No.06
玄関先で騒ぐなと一喝して、応接室に来客を通す。
上座に私、横にルキナ。
正面にはゴウズワナとキルギス。
カイは部屋の外で待機する予定だったが、ひとりにするなとルキナに懇願されたため、ルキナの後ろに控えている。
「先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げるキルギス。
「生きてお会いできる日が来ようとは思っておらず、すまない」
ゴウズワナも続いて謝罪する。
「別にいいわよ。無茶な要求を出している私も大概失礼だもの」
あっさり謝罪を受け入れる。
本来、王族はこういう非礼を簡単に許してしまうのは示しがつかないとかでダメなのだが……自国でもないし気にしない。
私の言葉にゴウズワナとキルギスが瞬時に真顔になる。
「その件ですが」
そう切り出して、キルギスが手紙を机の上に置く。
「お前は何を書いたんだ?」
興味深々といった感じで、ルキナがその手紙を見る。
カイもそれに続いた。
「おい、なんだこれは?」
冒頭の日本の豆知識はわかる人にだけわかるようなものなので、読み飛ばしただろうルキナが低く唸る。
「無茶にも程があるだろうが」
後半部分に書かれた内容。
それが無茶な要求だ。
「私にもほぼ同じ内容ですな」
ゴウズワナもキルギスの隣に手紙を並べる。
内容はほぼ同じ。
この領地の開発依頼。
ただし資金は出せないと記されている。
「お前たちも、こんな手紙をなぜ無視しないでわざわざ出向いてくるんだ」
一体どうなっているのかと頭を抱えるルキナ。
「差出人がセレナ様であるなら、どんなに無茶な内容であっても、近隣諸国の商人達はその呼び出しに応じるでしょう。私やゴウズワナ殿が特別ではないのです」
ルキナの問いに、まじめに答えるキルギス。
「とはいえ、これはさすがに無茶過ぎます。どういうことかご説明願いますかな」
ゴウズワナがこちらに視線を向けてきた。
「もちろんよ」
にこりと微笑む。
「カイ、多めの紙と筆を持ってきてくれる?」
勝手のわからない応接室なので、欲しいものは頼むことにする。
するとすぐに用意された紙とペン。
「私が今から説明する技術。その仕組みを教える見返りに開発を引き受けて欲しいと思っています。得た知識はこの領地で試していけばいいわ。それがこの領地の開発につながるのだから」
この説明に目を見開くゴウズワナとキルギス。
「領地開発につながる程の大規模な技術提案ですか」
「それは聞く価値ありますね」
2人の気持ちが傾きかけていると気付き、口元が綻ぶ。
「地熱や熱水を利用する技術よ」
用意された紙に、その仕組みを簡単な図で描いていく。
数少ない精霊たちに確認を取ったら、この領地には広く温泉が埋蔵されていた。
この世界で温泉利用はされていない。
しかし、私はそれを利用することの有効性を知っている。
「この土地に埋蔵される温泉を利用した農業や酪農、健康療法に暮らしの補助……例えばこの領地の多くは雪に閉ざされるけど、流通に不可欠な道などに雪が積もりにくくすることもできるわ」
今例に挙げた内容を絵にしていく。
温水を循環させた温室での農業。
入浴や岩盤浴などの設備。
道に細い管を仕込んで温水を流すことで、雪が積もりにくくなること。
「どうでもいいことだが、お前、無駄に絵が上手いのな」
私の手元を覗き込んでくるルキナが感心したように言ってくる。
「無駄じゃないから。絵が上手いことは必須スキルなの」
元同人作家を甘く見ないでください。
絵が上手くてなんぼなんですから。
下手な絵描くと、自費作成した薄い本は手に取ってもらうことすらなく、たくさんの在庫を抱える羽目になるんです。
ええ、必死に練習しましたとも。
「確かにこの方法だと、燃料費が抑えられるうえ、温暖な気候の作物も育てられる」
農業を生業としているゴウズワナの反応が大きい。
「ゴウズワナ殿には大きな利益が期待できますが、商人には大規模な開発の援助を引き受けてまでの見返りがあるようには見えませんね」
キルギスの反応は薄い。
「そうでもないわよ。データは多くの価値を生むもの」
この国は凶作が続き、貧しさから疲弊している。
購買力が抑えられ、商人も徐々に苦しい状況に追い込まれているのだ。
病気になっても医者に行けず、悪化したりして、労働力が減り、国の収入が落ちはじめた。
それに慌てた国王は、内密に商人達へ勅命を下している。
医療関連の充実に力を入れよと。
「私はさっき健康療法も例に挙げているわよ」
入浴や岩盤浴の設備を書いた図をキルギスの前に置く。
「温泉に溶けだしている成分は病の治療に有効。温かい湧水に動物が集まることは知ってる?」
キルギスだけでなく、ゴウズワナやルキナ、カイにも問いかける。
「小動物が確かに湧水に集まっているのは見かける」
ゴウズワナが私の問いに肯定を示す。
「古い文献にも、大昔の人間はお湯につかって治療をしていたとされています」
カイも肯定する。
「お湯はお湯でも、温泉ね。水をただ沸かした物ではないの。大地の成分が溶け込んだ温泉というのが重要」
入浴方法や健康であるという考え方の基礎を説明していく。
「キルギスは国王の勅命に頭を抱えているのではないの?」
医療の充実は勅命なので、何かしらの成果を出さなければこの国での商売に支障を来たす恐れが高い。
しかし方法など薬草仕入れの強化とか、外国の技術書を入手して医者に売るくらいしか手が無かった。
どの国も国益を上げることを優先しており、医療面は置いて行かれている節があるためだ。
それに病気は無理でも、怪我なら治癒魔法が盛んだ。
医療分野が遅れる原因になっている。
「温泉施設が出来れば、領民は利用するわよ。温泉の成分を分析して、利用者にどう影響を与えるのか。結構まとまったデータが取れるわね」
データをもとに、成分を抽出して新薬を開発することも可能。
「データは多くの金に勝るとも劣らないと思うけど」
ついでに、大規模な建設には多くの人手がいる。
人が集まれば、新たな商売が生まれる。
「……内密に出された勅命まで知っているとは。セレナ様の瞳にはどれ程のものが映っているのでしょうね」
ため息とともに出た言葉。
キルギスは目を閉じて、しばらく考え込む。
今聞いた技術は、現状この領地でしか出来ない。
温泉が出るところなど知らないのだから。
しかし即答するには、規模が大き過ぎる。
「領地の開発に協力するか否か。今ここで答えを出さなくても構わないわよ」
その言葉にキルギスは安堵したように顔を上げる。
しかし……
「でも私は開発をできるだけ早く進めたいの。だから他の人にも声をかけるわ。いち早く回答してくれた人に、今語らなかった分の技術を全て伝える」
満面の笑みをキルギスに向ける。
「お前、鬼だろ」
それを見ていたルキナがぼそりと呟いたが、聞かなかったことにする。
「農業分野での協力は任せてくれ。協会の方で費用を全額負担して建設しよう。領地の住民には割安で貸し出し、成果の検証を行う。問題なければ、うちが独占して国内外に販路を広げるということだろ」
ゴウズワナが確認してくるので頷く。
「ルキナ、後で領主として誓約書を発行して」
頭を抱えるキルギスの隣でどんどん話が決まっていく。
「ああ、もう。わかりました。全面的にセレナ様に協力させていただきます」
そう宣言したキルギス。
そのままルキナを睨む。
「セレナ様だから、こんな無茶な要望を通すのです。もしセレナ様に何かあれば、即刻この領地から手を引きますからね」
領主であるルキナに釘を刺す。
「お、おう」
完全に気圧されたルキナ。
カイも圧倒されているようで、王族に対しての非礼がどうとかいう言及が出来ない様子。
「俺も同意見だ。この取引はセレナ様あっての物だとご理解いただこう」
ゴウズワナもキルギスに続く。
「ではセレナ様、私はこの件をいったん本部へ持ち帰り、準備をして参ります」
「ご期待に添えられるよう全力を尽くしますので、よろしくお願いします」
深い礼とともに部屋を退出していく2人。
温泉を発見した人、まさに神!
温泉も岩盤浴も大好きです。
いろいろストレス社会の中の癒しですよね。
健康にいいと信じて疑いません。
ただし入浴方法に注意ですが。
無理して入ると、逆に体に悪いですからね。