育の中で「成人式」の日の「食糧」が何であったかを知る。よって、この日「成人式」で何が起きたのか、そのとき持たされる「食糧」が何であるかを親は知っている。知った上で、子のために「最後の晩餐」を行うことが、この国の親が、子のためにできる最後の仕事である。

「今日はもみじが大人になった日よ。おめでとうもみじ。これからは大人の仲間入りね」

「ありがとうママ。私、これからはちゃんとママやパパに恩返しするからね。これまで育ててくれてありがとう」

「あら……いやだ」

 母親はそう言って、目頭を押さえた。何をどうやっても、この個体が「それ」だった証拠を見つけることはできない。「成人」となった「プロヴィジョン」は、自らでさえ自分が「プロヴィジョン」だったことを覚えていないのだから。

 温かな、幸せな食卓に料理が並ぶ。今日のメニューはブラウンシチューだ。ほこほこと湯気を立てる皿がそれぞれに配られ、テーブルの真ん中には、大皿のサラダとこまごまとしたおかずがならぶ。

「今日はママが腕によりをかけてつくったのよ。たんとお食べなさいな。お姉ちゃんとパパもほら」

「いただきます!」

 彼女はシチューの中に煮込まれた、柔らかな肉を口に運ぶ。それは溶けるように、口の中でなくなった後、かすかな生臭さを伴って喉の奥へ落ちていった。

「ママ、なんか今年のシチュー、あんまりおいしくないね」

「そうだなぁ、お姉ちゃんの時はもうちょっとうまかった気がするけどなあ」

 姉と父の会話を聞きながら、彼女は黙ってシチューをたいらげる。「最後の晩餐」で出される食事を残さず食べること、これも、「成人式」で説明されることだ。それが、最初に果たすべき「成人」の使命であると、すべての「人間」は教えられる。自分の命をつなぐため、犠牲になった「プロヴィジョン」に敬意を払い、どんなものでも、きちんと食べきることが、精一杯の誠意だ。

 以上が、「それ」と「成人式」の全容である。これによって、外的侵攻者のリアルコンタクトによる被害は世界中で激減していると報告されている。なお、この文書は「それ」と「成人式」について、重要機密事項を含む文書である。

 これを読んだあなた。もしかなうものなら、これをどこかへ公開して。こんなこと、許されるわけがない。私だって「成人」したのだから、同じことをしてきたのだけれど、こんなこと、やめないといけない。私たちは生きるために生きているんじゃない。だからおね


(ここから先は、暗赤色の液体で原稿がにじんで読めない)

なからぎ6月、「普段絶対書かないものをリクエストで書こう!」企画作品。

私に与えられたお題は「ハードSF」(なんだそれは)「SF 宇宙的なやつ」(マジかよ/イーサン並みの感想)「SFバトル」(苦手なヤツがダブルで盛られた!)とちょっとした誘導通りSFに寄ってくれてホホホと思っていたら……


「グルメ(酒アリ)」( な ん だ っ て )


ぐがあ、と獣のような叫びを発した私は、「全部網羅した上で自分のフィールドに引っ張り込む」という方向で考え、こういう形になりました。

もう……SFはやんない……アッでも結局BSCって最終的にSFになっていくから……嗚呼……

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