夜光虫
頭ぽやーんとしながら書きました。
頭ぽやーんとして読んでもらえると嬉しいです。
コンビニで買ったアンマンを2つ、彼女にあげようと思う。
ぽてぽて歩いて、駐車場で電話していた彼女に差し出した。
「何でアンマン?」
「使い方がある」
アンマンを彼女のシャツの中にごそりと突っ込んで、位置を確認してから離れると彼女に笑顔で殴られた。
「貧乳だと言いたいのか!」
「いや違う、違わないけど違う!」
叩かれたデコが痛い。何故伝わらない。
彼女はアンマンを胸から取り出すと、片方を差し出してきた。
「あー甘……あたし甘いの嫌いなのに」
「俺は甘いのが好きだ」
「知ってる。あたしはさぁ、この包んでる皮程度の、噛めばほんのり甘味があるような位が良いんだよ」
「美味いか?」
「皮はね」
「中だけ食べてやろうか?」
「んで外だけあたしが食べろって? 汚い、食べ物で遊ぶな」
「苦手を克服し合うのは良いことだろ」
「あんた、皮苦手なの?」
「いいや? う!」
一瞬意思の強そうな彼女の瞳が俺を睨みつけて怯む。
苦手なものがあるなら、手助けしたいと思うのが人情というものだろうに、解せないな。
「……あぁもう、甘い!」
「アンコだからな」
「あたしが甘いの嫌いなの、知らなかったっけ?」
「知ってる……ッ痛い!」
今日も彼女はすこぶる機嫌が悪い。俺と居ると、大体機嫌が悪くなる。
「で、どこ行くって?」
「海だ」
「この深夜に、海?」
「ほら、乗れ」
ガチャリと車の助手席を開けてやれば、彼女はヤレヤレと呆れた顔をして乗り込んできた。
たまに本気で怒らせた時は、この辺でお開きになる。今日は良き日だ。
「でさぁ」
「まるで今しがたまで話してたみたいな口調だな」
「いちいち煩い。あのさ、毎回なんで車内BGMがベートーヴェンの運命なの?」
「君に運命を感じてるから」
「はんっ」
ビックリするくらい間を置かず華麗に鼻で笑われた。どうしていつも俺の気持ちは伝わらないのか。
1時間程車を走らせ、潮の匂いを感じだす。生臭い。
「あ、砂浜じゃないんだ」
「これ持って」
「懐中電灯? え、何処まで行く気?」
「危ないから手を繋ごう」
「いや、なんかむしろ落とされそうだから嫌、かな」
「…………手」
「分かった、分かったってば、あからさまにしょげないでよ面倒くさい」
ショックだ。俺は面倒くさい奴だったのか。
手を繋いで船着場を歩き、その先まで行く。
「真っ暗で恐いんだけど……。まさかマジで私を突き落とす気じゃないでしょうね」
「まさか、そんな事するわけないだろう? ほらこれ持って」
「何これ」
「石、君にプレゼント」
「石? こんな小石貰っても全然嬉しくないし」
「夜の海で、2人きりとか、とてもロマンチックだと思わないか?」
「全然……恐いだけだし」
俺は甘い雰囲気作りとやらが苦手だ。なのに女は何故こうも雰囲気を大事にするのか理解出来ない。
理解出来ない事と努力しない事は比例しないので、巷で人気の小説やら漫画やらを読んで統計をとってみたりした。まず異世界という舞台が用意出来なかったので、彼女へ報告すると、持っていた辞書を投げつけられた。
その後も努力は重ねてきた。さっきのアンマンも、深夜に彼女はシャツ一枚で寒かろうと思ったからやったのだ。ついでに胸がこのくらい大きかったらな、だとか、これなら暖をとっても、冷めるのは多少遅らせられる、だとか思ってはいたが悪気は無い。
本当は、冷たくなった彼女の手を俺のポケットへ導き、手を繋ぐのがベストだと本には書いていたが、生憎ポケットへ小石を入れていたので断念して、ポケットより即座に暖がとれるだろうアンマンを代替にしてみた。今回は失敗したようだ。
「帰ろうよ」
「いや待て、まだロマンチックは終わっていない」
「そもそも私の中で始まってないんだけど」
「そう言うな、その石は最高のプライドなんだ」
「なに? 金でも入ってんの?」
「いや、コンビニで拾ったやつだ」
「お前ふざけてんのか?」
「そう口汚くなるもんじゃないぞ、腕を振り上げるな! ああいや……そのまま海へ石を投げてみろ」
「あったまきた!」
しかし彼女は根が素直なので、怒りを海へぶつけてくれた。暴力はいけない。
海面を小石が叩いた瞬間、ブワッと青白く発光する。
「は……? えっ何今の!」
「プランクトンだ、衝撃を受けて発光する」
「すごい、綺麗……」
ポチャンと俺も石を投げる。プランクトンが衝撃に反応して光る度、彼女ははしゃいだ。
「どうだ、ロマンチックだろ」
「うん、これは合格!」
なかなかの反応だ。これならロマンチックの先に待ち受けるものも、今回は受け入れてくれるだろう。