No.09
大規模開発を驚異的な速さでまとめてから1週間。
最近ルキナの顔を見ていません。
「良くない傾向よね」
食堂の広いテーブルで一人きりの朝食を終え、ため息が出る。
向かいの空いた席には、手付かずの食事。
ルキナが仕事部屋から出てきません。
「あれ、ルキナに届けるから、運べるようにして」
近くにいたメイドに声をかける。
「かしこまりました」
一礼すると、良い手際で料理がいったん下げられていく。
「ご用意できるまで、お茶はいかがですか?」
別のメイドがティーポットを持ってきてくれた。
「お願いするわ」
食後のデザートまで食べ終えてしまったが、のんびりお茶をするのは好きだ。
「あの、良くない傾向とは、どういうことでしょうか」
お茶をしていると、さっきの私のつぶやきが聞こえたのか、家令が不安そうに聞いてくる。
「ルキナの事。人間、休むべき時に休まないでは、体を壊すわ」
大規模開発が決まって1週間。
やはり問題なしとはいかなかった。
どんなに団結力がある街でも、影響力の強い市長のもとでも、反対勢力というのは生まれる。
この件について、私の中では解決策になるかもしれない考えはまとまっている。
しかし、ルキナが自分でこの件を解決したいと言ってきたのだ。
なぜ急にそんなことを言い出したのかわからないが、5日の期限を付けて任せてみた。
後でカイが教えてくれたが、自分の領地の開発を私に任せきりという事態が悔しかったそうだ。
「頑張る人間は好きなのだけど……タイムリミットね」
約束の期限は昨日まで。
自己最高傑作と思える笑顔で、家令に宣言する。
「ルキナは今日、強制休暇だから」
一瞬何を言われたのか分からず、何度も瞬きをした家令。
やがて私の意図に気付いたのか、優しい微笑みを浮かべた。
「かしこまりました」
薄暗い仕事部屋。
朝が来たことにも気づかずに、書類を睨むルキナ。
「何か手はないのか?」
セレナが決めてくれた大規模な領地開発。
どうにか成功させたかった。
そのためには、反対勢力を納得させなければならない。
その材料が見つけられないでいた。
「はぁ、俺は本当に無知だよな」
手に持ってた書類を投げて、自嘲気味に笑う。
「ルキナ様……」
ただ見守ることしかできないカイが、どう声をかけようかと迷う。
「幼いころから王位争いに関われないようにと、統治に関することは何一つ学ばせてもらえなかった。なのに兄達が病気になり、王位継承の可能性が出てくると、母親の身分が低いからせめて実績を積んで来いだと」
そう言われて、この領地に来たのは2年前。
数ある国の直轄地でも特に荒れた地に送られた。
どうしていいのかもわからず、何も出来ない日々。
呆れた市長が勝手に動き出し、ルキナはただ言われるままに動くだけ。
そうやって、ずっと過ごしてきた。
それでいいと思っていた。
「セレナ様にお会いできたこと、幸運でしたね」
カイが静かに言う。
その言葉に、素直に頷くのは嫌で、沈黙した。
たぶんセレナも統治に関する勉強など、何もしていない。
無知な自分でも、そう確信できるくらい行動がむちゃくちゃだった。
なのにセレナを中心に、領地の開発は動き始めていく。
勉強していないからは、理由にならないのだと思い知らされてしまった。
「どうしたら、あいつみたいになれるだろうか」
どこから来るのかわからない自信。
その行動に人々は付いていく。
「信者が欲しいんですか?」
あえてズレた発言をしてくるカイ。
「そんなわけないだろう」
信者はいらない。
心の底から、本気で思う。
先日キルギスが、やたら高価な額縁を街へ売りに来ていて、なんとなく観察してしまった。
そしたら飛ぶように売れていくのだ。
不思議に思ってキルギスに確認したら、セレナの信者は皆、セレナ直筆の手紙を飾るのだそうだ。
ってことは、あの額縁購入者たちは全員セレナの信者ということ。
あの人数と、より高価な額縁を競って求める者達の熱意に恐怖を覚えたほどだ。
「自分に出来る範囲で頑張るしかないか」
セレナはセレナで、俺は俺。
違う個性なのだから、同じようには出来ないか。
短めです。
書き溜めたストックが無くなり、さっきせっせと書いて、ここまででした……
更新ペース、ちょっと落として、2、3日間隔くらいになると思います。